11:マリオネリカ・エスケープ 上
「そんな…嘘だろ…。ボイト…なんでお前が…」
気になっていたことがあった。
サクフィスが話していた。あの言葉…
「レイヴァンさんは…崇高なる"あのお方"のための贄になったにすぎません…!死ぬ間際での、苦しそうなあの声…!
くひひひひ…傑作でしたよ!!というより、あんなにも弱かったとは…!」
「き、貴様…!よくも…!」
なけなしの槍を手に持ち、臨戦態勢をとる。
アンザの構えを見てか、ボイトは恍惚の表情で迎える。
まるで、早くとどめを刺せと言わんばかりに。
「ちっ…外道が…。よせ、アンザ。その者の力は全容がわかっていない。」
ボイトを拘束するセリオスは、今にも動きそうなアンザの体を言葉で静止させた。
「く、くそ…で、でも!この者は間違いなくレイヴァンの仇…!」
「わかっている…!アンザの表情を見ればなおさらな…!
だが、私の魔文律でも抑えるのがやっとなのだ…!力量を見誤ってはいけない。」
振り返ると、汗をはっきり確認できるほど、セリオスの表情を歪めていた。
よく見ると、術式に使ったであろう地面の青白い光が消えかけている。
「僕を留めておくというだけでも、素晴らしいと思いますよ!!
まぁ…"あのお方"より授かっている力を持つ、この僕が!この程度の力ごときに遅れをとりません…よっと…!
んー、なかなか動きませんねぇ…。ですが、問題ありません!」
ボイトは動かせていなかった腕や足を無理やり動かし始める。
時折、ゴキン、ゴキン…と骨が折れたような音を鳴らしながら、少しずつ制御を取り戻そうとしている。
「くっ…うすうす感じてはいたが、蓄えた魔力では心もとないか。
アンザ、ここは引くぞ…!…用事は済んだ。『魔文律ー隠』」
セリオスが地面に向けていた左手を、天に向けて構え、「隠」と言葉を言い放つと、
曇天模様の夜空に赤い文字が現れ、左手に集中し始める。
左手は徐々に赤みを帯びていきつつ、文字は天から降りた大きな糸の様に紡ぎだした。
「この期に及んで、逃げるんですか?あなた方から仕掛けてきたのをお忘れで?」
「生憎、用があったのは"中身"でな。用が済んだから帰るだけだ。
そちらの黒い槍のボスに伝えておきたまえ。無能な部下はさっさと切っておけと。」
「黒い槍…ま、まさか…!僕の記憶を読み取った!?ま、まて…!」
「敵を前に待てと言われて、待つものは居らぬよ。追剥のボイト。」
辛うじて動いた右手で、ボイトは渾身の力を込めてセリオスに向けてナイフを3本投げるも
アンザ含め、セリオスは赤い糸の様な文字に吸い込まれる形で姿をくらました。
「なっ…。くひひひひひ…。鬼ごっこというわけですかねぇ…。しかし難敵だぁ…。
一筋縄には…いけませんか…。
…ん?この感覚…。魔力が戻ってきてますね…?勇者の馬鹿どもは…ははは…
"自決"を選びましたか…!くひひひひひ」
セリオスがいなくなると同時に、拘束が溶け自由になったボイトは、フレア・イントマスがあるであろう方向を見つめる。
そこでは、遠くからでも見えるほどの紅い雨が空を覆っていた。
……
「…お、…き…」
な、なんだ…?意識が朦朧とする…。はっきりしないのは何故だ…?
「アン…おき…」
セリオ…ス?
「アンザ、起きろ…!国が…まずいことになっているぞ…。」
「な、なん…だ…?
…!!!!!」
意識が戻ると、そこには"漆黒の槍"に口から貫かれた国民の死体が、国中にオブジェの様に置かれていた。
男や女…子供、家畜…生きとし生きるものすべてが槍で串刺しになっており、滴る血液が絶望感を増長させる。
「うぐっ…。うぐぐぐ…」
あまりにも壮絶な王国の様子に、アンザは意識を取り戻したと同時に吐き気を催す。
馴染みの店の店主や、道具屋の看板娘まで一切の容赦がなく串刺しになっている…。
「大丈夫か?
これを口に含め。入れれば、すぐ解ける。少しは落ち着くだろう。
なに、変なものではない。少し貴重なだけだがな。」
「す、すまない…感謝する…。」
セリオスは、アンザの背中をさすりながら、懐から四角い箱の様なものを取り出した。
アンザは、受け取ると直ぐに口に放り込んだ。
さわやかな風味と同時に、即座に溶けてなくなり、体調もあっという間に回復した。これは…薬か何かだろうか?
「セリオスさん、すまない。もう大丈夫だ…。
それにしてもこの現状…。かなり惨いが、一先ず調べてみないことには…。」
「まて、この雨に触れるな!死ぬぞ。」
アンザは、怒号とも呼べる声に思わず、体がびっくりして動きを止めた。
死ぬ…?雨に触れたら死ぬとはどういうことだ…?
「…先ほどアンザが目覚める前に、魔文律を用いてで調べておいた。
結果は…あれを見てくれ。」
セリオスが指をさす方角は、アンザの真後ろだった。
恐る恐る振り返ると、目の前の光景に背筋が凍り付く感覚が襲った。
「な、なんだってんだ。黒い槍が刺さってる…?」
クッションの様な物に黒い槍が綺麗に貫通しているが目に入った。
「今我々がいる場所は、魔文律が教えてくれた"この世界で最も安全な場所"だ…、他に安全な場所の候補はなかった…。
…ここが最も安全というのは、周囲の状況を見たら皮肉に聞こえるかもしれないが…。見てのありさまだ。
私が持っていた敷物ですら、雨に数秒ぬれただけで"黒い槍"の餌食になっている。」
「この雨にあたると黒い槍に貫かれるってことか…。それに安全な場所がここだけとは…。」
絶望の文字が再度展開しそうになるも思いとどまり、アンザは改めて周りを見た。
今いる場所は、駐屯地から離れた王国に入るための入国門。
分厚く高い壁に囲われたこの国に入るための入り口の一つだった。
「しばらくは、異様な雨のせいで身動きがとれぬ…。世界を変えた者を追う為の道筋が途切れてしまった…。
このままでは、ボイト…だったか?追っ手に追い詰められてしまう可能性がある。」
セリオスさんは、何か悟ったような表情をしている。
まるで、万策尽きたかのような諦めの表情…。
依然として、紅い雨は降り注ぎ、地面を紅く塗り続けている。
「いや、まだあきらめるのは早い。セリオスさんに連れてきてもらったこの場所には、俺含む、近衛兵しか知らない隠し部屋があるんだ。
そこでいったん身を潜めよう。」
「なに?そんな場所が?いやしかし、直ぐに追っ手にバレてしまうのではないか?」
「大丈夫だ。俺の力を使う…!」
レンガ調の壁を特定の方法で押したアンザは、現れた隠し扉を開けて、セリオスを中に招く。
すぐさま、扉を閉めて、擬態の力を使い、隠し扉を更に隠すため、ダミーの検問所に見えるように仕向けた。
「今、何をしたんだ?魔力は…使ってなかったように見えたが…。」
「あぁ、俺の力でな。この隠し扉を更に隠した…って感じだ。しばらく時間が稼げるとは思う。」
中に入った2人は、部屋にある蝋燭の灯りを付ける。
「おぉ…このような場所がこの国にあったとは…。
緊急時のために作っていたのか?」
セリオスは、興味深いのか、明るくなって見え始めた部屋に対し、周囲をみていた。
「いや、ここは近衛兵が休憩する…いうなれば"近衛兵のサボり場"だ…。褒められた場所じゃないんだけどな。
…そこの大きいソファにでも座ってくれ。背負っている子も安心して寄りかかれるぐらいには、やわらかい材質を使ってる。
まぁ、普段は怒られるが、この状況下で使う分には…問題ないだろう。」
4人は座れそうな大きさの巨大なソファに、大きな一枚板のテーブル。
酒好きの兵が持って常備していた大量の酒と、乾きものの食料…。
一時身を潜めるには、適した場所だ。
「なるほど、確かに褒められたものではないが…。作っておいて正解であったな。用途は違えど、現に我々は助かっている。
はぁ…魔力が無い中で力を使いすぎてしまった…。魔力が復活し始めている今、休めば体力も回復できるだろう…。すまない、少しだけ休ませてくれ…。」
「あぁ、各々休もう。今は体力を回復する時だ。」
セリオスは頷くと、ソファで子供を寝かせ、重い腰を下ろした。
これまでに彼がどのような経緯を辿っていたかは…詮索するつもりもない。
ただ、すやすやと眠る赤子を背負っている時点で、何かがあったのは明白。
「はは、これからナガミが現れる20年後まで…どう転ぶかな。」
アンザはソファの脇に腰を下ろし、指に転写された黄色の指輪を一度だけ強く握りしめた。
その言葉は、蝋燭の火を揺らし、部屋の影を長く伸ばす。
同時に、一人の近衛兵から「世界の守護者」へと変わる、アンザの決意が生まれた瞬間だった。
…
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現代:作戦会議室
「あの時はもう駄目だとも思っていた。隠れ家に物資があったにせよ、長期的な滞在はできないのが目に見えていた。
いくら覚悟が決まったところで、餓死してしまうのは避けられないからな。」
アンザは目を閉じつつ、静かにこれまでの経緯をざっくり伝えてきた。
謎の協力者…俺と昔あったことがあるなど、俄かには信じがたい話ばかりだが、俺の境遇的に完全に否定できない。
「今の話を聞いて、俺は…。アンザさんに会ったことがあるんだよな…?」
「そうだ。…しかし、ナガミが覚えていないのは想定していた。
先ほど説明した通り、お前は世界の理を殴った故に、アンノーマルに時代間の移動させられた身だ。何が起きていても不思議ではないさ。」
アンザは少し微笑みながらも、話を続ける。
「まぁ、こうしてお役目を果たせそうなんだ。…20年なんて大したことない。
ナガミが覚えていようが、覚えていなかろうが…事の顛末と今後を伝えれば問題ないさ。
さて、話の続きだ。その後俺とセリオスはだな…。」
…
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20年前:フレア・イントマス跡地
「ぐぁ…意外と寝れるな…。このソファを採用してよかった。
最も…購入した道具屋のあいつに感謝をもう伝えられないが…。」
どれくらい眠っていたのだろうか。
蝋燭に灯した火は蝋燭と共に消えており、部屋の壁にある微かな隙間から光の一筋が洩れている。
「セリオスは…寝ているな。それにこの赤子…。手がオレンジ色に光っている…?」
赤子の手は、不思議とオレンジ色に光っていた。
これが何を意味するか分からないが…。
「光が外から入ってきている…ということは、雨が上がった可能性もあるな…。
危険かもしれないが、一度外を確認しよう。」
念のため、セリオスと赤子を外部から見えないように"擬態"の力を使って見えないようにし、
アンザは恐る恐る、隠し扉を開けて外の様子を見た。
「な、なんだって…?フレア・イントマスの国民たちは…!?いったいどこに…。」
壁から出ると、予想通り紅い雨は既に止んでいた。
それよりも目立っているのは…。無残にも殺されていた国民たちの死体が一体もない。
「ま、街が別の形に変化している…?なんだこれ…。」
「おっと、気が付きましたかぁ?どうやら炙り出すために必死のようですねぇ…!ふひひひH」
ゆっくりとした速度だが、フレア・イントマスの町並みが徐々に別の建物へと変化していくのが見える。
そして聞き覚えのある声…。
「なんでいる…?サクフィス。」
オレンジ色の髪と特徴的な獣耳…。間違いなくこの場にいたら目立つ存在が、隠し扉の壁伝いに立っていた。
「あらあら、ここにいてはいけませんかねぇ?安全が確保されているからこそ、助言をと思って参りましたのに…。」
「助言はありがたいんだが…。いや、タイミングとしては助かるか…。」
「おやおや~?私に会えなくて寂しか…ったわけではないですねぇ…かなしいかなしい…。ふひひひ」
「茶化すな。それで…?助言ってなんだ?」
「それはですねぇ…。この距離で言ってもいいのですが、何分アンノーマルに気づかれたくないので…あ、そうだ。耳を貸してもらえますかぁ?
耳元でささやきますゆえ…」
サクフィスは手招きしてアンザをこちらに来るように招いた。
アンザはため息はつくものの、警戒もなくサクフィスに近づき、耳を傾けた。
「ふひひ、私に警戒をしなくていいんですかぁ?敵かもしれませんよぉ?」
「お前ほど信用できる存在はいないんでな、教えてくれるなら教えてくれ。」
「そうですかぁ…では、そうですねぇ…まずはいま何が起きているかをお伝えしてからにしますね…。実は…」
サクフィスは、理解が追いつかないほどの内容を、アンザに耳打ちで語った。
「は、はぁ!?それって本当か?…ど、どうなってやがるんだ…この世界は…。」
「ふひひ、いいリアクションですねぇ…。あっと、耳を傾けてください。いいですねぇ…じゃあ続いて、逃げ続けるためには"擬態"のとある力を使って…。」
…




