9:派閥 下
荷車に揺らされて、体感3時間弱といったところか。うたたねを繰り返していたら、日が暮れかかっていた。
小窓からみた外は日が傾いており、オレンジ色に輝く夕焼けが見える。世界は違えど、元の世界に似た風景を見ると心が豊かになる。
荷車と言っても、高級なリムジンのような内装で、小窓もガラス製。
車内は最低5人は入れる広さがある。
一番謎なのが、どういう原理で荷車が動いているのかだ。荷車の前に人がいて、操縦しているわけでもないのに、勝手に動いている。
因みにモルペグは、向かい合った目の前に座っており、瞬きを時折しては、あくびを我慢しているのか、口が小刻みに揺れていた。
「あ、あの…。モルペグさん…でしたっけ?説明をって話だったのに、たびたび寝ちまった。申し訳ない。
こっち都合で申し訳ないが、そろそろ潜入についての説明を聞きたいんだが、いいか?」
荷車は動きを一切止めずに動き続けている。
モルペグは多少の揺れに若干反応しながらも、口を開いた。
「えぇ、目的地への到着にはまだ時間があるので…そうですね、潜入の説明の前に事前情報を。
今回のマイカス帝国への潜入は、ナガミ様の安全の確保、並びにアクアパレッサ王国の安全のため…となっております。」
「あぁ、さらっと宿で言ってたな。危機的状況だってことは、なんとなくわかる。」
「表向きには…ですがね。危機的な状況であることには変わりないですが…。今の現状、事は一刻を争います。」
表向き?どういうことだ?
「ちょっとまて、表向きにとは、どういうことだ?」
険しい顔をするモルペグの表情を見るに、事の重大さは俺という存在を守るためだけじゃなさそうな雰囲気。
表向きは…ということは裏があるはず。
モルペグは外の様子を小窓から覗いて、頷きつつ話を続ける。
「よし、アクアパレッサ王国の領地からでました…。これで詳細に話せます。
ナガミ様に謝らなければなりません。今回の潜入は、ハスティ王女は一切知りません。…無許可で行っています。」
「無許可だって!?」
「落ち着てください、先ずは話を聞いてもらえると助かります。
今回の一件は彼女が知ってしまうと、逆に危険なのです。
…先ほどはゆっくりお話ししている暇がなかったため、改めて自己紹介を。
モルペグ・カスタニーニョ…、アクアパレッサ精鋭部隊の機密諜報部門の人間です。
今回はこのような唐突な形で連れ出してしまい、申し訳ございません。」
潜入についてハスティ王女は何も知らないと聞いて、体が強張る鳴上だったが、アクアパレッサ精鋭部隊と聞いて安堵した。
「アクアパレッサ精鋭部隊ってなんだ?」
「知らないのも無理はありません…。知っているのはごくわずかですからね…。
…私のようなものが所属する"アクアパレッサ精鋭部隊"は、アクアパレッサ王国の内情を把握する数少ない人物を指します。一応私は3人の代表者の内の1人です。
私が所属する機密諜報部門というのは、他国の内部に入り込み、情報を抜き取る役割があります。
ハスティ王女は、他国に諜報員…いわゆる他国の情報を抜き取り、情勢を把握する…という手段で、自国を守り抜いてきましたので、この部門があるのも納得です。」
モルペグ…思ったよりアクアパレッサ王国の重要なポジション…立場にいるようだ。
そんな人がトップとの連携もなしに、自己判断で動いて大丈夫なのだろうか?
「今回の一件は"アクアパレッサ精鋭部隊"のトップであり、事実上リーダーにあたる、隠密調査部門の"アンザ"からの強い推薦があったためです。」
アンザ…?聞きなれない名前だ。いや…でも、なんだろうか。どこかで話した気がする。
モルペグは身に覚えのなさそうな雰囲気を感じたのか、不思議な表情を向けてきた。
「その様子では、アンザを知らない…ですか?アンザがいうには、作戦を実行するにあたって、あなたの協力は必要不可欠だと言っていました…。
お互い、アクアパレッサ王国の国民ですし、どこかで会っていませんか?」
「アクアパレッサ王国の国民…?」
モルペグは自身の右手首を触りながら、説明を続ける。
「えぇ、私とナガミ様についている、その腕輪です。
アクアパレッサ王国の人間がつけている"赤いヒュージ"をモチーフにしたマークが入った腕輪のことです。」
全く気付かなかった。
確かに右手首についている…。いつの間にか自分はアクアパレッサ王国の国民になっていたようだ。
いや、もしかすると…。あの時にオミングさんが言っていた…。
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『…本に記された世界に行くというよりかは、世界に存在する…という認識が正しいです。説明が難しいので、簡潔に申し上げますと…本の表紙がドアだとして、本の中身が”世界”そのもの。
世界の登場人物に読み手が追加されることになります。行くのではなく、もともとその世界にいる存在している生命になるだけです…』
…
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都合がいい設定の気がするが、今は感謝しないといけないかもしれない。
要するに、この世界に入った段階で、自分の立ち位置は最初からアクアパレッサ王国の国民だった…ということだ。
「確かにそうだった、昨晩ハスティ王女と酒を嗜んでいたこともあって、ド忘れしていたよ。あまりにも着け心地が軽いもんで。」
「その気持ち、理解できます。腕輪を外すのって、湯あみの時ぐらいですからね。
と言っても、湯あみの時ですら外すのを忘れてしまう場合がありますが…。」
適当に軽口を叩いたら、共感されてしまった。
結果オーライか、多少モルペグと親しくなれた気がする。
「それで…、アンザからの推薦、モルペグが作戦を知っているということは、もしかして…精鋭部隊のトップが3人とも、その…作戦とやらに関わっているのか?」
「えぇ、その通りです。最終的にはマイカス帝国への潜入になりますが、まずは今後の活動拠点である"本部"に向かいます。
作戦についてはもう少しお待ちください…。まだ安全というには確証を持てないので…。二人と合流してから、詳細をお話します。」
何か警戒している…?
諜報部門というぐらいだから、安全に対してかなり気を配っているのだろうか?
「わかった、じゃあその時になったら、改めて教えてくれ。」
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荷車から見えていた日の光は完全に消え、月明かりが幻想的な風景を作り出した頃。
荷車は静かに動きを止めた。
小窓から外を覗くと、一面に広がる野原に見たことがない花が咲いているのが見える。
「外を見た感じ何もないが、ここであってるのか?」
「えぇ、問題ありません。お待ちください。
…モルペグです。着きました。えぇ、えぇ…はい。お願いします。」
モルペグは、懐から石を取り出すと、耳に当てて話し始めた。
石が光っているのを確認してから話す姿を見るに、携帯電話みたいな道具なのだろう。
「ナガミ様。拠点への入室が許可されましたので、おつかまりください。」
「おつかまりください?ってどこに…」
ドドドドドドドドドドドド
地響きが鳴り始め、荷車から入り込んでいた月の光が徐々に見えなくなっていく。
何かに荷車が覆われている?それにこの揺れは地震か!?
「うぉ!?な、なんだこの揺「移動中ですので、慣れてください。」
慣れろと言われても…。
いうなれば地震を荷車の中で体験しているかのような感覚。
地響きは尚も続き、終いには月明かりすらなくなって、蠟燭の光だけが荷車を明るく照らす状態になった。
「移動完了しました。ご案内します。」
モルペグが蠟燭の火を消すと、暗くなるはずの荷車の中は暗くならず、小窓からオレンジ色の光が入り込んできた。
モルペグは荷車のドアを開けて、外に出た。鳴上もそのあとに続く。
「ど、どうなってるんだ…?でかい…木…?」
荷車を出て早々に視界に入ったのは、土壁に囲われ、月の明かりにすら見えない地下っぽい空間だった。
目の前に巨大な大木…?と、その大木に木製のドアが付いており、蠟燭の火が転々と灯っている。
「これは…初めてみるとわかりませんよね。目の前の大木みたいな物は、鳴上様が先ほど見た花の根っこです。
我々は先ほどの地響きで、花の根っこよりも小さくなったということです。」
さっきちらっと見えた見たことない花…花!?
「おいおい、まじか…。これも魔法なのか…?」
驚きと、感動と…複雑な感情を覚えつつ、鳴上は目の前の現象に困惑した。
「では、参りましょう。中はもっとすごいですよ。」
モルペグの案内の元、根っこについているドアを開ける。
「これはどうなっている?」「周辺の魔物は?」「その魔物でしたら…」
「2番、規則違反を検知しました。捕縛を開始してください。」
『了解、速やかに行う。』
想像を絶する広さに、様々な人間がそこにいた。
水晶のような球体に手をかざして、指示を行っている人間もいれば、大きなテーブルに古そうな紙を広げ、作戦会議を行う数名の男女など、幅広い。
「どうでしょう?これが、"アクアパレッサ精鋭部隊"の拠点です。一般の方が入れることは先ずないので、珍しいと思います。」
「珍しいどころじゃない…なんだか凄すぎないか…?」
「情報が飛び交う本部ですので、当たり前かと。この場所は国の情報を扱う機関です。」
あらゆる情報の中継点のような場所になっているようで、まだこの地に入って数十秒だが、すでに沢山の情報が飛び交っている。
情報過多で頭が混乱してくる。
すると、情報だらけの部屋の奥から、一人の男が近寄ってきた。
顔立ちがすごく整った美形…。俗にいう、イケメンというやつだ。
「やぁ、モルペグさん。任務ご苦労様。隣りを見るに…彼が噂のナガミ君だね?」
モルペグは近づいてきたイケメンに対して、一礼した。身分的にはイケメンが上なのだろうか?
「はい。そうです。噂になっているナガミ様です。」
どういう噂がたっているんだ…。
「トップが噂してるあの…。」
「あれがナガミ様…。見たところただの国民にしか見えないが…。」
「何言ってるんだ、隙だらけで隙がなさそうだぞ?」
イケメンとモルペグの会話を聞いた、周囲の人が、様々な感情を込めた視線とコメントを投げつけてくる。
これは一回、どういう話を通しているのか、アンザという人物に問いただす必要がありそうだ。
「ははは、相変わらず固いなぁ。モルペグさんは。そして、ナガミ君、そう警戒しないでほしい。もっと楽にしてくれると気も休まるよ。
そうそう、ボクは、"アクアパレッサ精鋭部隊"の"囮部門"のリーダー、カイト・マイカスだ。よろしく。」
「ご丁寧にどうも。ご存じの通り、鳴上です。…って、マイカス?
マイカスっていうと、マイカス帝国のマイカスか…?」
「ははは、まぁ…その話はまた作戦の説明の時にでも。
…モルペグさん、ボクは潜入備品のチェックがあるから、先に作戦会議部屋に行っててくれないかな?アンザさんがお待ちだしね。」
モルペグは静かに頷くと、鳴上に目線で「行きましょう」とアイコンタクトを取って、歩き出した。鳴上もそれに続く。
カイトはそのまま、一度建物の外へと出ていった。
「カイト様は訳ありで、数年前から"アクアパレッサ精鋭部隊"に所属しています。…とだけ、今伝えておきます。」
「なるほど…自分からそこまで突っ込んだ話をしないほうがよさそうだな…。」
暫く歩くこと数分、ひときわ重厚な扉で遮られた部屋の前で立ち止まった。
道中も通り過ぎた部屋はどこも人が常駐しており、何かしらの作業や会議を行っている…。
「モルペグです。ナガミ様をお連れいたしました。」
「あぁ、ご苦労だった。入ってくれ。」
コンコン、という音と共にモルペグはドアを叩いて話しかけると、渋い男の声が聞こえた。
そのままモルペグはドアを開く。部屋の奥に無精ひげの生えた渋い男が姿を現した。
「…!?
はっはっは…。
ナガミ…お前何も変わってないじゃないか…。」
男は部屋の奥から鳴上の姿を見ると、懐かしさのあまり、少しだけ泣きそうな顔になっていた。
「あんたが…アンザさんか?」
「…そうだ、"アクアパレッサ精鋭部隊"のトップ、アンザだ。久々…いや、ここでは"初めまして"か。
ナガミよ。よく来てくれた。」
椅子から立ち上がって、深々と一礼したアンザに対し、鳴上も一礼する。
モルペグも釣られて一礼した。
アンザは礼を終えると、椅子に座り直し、テーブルに配備されている椅子を指さした。
「ナガミよ、カイトが戻るまで、少し話をしよう。俺が見たものと、アンノーマルについて…。」
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