遠出する勇者
魔物――その定義は様々であり、ただの狂暴化した動物から、知性を持ち始めたものまで含まれる。
世界の危機は、これまで知性を持った魔物によって脅かされてきた。
――という歴史がある。
もちろん人同士の戦争もそこにある。
魔物の発生原因は突き止められてはいないが、その中心となる「魔王」とされる存在を滅ぼすことにより、一時的にそれが収束することは、これまでの歴史上判明している。
今現在、魔物の発生率は、僅かに増加傾向にあるらしい。
例えば――馬車の荷を狙って移動中に襲ってくる魔物の増加は、それを顕著にあらわしている。
少し知性を持ち、人から物を奪い、武器を使用する――。
そういった魔物達が力を持ち始め、その中から、いずれ、王が生まれてくる。
人と同じように、集落を作り、砦を築き、人を殺し、欺き、物を奪い、栄える。
それは段々と加速していき――人間の手に負えなくなる。
「すんなり帰れるかと思ったが、魔物の数が多いな」とアルト。
僕達は馬車を使って移動中で――魔物の多さに辟易し始めているところだった。
「魔物の進化の速度って、なんであんなに早いんだろう」と僕。
「私のイメージとしては、進化した人間を追いかけてきて、それを完全に自分たちの物にしようとしている感じだな」とアルト。「つまり、魔物は、人間を利用して進化する。だから人間が歩んできた道のりを瞬間的に追い詰めてくる。もちろんそこには何かしらの中心的な力が働いていて――それは勇者と同じような、中心的な力で――それを抑え込むことにより、その進化は一時的に収束する。まるで大規模な魔法が解けるみたいにして」
「魔物の対処もしなければならない上に、ジョシュア・シアセンという狂った天才もなんとかしなければいけない。そろそろ勇者のキャパシティを越えそうじゃない?」
「ジョシュア・シアセンに少しでもまともなところがあるのなら、奴らは奴らで魔物を抑え込もうとするんじゃないか?」
「その可能性は、正直、あるとは思う」と僕。「そうでなければ、おじさん達が向こうにつくことはありえないよ。たとえ複製されていたとしても」
「魔物を放置して新世界を創る、というのは成り立ちませんな」とバヌガス。「何か手があるのでしょう」
「だといいがな」とアルト。
移動中、魔物の襲撃を受けると、僕、バヌガス、アルトが馬車から出て行って対処する。
一緒に戦ってみて気付いたけど、アルトは強い。
平常時の僕よりかなり強いんじゃないかな――。
3人の中で唯一僕だけが危なっかしい戦いを繰り広げていて、若干足手まといになりかけていた。
魔物との戦いが始まりだしても、結局、アルトに頭が上がらない所が、自分らしいと思う。
いや、何とかしろよ、って感じだけど……。
素の自分は中々変えられそうになかった。
「ヒロカズ、お前、本当に戦いの勘は戻ったのか?」とアルト。
「戻ったとは思うんだけど、いかんせん、経験不足ってところか……」
「これから鍛え上げていけばいいのではないかな?」とバヌガス。「まだ遅くはあるまい」
「出遅れてると思いますが、頑張ります」と僕。
外で僕達が交戦している間、馬車自体はシアーが護る。そういう作戦だ。
これでずっと上手く行っていて、今の所大きな被害は無い。
まあ、魔物がまだ弱いっていうのもあるだろうけど……。
「何か、アルトに助けられてばかりだな」と僕は、再び馬車に乗り込みながらいう。
「私は頼りになるだろう」
「なるね」僕が、馬車の上から、アルトに手を差し出すと、彼女がそれを掴む。
「実は勇者ってアルトのことだったんじゃないか?」
アルトを引っ張り上げると――勢い余って抱き締めてしまう。
「そうだったらよかったんだけどな……」
「公然といちゃついてないですか? これ……」とメイ。
「ですね」とアキ。
「まあ、仕方ありませんな」とバヌガスがいう。「姫が、強すぎる。あらゆる意味で」
「変な話をしないでくれますか」僕はアルトを距離を取ってからいう。「人の目の前で」
「でも、アルトさんが色々なことの中心になっている気はしますよね」とアキがいう。「だから、ヒロカズさんも……好きになっちゃうんだと思います」
「勝手に決めないでくれますか」と僕。「否定はしないけどさ……」
「否定はしないんですね?」とアキ。
「まあ……」と僕。
アルトには、そういう話は面と向かってした経緯もあって、別に隠す必要もないわけだが……。
アルトは、何も聞こえなかったように――何もいわず、馬車の隅に座った。
「何か……まずかったですか?」とアキ。
「別に……そういう関係じゃないから」と僕。
アルトは何もいわず……目を閉じて黙っている。
そういう関係じゃないなら、どういう関係なんだろう。
アルトの壁を突き破って――本当にアルトに触れるということが、これから先あるのだろうか――。
何にしろ、簡単にいきそうにないということだけはわかっている。
僕は、アルトに動かされるのを待っているだけの存在だったわけだけど……そんな奴に、触れられる代物なのだろうか。
触らせてくれるのだろうか。彼女は。
触りたいよな……本物のアルトという人物を。
それが僕のもう一つの目的かもしれない。
アルトはそれからずっと黙ったままだった。
幸か不幸か魔物もそこからは現れず……会話する機会が持てなかった。
みんなの前でああいう話になって――少し壁を作られた気がする。
いや――二人で話した時もそうで、アルトは必ず壁を作る。
人と、近付き過ぎないようにしている。
僕に対しては、そっちから近づいてきた癖に……。
そういうところが、アルトのダメなところだ、と思う。
やっとアルトにダメだし出来たような気がする……が……それが、それほど悪いことではないような気もした。
表面的に考えると、それはとても正しくて……どこか寂しい行為でもある。
これ以上近づくと間違える……アルトはそういう距離感を量っている。
自分自身が間違えないように……。
それってなんか、凄く悲しい生き方じゃないか?
もちろん正しいのかもしれないけどさ……。
壊れもしなければ、破綻もしない。
でもそれで、幸せだったといえるのかな。
生きていてよかったといえるのかな……。
問題は、アルトが頑なにそれでいいと思い込んでいるところにある。
どうあがいても崩せない牙城がある。
アルトの心の中に。
それは強さでもあり、弱さでもある――。
誰も崩せないんだったらさ――どうせなら、僕が崩したいと思う。
僕を救い出してくれアルトのように、今度は僕が、それを破壊する。
正直、アルトは困るかもしれない。困惑するかもしれない。
だけど、最後は、幸せに――。
そうなれるって思うんだよな。
少なくとも、今の頑なな、硬直しきった幸せよりは、よくなるよ。
ちょっと正しさからは外れるかもしれないけど――あたたかくて、柔らかくて、たまに間違えるかもしれないけど、それでも、それをやさしさで包み込んでくれるような、幸福――。
生まれ変わるなら、そういう幸福がよくないか? これも押しつけがましい僕の願望か?
狂った天才がそうするように、僕も、アルトという個人を、侵略しようとしているのか?
アルトを攻略し――自分の世界へと導く。
それは誰もがやっていることで――ジョシュア・シアセンに少しだけ共感してしまう。
でもさ――そこに好きだとか、そういったポジティブな感情がないといけなくないか? そうしないと幸せになれなくないか?
でも――それは関係ないのかもしれない。
ジョシュア・シアセンによって幸福を享受する人間もいれば、僕がアルトを不幸にする可能性もあるのかもしれない。
それはわからない。
世界に、安定なんてない。正解なんてない。
そうだとするならば、僕は一体、どうするべきなんだろうか……。
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