遠出する勇者2
馬車は、紅葉の中を進んでいる。
僕は幌を閉めて、また、同じ場所に座り込んだ。
「少し、冷えて来たな」と僕はいう。「みんな、寒くないか」
「まだ、大丈夫でーす」とアキ。
「私の国は、寒い」とアルトはいう。「そろそろ、雪の降る季節だな……」
「雪は辛そうですね」とメイ。
「冬がさっさと過ぎ去って欲しいものだ」とアルトはいう。「妙に長く感じるんだ。毎年……」
「雪は御嫌いですか?」
「嫌いだ。何か、ロクな思い出がない気がするな……雪に関しては」
「そうなんですか……」
アルトの壁を作る性格と、雪に覆われた国……。
あまりいい予感はしない、と思っていた。
もちろん何もかもが初めから上手く行くとは限らないわけだけど。
ただ……一つだけいえることは、自分の故郷が近づくほど、アルトの元気が失われていっているように見えるということだ。
少しずつ、溶けた心が、また、凍り付き始めるみたいにして。
「アルト、顔色が悪くないか?」
「そうか? 私は平気だ」
「気分が悪かったらいえよ。お前、すぐに我慢しそうだから……」
しばらくして……雪が降り始めた。
空は灰色の雲に覆われていて……進めば進むほど、吹雪の中へ向かって突き進んでいるような感覚に襲われる。
「かなり降り始めたな……もう、地面は真っ白だぞ」
「閉めろ。寒い」とアルト。
「寒さには慣れているんじゃないのか」
「寒いのは嫌いだ。何度もそういっている」
そうだったっけ……。
「僕はちょっと楽しみなんだけどな。雪の降る街って」
「ロマンチックですよね」とアキ。
バヌガスやシアーは、体力を温存するように、目を閉じ、俯いている。
ミライはあまり喋らないので、馬車の中で喋っているのは、基本的に、僕、アルト、メイ、アキの四人だったが、雪が降り出してからは、アルトの口数も減って来ていた。
シスター、メイとアキに関しては、今の所これといった役割もなく、魔物に襲われても怪我人も出ずに済んでいるので、どこか気楽に見えた。
別に楽しむことは悪くないと思う。
せっかく遠くの国までやって来ているんだから……。
「滞在場所は決まっているのか?」
「私の屋敷がある。帰ったら……とりあえず、旅の疲れを取らないとな」
「もしかして、豪邸か?」
「もしかしなくても豪邸だ」
そうですか……。
「アルトさんの御屋敷も楽しみですね」とアキ。
「めちゃくちゃ居座ってやろうぜ。アルト達がそうしたように」
「歓迎はする。そこはお互い様だからな」とアルト。
「あんまり迷惑にならないようにしないと……ねえヒロカズさん」とアキ。
「いや……めちゃくちゃにしてやるぞ」
「こういってますけど」
「勝手にしろ。物を破壊したら弁償だからな」
少し元気が出て来たか? と思ったが……こちらから話し掛けなければ、アルトはすぐに黙り込んでしまう。
こいつは、重症になる時は、とことん重症になる気がする。
こいつ自身のいう通り、それは普段の強がりの裏返しで、そうなっているものだと思われる。
だから何とかしてやりたいって思うんだけど、こいつはいつも、自分から壁を作ってしまうんだよな。
その壁を破壊する、となると、その先には、必ず幸福がなければならない……だから、その前に、確かな確証が欲しくなる。
そうしないと、僕がただアルトを破壊して、終わる。
そんなのは嫌だから――。
もう少し考えようと思う。そのことに関しては。
アルトに倣って僕が口を閉じると、今度は誰もしゃべり出さなくなる。
降り積もる雪のように、沈黙が積み重なっていって……馬車の中がそれで埋め尽くされようという頃に、僕達は目的地へ着いた。
馬車から降りると、見渡す限り――それは分厚い肉で覆われたように――真っ白な雪で埋め尽くされていた。
「凄い雪!」アキが地面に降りると、足が埋まる。
「まるで私を出迎えるように、急に降り出したみたいな天気だな」とアルトがいった。
「確かに、凄い勢いで降ってる」と僕。「毎年こんななのか?」
「まあ、こんなもんさ」
僕達は荷物を降ろし、屋敷に運び込むと、仲から使用人達がわらわらと現れてアルトの帰りを出迎えた。
形式染みた礼を見せられた後、荷物を預けると、直ぐに暖かい部屋に通されてくつろぐことになる。
使用人たちは、仕事は完璧だが――どこか他人事めいていて、何となく距離があった。
まあでも、そういうものか、と僕は思う。
暖炉で十分身体を温めてから、アルトの隣へ行って座る。
アルトは帰って来てから一度も笑っていない。むしろその表情は――どこか凍てついているようにも見える。
「どうしたんだよ」と僕。
「何がだ」
「帰ってきたのに、休めていない様な顔をしている」
「私は休んでいる。ほら、私の好きなミルクティーを飲みながらな」
「ああそう」
分厚い壁があった。
何のための壁かは知らないが……。
メイとアキは、仲良く窓から雪の降る様子を眺めていた。
しかし、よく降るな……。
このまま、全てが埋め尽くされるんじゃないかというくらいの勢いで降っている。
来るのが少しでも遅れていたら、途中で立ち往生になっていたかもしれない。
そう考えると運はよかったか……。
「アルトはいつも、家ではそんなに楽しくなさそうなのか?」
「家で楽しそうにしていたら、変だろう」
「変じゃない。今のお前の態度の方がおかしいよ」
「大きなお世話だ」
「まあ、その通りなんだが……」
「じゃあ、放っておいてくれ」
話が終了する。
「いや……そうはいかないな。これは逆の立場なんだ」と僕はいう。「どういうことかというと、アルトが僕の所へ現れたのと、逆のことをしようとしているわけだ。わかるだろ?」
「……」
「まあ、考えといてくれよ。少しくらいはさ」
これが限界だった。
逆の立場だったとしても、アルトには勇者を信じるという信念があったのに、僕にはそれと対になる何かを持っていない。
だから踏み込めない。
確証を得るまでは……。
このままでは上手く行かないだろうな、ということは、わかっていても……それが限度で……だから、僕は調査する必要がある。
アルトのことを。
アルトが僕の仲間になることを志願したように、僕もそうしようとして……その難しさを痛感することになるとは思わなかった。
でも……まだ時間はある。
いつまで滞在するかはわからないけれど、その間になんとかしなければならない。
本当のアルト、というのがいったい何なのかわからないまま、僕はそれを、なぜか強く求めようとしている。
好きだから、というわけではなく……。
いや……どうなんだろう……。
今一、よくわからない。
僕はあまりにもアルトに変えられてしまったから――アルトを変えたいのかもしれない。
そういう気持ちはどこかにある。
単に、感謝というだけではない。ある種の、攻撃的な何か。
そしてそれは、正しいからそうしたいというわけではなく、ただ、そうしたいからする――。
未知のアルトを見てみたい。
どんな風になるのか――。
そういう欲求が僕の中にある。
やっぱりそれは、僕の「変えられた」経験から来ているもので――アルトにそれを味わわせたい。
やり返したい。
それに、今のアルトは、ちっとも楽しそうじゃないだろ? だから余計に――変えたくなる。
そんな態度をしているアルトが悪い。
お前、幸せなんじゃないのかよ――。
お前が悪い。
全部お前のせいなんだ。
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