22-B
顔が大きく腫れ上がっていること以外、特に入院が必要なほどの怪我をしていなかった私は、その日の内に退院し、フランカと共に宿へ戻った。
すぐに家に帰ろうかとも思ったけど、こんな顔で帰ったら家族を驚かせることになるだろうから、それなりに腫れが引いてから帰ることに決め、それから1週間をビダオラで過ごした。
1週間後、顔の腫れもだいぶ引き、包帯が大判の絆創膏2枚に変わった。
まだちょっと違和感があるけど、見た目はかなりマシになったと思う。これなら、家族に見せてもそこまで驚かれることはないだろう。
まぁ、結局は、事情を説明することになるんだろうけど。
そして私たちは、ノエリアに一旦の別れを告げ、商業都市ビダオラを発った。
フェンテスへの道すがら、私たちはノタリオに立ち寄った。
「……お会いできるでしょうか」
「たぶん。この前も、2日連続でここで会えたし」
ノタリオの街なかを流れる川、その上に架けられた橋の上で、私たちは辺りを見渡していた。
ここへ来た目的は、彼女に会うためだ。シーラの姉、リネットに。
「きっと、すぐにシーラさんから返事が届くと思うから、わざわざ報告する必要は無いんだろうけど、でも、もう一度だけ会いたいんだ。ごめんね、付き合わせちゃって」
「いいえ。私も、お会いしてみたいなと思っておりましたから」
「そうなの?」
そう言ってから、私は巡らせていた視界の隅に入った人物に、ハッとする。
そちらに顔を向けると、向こう側から橋を渡ってくる、薄い緑のドレスとつば広の帽子を身に着けた女性を見つけた。
「リネットさん!」
駆け寄る私に気付き、目を丸くするリネット。その首には、薔薇飾りのチョーカー。
「え、ティナ? どうしてここに? ていうか、どうしたの、その顔」
私の顔を、心配そうに見つめるリネット。
「あ、えっと、これはそのぉ、……ちょっと仕事で」
「大丈夫なの? ちょっと腫れてるみたいだけど」
「大丈夫ですよ。元はもっと酷かったんですから」
「ええ~?」
一番腫れてた時の状態で来なくて良かった……。
「……ところで、どうしてこの街に? もしかして、またここで仕事?」
「あ、いえ。今日は、リネットさんに会いに来たんです」
「私に?」
そう言って首を傾げながら、私の隣にいるフランカをちらりと見るリネット。
「あ、この人は、私と一緒に傭兵候補生として仕事をしていたフランカさんです」
「初めまして。フランカ・アルジェントと申します」
フランカは、上品に会釈する。
「リネット・クレインです。よろしくね」
そんな彼女に、リネットは笑顔で応じる。その瞳が、再び私へ。
「そうだ。シーラに、手紙を渡してくれた?」
おっと。先を越されたな。
「はい。そのことを報告するために来たんです」
「そうなの? わざわざありがとね。……それで、シーラは元気だった?」
「えっと、はい。すごく元気でした。リネットさんからの手紙、とても喜んでましたよ」
「そっか。良かった……」
嬉しそうに微笑むリネットを見て、私とフランカも笑みを浮かべた。
それから少しの間会話した後、私たちはリネットと別れて再び帰路についた。
彼女に話して聞かせたのは、主に私たちが傭兵に合格したことについてだ。
シーラが大変な目に遭っていたことに関しては、結局話せなかった。
もしかしたら、シーラがそのことを手紙に書いて、リネットに送るかもしれないけど、今は知らなくてもいいと思ったから。
フェンテスに到着した私たちは、店で少し遅い昼食をとった後、駅へ向かい、汽車を待つ。
遠くから、汽笛が聞こえてくる。
そうして、3ヶ月前初めてここに降り立った時のことを思い出した。
あれからたった3ヶ月。あっという間の3ヶ月だった。
流れるように過ぎていったと感じるのはきっと、いろんなことがありすぎたからだ。
そしてきっとこの先も、時間はあっという間に過ぎ去っていくんだろうな。
これまで以上に、いろんなことが待ち受けているんだろうし。
「来ましたね」
「うん。あ~、やっと帰れる」
……なんだか、すごく久し振りに家に帰る気がするなぁ。
そして私たちは、傭兵候補生期間残りの5日間を、家族と一緒に過ごした。
いつもの生活を送りながら。
仰向けに倒れた私に、勢い良く馬乗りになる男。
そいつは私の腕を掴んで抵抗できなくすると、右の拳で私の左頬を殴り始めた。
痛い、痛いっ! やめてっ! 痛ぁい!
どすんどすんと、鈍い衝撃と激痛が、拳を打ち付けられている左頬から頭蓋骨を伝って頭部全体に響き渡っていく。
痛い、やめて……。やめて……やめて……。
意識が、遠のいていく。
ああ、……私、このまま死ぬ、のかな……。
そして男は振り上げた剣の切っ先を私に向け、不気味な笑みを深め、振り落と――
「――――ぅあっ」
見開いた目に入るのは、見慣れた天井だった。
「……」
荒く呼吸をしながら、上体を起こす。
掛け布団がずり落ちるのと同時に、額から生温い汗がだらだらと流れ落ちた。
頭を掴んで髪をくしゃくしゃと掻き、溜め息。
「……最悪」
あの時の光景を夢で見るのは、何度目だ? こりゃすっかりトラウマだな。
しかも、なんか実際には無かったシーンが追加されてるし。
それもやっぱ、恐怖心によるものなんだろうか。
そっと、手で頬に触れる。この5日間で、絆創膏はさらに二回りほど小さくなった。
まだ違和感はあるけど、痛みはほとんど引いている。
「……シャワー、浴びよ」
とにかく、寝覚めは最悪だった。
傭兵候補生期間を終え、今日はフランカと一緒に、首都カランカにある傭兵支援協会本部へ行く。
ついに手にすることができるんだ。ずっと求めていたそれを。
マーセナリーライセンスを……!
私とフランカは朝食後、ノエリアからもらった傭兵候補生期間修了証明書を忘れずにバッグに入れて、モンテスを出発した。
カランカに到着した私たちは、相変わらずの人の波の中を進み、試験の時にも乗った路面電車に乗って、協会本部近くの駅まで向かった。
そして、駅から徒歩10分ほどで、目的地に辿り着く。
さすが本部というだけあって、支部とは建物の大きさも敷地の広さも段違いだ。
敷地は高い壁に囲われていて、門には警備員が数人立っていた。
事情を説明して中に入れてもらった私たちは、真っ直ぐ本部の建物へ向かう。
ここへ来て、なんか緊張してきた。
……私、ここでライセンスをもらったら、もう傭兵なんだよ?
傭兵として、働くんだよ?
ずっと目指し続けてきた傭兵だけど、いざ実際にやるとなると、いろいろ考えてしまう。
ちゃんと仕事を取ることができるのか、とか。
請け負った仕事をちゃんとこなすことができるのか、とか。
仕事を取るのもこなすのも、自分自身。もちろん、全部自己責任。
もうすぐ本部の玄関だというのに、足が驚くほどに重い。
いや、重たく感じているだけか?
どうしよう。歩みが、止まる……!
「どうしました? ティナさん」
「――え?」
その声に我に返った私は、声のした方を見る。
私の前方、本部の玄関のドアを開けてこちらに振り返っているフランカが、小首を傾げていた。
「さぁ、入りましょう」
そう言ってにっこり微笑むフランカ。その顔には、不安も緊張も無い。いつもの彼女だった。
「あ、……うん」
その笑顔に、止まりかけていた私の足が再び動き出す。
悪い癖だ。始まる前からいろいろ考えて……。
本部に入った私たちは、そのまま真っ直ぐ進んだ先にある受付へ向かい、修了証明書を提示した。
応対してくれた男性協会員は、私たちに「おめでとう」と笑顔で言ってから、「ついてきて」と立ち上がる。
協会員の後に続いて、オフィスから長い通路に入り、角を曲がってすぐのところにあった部屋へ。
「少し、ここで待っていて」
そう言い残し、協会員は部屋を出て行った。
「……」
ここは、会議室か何かだろうか。
長いテーブルが輪になるように並べられて設置されているこの部屋には、私たち以外には誰もいない。
ほかの傭兵候補生たちはどうしたんだろう。
私たちは顔を見合わせ、とりあえず椅子に座って待つことにした。
数分後、部屋のドアがノックされる。
そして、「待たせてすまないね」と言いながら入ってきたのは、さっきの協会員ではなく、茶色い髪の長身の男性だった。
彼は私たちのいるテーブルに持ってきた物を置いて、「さてと」とこちらに顔を向けた。
スーツ姿のその男性は若く、そしてびっくりするほど綺麗な顔立ちをしていた。
「ティナ・ロンベルクと、フランカ・アルジェントだね。これで、全員合格だな」
「え?」
その美青年は、綺麗な顔に綺麗な笑みを浮かべた。
「君たち以外の候補生らは皆、もうライセンスを受け取って帰ったよ。君たちが最後だ」
「え、あ、……そうなんですか」
皆、早くない?
これでも私たち、できるだけ早く家を出てきたつもりなんだけど。
……? あれ?
「では早速、君たちにもライセンスを渡そう」
そう言って準備を始める美青年。
……ちょっと待って。
この人、どこかで……。
「――――!」
それに気付いた瞬間、私は隣に座っているフランカを勢い良く見た。
「!」
フランカは、彼に視線を固定したまま、まばたきも忘れて硬直していた。




