22-A
次の日の朝、シーラたちは協会員らと共に、キュラールに帰るためにビダオラを出発した。
私とフランカは、彼女らを見送った後、病院のノエリアのもとへ戻った。
シーラと別れる前に、私は聞いた。姉さんに会いたくないのかと。
ビダオラからフェンテスへ向かう道中、リネットがいるノタリオの近くを通るだろう。
だから、会おうと思えば会えるはずだ。
だけど、彼女は微笑んで、こう返してきた。
――会いたいけど、姉さんが帰ってきてくれるまで、待つよ――と。
……きっと、これまでもずっと、そうやって自分の気持ちを抑え込んで生活してきたんだろう。
リネットが、娼婦になってからずっと。
本音ではきっと、今すぐにでも会いに行きたいんだろうな……。
そう思ったけど、それは私の勝手な想像でしかない。
それに、もし本当に彼女がそう思っていたとしても、私が口出しできるようなことじゃないんだ。
だから私は、シーラと同じように笑って、彼女を見送った。
病室に入ると、ノエリアは身体を起こして窓の外を眺めていた。
彼女は包帯でほとんど見えない顔をこちらに向けて、「おかえり」と言う。
「あの子たちは、もう行った?」
「はい」
私とフランカは目を合わせ、頷き合う。
気になっていたあのことを、聞いてみよう。
「ノエリアさん。聞きたいことがあるんですけど」
そう言ってみると、ノエリアは「なぁに?」と私の質問を待つ。
「……あの男、キースと、ノエリアさんのこと」
一昨日のあの、短いやり取り。
あれだけで、2人が知り合いであることがわかった。
ノエリアは「ああ……」と呟いてから俯き、「いいよ。聞かせてあげる」と俯き加減のまま答えた。
私たちは、ベッドの横に置いたままの椅子に腰を下ろす。
「……あいつ、キースとは、同じ師に剣を学んだ弟子同士だったんだ」
俯きながらも、彼女の瞳はここではないどこか遠くを見ているようだった。
「あいつと会ったのは、えっと、……8年くらい前かな。私が先生と一緒に移り住んだ先の街で、札付きの悪として知れ渡ってる奴だった。あいつ、親に捨てられた孤児でさ、小さい頃から随分荒れてたみたいなの」
今も荒れたままだったことを考えると、この8年間で全く更生はできなかったみたいだな。
「毎日毎日、あいつはどこかで暴力沙汰を起こして、警察の世話になってた。実際あいつは強くて、喧嘩は負け無し。私より2つ下で、あの頃はまだ14歳くらいの子供だったにも関わらず、街の不良たちに一目置かれる存在になってた。……そんなあいつがね、ある日、ボッコボコに負かされたんだよ。たった1人の男にね」
ノエリアの口の端が、少し上がった気がした。
「それが誰だったのかはわからないけど、一発も当てられずに一方的に倒されたことは、あいつの心も打ちのめしたの。それでまさか、私の先生のところに来るとは思わなかったけどね」
ゆっくりと、ノエリアは視線を窓の外へと動かした。
「強くなりたいから、剣を教えてくれって頼み込んできてさ。私は反対だったんだよ。こんな奴に剣を教えたら、絶対悪いことにしか使わないからって。でも、先生はあいつを受け入れた。先生は、あいつを信じたんだよ。必ず更生してくれるって」
その結果が、あれか……。
「喧嘩は強くても、剣はからっきし。私はあいつと何度も手合わせしたけど、しばらくは負け無しだったな。でも、あいつ根性だけはあったからね。死ぬほど頑張ってた私よりもさらに血反吐を吐くくらいの努力を重ねて、見る間に私を追い抜いていった。傭兵採用試験だって、私がギリギリどうにか合格できたのに対して、あいつは断トツ。天才とまで呼ばれてたっけ」
確かに、あいつの剣の腕というか、戦闘能力は相当なものだった。
「傭兵になった当初は、信じられないくらい真面目に働いてたんだよ。昔のあいつを知る人たちは、みんな驚いてたね。でも、そういう人たちにも次第に受け入れられていって、頼られるようになっていった。あの頃のあいつは、人生充実してたと思うよ。そんな顔してたもん」
そこまで言って、ノエリアは黙り込んでしまった。
どうしたのかと目を見合わせる私たちの耳に、「でも」という掠れた呟きが入り込んできた。
「あいつは、先生を見殺しにした」
「見殺し……?」
思わず、私はその言葉を繰り返した。ノエリアは、窓の外を見るのをやめ、再び俯く。
「ある日、私たちが暮らしていた街が、ファミリアの襲撃を受けたの。それは、私たちでは太刀打ち出来ないくらいの強いファミリアで、しかも大群。それでも私たち傭兵は、住民の避難が終わるまで戦い続けた。先生も一緒に戦ってた。だけど、傭兵たちは次々に殺されていき、とうとう私たちを含めて数人になってしまった時、……あいつは逃げ出したの。私と先生を置いて」
ノエリアはギリリと歯を噛み鳴らす。
「……瓦礫の下敷きになって、それでも運良く助かった私以外、そこにいた傭兵は先生を含めて全員殺された。……わかってるんだ。あいつがいたところで、結果はあまり変わらなかっただろうってことはさ。それくらいの圧倒的な相手だったから」
悔しげにそう言ってから、ノエリアは「でも……!」と続ける。
「理解できなかった。あの状況で、1人だけ逃げられるあいつの神経が。私はともかく、あれだけ世話になった先生がいたのに……! あの後しばらくは、あいつのことを恨み続けたよ。ファミリアへの恨みよりも、あいつへの恨みの方が大きかったくらいだ」
そうしてノエリアは、心を落ち着かせるように、大きく深呼吸をした。
「……でも、恨んだところでどうにもならない。あいつを恨んでも先生は帰ってこない。だから私は、あいつのことはスッパリ忘れることにした。実際、暗黒街であいつと再会するまで、完全に忘れ去っていたよ」
そういえば、今までノエリアがあいつのことを話してくれたことは、一度も無かったな。
「……再会した途端、私、自分の感情が抑えられなくなっちゃってさ。あいつに真正面から斬りかかっちゃってね。結果、このザマだよ」
苦いものを含んだ笑みを浮かべるノエリア。
「あいつ、あの頃よりもさらに強くなってた。たぶん、あの後も剣を振るい続けていたんだろうね。それがファミリアに対してか、人間に対してかは知らないけど。……あいつに動けなくなるまで殴られた後さ、弱くなったなって言われたんだよ。悔しくて仕方なかった。私だって戦い続けてきたのに、どうしてこいつとこんなに差が広がってるんだって。私、悔しくて悔しくて……!」
「ノエリアさん」
声をかけると、ノエリアは肩をビクッと震わせた。
そして彼女は、私たちの方へ顔を向け、「ごめん」と呟く。
「……私とあいつの話は、こんなところかな」
そう言ってから、再び深呼吸をするノエリア。
「でも、まさかこんなところで再会するとは思ってなかったなぁ。傭兵もとっくに辞めて、どこかの組織の警備隊長を務めてるとか言ってさ。……そういえば、その組織のことを聞いても、絶対に答えようとはしなかったな、あいつ。口止めでもされてるのかな。まさか、知らないってことはないだろうし」
そしてまた、窓外に広がる空へ目を移すノエリア。
「……あの様子じゃあ、警察に聞かれても答えないかもね。それでそのまま、処刑されるんだろうな。……あいつは、人を殺しすぎたから」
そう呟くノエリアの顔は見えなかったけれど、少し寂しげな雰囲気を纏っているように見えた。
フランカと一緒に病院内で朝食をとってノエリアの病室に戻ると、ノエリアの枕元には彼女のバッグ、そしてその手には、2枚の紙があった。
なんだろうと見つめていると、ノエリアは「2人共、こっちに来て。あなたたちに、渡す物があるの」と私たちを呼び寄せた。
「はい、これ」
「?」
渡された紙に落とした目にまず飛び込んできたのは、「傭兵候補生期間修了証明書」という文字列だった。
「……修了、証明書?」
鼓動が、激しくなる。渡されたこの書類が意味するところを、すでに頭のどこかで理解しつつあったから。
だけど、確かめたかった。
ノエリアの口から、その言葉を聞きたかったんだ。
「おめでとう、2人共」
ノエリアは、包帯の下の唇に笑みを形作る。
「合格だよ」
その瞬間、私はものすごい勢いで隣のフランカの方を向いた。彼女もまた、私の方を向いて、見開いた双眸で私を凝視していた。
「少し早いけど、もう渡しておくね。私がこんな状態じゃあ、もう残りの仕事はできないしさ」
喜びがこみ上げ始めるのと同時に耳に入った、その言葉。
「……確か、あと12日残ってますよね、候補生期間って」
「ええ。だから、ちゃんと12日間待ってから行ってね、カランカに」
カランカ?
「その修了証明書を、カランカの傭兵支援協会本部に持っていけば、マーセナリーライセンスをもらえるよ。……あれ? 最初に話さなかったっけ?」
……どうだったかな。この3ヶ月、いろいろありすぎて忘れちゃった。
「う~ん、説明してなかったかも。まぁいいや。とにかく、あなたたちは合格。あとはライセンスをもらえば、あなたたちは晴れて傭兵として働けるようになるよ」
そしてもう一度、「おめでとう」と笑うノエリア。
私とフランカは、どちらからともなく、相手に抱きついていた。
こういう時、「やったー!」とか、何か歓喜の声が出るものだと思っていたけど、なんだろう、嬉しすぎたのかな。
私もフランカも、無言のまま抱き合うだけだった。
ただ、嬉し涙は自然と流れ出ていた。全部包帯に染みちゃったけど。
そして心を満たすのは、深い深い、安堵感と達成感。
ずっしりと身体に乗っかっていた何かがすとんと落ちて、とても気持ちが楽になった。
「……」
やがて身体を離した私たちは、見つめ合い、またぎゅっと、互いを抱き締めた。
それから私とフランカは椅子に座り、ノエリアとこれまでのことを語り合った。
思い出すのは、ほとんどが戦いの記憶だ。
一番最初の仕事でいきなり死にかけたけど、それでも始めの1ヶ月くらいは、こんな簡単な仕事ばかりで大丈夫なんだろうかと不安に思っていた。
だけど、それが少しずつ少しずつキツいものばかりになっていき、何度も心が折れかけた。自分の非力さを悩んだ。
この3ヶ月間で、私は確かに強くなったと思う。心身共に。
でも、それでもまだ、私は弱く未熟だ。
どんな仕事でもやり遂げてやると意気込むことはできても、実際には、1人では簡単な仕事しかまともにこなせないだろう。
その程度の実力しか無いはずだ。
だから私は聞いた。なぜ合格なのかと。
するとノエリアは、笑って答えた。
――私は最初から、あなたたちの力を認めていたよ――って。
元々、採用試験合格まであと一歩という実力を持っていた私たちのことを、ノエリアは会う前から高く評価していたらしい。
――だから、自分の仕事はこの子たちの長所を伸ばしてその“あと一歩”を埋め、さらにその先のレベルへ到達させてやることだと思っていた。
そのためには、より多くの戦闘を経験させることが重要であり必要だった――とのこと。
道理で、やたらと強い敵にも私たちだけで戦わせることが多かったわけだ。
そのせいで、いろいろと悩むことになったわけだけど、自分の実力をちゃんと把握しておくことは大切だよと言われ、そして、あなたたちはそれがしっかりできていると、褒められた。
――あなたたちは、もう傭兵として充分にやっていける力を持ってるよ。
少なくとも、あなたたちの同期とは、力の差はほとんど無いと思う。彼女らが3ヶ月前から傭兵として働いていたのと同じだけ、あなたたちも傭兵の仕事を経験していたんだから。
だから、自信を持って、傭兵の世界に足を踏み込んでいって――
そうして、ノエリアは私とフランカを順に見てから、「頑張ってね」と言ってくれた。
私たちは、「はいっ! ありがとうございました!」と声を揃えた。
……ふと、思う。
“あの人”との力の差は、どのくらい埋まったのだろうか。
あの、ほかを寄せ付けない強さで傭兵に合格した、彼女との力の差は。
埋まるどころか、開いてたりして。
……ありえるなぁ。




