表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
マーセナリーガール -傭兵候補生-  作者: 海野ゆーひ
第20話「反撃の覚悟」
PR
40/50

20-A

 突然の凶行に、少女たちは腰を抜かし、私は視線を巡らせた。


「よお」

 そして見つける。


 私たちに向かって、斬り落とした人間の首を投げつけてきたそいつを。

 手も足も出ずに負かされた、あの男を。


「やれやれ。中の馬鹿共はやっぱり無能だったか。まぁ、どうせ捨て駒の下っ端。その辺で適当に集めてきた連中だからな」

 そいつは、この建物の敷地を囲う壁の上に立ち、こちらを見下ろしていた。


「……ふん。やっぱ、ノエリアの弟子なだけはある。うぜぇしぶとさだ」

 男は壁から下り立ち、こちらにゆっくりと歩いてくる。


「あなたたちは、そこにいて」

 怯える少女たちにそう言い残し、私も前進。剣を握る手に、必要以上に力が入る。


「あいつらの指摘通り、手足を縛っとくべきだったかもな。まさか、こうも軽々と逃げ出してくるとは思ってなかったぜ」

 互いに、ある程度の間合いを取って止まる。


「何だよその目は。また俺に殴られてぇのか? 俺は大歓迎だぜ? 女を殴るのは気分がいいからな」

 醜悪な笑みに、軋んだ笑い声。嫌悪感が一気に膨れ上がる。


 と同時に、不安も同じ量に増大する。

 私は、こいつに勝てなかった。全く歯が立たなかった。こうして奴の目の前に立ってみたものの、正直、怖い。


 まともにやり合えば、私に勝ち目は無い。

 でも、何もせずに捕まるわけにもいかない。


 ……だったら、戦うしかない。

 戦って、とにかくあの3人だけでも守り抜かなきゃ。


「……」

 剣を構える。深く呼吸をし、心を落ち着かせる。


「へっ。どうやら、もう一回痛い目を見たいらしい」

 男も剣を抜き、構える。


「さっさとかかってこいや! ごらぁっ!」

 駆け出すのは、男が先だ。私は、迎え撃つ!


 振り下ろされる剣。鋭い風切り音。まともに食らえば、胴を斜めに断ち切られるほどの一撃。

 受け止めても一気に押し込まれると判断した私は、その攻撃の軌道を読み、瞬時に体勢を低くし、左前に踏み出す。


 頭の横に、男の一撃から放たれた衝撃波がぶつかる。ゾワッと恐怖心が噴き出す。


 震えかけた手に力を込め、着地した足を軸に男の右横腹を狙って一閃。


「おぉっと!」

 しかしそれは、すぐさま引き戻された剣によって防がれる。くそっ、反応が速い!


「おら!」

「くっ」

 軽々と私を剣ごと押し退け、突っ込んでくる男。


 その顔には、勝ちを確信した笑みがある。

 不気味な笑みは、一瞬にして目の前だ。


 剣の振り上げも速い。そこから繰り出される袈裟懸けの一閃も、目で追えない。


「うっく」

 見えないなら、読むしかない。私は剣で頭を守りつつ、身体を回転させつつ横へ跳んだ。


 それでどうにか剣の一撃は避けることができたけど、直後、奴の回し蹴りが私の背中を襲った。


「ぐぁっ!」

 吹き飛ぶ身体。そのぐらつく視界の隅に、偶然、奴が私めがけて刺突を繰り出そうとしているのが入った。


 そこから、奴の刺突が私のもとに迫るまでは一瞬だ。

 私はその一瞬で、剣を地面に突き立て、吹き飛ぶ方向をわずかにずらし、刺突を回避することに成功。


「おっ?」

 その動きは、奴には予想外だったようだ。私だって、うまくいくとは思ってなかった。


 どうにか足から着地した私は、そのまま大きく2歩、後ろへ跳んで止まる。


「……」

 勝てる気がしない。蹴られた背中がズキズキ痛む。でも、戦い続けるしかない!


「今のはいい動きだ。だが、逃げてばっかじゃ意味ねぇぞ!」

 奴がそう叫んだ次の瞬間には、間合いは消える。


 横薙ぎの一閃に剣を合わせて受け止めると、奴は返す刀で刺突を繰り出してきた。

 避けきれず、左腕が浅く抉られる。


「くぅ!」

 傷は浅いけど、痛みは鋭い。


 逃げてばかりじゃ意味がない? そんなこと、わかってんだよ!


「このっ!」

 奴が剣を引くのに合わせて、私も剣を突き出す。けれど、ひょいっと首を反らされて躱される。


 そうしてガラ空きになった私の腹部、その左脇腹に、奴のつま先がめり込んだ。


「――ぅぐっ」

 激痛が駆け抜ける。


 そのまま地面に転がりそうになるのを、歯を食い縛って足を踏ん張り、耐える。

 が、その時にはすでに、奴の剣が私の頭目がけて振り下ろされていた。


 全身の血が一気に冷える感覚。

 今から剣を振り上げても間に合わないことを、瞬時に理解した。


 ――死ぬ……!


「いてっ」

「――!」


 確実に私の頭を破砕できたはずのその凶刃が、びたっと止まる。

 その際に生じた風が、私の前髪を揺らした。


 ……え? 何が起きた?


「いてっ、くそっ! やめろ!」

「!」

 何かが奴の身体に当たっているなと思ったら、それはあの少女たちが投げ続けている石だった。


 その辺に転がっている石を手当たり次第に拾い上げ、男に向けて投げつけている。

 ……なかなか、コントロールがいい。だけど、男に当たった石が私にも当たるのがちょっとね。


「いいところを邪魔しやがって」

 男の意識は、完全に少女たちの方へ向けられてしまったようだ。男に睨みつけられ、少女たちは怯む。


「そんなに殴られてぇなら、まずはてめぇらからやってやるよ」

 怯える少女たちに向かって、男は歩き出す。マズい。


「うっ……」

 奴を追おうと歩き出すけど、脇腹の痛みが私の動きをさらに鈍くする。このままじゃ、間に合わない。


 どうする。……どうする!


「!」

 そうだ、もう1本あったんだ。私はそれを思い出し、ベルトに差してあった物を握る。


 それを逆手で抜き放ち、くるっと順手持ちにして握る。


「さぁ、どいつからだ。お前からいくか?」

「ひぃっ」

 指をさされた黒髪の少女が悲鳴を上げる。


 させるか!


 手に握ったそれを振りかぶり、奴の背中めがけて思い切り投げつける。


「――ぐぉあっ!」

 外せば少女たちの方へ飛んでいく軌道だったそれ――ナイフは、見事狙い通りに、男の背中に深々と突き刺さった。


 背中といっても、脇腹に近い位置だ。それでも、相当なダメージを与えられたはず。

 叫ばずにはいられない!


「なぁに背中向けてんだ、ばぁーか! 動けないとでも思ったのかっ!」

 なんか、スカッとした。


「……ってぇな」

 停止していたそいつは、掠れた声でそう言うと、背中に刺さったナイフを一気に引き抜いた。


 じわっと、服に血が滲んでいく。その広がりは、かなり早い。


「――!」

 そして振り返った顔に、もう不敵な笑みは無かった。


 そこにあるのは、私への、私だけへの憎悪。いや、殺意か。


「やめだ」

「――!」

 ハッと気付けば、男の姿は眼前。


 暗く冷たい光が二つ、私を射抜く。


 ――次の瞬間、視界が大きくブレた。と同時に、頭蓋骨に鈍い音が響き強烈な衝撃が走る。

 その中心にあるのが、私の左頬だ。


「うっ! ぐっ……」

 とんでもない力に吹き飛ばされ、地面を跳ねて転がる私。


 一体、何が?


「――ぐぅっ!」

 仰向けになって止まった直後、身体の上にどすんと何かが乗った。


 黒い影。それが奴であると認識するまで、とても時間がかかった気がした。

 頭がぐわんぐわんする。


「抵抗する気力を奪えりゃいいと思ってたが、やめだ」

 さらに掠れた声を漏らした男は、拳を振り上げ――


「ぐぅっ!」

 殴った。私の左頬を、また。


「ここで殺すわ、やっぱ」

「ひっ」

 今度は右頬。


 手で抵抗しようとすると、男は慣れた動きで私の両手首を左手で掴み上げ、右拳を振り下ろし続ける。


「死ね」

「痛ぁ!」


「死ね」

「ぅがっ」


 顔を反らしても、お構いなしにめり込んでくる奴の拳。

 ごつごつとした固く大きな石を振り下ろされているかのようだ。


 一発殴られるごとに、殴られている方とは逆の顔が、固い地面に叩きつけられる。


 痛い。痛いっ!


 口の中に、血の味が広がっていく。顔じゅうが、痛い。

 殴られるたびに、身体が痺れていくようだ。力が抜けていく。頭がぼーっとする。でも、痛い。

 痛みだけは、ぼやけた意識の中でもはっきりと伝わってくる。


 ……少女たちが、何かを叫んでる。でも、なんて言ってるのかわからない。

 私の意識に響くのは、絶え間なく押し寄せる衝撃、そして痛みだけだ。


 私を殴り続けている男も、何かを言っている。うわ言のように。

 よく聞こえないけど、たぶん言い続けているんだろう。

 死ね、死ね、と。


 痛い……。視界が滲んでぼやけているのは、泣いているから?

 それとも、意識が途切れかけているんだろうか。


 でも、痛みだけはまだはっきりとわかる。それだけは、わかる。


 ……ああ、でも、もう駄目だ。その痛みすらも、ぼやけてきた。


 私、このまま、死ぬのかな……。


 死に、たくない……。


「ぐっ、がっ……!」


 …………?


 なんだ? 急に痛みが止んだ。


「?」

 少しずつ、感覚が戻ってくる。ぼやけていた意識が、視界が、じわじわと戻っていく。


 あれ? 奴に掴まれていた両手の自由も、戻ってる?

 一体、何が…………?


「――――!」


 私の上に馬乗りになっているそいつの姿。その目は大きく見開かれ、下に向けられていた。

 そして私は、そいつが見ている箇所、そこに何があるのかを、すでに見ていた。


 ぽたりぽたりと、赤い液体が滴っている。

 そいつの胸の下辺りから突き出た、銀の筋を伝って。


「ぐ、あ、あぁぁぁ……」

 男の身体は、刃物で貫かれていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ