20-A
突然の凶行に、少女たちは腰を抜かし、私は視線を巡らせた。
「よお」
そして見つける。
私たちに向かって、斬り落とした人間の首を投げつけてきたそいつを。
手も足も出ずに負かされた、あの男を。
「やれやれ。中の馬鹿共はやっぱり無能だったか。まぁ、どうせ捨て駒の下っ端。その辺で適当に集めてきた連中だからな」
そいつは、この建物の敷地を囲う壁の上に立ち、こちらを見下ろしていた。
「……ふん。やっぱ、ノエリアの弟子なだけはある。うぜぇしぶとさだ」
男は壁から下り立ち、こちらにゆっくりと歩いてくる。
「あなたたちは、そこにいて」
怯える少女たちにそう言い残し、私も前進。剣を握る手に、必要以上に力が入る。
「あいつらの指摘通り、手足を縛っとくべきだったかもな。まさか、こうも軽々と逃げ出してくるとは思ってなかったぜ」
互いに、ある程度の間合いを取って止まる。
「何だよその目は。また俺に殴られてぇのか? 俺は大歓迎だぜ? 女を殴るのは気分がいいからな」
醜悪な笑みに、軋んだ笑い声。嫌悪感が一気に膨れ上がる。
と同時に、不安も同じ量に増大する。
私は、こいつに勝てなかった。全く歯が立たなかった。こうして奴の目の前に立ってみたものの、正直、怖い。
まともにやり合えば、私に勝ち目は無い。
でも、何もせずに捕まるわけにもいかない。
……だったら、戦うしかない。
戦って、とにかくあの3人だけでも守り抜かなきゃ。
「……」
剣を構える。深く呼吸をし、心を落ち着かせる。
「へっ。どうやら、もう一回痛い目を見たいらしい」
男も剣を抜き、構える。
「さっさとかかってこいや! ごらぁっ!」
駆け出すのは、男が先だ。私は、迎え撃つ!
振り下ろされる剣。鋭い風切り音。まともに食らえば、胴を斜めに断ち切られるほどの一撃。
受け止めても一気に押し込まれると判断した私は、その攻撃の軌道を読み、瞬時に体勢を低くし、左前に踏み出す。
頭の横に、男の一撃から放たれた衝撃波がぶつかる。ゾワッと恐怖心が噴き出す。
震えかけた手に力を込め、着地した足を軸に男の右横腹を狙って一閃。
「おぉっと!」
しかしそれは、すぐさま引き戻された剣によって防がれる。くそっ、反応が速い!
「おら!」
「くっ」
軽々と私を剣ごと押し退け、突っ込んでくる男。
その顔には、勝ちを確信した笑みがある。
不気味な笑みは、一瞬にして目の前だ。
剣の振り上げも速い。そこから繰り出される袈裟懸けの一閃も、目で追えない。
「うっく」
見えないなら、読むしかない。私は剣で頭を守りつつ、身体を回転させつつ横へ跳んだ。
それでどうにか剣の一撃は避けることができたけど、直後、奴の回し蹴りが私の背中を襲った。
「ぐぁっ!」
吹き飛ぶ身体。そのぐらつく視界の隅に、偶然、奴が私めがけて刺突を繰り出そうとしているのが入った。
そこから、奴の刺突が私のもとに迫るまでは一瞬だ。
私はその一瞬で、剣を地面に突き立て、吹き飛ぶ方向をわずかにずらし、刺突を回避することに成功。
「おっ?」
その動きは、奴には予想外だったようだ。私だって、うまくいくとは思ってなかった。
どうにか足から着地した私は、そのまま大きく2歩、後ろへ跳んで止まる。
「……」
勝てる気がしない。蹴られた背中がズキズキ痛む。でも、戦い続けるしかない!
「今のはいい動きだ。だが、逃げてばっかじゃ意味ねぇぞ!」
奴がそう叫んだ次の瞬間には、間合いは消える。
横薙ぎの一閃に剣を合わせて受け止めると、奴は返す刀で刺突を繰り出してきた。
避けきれず、左腕が浅く抉られる。
「くぅ!」
傷は浅いけど、痛みは鋭い。
逃げてばかりじゃ意味がない? そんなこと、わかってんだよ!
「このっ!」
奴が剣を引くのに合わせて、私も剣を突き出す。けれど、ひょいっと首を反らされて躱される。
そうしてガラ空きになった私の腹部、その左脇腹に、奴のつま先がめり込んだ。
「――ぅぐっ」
激痛が駆け抜ける。
そのまま地面に転がりそうになるのを、歯を食い縛って足を踏ん張り、耐える。
が、その時にはすでに、奴の剣が私の頭目がけて振り下ろされていた。
全身の血が一気に冷える感覚。
今から剣を振り上げても間に合わないことを、瞬時に理解した。
――死ぬ……!
「いてっ」
「――!」
確実に私の頭を破砕できたはずのその凶刃が、びたっと止まる。
その際に生じた風が、私の前髪を揺らした。
……え? 何が起きた?
「いてっ、くそっ! やめろ!」
「!」
何かが奴の身体に当たっているなと思ったら、それはあの少女たちが投げ続けている石だった。
その辺に転がっている石を手当たり次第に拾い上げ、男に向けて投げつけている。
……なかなか、コントロールがいい。だけど、男に当たった石が私にも当たるのがちょっとね。
「いいところを邪魔しやがって」
男の意識は、完全に少女たちの方へ向けられてしまったようだ。男に睨みつけられ、少女たちは怯む。
「そんなに殴られてぇなら、まずはてめぇらからやってやるよ」
怯える少女たちに向かって、男は歩き出す。マズい。
「うっ……」
奴を追おうと歩き出すけど、脇腹の痛みが私の動きをさらに鈍くする。このままじゃ、間に合わない。
どうする。……どうする!
「!」
そうだ、もう1本あったんだ。私はそれを思い出し、ベルトに差してあった物を握る。
それを逆手で抜き放ち、くるっと順手持ちにして握る。
「さぁ、どいつからだ。お前からいくか?」
「ひぃっ」
指をさされた黒髪の少女が悲鳴を上げる。
させるか!
手に握ったそれを振りかぶり、奴の背中めがけて思い切り投げつける。
「――ぐぉあっ!」
外せば少女たちの方へ飛んでいく軌道だったそれ――ナイフは、見事狙い通りに、男の背中に深々と突き刺さった。
背中といっても、脇腹に近い位置だ。それでも、相当なダメージを与えられたはず。
叫ばずにはいられない!
「なぁに背中向けてんだ、ばぁーか! 動けないとでも思ったのかっ!」
なんか、スカッとした。
「……ってぇな」
停止していたそいつは、掠れた声でそう言うと、背中に刺さったナイフを一気に引き抜いた。
じわっと、服に血が滲んでいく。その広がりは、かなり早い。
「――!」
そして振り返った顔に、もう不敵な笑みは無かった。
そこにあるのは、私への、私だけへの憎悪。いや、殺意か。
「やめだ」
「――!」
ハッと気付けば、男の姿は眼前。
暗く冷たい光が二つ、私を射抜く。
――次の瞬間、視界が大きくブレた。と同時に、頭蓋骨に鈍い音が響き強烈な衝撃が走る。
その中心にあるのが、私の左頬だ。
「うっ! ぐっ……」
とんでもない力に吹き飛ばされ、地面を跳ねて転がる私。
一体、何が?
「――ぐぅっ!」
仰向けになって止まった直後、身体の上にどすんと何かが乗った。
黒い影。それが奴であると認識するまで、とても時間がかかった気がした。
頭がぐわんぐわんする。
「抵抗する気力を奪えりゃいいと思ってたが、やめだ」
さらに掠れた声を漏らした男は、拳を振り上げ――
「ぐぅっ!」
殴った。私の左頬を、また。
「ここで殺すわ、やっぱ」
「ひっ」
今度は右頬。
手で抵抗しようとすると、男は慣れた動きで私の両手首を左手で掴み上げ、右拳を振り下ろし続ける。
「死ね」
「痛ぁ!」
「死ね」
「ぅがっ」
顔を反らしても、お構いなしにめり込んでくる奴の拳。
ごつごつとした固く大きな石を振り下ろされているかのようだ。
一発殴られるごとに、殴られている方とは逆の顔が、固い地面に叩きつけられる。
痛い。痛いっ!
口の中に、血の味が広がっていく。顔じゅうが、痛い。
殴られるたびに、身体が痺れていくようだ。力が抜けていく。頭がぼーっとする。でも、痛い。
痛みだけは、ぼやけた意識の中でもはっきりと伝わってくる。
……少女たちが、何かを叫んでる。でも、なんて言ってるのかわからない。
私の意識に響くのは、絶え間なく押し寄せる衝撃、そして痛みだけだ。
私を殴り続けている男も、何かを言っている。うわ言のように。
よく聞こえないけど、たぶん言い続けているんだろう。
死ね、死ね、と。
痛い……。視界が滲んでぼやけているのは、泣いているから?
それとも、意識が途切れかけているんだろうか。
でも、痛みだけはまだはっきりとわかる。それだけは、わかる。
……ああ、でも、もう駄目だ。その痛みすらも、ぼやけてきた。
私、このまま、死ぬのかな……。
死に、たくない……。
「ぐっ、がっ……!」
…………?
なんだ? 急に痛みが止んだ。
「?」
少しずつ、感覚が戻ってくる。ぼやけていた意識が、視界が、じわじわと戻っていく。
あれ? 奴に掴まれていた両手の自由も、戻ってる?
一体、何が…………?
「――――!」
私の上に馬乗りになっているそいつの姿。その目は大きく見開かれ、下に向けられていた。
そして私は、そいつが見ている箇所、そこに何があるのかを、すでに見ていた。
ぽたりぽたりと、赤い液体が滴っている。
そいつの胸の下辺りから突き出た、銀の筋を伝って。
「ぐ、あ、あぁぁぁ……」
男の身体は、刃物で貫かれていた。




