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マーセナリーガール -傭兵候補生-  作者: 海野ゆーひ
第19話「暴れる少女」
39/50

19-B

 ピクリともしなくなった男を放置し、開け放たれた扉から注意深く外を窺う。

 ……よし。どうやら、こいつしかいなかったみたいだな。良かった。


 安堵の吐息をつきながら、顔を引っ込めて扉を閉めると、男に近付き、しゃがむ。

 そして、首筋に手を触れる。


 ……良かった、死んでない。

 しっかし、あんなにきれいに決まるなんて思わなかったな。


 ……それにしても、本当に弱点だったんだ。一発で動きを奪えたもんね。

 一体、どれほどの痛みなんだろうか。私にはわからない。わからないからこそ、全力で蹴ることができた。

 でも、ちょっと可哀想なことしちゃったかも。


 ま、いいよね。こいつ、悪い奴だし。


「さてと……」

 見たところ、腰に差してある剣とナイフがこいつの武装かな。ありがたくいただいておこう。


「……重いな」

 そいつの剣は、私がいつも使っている物よりも幾分か重く、そして大きかった。


 まぁ、振り回せないほどではなさそうだからいいけど。


 剣とナイフ、それと、男が持っていた鍵束を奪った私は、そこでようやくある方向からの視線に気付く。


 いつの間にか喧嘩をやめ、私に視線を固定している3人に対し、私も硬直。


「……何、やってんの。あんた」

 黒髪の少女が、絞り出すように言葉を発する。


「ヤ、ヤバいよ。バレたらどうすんの、それ」

 茶髪の少女も、かなり狼狽している。


 ……普通に考えたら、これは彼女らの言う通り、とてもヤバい展開だ。

 でも、もう後には退けない。いや、退いてちゃ駄目なんだ。


「ここから出るよ」

 そう言い放つ私に、口を引きつらせていた2人は「はぁ?」と声を揃える。


「出るって、どうやって?」

「出口を探して、そこから出るに決まってるでしょ」

 茶髪の少女の問いにそう答えると、黒髪の少女が声を荒げる。


「出口がどこにあるのか、あんたわかってんの? それに、無事に出口を見つけたとして、すんなり逃げられるとでも思ってんの?」

 まぁ、そうだね。すんなり行けるとは思ってない。


「でも、逃げなくちゃいけないでしょ? あなたたちは、ここで大人しく売られるのを待ちたいの?」

 わざと冷めた口調で問うと、「冗談じゃない!」と黒髪の少女が言い放った。


「じゃあ、行くしかないでしょ」

 腰に手を当て、少女らを見下ろす。


 黒髪と茶髪の子は、顔を見合わせて困惑していたけど、彼女は違った。


「行こう」

 シーラは静かにそう言って、立ち上がった。目を丸くする2人の少女。


 そんな彼女らをシーラは見下ろし一言、「行かないの?」と問いかける。


 問われた2人は、もう一度目を見合わせ、立ち上がった。


「行くに決まってんじゃん」

「私も。売られるなんてヤだもん」

 さっきまで大喧嘩してたくせに、随分大人しくなったもんだ。


 でも、まぁ、全員覚悟はできたみたいだな。


「私が、あなたたちを守るから。だから、ついてきて」

 そう言ってから、奪った剣を抜き放つ。お、片刃の剣か。これなら峰打ちができるな。


 扉の方へ向こうとした時、黒髪の少女が「ちょっと待って」と呼び止める。


「あんたさぁ、さっき傭兵の見習いとかなんとか言ってたよね?」

 言ったね。傭兵候補生っていうのを説明するのが面倒だったから。


「ってことはさ、まだ傭兵でもなんでもないわけでしょ? 大丈夫なの?」

 ……確かに、心配になるのも頷ける。もし私が彼女の立場なら、同じ事を思っただろう。


 シーラも、疑いの眼差しを向けてくる。


 守るって言っちゃったけど、正直、不安しかない。だけど、やるしかない。

 この中で、剣を持って戦えるのは、私だけだから。

 力を持つ者が、弱者を守るのは当然のことだ。だから、私はやる。

 絶対に、彼女らを守り抜くんだ。絶対に……!


「大丈夫。私を信じて、ついてきて」

 そう言って身を翻すと、扉を開けて外に出た。




 薄暗く狭い通路には、私たちが入れられていた部屋以外にも、同じような扉の部屋が並んでいた。

 だけど、そのいずれも扉は開け放たれている。どうやら、使っていない部屋のようだ。


 通路の中間付近、ちょうど私たちがいた部屋の前くらいの壁に、オイルランプが掛けられている。

 そのすぐ横に、さっき部屋に入ってきた男が座っていたと思しき椅子が置かれていた。


「……ここ、地下なのかな」

 通路のどこにも、窓が無い。部屋の中も同様だった。


「うん。ここに連れて来られた時、階段を下りたから」

 私の呟きに、シーラが答える。


「階段、……って、あれのこと?」

 前方、私たちが進む先に、上へ続く階段がある。シーラは「そう」と頷いた。


「!」

 その時、私はほかの誰よりも早くその音に気付いた。足音だ。


「上から足音が聞こえる。誰か下りてくるかもしれない」

「――もがっ」

 私の言葉に声を上げそうになった黒髪の少女の口を、慌てて塞ぐ。


「こっちに来て」

 そして、階段横のわずかなスペースへ、3人を押し込む。


「……来た」

 予想した通り、誰かが階段を下りてきた。


 少女たちの方を一瞥すれば、シーラは不安顔、ほか2人は身体を震わせて口元を手で覆っている。


 階段を下りてきたのは、さっきの男同様、腰に剣とナイフを下げた男だった。


「ん? おい、なんで誰もいねぇんだ」

 男はすぐに、その異変に気付いた。この先の光景を見られたらマズい。ここで何とかするしかない。


 私は少女たちに向かって人差し指を立てて「しっ」とやってから、物陰から飛び出し、男へ肉薄。


「――なっ」

 男はすぐに私に気付くけど、もう遅い!


 すでに構えていた剣を速度を抑えて突き出す。さすがにこれくらいは避けてよと願う私の眼前で、男は慌てながらギリギリでそれを横に回避。


 よし。狙い通りだ。

 素早く剣を反対にして峰の方を男に向けると、思い切り身体を捻って横に構え、一気に振り回す。


「がっ……!」

 鈍い音を立てて、男の側頭部に剣の峰が衝突。


 その勢いで、男は横にあった壁に反対側の頭も打ち付け、ぐにゃりとその場に倒れて動かなくなった。

 白目を剥き、鼻からは血が流れている。


 男の脈を確認した後、再び剣とナイフを奪い取り、少女たちのもとへ戻る。


「……すごいね」

 シーラは感嘆の声を発し、ほか2人は口を半開きにしたままで私を見ていた。


「これ、持ってて」

 奪ったナイフを腰に差してから、鞘に入ったままの剣をシーラに差し出す。


 困惑する彼女に対し、私は安心させるために笑って言う。


「別に、戦えってわけじゃないよ。それは、私が使う予備。1本より、2本あった方がいいでしょ?」

 そう説明すると、彼女は納得したか、剣を受け取り、胸に抱えた。


 私はシーラに一つ頷き、そして、階段の上を睨む。

 ……さてと。ここからが勝負だな。




 足音を立てずにそっと階段を上がると、そこもまた薄暗かった。

 ただ、通路の片側には窓が並び、外の光がぼんやりと差し込んでいるので、地下ほど暗くはない。


「……駄目か」

 静かに窓の一つを開けてみると、目の前にあったのははめ殺された鉄格子。


 おそらく、ほかの窓も同じだろう。これで、窓から抜け出すという選択肢は無くなった。

 やっぱり、出入り口の扉を探すしかない。


「行こう」

 通路には、木箱やら何やらが、無造作に放置されている。それらの物陰に隠れながら進んでいこう。


 そう思って歩き始めた、次の瞬間だった。


「ったく、あいつら何話し込んでんだ」

「――!」

 すぐそばの部屋の扉が開き、男が1人通路に出てきた。


「……ん」

「あ……」


 目と目が、合う。

 私たちの姿を視界に入れた男は、その光景の意味をじょじょに理解するかのように、見る見る目を見開いていく。


「やばっ……!」

「ぅおい! 女共が逃げてやがるぞっ!」

 男が叫んだ直後、複数の男の声がその部屋の中から湧き起こる。


「みんなっ! 走って! 全速力でっ!」

「くそっ! おいこらっ! 待てやおらぁっ!」

 私の指示と、男たちの怒声が同時に通路に響く。


 駆け出す少女たち。

 私はその一番後ろにつき、後方から口汚く罵りながら追いかけてくる男たちをちらちらと確認し続ける。


 男たちの足はそれほど速くないけど、それ以上に少女たちの足が遅い。

 このままじゃ追いつかれる!


「先に行って! あ、これ持って行って!」

 そう叫びながら、狙いも定めずにさっき手に入れた鍵束を投げる。


 それが運良く黒髪の少女の手の中に収まったのを横目で確認した私は、立ち止まって剣を構えた。


「なんだ、こら。俺らとやろうってのか」

 少女1人に対し、男たちは4人。どう転んでも制圧できると確信したらしい男たちは、それぞれの醜い顔にさらに醜い笑みを浮かべた。


 男たちはさらに何か下卑たことを言いかけたけど、そんなもんを聞いてやる義理は無い。


 剣を構えて男たちへ迫った私は、さっき奪ったナイフをわざと見えるように抜き放ち、投げる。

 それだけで、男たちは慌てふためき左右に別れ、2人は壁に身体を打ち付けてバランスを崩し、1人はそばにあった椅子に、もう1人は木箱に足を取られて転がった。


 とりあえず剣を振り下ろし、木箱で転んだ男の頭頂を剣で殴ると同時に身体を回転させて剣を振り、壁にぶつかった男を1人殴り倒す。


 そのまま一歩前進し、バランスを整えて剣を抜こうとしていた男の横腹を剣で殴ってよろめかせて、返す刀で側頭部を強打。


 そして、椅子に足を引っかけた男が逃げようとしているのを見て、その背中を蹴り飛ばして転ばせた後、後頭部に一撃。


「よしっ」

 4人全員を気絶させた私は、すぐさま踵を返し、少女たちを追う。


 その声が、曲がり角の向こうから聞こえてくる。

 角を曲がると、すぐそこに扉が。しかし、その前で少女たちが集まっている。


「どうしたの?」

 駆け寄りながら問うと、黒髪の少女が振り返って、涙目で「鍵が合わない! 全部!」と叫ぶ。


 茶髪の少女も、シーラも、その顔に絶望を貼り付けていた。


 こんなところで立ち往生してたら、さっき気絶させた奴らか、別の奴らに見つかって捕まってしまう。


「どいてっ!」

 私は瞬時に判断し、大きな賭けに出ることにした。


 剣を逆手に持ち替え、切っ先をドアノブへ向ける。


「ちょっ」

 誰かが私の行為に対して何かを言おうとしたけど、その時にはすでに、私は剣を振り下ろしていた。


 ガキンと大きな金属音がして、ドアノブが飛び、その周辺が砕け散る。


「これで、どうだあああっ!」

 宙を舞う破片の中を、私は回転し、ドアノブがあった場所へ全力の蹴りをお見舞いする。


 ドアノブを破壊した時よりも大きな音を立てて、ドアが勢いよく外側へ開いた。

 そのままちぎれ飛ぶかなと思ったけど、さすがにそうはならなかった。


「よし! まず私が出る。合図をしたら出てきて!」

 外にも敵がいるかもしれない。私は扉の外に顔を出し、足を踏み出す。


「大丈夫。みんな出てきて!」

 そこに敵の姿は無い。そう思っていた。


「――!」

 次の瞬間、どこからか何かが飛んできて、壁に当たった。


「ひぃっ!」

 少女たちは喉を引きつらせる。私も、変な声が出そうになった。


 地面を転がるのは、原型を留めない顔を持つ、血にまみれた人間の頭部だった。

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