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マーセナリーガール -傭兵候補生-  作者: 海野ゆーひ
第19話「暴れる少女」
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19-A

 目を覚ますと、薄暗い場所で横になっていた。


「……?」

 ここはどこ? 状況を把握するため、上体を起こす。


「痛っ、いっつつつ……」

 腹筋に力を入れた途端、重い鈍痛が広がり、頬が歪む。


 そして思い出す。あの男に負けたことを。


 薄暗い空間を見渡す。窓は無い。出入り口用の扉が1つあるだけだ。

 その扉は、上部が格子窓になっており、それだけで、自分がここに閉じ込められてしまった現状を理解するには充分だった。


 ……確か、あいつは私も商品にすると言っていた。ということは、ここは商品をしまっておくための倉庫か何かか。


 この室内の明かりは、扉の格子窓から射し込んでくるわずかな光のみ。

 ちょうど私が倒れていた場所は明るく照らされているけど、少しずれると闇に飲まれてしまう。


 一体、周りには何があるんだ?


「大丈夫?」

「――!」

 突然、その闇の中から声が湧き出てきた。


 驚いて声のした方に顔を向けると、衣擦れのような音が聞こえ、ぼんやりと闇の中から2人の女の子が姿を現した。


 1人は長めの茶髪を後ろで束ねた、やや垂れ目の少女。もう1人は黒髪で、前髪を横に分けたやや面長の少女。

 どちらも、おそらく私と同じくらいの歳だろう。


「……あなたたちは?」

 そう聞いてからすぐに、あることに思い至る。


「もしかして、キュラールから攫われた3人って、あなたたちのこと?」

 問いを放った瞬間、少女たちの表情が変わる。


「それを知ってるってことは、やっぱり、あなた警官なの?」

「え?」

「だって、それ警官の制服でしょ?」

「あ……」


 言われて、自分がまだぬす……借りた警官の制服を着ていることに気付く。


「!」

 そして、自分の剣が無いことも。


 ……あの男に取られたか、あの男と戦った場所に置き去りにされたままか。

 いずれにせよ、あの剣が無いという事実は、私を不安にさせた。


 商品として、こんな場所に閉じ込められているという事実に対してよりも。


「ねぇ。あなた警官なんでしょ?」

「なんで捕まっちゃってんのよ」

 うるさいなぁ。


「……私は、警官じゃないよ」

「じゃあ、その格好は何なの?」

 その質問は、まぁ来るよね。


「これは、……ここに入るのに必要だったから、仕方なく」

「ここ? ここって何? どういうこと? ねぇ、私たちはこれからどうなるの?」

 一度にたくさん質問しないで。


 私は一呼吸してから、「話すから、落ち着いて」と少女らをなだめつつ、説明を始めた。



 まず始めに自分の素性から話し、そこから本題へ。


 彼女たちが、どこかの人身売買組織に攫われて、商業都市ビダオラにある暗黒街という場所に連れて来られたこと。

 そして、この暗黒街でどこかの変態に売り飛ばされるらしいことを伝える。



 それらを聞いて、少女たちは顔を青ざめさせた。


 どうやら大変なことに巻き込まれたようだということだけは理解していたようだけど、まさか自分たちが商品として売られることになっているだなんて、思ってもみなかったんだろう。


 ということは、彼女らは彼女らを攫った男たちに、ほとんど何も聞かされていないってことだ。

 余計な情報は与えないようにしたのかもしれない。


「?」

 少女らの絶望の表情に、なぜか怒りの朱が混ざる。


 そして、2人揃って室内のある方向、そこにある暗闇を睨みつけた。

 ……どうしたんだ?


「これって、あんたのせいなんじゃないの」

「あんたの姉さんが、娼婦だから」

 え、何? 急に、何を……。


「違うっ!」

「――!」

 少女たちが悪態を放った先から、突然の大声。え? もう1人いる?


 あ、いや、そうか。どうして変に思わなかったんだろう。

 そうだよ、キュラールから攫われた少女は3人だ。さっき自分で言ったじゃんか。


 ……ん? ということは、今の声の主って……。


「姉さんは関係無い!」

「――わっ」

 さっき2人の少女が出てきた場所とは違う方向、私がいる場所の近くから、勢いよくもう1人の少女が姿を現した。


 思わず身体を仰け反らした私の前で、その少女はほか2人へ突撃。娼婦と口にした黒髪の少女に掴みかかる。


「何すんのよ!」

「姉さんが娼婦だってことと、私たちが攫われたことは、何も関係無い!」

 激高した暗い茶色の髪の少女は、黒髪の少女の胸ぐらを掴んだまま床に叩きつけて馬乗りになる。


「やめろよっ!」

 そこに茶髪の少女も加わり、怒り狂う少女を後ろから羽交い締めにする。


「放せっ!」

 怒れる少女は激しくもがく。


「げほっげほっ」

 黒髪の少女は咳き込む。


「うぅ~……!」

 茶髪の少女は興奮し続ける少女を放すまいと必死だ。


 ……なんだこれ。


「ちょっ、ちょっと! 落ち着いて!」

 とにかく、喧嘩をやめさせないと。


 私は、暗い茶色の髪の少女の身体に腕を回し、ぐいっと引っ張って黒髪の少女の上からどかせた。


「何すんのよ!」

「ぶぇっ」

 茶髪の少女の腕を振り切り、怒りの形相のまま私の頬を叩く少女。


 強烈。加減が全く無い。


「いててて……。あなた、シーラさんでしょ?」

 叩かれた頬をさすりながら問いかけると、彼女の顔に疑問の色がわずかに滲んだ。


「なんで、私の名前を……」

 やっぱり、この子が。


「あなたのお姉さんに、リネットさんに会ったの」

「姉さんに?」

 暗い茶色の髪の少女――シーラは、顔から怒りを拭い取り、私の腕をがっちり掴んで顔を寄せてきた。


「姉さんは元気なの? ずっと手紙が届かなくて、心配だったの」

「リネットさんは、元気だよ。忙しくて、なかなか手紙を書けなかったんだって言ってた」

 そう言ってやると、シーラは「そっか」と安堵したように大きく息を吐いた。


 これで少しは落ち着いたかなと思った次の瞬間、シーラはキッとほか2人の少女を睨みつけた。


「謝ってよ」

 シーラは、威嚇するように声を低くして言った。


「何をだよ」

 それに対し、全く退くつもりの無さそうな黒髪の少女が鼻で笑う。


「姉さんは関係無い。私たちは、偶然攫われただけなんだよ」

「あんたの姉さんが、あんたを売り飛ばしたんじゃないの? あたしらは、それに巻き込まれたんだよ! どうしてくれんだ! 謝るのは、あんたの方だよ! この、淫売!」

「なっ……!」

「あんたの姉さんは、手紙も書けないくらいいっつも男と寝てんだよ! あんたもいずれそうなるんだ!」

「――お前っ! 絶対に許さない!」


「うっ」

 私を思い切り突き飛ばし、再び黒髪の少女に襲いかかるシーラ。

 なんて激情型な性格をしてるんだと思ったけど、さすがに今のは黒髪の少女が言い過ぎてる。


「やめっ、やめろよ!」

 茶髪の少女が慌ててシーラを止めようとするけど、彼女はますます怒り狂うばかりだ。


 言葉にならない、獣のような声を上げながら、揉み合い、転がり、殴り合う2人。

 顔だろうが何だろうがお構いなしに殴る蹴る。互いの顔を殴るその手は平手ではなく、ぎゅっと握り締められた拳。

 突き出され、振り下ろされるたびに、どすんどすんと鈍い音が響く。


「……」

 その凄まじい光景に、私は何もできずに固まっていた。女同士のこんな激しい喧嘩を見るの、初めてだったから。


 相手を睨み、鼻面にシワを寄せ、歯を剥き出しにして、暴れ狂う2匹の獣。

 彼女らを表現するのにぴったりな言葉だ。


「何してる! おい! やめろっ!」

「――!」

 そこへ突然、どこからか男の声。酷く慌てている。


 眼前の喧嘩から意識を外し、その声の方へと視線を向ける。


 この部屋の唯一の明かりが射し込む扉の格子窓から、男が1人、こちらを覗き込んでいた。


 私は瞬時に、そいつがあの男の仲間だということを確信し、室内の暗闇に紛れて扉へ接近。壁に貼り付き、声を荒げる男のすぐそばまでそっと近寄る。


「くそっ。おい、やめろって言ってんだろ! お前らは大切な商品なんだぞ! き、傷ついたら価値が落ちるだろうが……!」


 すると、男はカチャカチャと何やら金属音らしき音を立て始める。

 それが、この部屋の鍵を探す音なんじゃないかと思い至った瞬間、頭の中で自分が取るべき行動が組み上がった。


 ……でも、やれるか?

 いや、やるしかない! 迷ってちゃ駄目だ!


「畜生。……だから言ったんだ、手足を縛っとくべきだって。くそっ、キースの奴……」

 キース? 誰かの名前か? まぁいいや。


 ……ほら、さっさと開けろ。


 音を立てずに呼吸を整え、全身に力を込める。

 そして、ガチャンと解錠された扉が、錆びた音を立てながら開く、その光景を睨みつける。


「おいっ! やめろっ!」

 次の瞬間、細身の男が室内へ。


 ――今だっ!


「だあっ!」

「ごうぅっ!」

 身体を捻り、全力の回し蹴り。


 ぐにゃりと、つま先が深々と“それ”に埋まっていく。


「あがっ…………!」

 男はガクンと身体を前に折り曲げ、“それ”を両手で押さえて倒れていく。


「ふんっ!」

 私はその場でさらに身体を回転させ、その勢いのままに、男の後頭部へ踵を振り下ろした。


 とんでもなく鈍く重たい音を立てて顔面から床に叩きつけられた男は、白目を剥いたまま口から泡を噴いて痙攣し、すぐに動かなくなった。


 ……ヤバっ。やりすぎちゃったかな。

 死んで、ないよね?

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