18-A
細い路地を駆けるにつれ、戦いの音が少しずつ近付いてくる。
あと少し。あと少しで、私たちもその中に足を踏み入れることになるんだ。
前方に迫る、開けた場所。
路地を抜けた先は、幅の広い通りだった。
私たちはそこで一旦足を止め、耳を澄ます。
「……あっちか。すぐそこだね」
自分で指差した方へ走り出そうとした、まさにその時――
「ティナさん!」
「――! うっ」
フランカの叫びとほぼ同時に、鋭い風切り音。反射的に身体を捻って剣を構えた直後、激しい金属音と共に強烈な衝撃が私を襲った。
「ぐぅっ!」
その衝撃を殺しきれず、私は後方へ吹き飛ばされる。
危うく倒れそうになったけど、どうにか地面に足がついたことで、大きくバランスを崩すことはなかった。
「なっ、何?」
一体、今の一瞬で何が起きたのか。それを確かめるために、前方を凝視する。
「へぇ……」
そこにいたのは、長身の若い男。
短い茶色の髪は風になびき、その下にある顔には、……邪悪な笑みがあった。
「確実に首を落とせると思ったんだがな。警官にしちゃあやるじゃねぇか」
……こいつは、何だ?
その男の目が、フランカを捉える。
「だが、さっきのは女の声だった。もしかして、お前ら2人共女か?」
手にした長剣で私たちを指し、不気味な笑みを深める男。
だけど、ただ気持ち悪いだけじゃない。
こいつからは、危険な雰囲気が漂っているように感じる。
「……まぁいいや。邪魔な奴らは殺すだけだ」
「――!」
喋った直後、男は動く。気付けば眼前だ。
「うっ」
大気を貫きながら繰り出された刺突を、すんでのところで避けた私は、慌てて後ろへステップし、横へ跳ぶ。しかし、その動きでは間合いは取れなかった。
「おらぁっ!」
「ぐっ」
振り下ろされる剣を、寝かせた剣で受け止める。
……なんて力だ。押し込まれる!
「ぅおっと!」
あと数センチで刀身が額に触れるというところで、男の力がわずかに抜けた。
そして、男が身体を大きく反らして、フランカの一閃を躱すのを確認する。
今のうちにと動き始めたところで、一歩踏み込んだ男がフランカを剣ごと叩き飛ばした。
「フランカさん!」
瞬時に方向転換し、吹き飛ぶフランカの身体を受け止める。直後、2人で男に背を向けて走り、距離を取ったところで振り返る。
「――!」
が、男はすでに真後ろにまで迫ってきていた。
「逃げんじゃねぇよ!」
「くそっ!」
私はフランカを突き飛ばし、男の攻撃に対して下から剣を振り上げる。
金属音が響き渡り、ぎりぎりと2本の剣が震える。
私は必死だけど、男はあくまで余裕の表情だ。
「……てめぇら、ナメてんのか? なんで剣を抜かねぇ。戦う気あんのか」
「ぐっ……」
そうしたところで、あまり意味が無いだろうことを、すでに私は悟っていた。
こいつは強すぎる。力はもちろん、速さも私たちより断然上だ。
剣を抜いたところで、まともに戦えるとは思えない。
でもっ!
「うっ、ううううぅぅぅぅ……」
「ん、おぉ?」
全体重を込めて、男の剣を押し返す。全力で押して、ようやく少し動いた。
でも、駄目だ。男が少し力を強くすれば、あっという間に押し戻される。
「お前、やっぱり女だな。力比べで男に敵うわけねぇだろ!」
口の端をさらに上げてそう言い放つと、男はぐいっと剣を押し込み、私の身体が反ったところで、足払いを繰り出した。
「あっ」
足への強烈な一撃で、ガクンと身体が傾いていく。
「ティナさん!」
直後、フランカの叫び。傾いていく視界の中で、男が私に向けて剣を振り上げている。
――殺される!
そう思った次の瞬間、男は攻撃をやめて、素早く私から離れた。
「あっぶねぇ~」
男はそう言いながらも、笑みは崩さない。私は慌ててフランカのもとまで移動する。
「! フランカさん……」
彼女の手には、鞘から抜き放たれた剣が。
どうやら男は、フランカの攻撃に気付いて、それを避けるために離れたようだ。
……助かった。
「へっ。急にやる気出しやがって」
「ティナさんは、殺させない!」
「!」
声を張って剣を構えるフランカの目には、すでに人を斬る覚悟が備わっているように見えた。少なくとも、感情のブレは無い。
……だよね。
私は一つ息を吐き、フランカの前に、彼女に背を向けて立った。
「ティナさん……?」
私も、覚悟を決めなきゃね。
「フランカさんは、逃げて」
そう言いながら、鞘から剣を抜く。
「えっ? 何を……」
「早く逃げて。あなたは、こんなところで死んじゃいけない」
男に向けて、剣を構える。
「馬鹿か。逃がすわけねぇだろ。2人共ここで終わりだ」
嘲笑する男を睨みながら、私はもう一度、「逃げて!」と叫ぶ。
「わ、私も戦います! ティナさん1人を置いていくことなど、できません!」
……わからず屋め。
フランカの方へ振り返る私は、そのまま彼女めがけて剣を振る。
「――なっ」
慌てて、私の攻撃を剣で受け止めるフランカ。
「どっ、どういうおつもりですか!」
「……」
私は構わず、そのまま剣を押し込んでフランカを後ろへ押していく。
そして、さらに力を込めて彼女に近付くと、男に聞こえないくらいの声で囁く。
「あいつには敵わない。だから、助けを呼んできて。私がここで、足止めしておくから」
私の言葉に目を見開いたフランカは、その目で私を見つめる。
「何も言わないで私の言うことを聞いて。ここに2人共残っちゃ駄目。確実に殺される。フランカさんは、急いで誰か呼んできて。あいつは、ここでなんとかしなきゃ駄目だ」
「おい。何こそこそしてんだ。逃げる算段か? 無駄だっつってんだろうが」
そう言うものの、男が襲いかかってくる気配は無い。私たちを殺せると確信しているからこその余裕か。
フランカを見つめ返す。彼女の顔から逡巡の色が抜け、意を決したように引き締まった。
よし。行くぞ!
「早く逃げてって、言ってるだろ!」
そう叫んでフランカを突き飛ばす私の顔は、男からは見えない。
私は、笑っていた。
「嫌です! 私も戦います!」
私の身体を壁にして、男に見えないようにフランカも笑う。
「おいおい、喧嘩すんなよ。きっちり2人共殺してやっから」
楽しげに言う男に向かって、私たちは揃って走り出す。
「あ? なんだよ、結局そうなんのかよ!」
男も私たちに向かって走り出す。それを見て、私たちは互いを一瞥。そして頷く。
……頼んだよ、フランカ。
男との間合いが完全に詰まる直前、フランカだけ勢いよく方向転換し、男の横を駆け抜けていく。
「あっ、おい!」
男の目がフランカの方へ移動したわずかな隙に、私は一気に男の懐へ潜り込む。
それに気付いて舌打ちする男の右肩めがけて、思い切り剣を突き出す。
利き腕を潰せば、大幅に時間を稼げるはず!
「ぐっ!」
私の放った刺突は、男の右肩を貫くまではいかなかったものの、大きく肉を裂くことには成功した。飛び散る鮮血。だけど、今のを避けるのか。
こいつ、やっぱ強い。もしかして――
「てめぇっ!」
「うぐっ」
叫んだ男の蹴りが、私の腹部にめり込んだ。後方へ転がる身体に力が入らない。
手にしていたはずの剣はいつの間にか手放しており、ぐらつく視界に、私の頭から吹き飛んだ帽子が舞っていた。
「がっ、げほっ」
お腹を押さえて身体を起こした私は、目の前に男の足があることに気付き、顔を上げた。
「痛っ!」
男は私の髪を掴み、そのまま私の身体を引き上げる。
「痛ぁいっ! 放してっ!」
髪を掴む男の手を握り、引き剥がそうとするけど、微動だにしない。
「ふん!」
「――ぐぅぇっ!」
次の瞬間、目が飛び出しそうなほどの強烈な衝撃と痛みが、再び私の腹部を襲った。
男のゴツゴツとした大きな拳が、私のお腹に深々とめり込んでくる感覚。
「がっ、かっ、……うぶっ、うえぇぇぇ」
「汚ねっ」
腹からせり上がってくるものを、押し返す力も、耐える力も無く、そのまま口から噴出する。と同時に、男は私の身体を放り投げた。
自分の胃液にまみれて地面を転がった私は、激痛に身体を丸めたまま、呻き続けるしかなかった。
横に倒れた視界に、こちらを振り返らずに、建物の角を曲がっていくフランカの後ろ姿が映る。
……早く戻ってきて、フランカ。
「うっ」
直後、側頭部に強烈な衝撃。それと共に、激痛を伴う圧迫感。
「さくっと殺してやろうと思ってたが、やめだ」
男の固い靴裏が、私の頭をぐりぐりと踏んでいる。それをどかそうとする力すら、湧いてこなかった。
「顔の形が変わっちまうくらい殴ってやろうかとも思ったが、それも我慢してやろう」
ここへ来て、ようやくといった感じに、現状に対する恐怖心が溢れ始める。
「てめぇも、商品にしてやるよ」
「――!」
その言葉に、私は硬直した。




