17-A
こちら側と、向こう側に広がる暗黒街とを隔てる川。
その上に架かった橋の近くには、橋の監視と川の周囲を巡回する警官たちが詰めている駐在所がある。
私とフランカは、その中の一つ、ノエリアたちが渡っていった橋の近くにある駐在所に駆け込み、黒コートの男たちが話していた内容を伝えた。
駐在所にいた3人の警官たちは、始めは私たちの話を訝しげに聞いていたけど、私たちが嘘を言う理由が無いと理解したのか、それとも私たちの必死さが伝わったのか、連絡部隊を組んで暗黒街にいる仲間へ知らせに行ってくれることになった。
「大変です!」
そこへ、息を切らせた警官が1人、転がるように入ってきて、言った。
「どこの組織なのかはまだ不明ですが、傭兵を数人雇っていたようで、味方にかなりの被害が出ています!」
「なんだとっ?」
その知らせに、私とフランカは顔を見合わせる。
「傭兵……?」
確か、黒コートの男たちは“傭兵崩れの警備隊長”って言ってなかったっけ?
まさか、傭兵まで雇っていたのか?
いや、まだ、その傭兵たちを雇っているっていう組織が、彼らの属する組織かどうかはわからない。
でも、傭兵って……。
「このままでは、任務に支障が出ます! 応援を呼んで下さい!」
「わかった。すぐに追加部隊の編成を、捜査本部に要請しよう」
駐在所にいた3人の警官の中で、最も年配の、おそらくほか2人の上官と思しき警官は、そう言って椅子から立ち上がる。
同じく動こうとする部下たちに「俺だけでいい」と言って、私たちに「情報ありがとう」と言い残し、知らせに来た警官と共に駐在所から駆け出していった。
外に出てしばらく待っていると、さっき出て行った年配の警官が、数十人の警官たちを引き連れて戻ってきた。
どうやら、無事に人手を割いてもらえたようだ。
「ああ、君たち。まだいたのか」
年配の警官は、駐在所の近くで立っていた私たちを見つけて歩み寄ってきた。
「今から、彼らを応援に向かわせる。君たちが持ってきてくれた情報は、全員に伝えてある。必ず彼らが伝えてくれるだろう」
見たところ、応援部隊は全員警官で構成されているようだ。
やっぱり、新たに参加してくれる傭兵はいなかったのかな。
でも、それは仕方ないか。
協会は傭兵に協力を要請することはできるけど、基本的に命令はできないのだから。
「よし。では、早速向かってくれ。何かあったら、すぐに連絡を寄越してくれ」
口を揃えて「了解!」と発した警官たちは、橋を渡って向こう側へ消えた。
……主に人間を相手にする警官と、主にファミリアを相手にする傭兵では、勝負は見えているんじゃないだろうか。
ふとそう思ったけど、口にはしなかった。
そんなことより……。
「さて。我々はそろそろ見回りに出なければな」
そう言って、年配の警官は駐在所に入っていった。それを見届けた後、私はフランカの手を引いて、近くの路地に入る。
「ティナさん?」
不思議がるフランカに、私は思っていることを打ち明ける。
「……フランカさん。私たちも行こう」
「えっ? 行くってまさか、暗黒街へ、ですか?」
じっとフランカの目を見て、「うん」と頷く。
それを見て彼女が困惑するのは、予想通りだ。
「ですが、どうやって?」
「え?」
「向こう側へ行くためには、橋を渡らなければなりません。ですが、許可も何も持っていない私たちでは、それは叶いませんよ?」
「……」
てっきり、止められるとばかり思っていたんだけどな……。
「ティナさん?」
「え? あ、そうだよね。どうしよう……」
そうだ。行きたいからと言って、すんなり行ける場所じゃない。フランカの言う通り、私たちではあの橋は渡れない。
渡ろうとすれば、監視・巡回している警官たちにたちまち捕まってしまうだろう。
う~ん、どうしよう……。
「そうだ!」
「!」
急に声を張るから、驚いた。
「どうしたの?」
「お借りしましょう」
「え?」
まるで面白いイタズラでも思いついたような楽しげな顔で、フランカは私に提案する。
「警官の制服をお借りするんですよ。変装です、変装!」
「へ、へんそー?」
変な声が出た。
「はい。それなら、さほど怪しまれずに橋を渡れるはずです」
「ちょっ、ちょっと待って」
この人、本気で言ってるの? いや、目が本気だ。とてもいきいきしている。
「借りるとか言ってるけど、それこそどうやるの? 貸してって言って、「どうぞ」ってなるわけないじゃん。わかってるよね?」
「ええ。ですから、ちょっとそこからお借りするのです」
路地から顔を出した彼女が指差す先には、さっきまで私たちがいた駐在所が。
……ん? んんっ?
「まさか、盗むの?」
驚く私に、フランカは指を立てて「しーっ」とやる。
「先程、警官の方が見回りに出ると仰っていましたよね。チャンスではありませんか」
「……」
おいおい。どうしちゃったんだ、この人。こんな悪い発想をする人だったか?
「……あ、出て行かれました。3人共です。今なら行けますよ、ティナさん」
駐在所の方を見ながら、声を弾ませるフランカ。その楽しそうな横顔からは、悪意なんて一切感じられない。
それを実行すれば犯罪になるということに対する罪悪感すらも、感じられない。
もしかしたら、理解すらしていないのかもしれない。
ここは、私がきちんと言ってやるべきか?
「ちょっ!」
思考を巡らせているうちに、フランカが路地から飛び出していく。
慌てて後を追う私は、警官たちが歩いて行った方向を窺っているフランカの背に声をかける。
「マズいよ。駄目だって。そんなことして、捕まったらどうするの? ノエリアさんにも迷惑かかっちゃうよ!」
すると、フランカは急にこちらに振り返って、顔を近づけてきた。
さっきまでの楽しげな表情は一切無い。真剣そのものの顔だ。
「……フランカさん?」
「おかしいとは思われませんか」
「え? 何が?」
「どこかの組織が傭兵を雇っているという件ですよ。傭兵が悪事に加担することなど、あってはなりません。そうでしょう?」
! この人、私と同じ事……。
「しかしどうやら、悪い人たちに雇われた傭兵がいて、彼らは警官の方々を襲っている。それを聞いた時から、私はもう、居ても立ってもいられなかったのです」
「フランカさん……」
同じだ。フランカも、私と同じ事を考えてたんだ。
そうだよ。傭兵は、人々のために働かなくちゃいけない。人々を苦しめることは、たとえ直接関わっていないとしても、許されない。
何でも屋だからといって、悪いことでも何でも引き受けるなんて、あっちゃいけないことなんだ。
「そうだね。許せない。だから、私たちが敵う相手かわからないけど、行こう。そいつらから、警官たちを守るために」
とは言ったものの、フランカは「はい!」とやる気満々ではあるものの、私は正直、不安でしかない。
まだ傭兵ですらない私たちが行ったところで、役に立てるのだろうか。
相手は傭兵。しかもおそらく、かなりの場数を踏んでいるはず。もちろん、ファミリア相手にだ。
……ノエリアの言いつけ通りに、おとなしくこっち側で待っていた方がいいのかもしれない。
だけど、私たちでも、何かの役に立てるかもしれない。
だったら、行くべきだ。迷っちゃいけない!
「……でもさ、私たちがこれからしようとしてることも、悪事じゃないかな」
そう。それが一番の問題だ。
私の言葉に、フランカは「あ」と気付いた様子。
けれど、すぐにまた楽しげな笑みを浮かべる。
「悪事ではありません。何しろ、お借りするだけ、なのですから。うふふ」
「……そう、……ん? うん、そう……だね。あ、あはは」
無邪気な笑顔でいる彼女に、私はもう、笑うしかなかった。
駐在所の中に忍び込んだ私たちは、とりあえず人の気配を探る。
中はそれほど広くなく、どうやらさっきの3人で全員らしいことを確信した私たちは、奥へ。
オフィスの裏には、更衣室と仮眠室が一緒になったような部屋があり、私たちはそーっと中の様子を窺ってから足を踏み入れ、壁に並ぶロッカーを開けていく。
「あった。ありましたよ、ティナさん」
手招きしているフランカが開けたロッカーを覗き込むと、そこに警官の制服が掛かっていた。
「あ、こちらにもありました」
その隣のロッカーにも、制服があった。ロッカーは全部で5つ。ということは、さっきの3人のほかにもここに来る警官がいるってことだ。
「早速着替えましょう」
急がないと。こんなとこ見られたら、言い逃れなんてできない。
「でもこれ、サイズ合うかな」
制服は二着共、男性用。手に取ってみると、やっぱりちょっと大きい。
「けれど、ほかには無いようですので、これでどうにかするしかありません」
「うん……」
覚悟を決め、制服を着込む。
かなりだぼだぼになるかと思いきや、袖や裾がちょっと長いだけで、それほど違和感はなかった。
「意外と、いけるかも」
「どちらの持ち主も、それほど長身の方ではないようですね。ティナさんも私も、身長はそれなりにありますから、丈の面ではそれほど問題は無いようです。ですが、やはり肩の位置は合いませんし、ウエストはぶかぶかですね」
「そだね。とりあえず、ベルトをぎゅっと締めとこう」
……なんか、楽しくなってきたぞ。警官の制服なんて着るの、当たり前だけど初めてだし。
へぇ~、こんななのか。ん~、……あ、そっかそっか。ボタンも逆なんだ。
そうして着替えを終えた私たちは、おかしなところは無いか互いに見せ合う。
「……よし。じゃあ、行ってみようか」
「はい。まずは、橋まで無事に辿り着くところから、ですね」
私たちは頷き合い、そして、入ってきたとき同様、そ~っと駐在所を出る。
警官の帽子を目深に被って、腰に自分たちの剣を差して。




