16-A
キュラールで目撃された幌馬車の情報収集に、オルトリンデ北西部のほぼ全ての協会支部が協力し、ついに昨夜、ある街で発見された。
それは、以前にも幌馬車が現れたカルメナという街で、幌馬車が街の端の方にある酒場の前に停まるのを、その街の協会員が目撃したらしい。
馬車から降りてきた連中は、フード付きの黒いコートを着てはいなかったようだけど、協会員は監視を続けた。
彼らは、酒場で酒を仕入れてカルメナを出て行ったらしい。
彼らが馬車から離れた時間が短すぎたため、荷台の中を確認することはできなかったものの、その協会員は彼らの話のほんの一部分を耳にしていた。
――3人の様子はどうだ――
……3人。キュラールで行方不明になった少女も、3人。
それだけで、その馬車の荷台に彼女らが乗せられているという確証にはならない。
ただの偶然、というか、その馬車に乗っていた連中が全く関係のない話をしていたという可能性すらある。
だけど、全く疑わしくないというわけではない。
大ハズレの可能性はあるけど、大当たりの可能性も同じだけあるということだ。
そして、カルメナから出て行った馬車を、カルメナにいた傭兵たちが後をつけたところ、その幌馬車は、商業都市ビダオラの暗黒街へ入っていったらしい。
そこまで確認したところで、傭兵らは協会にそのことを報告。
協会はすぐに警察に協力を要請し、そして現在も、街を出入りする馬車や人間の監視を続けている、とのこと。
ノエリアからそのことを聞かされ、私はすぐにでもビダオラへ行きたかった。
でも、汽車でフェンテスまで戻ったとしても、そこからビダオラまでは馬車で行かなくてはいけない。こんな闇の中を、馬車に駆けさせるわけにはいかない。
それに、私やフランカはともかく、ノエリアには休息が必要だ。
だから、今日のところはキュラールで休み、明朝ここを発ち、ビダオラへ向かうことを決めた。
その夜、私はなかなか寝付けず、天井をじっと見つめていた。
もし、その幌馬車に少女らが乗せられていたとするなら、暗黒街のどこかにすでに運び込まれてしまったということになる。
彼女らは、まだ無事なんだろうか。もしかしたら、もうどこかに……?
目をぎゅっと閉じて思考を霧散させ、隣にいるフランカをちらりと窺うと、彼女はすでに気持ちよさそうに眠っていて、私はその緊張感の無い彼女の様子に脱力し、どうにか睡魔を呼び出すことに成功した。
翌朝、私たちは汽車に乗り込み、キュラールを後にした。
リネットとシーラの母親に何か一言くらい残そうかとも考えたけど、助けられる保証もないのに、「絶対連れ戻します」なんて言えるわけがない。
だから私は、一度も振り返ることも立ち止まることもせず、2人に続いて汽車に乗った。
……心の中で、助け出すことを誓って。
フェンテスに到着する頃には、すでに昼。
そして、馬車でビダオラに到着する頃には、もう空は赤く染まりかけていた。
ノエリアは、私たちを連れて協会支部へ向かい、そこで現在の状況を詳しく聞いた。
「……共同作戦?」
事態は、緊迫こそしていなかったけど、着々と動いていた。
「ああ。明日早朝、警察の先遣隊が捜査のために暗黒街へ突入する。この街の警察官約300人と、傭兵30人の合同部隊だ」
元々この街の警察は、近々、暗黒街の一斉捜査を計画していたらしい。
そのために、周辺の街の警察署にも協力を要請し、戦力を蓄え、綿密に作戦を構築してきた。
そこへ来ての、今回の幌馬車の件。
それをきっかけに、警察はようやく動き始めたわけだけど、もう少し早く始められなかったのかと、私は不満を抱いた。
もっと早くに捜査を始めていれば、暗黒街にいる連中の正体だって掴めていたかもしれない。
もしその中にヘルヘイムの存在があれば、奴らを摘発することだってできたはずだ。
「……」
でも、そんなことを今考えたってどうしようもない。とにかく今は、傭兵と警察の共同作戦というものに、期待するしかないんだ。
「協会からももっと人を出したいんだが、なかなか協力してくれる傭兵がいなくてな。我々協会員では、戦力にはならんし……」
肩を落とす男性協会員に、ノエリアは身を乗り出す。
「私も、作戦に加えて下さい」
「!」
私とフランカは、ノエリアに注目する。
「……それは構わんが、先遣隊ではなく、後発の部隊に入れられることになるが、それでもいいか?」
「ええ。お願いします」
即答するノエリアに、協会員は「わかった」と頷いた。
「では、明日昼頃に出発する部隊に加わってくれ。こちらも、その頃までにはもう少し人手を集めておく」
「わかりました」
そして、ノエリアは「行こう」と私たちを引き連れ、支部を出た。
いつもの宿へ行く道中、私はフランカと顔を見合わせ、少し前を歩くノエリアを2人揃って追い越し、立ちはだかった。
「どうしたの?」
そんな私たちの視線を受け止め、目を丸くするノエリア。
「どうしたの、じゃないですよ」
「そうです。どういうことなのですか?」
私たちは、とにかく不満だった。
「どういうことって、何が?」
ノエリアは、さっきのことを全く何とも思っていない様子。
「どうして、ノエリアさんだけなんですか?」
「私たちも、一緒に行かせて下さい」
それを聞いてようやく、ノエリアは理解したようだ。
「ああ、そのことか。どうしてあなたたちも作戦に加えるよう言わなかったのかってことでしょ? そんなの、答えは簡単だよ」
え?
「あなたたちが、傭兵じゃないから」
「――!」
まるで一般常識でも口にするように、さらりと言葉を紡ぐノエリア。
「ここに来るまでに、話しておくべきだったのかもね。もし暗黒街に入るようなことになったら、あなたたちは置いていくって」
特に突き放すような口調ではなかったけれど、壁を感じるには充分すぎる言葉だった。
そして、納得せざるを得ない言葉でもあった。
「これは、私の傭兵としての仕事。傭兵候補生制度のために用意された仕事じゃないの。だから、あなたたちを連れて行くわけにはいかない」
何か言い返したかったけど、言葉が出てこない。
「もっと早くに説明しておくべきだったことは謝るよ。それと、傭兵候補生の担当官としての職務を、一時的にとはいえ放棄することも、謝っておく。ごめんね」
どうしようかとフランカを見ると、彼女も困り顔を私に向けていた。
もっと、「どうしても行きたいんです」なんてしつこく食らいつくべきかなと考えはしたものの、それはきっと、ノエリアを困らせる結果しかもたらさないだろう。
彼女の答えが変わることはない。そんな気がする。
それに、ノエリアの立場で考えてみれば、私たちが傭兵ではないこと以前に、自分の独断で、監督対象である傭兵候補生2人を、仕事とは関係のない危険な場所へ連れて行くだなんて、とてもじゃないけど考えられないんじゃないだろうか。
……だったら、私たちがすべきことは、これ以上何も言わず、おとなしく聞き入れることだけだ。
「……わかりました」
「……すみませんでした」
私たちは、静かに身を翻し、とぼとぼと歩き出す。背後で、ノエリアも歩みを再開させた気配。
「聞き分けが良すぎるよ、2人とも」
そんな言葉がすぐに背中に当たり、私たちは立ち止まって振り返る。
そこにあったのは、ノエリアの優しい笑みだった。
「あなたたちと揉めるのが嫌だから言わなかったんだけど、そんな気を遣う必要はなかったみたいね」
そう言ってから、「まぁ、行きたいって気持ちを抑え込んでるのはバレバレだけど」と続けるノエリア。
それから私たちに歩み寄り、私たちの肩にぽんと手を乗せる。
「でも、もしかしたら、あなたたちにもできることがあるかもしれない」
「え?」
私たちに、できること?
「もし、暗黒街に入って行った幌馬車が、キュラールの女の子たちをさらった奴らの馬車だったとしたら、明日私たちが助け出したその子たちを、無事にキュラールまで送り届けなくちゃいけないでしょ?」
「あ……」
フランカが声を発すると、ノエリアはニッと白い歯を見せる。
「それも、立派な仕事よ。そうでしょ? だから、彼女らを助けるのは私たちに任せて、あなたたちは私たちが無事に戻ってくるのを信じて待ってて」
そして、「ね?」とにっこりされれば、私たちは「はい」と返事するしかない。
「……よし。じゃあ、さっさと宿に行きましょう」
私たちの肩をぽんと叩き、そのまま私たちの間をすり抜けて歩き出すノエリア。
その背中を見て、そしてフランカと目を見合わせる。
口元に笑みを浮かべて頷き合った私たちは、先を行くノエリアの後を早足で追った。
明日のためにと、私たちより先に入浴を済ませてさっさとベッドに入ったノエリアは、すでに熟睡中。
いつもより早くに電灯を消した暗い部屋の中、私とフランカは窓辺に椅子を並べて座っていた。
月明かりのおかげで、お互いの顔はよく見えている。
窓の外には、遠くへ行くほどに明かりの数や密度が増える、商業都市の夜景が広がっている。
明かりが多いのは、街の中心部だ。この時間でも、まだ賑わっているのだろう。
「……ティナさん」
会話が途切れてから、もうだいぶ経っていた。このまま、どちらともなくベッドへ向かうものだと思っていたところで、フランカが私の名を呼んだ。
「ん?」
彼女の方へ顔を向けると、ぼんやりとした光に照らされる綺麗な横顔があった。
「……早く、傭兵になりたいですね」
その囁くような呟きは、静かに、しかしはっきりと、私の耳に届いた。
窓外へ顔を戻し、頷く。
「うん、そだね。早くなりたいね」
もし私たちが傭兵だったなら、暗黒街の捜査に加われたはず。少なくとも、何もできずにただ待つだけ、なんてことにはならなかったはずだ。
などと考えていた私の横で、フランカが立ち上がる。
「さぁ、私たちもそろそろ休みましょう」
「……そだね」
私も立ち上がり、ベッドへ向かう。
おやすみを言い合った私たちは、もぞもぞとベッドに入り、目を閉じる。
……明日のことを考えると、結果が気になって仕方なくなる。
再び目を開けた私は、心を落ち着かせ、思考を薄めていく。
そうしてまた、ゆっくりと目を閉じた。
信じよう。
良い結果になることを、信じるしかないんだ。




