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マーセナリーガール -傭兵候補生-  作者: 海野ゆーひ
第15話「夢を見る間に」
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15-B

(探して。早く探して――)


(早く、シーラを――)




「――!」

 ハッと目を見開いた私は、強烈な光に顔をしかめる。


 ……なんだ? 私、寝てた?


「……?」

 ゆっくりと上体を起こすと、「あ」という声がまだぼんやりとしている意識を揺さぶった。


「気がついた? 大丈夫? 身体に異常は無い?」

「え……?」

 私の横で膝をつき、顔を覗き込んできたのは、えーっと、……ああ、キュラールの役所の女性所員だ。私たちに同行した人たちの中に、確かいたな。


「――! そうだっ、フランカさん――」

 そうして首を巡らせた私は、その光景に息を呑んだ。



 青い空の下、パチパチと音を立てて燃え盛る、森。

 視界いっぱいに、炎が揺らめいている。


 最初は何が起きているのかわからなかったけど、炎に包まれる森を眺める人々の姿を見ているうちに、私は理解していった。


「そっか……」

 終わったんだ。


「え?」

 首を傾げる女性所員に、「なんでもないです」と首を振った私は、すぐ隣にフランカが寝かされていることに気付いた。


 そして思い出す。森の中で見た、デビルミールとは異なるキノコ型のファミリアのことを。


 あいつの放っていたあの甘い香り。

 おそらくあれが、私たちの身体の自由を奪ったんだろう。


 ……あの後、どうなった?

 どうして私たちは、森の外に寝かされているんだ?


「ティナ」

「! ノエリアさん……」

 名前を呼ばれて振り返ると、手を小さく振りながら歩いてくるノエリアの姿があった。その顔にあるのは、優しい微笑。


 ノエリアが「あとは私が」と言うと、女性所員は「ああ、はい」と立ち上がり、離れていった。


「身体の調子はどう?」

 聞きながら、柔らかな草原の上、フランカの横に腰を下ろすノエリア。


 私が「大丈夫です」と返すと、彼女は「そう、よかった」と笑った。そして、まだ眠り続けているフランカの前髪をかき上げながら、頭を撫でる。


「それにしても、危なかった。あなたたちが進んだ方向から煙が上がっていることに気付かなかったら、間に合わなかったかもしれない」

 やっぱり、ノエリアが助け出してくれたんだ。


「一体、何があったの? あなたたち、もうちょっとで焼け死ぬところだったんだよ?」

 ……ああ、ノエリアは、あのキノコを見ていないのか。


 私はあの時のことを、思い出せるだけ全てノエリアに説明した。




 甘い香りを放つキノコについて聞いたノエリアは、「デビルミールだけじゃなかったのか」と呟いた。

 そして、私の視線に気付いて説明の口を開く。


「そいつは、ヒプノシスっていうファミリアだよ。デビルミールと同じキノコ型のファミリアなんだけど、ヒプノシスは生えた場所から一生動けない。そいつの放つ甘い香りは、ファミリアを除く全ての動物の眠気を誘うんだけど、そいつ自体ができるのはそれだけで、ファミリアの癖に人間を襲うことは無いんだ」


「……変なファミリアですね」

 私の言葉に、ノエリアは「まぁね」と笑う。


「でも、ヒプノシスに眠らされると、なかなか目覚めない。眠った状態から、さらに奴の匂いを嗅ぐことになるからね。だから、危ないんだ」

「?」

「眠っている間に、ほかのファミリアや、もしかしたら森の獣に襲われたりするかもしれないでしょ?」

 ああ、なるほど。それは確かに、かなり危ないな。


 そして思う。そうならなくてよかったと。


「火の回りが早かったから危なかったけど、日の当たる場所まで移動した判断は良かったよ。ああしてなければ、デビルミールに襲われて食われてただろうからね」

 ノエリアは、私に「頑張ったね」と優しく微笑んでくれた。


「とにかく、必死でしたから……」

 褒められたのが嬉しくて、頬が緩む。


「ん……」

 その時、フランカが小さな声を発して目を開いた。


 そして、しばらく目をぱちぱちうろうろさせた後、両側から見下ろす私とノエリアの顔を交互に瞳に映す。


「あのぉ、私……」

 きょとんとしつつ、その目は状況説明を求めていた。


 私はフランカが身体を起こすのを手伝ってから、何があったのかを話して聞かせた。




 次第に強くなってきた風が、炎をみるみる広げていく。


 私たちが調べたデビルミールの群生範囲は、とっくに炎に呑まれている。

 おそらく、この炎によって、私たちが見つけた分は全て焼け死んだだろう。


 群生範囲を基準に、もうひと回り大きな範囲を焼いた後、街の消防隊の手を借りて鎮火すれば、今回の仕事は終わりだ。


「あれ? そういえば、服……」

 私たちが着ていたレインコートや長靴が脱がされていることに、今更ながら気付く。


「ああ、それなら、この森から抜けた後すぐに脱がせて、森の中に捨てて一緒に焼いたよ。あ、それと、あなたたちの顔は役所の人たちが念入りに拭いてくれたからね」

 そっか。顔にも胞子が付いてる可能性があるもんね。


「靴はそこに置いてあるから、後で履いてね」

 ノエリアが指差す方に、私たちの靴が並べて置いてあった。


 すぐに、火の森へと視線を戻す。


「……これで本当に、倒しきれたんでしょうか」

 小声で問う私に、ノエリアは「わからない」とはっきり答えた。


「もしかしたら、別の場所にも群生しているかもしれない。今回は、住民が偶然見つけたから対処できたけど、発見されずに手遅れになる場合がほとんどだからね……」


 渡り鳥が胞子を運んでくるのだから、デビルミールは至るところにいるはず。

 今もどこかで、増え続けているんだろう。そして、今もどこかで、緑が焼かれているんだ。


「また、この近くで見つかることもあるかもしれない。そしたらまた傭兵が呼ばれて、森を焼いたりして殺す。いたちごっこかもしれないけどさ、そうして地道に片付けていくしかないんだよ」

 揺らめく炎を見つめながら言うノエリアの横顔には、諦観のような感情が混ざっているように見えた。


「まぁそれは、全てのファミリアに言えるんだけどさ」

 諦観の上に、苦笑いが重なる。



 これからも、人とファミリアの戦いは続いていく。

 終わりの見えないその戦いの中に、私たちは身を投じようとしているんだ。

 人々を生かし続けるための、歯車になろうとしているんだ。


 果たして私は、その覚悟をずっと抱き続けることができるんだろうか……。




 宿に帰ったのは、日が傾きかけた頃だった。


 一部とはいえ、かなりの広範囲が焼け野原になった森の中を、私たちはデビルミールの殲滅を確認するために歩き回った。

 奴らの群生範囲を確認するために歩いた時よりも時間がかかったのは、焼けて倒れた木々が行く手を阻んでいたからだと思う。


 確認作業が一段落する頃には、私たちの身体は灰と煤で黒く汚れてしまっていた。




 入浴を済ませ、少し早い夕食をとった後、私とフランカは宿の部屋で身体を休めていた。


 休むほどのことはしていない気がするけど、ノエリアが休んでおきなさいとしつこいので、その言葉に甘えることにして、今はベッドでごろごろしている。


 ちなみにノエリアは、協会支部へ行っている。

 少女たちの行方不明事件のことで、何か新しい情報が入っていないか確認するためだ。


「……」

 さっきの夢を、思い出す。あれは、あの声は、確かにリネットのものだった。夢の世界、その暗闇の中で、妹を探してくれという声だけが響いていた。


 どうして、あんな夢を見たんだろうか。

 ……リネットは、妹の失踪を知らないはずなのに。


 早く見つけてあげたいという私の思いが、あんな夢を見せたのかもしれない。

 溜め息をつき、ごろりと反対側へ寝返り。


「!」

 大きな瞳と、出会う。


 さっきまで、私の横でベッドに座っていたはずのフランカが、いつの間にか寝転がり、私の方を見ていたんだ。


 私の鼓動を激しくしたその双眸は、そのままじっと私を見つめる。


「もしかして、シーラさんのことを考えておられるのですか?」

 お見通し、か。


「うん。いや、もちろん、いなくなったほかの子も心配だけど、でも、やっぱり……」

 渡せないまま、バッグに入れっぱなしの手紙のことを、思い出す。


「ティナさんのお気持ちはわかります。ですが、あまり思い悩まれないで下さいね」

「……わかってるよ」

 フランカから視線を外し、身体を起こす。


 そのすぐ後に、フランカが起き上がる気配。


 ゆっくりそちらを向くと、心配そうに私を見つめる双眸があった。

 そんな目で、見ないで。


「わかってるから」

 噴き出しそうになった苛立ちは、次のフランカの行動によって一瞬で引っ込むことになる。


「――わっ、ちょっ、ちょと、フランカさん?」

 彼女のふわりとした髪の毛に、頬を、顔を撫でられる。吐息は、耳のそば。


 突然身体を寄せてきたフランカが、私をぎゅっと抱き締めたんだ。

 鎮まりかけていた鼓動が、さっきにも増して激しくなる。


「……」

 背中を優しくさすられ、そして彼女の心地良い体温を感じ、私は自然と身体の力が抜けていくのを感じた。


 そう、私の身体には、余計な力が入っていたんだ。

 それは、突然抱きつかれて驚いたことによるものだけじゃない。


 そして私は、無意識のうちに、おもむろにフランカの身体に腕を回していた。

 表情が、自然と緩む。


「ごめん。……ありがと」

「ふふ。いいえ」

 その時、部屋のドアが開けられた。


「あらあら、お熱いわね」

 部屋に入ってきたノエリアは、私たちの様子を見てわざとらしく驚いた後、にぃっと笑う。


「あ、あのっ、これは」

 慌ててフランカから身体を離して弁解しようとした私は、ノエリアの表情に動きを止める。


 彼女の微笑は、すでに消えていた。


「……ノエリアさん? どうしたんですか?」

 思わず問いかけると、彼女は私とフランカの目を順に見て、言った。


「新しい情報が入ったよ」

 私たちが声を発する前に、ノエリアは言葉を続ける。


「ビダオラの暗黒街へ、幌馬車が入って行ったんだって」


 フランカの温もりで穏やかさを取り戻しつつあった心が、再び荒れ始めた。

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