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第一章② ログアウトボタンがない

第二話です。サバイバルよーいスタート。

「と…とりあえず落ち着かなきゃ…んもー…!運営に後でメールしてやる…私の庵はどこいったのよ…」


仕様変更?バグ?いつのまにリアルの私のデータ取り込んだのよ…肖像権とかプライバシーとか…

そんなことをぶつくさ言ってるうちに伊織は息苦しさを覚えた。…具体的には胸元から。


「…これ、外さなきゃだめだ…きっつい…」


「庵」の服装は、黒を基調とした仕立てのよい衣装であった。

一番外には、身体をすっぽりと覆えるほど大ぶりな黒のローブ。表地には余計な装飾を施さず、翻った時にだけ覗く裏地は鮮やかな深紅で染められている。

その下には、ローブと意匠を揃えた黒のジャケット。身体の線に沿う細身の仕立てで、襟や留め具には控えめな銀の装飾が入っている。

さらに内側には鈍い銀色のベストと、皴一つない純白のシャツ。腰には銀のバックルを備えた三本の細い黒革ベルト。一本は真っ直ぐに、残る日本はわずかに角度をつけて重ねられている。下半身も余計な装飾の無い黒の細身のパンツで統一している。

その裾は、膝下まで届く黒革のロングブーツへ収められていた。

伊織自身、とても気に入っていた衣装だ。


ーーー少なくとも、「(・)庵(・)」(・)で(・)あ(・)っ(・)た(・)時(・)ま(・)で(・)は(・)。


今や袖は指先まで余り、肩は崩れ、腰回りはゆるゆる。ベルトに至ってはまるで用を成していない有様であった。

なのに胸元だけは正反対だった。

シャツとベストは押し上げられ、羽織ったジャケットまで窮屈そうに張っている。前をきっちり留めている現状は、ただ息を吸うのも億劫になるほどだった。


「なんでこんなのをありがたがるかなぁ…ふぅ…」


伊織はげんなりしつつジャケットの前を緩めた。

そしてもう一つ。


ひとまず立ち上がってみてから気付く。ローブの裾が長すぎる。さっきまで颯爽と翻っていた漆黒のローブが、今では足元へまとわりついてくる。さらに細身のパンツは腰からずり落ちそうになり、膝下まであるブーツは一歩踏み出すたびに踵が浮き、油断すれば足をもつれさせて顔から地面にダイブするのが目に見えていた。


「…まずは服だね…はぁ…」


 ◇ ◇ ◇


「…これで…いいかな?ひとまず動けるかな?」


伊織はどうにか衣装を整え直していた。

ジャケットの前を開放し、ベストも一番下の留め具を外している。ローブの裾は折り返して縛り、余った袖は手首のあたりで留めた。三本あった腰のベルトは一本だけを腰に残して締め直し、残る二本はそれぞれ左右のブーツへ。足首のあたりに黒革のベルトを巻き付けてきつく締める。靴そのものが大きいのでどうしても違和感は拭えないが、先ほどよりはずっとマシであった。


庵のかっこよさは犠牲となった。代わりに伊織の歩きやすさが齎された。優先順位、悲しきルールである。


 ◇ ◇ ◇


「さて…ノア・システムズに一言言ってやらないと…」


伊織は先ほど自分が吐いた悪態を思い出していた。

『パラレルダイブ・アナザーワン』の開発、運営元ノア・システムズ。

本社所在地非公開。サーバーの設置場所も明かされておらず、公式サイトに載っている会社概要も必要最低限。ゲーム会社としては妙に秘密の多い企業だった。

そのくせ、プレイヤーからの評判は悪くない。むしろサポートに関しては、異様なほど評判が良かった。

バグを報告すれば、早ければその日のうちに修正される。問い合わせへの返答も早い。運営側に明確な落ち度があれば、各国にある支部のトップ自ら謝る。

そしてなによりーー


「今回はメロンかなぁ…」


ノア・システムズは、やらかすとフルーツを送ってくる。

小さな不具合ならみかんやリンゴ。盛大にやらかした時は箱いっぱいの高級フルーツ詰め合わせ。

プレイヤーの間では、いつしか『詫びフルーツ』と呼ばれるようになっていた。


「肖像権までやらかしたんだから…盛り合わせが来るかもしれないなぁ…あれ?」


伊織はそんなことを呟きながら、ふと気付いた。


「…メールはともかく、ログアウトすればいいじゃん」


今更気付いたことにちょっと恥ずかしくなりながら、いつものようにメニューを呼び出そうと意識を集中してーーー。


なにも起こらなかった。


「…?……あれ?」


何度試してみても、結果は同じだった。

いつもなら視界に重なるように表示されるはずのウィンドウが、どこにもない。

それどころか、いつも視界の片隅にあったものが、何一つない。

HPも。

MPも。

スタミナも。

空腹ゲージも。

ミニマップも。


何も。


「ユーザーインターフェースが…ない…?」


背筋に薄ら寒いものを感じた。


それでも伊織は、まだ自分を納得させる理由を探す。


(インターフェースOFFの特殊イベント?…いや、これ新規プレイヤー酷いことになるんじゃない?)


あり得ない話ではない…が、こんな仕様変更を告知なしでやるなとは思う。

インターフェース無しでも、緊急時に備えてログアウトは最優先で実行できるはずだ。


「ーー『緊急ログアウト』」


なにも起こらなかった。


「…………」


「…メールできないじゃん」 


 ◇ ◇ ◇


かさり。


「……ん?」


草むらが揺れる音に振り向く。

少し離れた森の中から、何かがそろそろと現れた。

灰黒い毛に覆われたハイエナのような四肢。大型のヤモリを思わせる赤黒くすべすべとした頭部と胴体。地面すれすれまで姿勢を低く歩き、ぬらりとした長い尾を引いている。


「サラマンダーハウンド…?」


伊織にはとっては見覚えのある存在だった。

ルイーナ列島に生息するいわゆる雑魚モンスター。プレイヤーからはもっぱら「トカゲ犬」と呼ばれている。

その一頭が、ゆっくりと沢に向かって近づきーー


伊織と目が合った。


「……」


伊織も、サラマンダーハウンドも、動かなかった。

しばらく互いに見つめあいーー


その顔が、ふいっと伊織から逸れた。


視線の先。


「……あ」


先ほど頭部を吹き飛ばした、アダマンキングクラブの死骸があった。

さらに草むらが揺れる。

一頭。二頭。三頭。四頭。

最初の個体に続いて、同じ姿をしたサラマンダーハウンドが次々と姿を現した。


伊織は思い出した。


昼間のサラマンダーハウンドは、数頭でチームを作り、群れから離れて死肉を漁る。


「…お食事かな?イベントムービー以外で見るのは初めてだなぁ…」


先頭の個体がアダマンキングクラブの死骸をよじ登り、鼻先を寄せる。

くんくんと匂いを嗅ぎ。

吹き飛んだ頭部があった場所へ、ずぼっと頭を突っ込んだ。


「……クルルルル…」


もぐもぐ。


「…蟹肉食べるんだねぇ…」


別の一頭も寄ってきた。こちらは割れた甲殻へ爪と牙を引っ掛けている。


ぐいっ。

べりっ。


「あ」


サラマンダーハウンドはそれを咥えーーー


ぽいっ。


邪魔そうに沢に放り捨てた。甲殻はゆっくりと川を流れ始めーーー


伊織の表情が固まった。


『全然出ない…もう3週間も狩ってるのに…』

『出てくるのは《芳醇な蟹肉》《芳醇な蟹肉》《蟹肉》《蟹肉》《蟹肉》…』

『なーんであんなに大きいのに一つも出ないの…あの…』


「……虹蟹の堅殻ぅぅぅぅぅーーーーー!!!!」


五頭が一斉に顔を上げた。


伊織は走った。

サラマンダーハウンドへではない。

川へ向かって。


「待って待って待って!行かないでぇ!」


ぶかぶかのブーツも、裾を縛ったローブも、今だけは知ったことではない。


ばしゃん!ばしゃん!ばしゃん!


沢へ飛び込み、盛大に水飛沫を上げながら流れゆく虹色の甲殻を追う。

一歩踏み込むたびにブーツの中に水が入り、足元がどんどん重くなる。それでもかまわず追いかける。


「あぁー!沈む沈む沈む!」


水面を流れていた甲殻が傾いた。

虹色の縁が水面へ沈む。


「間に合えぇぇぇーーー!!!」


伊織は必死に左手を伸ばし飛び込んだ。

派手な水飛沫が上がった。



「…ぷはっ!取ったどーーー!!!」


伊織の手にはしっかりと虹色に光を反射する蟹の殻が握られていた。


「…………」


伊織の顔がほころんだ。


「よかったぁ…」


胸元へ大事そうに抱え込み、ほっと息を吐く。


三週間。

三週間である。


何度あの巨大蟹を探し出して葬っても、出てくるのは蟹肉ばかり。

しかも、無駄に美味しそうなフレーバーテキスト付きの。

ようやく目にした《虹蟹の堅殻》を、川なんぞに持っていかれてたまるものか。


「ふぅ……」


ひとしきり感動を嚙み締めて振り返る。


「……あ」


先ほどのサラマンダーハウンドがいた。

五頭とも。

しかもゆっくりと近づいてきている。

一頭は正面。二頭が左右へ。残る二頭もさらに外側からゆっくりと回り込んでいる。

完全に囲むつもりなのか、それとも伊織を警戒しているだけなのか。


少なくとも、先ほどまでの呑気な食事風景ではなかった。


「…もしかして」


伊織は腕の中の甲殻を見る。

それから、彼らが食べかけていたアダマンキングクラブを見る。


「ご飯…取られると思ってる?」


一頭が姿勢を低く落とし、口から炎を零した。


「…ですよねー」


伊織は甲殻を左手に抱え直した。

右手には、ずっと握ったままだった、七色に輝く結晶をあしらった杖。それを五頭に向ける。


サラマンダーハウンド。

炎を操り牙と爪で襲い掛かってくる。弱点はーー風と光。


「風と光…」


ある。

ちょうどいい魔法を、自(・)分(・)で(・)作(・)っ(・)た(・)覚えがある。

前方円範囲。

光属性と風属性の複合。

威力はそこそこだったが、高々サラマンダーハウンドをまとめて追い払うには十分なはずだ。


「よーし!…えーっと…呪文なんだっけ…?」


名前が出てこない。


「思い出せないならしょうがない…検索検索…」


いつものように魔法一覧を呼び出し、属性を二つ指定して、前方範囲で絞りこめばーー


「……」


何も出ない。


「……?…あっ」


さっき確認したばかりだった。


「ウィンドウ出ないんだった…!」


五頭のサラマンダーハウンドは、待ってはくれない。


「ちょちょちょちょっとまって!何百個作ったと思ってるの私の魔法!」


待ってくれるはずがない。

正面の一頭が、さらに姿勢を低くした。

赤黒い頭部。その口元から、再びちらちらと炎が覗く。


「…っ!」


一頭が地面を蹴って疾走した。


伊織の頭から魔法の名前が吹き飛んだ。

必要なのは名前じゃない。

欲しいのはーー効果。


(光はーー《放射》)


距離が縮まる。


(風はーー《振動》)


後足が地面を踏みしめる。

赤黒い体が跳んだ。


「…でっかい音と!強い光!出ろぉぉぉぉっ!!!」


ーー真昼の沢を、閃光が塗り潰した。


同時に


キィッッッン!!!


耳をつんざくような爆音が炸裂した。


「クルルァァァァ!?!?」

「んぎゃぁぁぁぁ!?!?」


飛び掛かってきていたサラマンダーハウンドが空中でもんどりうった。

他の四頭も一斉に跳ねた。

伊織も跳ねた。


「あぁー!目ぇっ!目と耳がぁぁぁぁ!!!!」


杖を取り落としそうになりながら、その場で悶絶する。

それでも左腕だけは《虹蟹の堅殻》をがっちり抱え込んでいた。


「うぁぁぁぁ…吐きそう……《指向性》…乗せてなかったぁ……」


涙の滲む目を固く閉じ、耳を押さえたいのに左手は甲殻を離さない。

その間にも、周囲では草木を搔き分ける音が次々と遠ざかっていた。


がさがさがさっ!

ばきっ。

がさささささーー。


やがて静かになり、さわさわと川の流れる音だけが聞こえる静けさが訪れた。


「…………」


伊織は甲殻を抱えたまま、恐る恐る片目を開けた。

涙で滲んだ視界の先にはーー


ただ森の静けさだけがあった。


「…………ふー…………」


「結果オーライ!」


耳鳴りはまだ盛大に続いていた。


 ◇ ◇ ◇


「さて、と……」


ようやく耳鳴りと視界のちらつきが治まってきた頃。

伊織は改めてアダマンキングクラブの死骸の前に佇んでいた。

サラマンダーハウンドに食い荒らされた部分はあるが、その巨体の大部分は残ったままだ。


「…………」


ゲームでは何度も倒した。

三週間も狩り続けたのだから、見飽きたと言ってもいい。


けれど。


「……これ、まだ取れるのかな?解体しなきゃだめ?」


動かなくなった巨大な生き物を目の前にして、自分で刃物を入れるとなると話が違った。

それでも《虹蟹の堅殻》を諦めるという選択肢はない。

伊織は腰の後ろに携えていたマジックバッグに手を入れる。


「ナイフ…ナイフ…っと」


指先に硬い柄が触れた。


「あった」


引き抜いたのは、素材採取用に持ち歩いていた小振りなナイフだった。


「…ふーっ…よしっ」


かろうじて繋がっていた巨大蟹の脚、その甲殻の隙間へ恐る恐る刃先を差し込む。


ぐっ。


「硬いっ…!」


角度を変える。

もう少し奥へ。


ぐっ…ぐっーーー


ぶつっ。


「ぅひっ」


何かを断ち切った感触が、柄を通して手に伝わった。

次の瞬間。

甲殻の隙間から、青黒い液体がどろりと溢れ出した。


「うえぇ…」


ねっとりしている。

糸まで引いている。

思わず顔を背ける。

ゲームではこんなもの、見たことない。


そもそも倒したモンスターを自分で解体する必要などなかったのだ。

討伐。

ドロップ。

拾う。

それで終わり。


「…リアルを追求するにしても、やりすぎだと思うよ…ノア・システムズさん…」


刃を入れる。

関節を切る。

甲殻を掴んでーーー。


べりっ。


「…………」


剝がれた甲殻を見る。

虹色に輝く、硬質な外殻。

ためつすがめつ眺めて、マジックバッグに入れる。

もう一枚。

べりっ。

入れる。

もう一枚。

べりっ。

入れる。


「…あれ?」


伊織の手の動きが段々速くなっていった。


べりっ。


「これも」


べりっ。


「これも!」


べりっ。


「これもじゃん!」


今までは、一体のモンスターから得られるドロップアイテムの数には上限があった。

小型なら一つ。

大型で二つ。

最大級のモンスターですら三つ。

当然アダマンキングクラブも例外ではない。

だからこそ三週間も狩り続けて、《芳醇な蟹肉》の山を築く羽目になったのだ。


ところが今は。


「…うへへ…」


伊織の目が輝いた。


「ジャックポットじゃん……!」


そこからはさらに速かった。


「堅殻!」


べりっ。


「また堅殻!」


べりっ。


「あっ…芳醇な蟹肉!」


切り取る。

バッグへ。


「まだまだある!」


バッグへ。


「ふへへへへへ……!三週間分!三週間分が返ってきたーーー!!!」


つい先ほどまで青黒い体液に顔を引きつらせていた女の子とは同一人物とは思えない。

伊織は嬉々として巨大蟹を解体し、甲殻と肉を次々とマジックバッグへ放り込んでいく。

甲殻を何枚入れても。

肉をいくら詰め込んでも。

バッグは膨らみもしなければ重くもならない。

だが今の伊織に、それを不思議に思う頭など残ってなかった。

レア素材。取り放題。

それは時として、世界の不思議よりも強い。


「…ん?」


ナイフを入れていた手が止まった。

甲殻も肉もかなり回収した。

その奥。

今まで外からは見えなかったものが露出している。


「…………」


膜。

管。

臓器。

青黒い体液に濡れながら、それらは複雑に繋がっていた。


「……うっ…わぁ…」


今度の声には、先ほどまでの喜びはなかった。

ナイフの先で触れてみる。

柔らかい。

当然のように、そこにある。


「…………」


伊織は周囲を見渡した。

それなりの時間、解体を続けていたはずだ。

なのに。


「……消えない。」


アダマンキングクラブの死骸は、まだそこにあった。

ゲームなら、討伐されたモンスターの死骸は一定時間で消える。

ドロップアイテムだけを残して。

だが、これは消えない。

ドロップ数の制限もない。

肉も、甲殻も、アイテムとして現れるのではなく、自分で切り取った。

そしてその奥には、ゲームでは見る必要すらなかった内臓まである。


「…………」


伊織は解体途中の死骸を見下ろした。


「ノア・システムズ……」


青黒い液体が、甲殻の断面からゆっくりと滴り落ちる。


「いくらなんでも、ここまで作る…?」


返事はない。


「…………」


伊織は自分の手を見た。

青黒い。

袖も青黒い。

シャツにもべっとり付いている。


「……うぇっ」


急に現実に引き戻された。


「これ、どうしよう…」


水場は目の前にある。

だが、この粘つく体液を水だけできれいに落とせるとは到底思えなかった。


「…………」


改めて周囲を見渡して、そこで視線が止まった。

沢の岩に立てかけてあった杖。


「……待てよ?」


先ほどの魔法。

名前も指定していない。

魔法一覧から選択したわけでもない。

ただ、欲しい現象を考えた。

光は《放射》、設定し忘れてた《指向性》。

風は《振動》。

それだけを材料にしてーーー魔法は発動した。


「……じゃあ」


伊織の目が両手の汚れと身体の惨状を見る。


「これも、いける?」


汚れを剝がす。

風の《振動》。

剥がれた汚れを散らし、均す。

水の《拡散》と《均質化》。

そして流す。

風の《流動》。


「……よし」


今度はさっきのようなへまはしない。

弱く。

狭く。

まずは自分の手と袖だけ。

伊織は杖を手に取り、身体に向ける。


「汚れを剥がして…水に散らして…流す」


ふわり。


僅かな風が手元を撫でた。

水が浮かび、薄い膜の様に袖と手を包む。


「お……?」


青黒い汚れが、水へ溶けるように広がった。


「おおー……!」


次の瞬間。

風が流れる。

汚れを含んだ水が、するりと袖から離れーーー


ぱしゃん。


少し離れた地面に落ちた。


「…………」


伊織は自分の手を見る。

袖を見る。


「…落ちた」


もう一度見る。


「落ちた!」


顔がほころぶ。


「やっぱり!やっぱり私(・)の(・)仮(・)説(・)、(・)合(・)っ(・)て(・)た(・)ん(・)じ(・)ゃ(・)ん(・)!!」


火なら。

土なら。

雷なら。

光なら。

闇なら。

組み合わせたら。

どこまでーーーー


「…………いや?」


伊織は、自分で作った魔法の数々を思い出す。


「似たような洗浄魔法、作ったっけ…?」


作ったような…ないような…


「うぁー……何百個も作るんじゃなかった…」


そこで、ふと伊織は思い出した。


「…振動」


音。

大きな音に弱いモンスター。


「…サラマンダーハウンド」


昼間は三頭から五頭ほどが群れを離れ、死肉を探して歩き回る。

夕方になると、それぞれが巣へ戻る。

そして日が沈めばーー群れが動く。

六頭。

八頭。

多ければ十頭。

死肉ではなく、柔らかい生きた獲物を求めて。


「……夕方?」


伊織は空を見た。


「…………あっ」


木々の向こう。

いつの間にか空が赤い。

地球より大きな太陽は傾き、森の影が長く伸びていた。


「……やば」


ルイーナ列島の夜は危険だ。

サラマンダーハウンドだけではない。

昼夜を問わず徘徊する《赤帽子》。

奴らに見つかるのも御免だった。

そして何よりーー。


霧が出たら、あいつがいるかもしれない。


「…………」


『パラレルダイブ・アナザーワン』で、好き好んで夜の冒険をするプレイヤーはほとんどいなかった。

敵は増える。

強くなる。

狂暴化する。

そのくせ、ドロップ率は据え置き。

日が暮れれば、ファストトラベルで拠点に帰る。

あるいは、その日はそこでログアウト。

伊織だってそうしていた。


「……帰ろっと」


いつもの癖でそう呟いて。


「…………」


固まった。

ファストトラベル。

マップがない。使えない。

ログアウト。

さっき試した。できない。


もう一度夕日を見る。

さっきよりも、少し暗くなっている気がした。


「…………」


風が森を抜ける。

木々がざわめいた。


「……寝床!キャンプ!!シェルター!!!探さないとまずい!!!!」


ルイーナの夜が、すぐそこまで迫っていた。


伊織ちゃんはそこそこ行き当たりばったりです。可愛いですね。

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