第四話 魔法道具店のモフモフ使い魔と暴走ポルターガイスト
迷路のように入り組んだ路地に、所狭しと看板がひしめいている。錆びついた歯車の看板、羽根の生えた本の看板、目玉のような形をした奇妙な瓶の看板。エルノアは足を踏み入れた瞬間から、目を離せなくなっていた。
「ここは……なんて素晴らしい街なのでしょう」
街の名は『ラパン』。古道具と魔法具が軒を連ねる、迷宮のような街だった。窓辺に並ぶ古びた魔導具、埃をかぶった古書、正体不明のガラクタの数々。旅の間ずっと知的好奇心を疼かせてきたエルノアにとって、それはまさに夢の国そのものだった。長旅の疲れも忘れて、この街をくまなく歩き回りたいという衝動が、抑えきれないほど胸の中で膨らんでいく。
路地の両脇には、店主すら把握しきれていないであろう雑多な品々が積み上げられていた。錆びついた懐中時計、片方だけの羽根つきブーツ、意味ありげな紋様が刻まれた石板。どの店の軒先を覗いても、次々と目移りしてしまうような珍品に溢れている。すれ違う客たちも皆どこか浮世離れした様子で、真剣な眼差しで棚を漁っている姿がいかにもこの街らしかった。
「あちらのお店にも、こちらのお店にも……ああ、目移りしてしまいます」
興奮を抑えきれず、エルノアはふらふらと路地を彷徨い、やがて一際怪しい佇まいの店の前で足を止めた。看板には『ニコラ堂』と書かれている。扉を開けると、からんとベルが鳴った。
「おや、お客さんかい。旅の魔女さん、何か探し物かい?」
奥から現れたのは、片眼鏡をかけた三十代ほどの男だった。人懐っこい笑みを浮かべているが、どこか胡散臭さも漂っている。
「いえ、その、探し物というよりは……ただ、こちらのお店の品揃えがあまりに素晴らしくて、つい」
言いながら店内を見渡していたエルノアの視界の端で、何やらもふりとした白い塊が動いた気配がした。振り返った瞬間、目に飛び込んできたのは、綿あめのように丸くふくふくとした小さな生き物だった。
「……ッ! なんて素晴らしいモフモフでしょう……!」
普段の上品な物腰はどこへやら、エルノアは目を輝かせて一直線にその生き物へと駆け寄り、思い切り抱きしめた。
「ぷぅい!」
「まあ、鳴き声まで愛らしい……! 触り心地も、まるで最高級の羽毛のようです」
うっとりと頬ずりするエルノアに、ニコラは苦笑した。
「そいつはパフ、俺の使い魔だ。人懐っこいだろう」
「使い魔さんですか。それにしても、こんなにモフモフの使い魔さんは初めて見ました。どういった性質の生き物なのでしょう」
「詳しいことは俺もよく分かってないんだ。拾ったときからこの姿でな。よく食うし、よく伸びるし、たまに悪戯もするが、根はいい奴だよ」
ニコラの言葉を証明するように、パフはエルノアの腕の中でむにゅんと身体を伸ばし、まるで別の生き物のように細長くなったかと思うと、またすぐに元の丸い姿に戻った。その自在な伸縮ぶりに、エルノアは目を丸くする。
「なんと不思議な……! 伸び縮みの原理は、体内の魔素密度を可変にすることで実現しているのでしょうか。それとも、もっと単純な魔法生物特有の構造なのか……ああ、気になって仕方ありません」
早口で語り始めるエルノアに、ニコラはたじろぎながらも苦笑を浮かべた。
「あんた、見た目に反して随分な物知りだな」
しばらくパフを堪能したあと、エルノアは店内の棚を興味津々に見て回った。壁一面に並べられた品々には、それぞれ手書きの札が添えられている。「願いが叶う(かもしれない)鈴」「一度だけ真実を映す鏡」「昔々のとある王様の靴」――どれもいかにも怪しく、それでいて妙な説得力を漂わせていた。
「この鈴、本当に願いが叶うのでしょうか」
「さあな。俺も試したことはないが、売れ行きはいいぞ」
いい加減な返事をするニコラに、エルノアはくすくすと笑いながらも、目に留まった魔導書を手に取り、夢中でページをめくり始めた。異国の言葉で綴られた古い呪文の数々に、時間を忘れて没頭してしまう。
ふと、奥の棚に厳重な鎖と錠前で封じられた古びた木箱を見つける。
「あれは……随分と物々しい様子ですね」
「ああ、それか。最近、廃墟から掘り出した珍品でな。売り物じゃないんだが……気になるかい?」
「ええ、とても! 構造を見せていただけませんか?」
目を輝かせるエルノアに、ニコラは箱を持ってきて見せてくれた。エルノアはさっそく箱の細工に顔を近づけ、早口で解説を始める。
「これは古代式の三重封印構造ですね。中心部の紋章から察するに、恐らく風系統の存在を封じるための箱かと。この時代の錠前細工は今ではほとんど失われた技術で……ああ、なんて興味深いのでしょう。もし可能であれば、この蝶番の構造だけでも――」
「お、おい、待て待て。触っちゃダメだぞ、これは」
「もちろん存じております。ただ観察するだけですから、ご心配なく。……それにしても、この刻印の並び方、南方の古語に近い気がします。もしかしたら、かつて名のある魔導師の工房で作られたものかもしれませんね」
目を輝かせながら早口で語り続けるエルノアの様子に、ニコラは若干引き気味になりながらも、興味深そうに頷いていた。だが、その時である。エルノアの膝に甘えていたパフが、構ってほしそうに頭を擦りつけ、勢い余って箱に頭突きをかましてしまった。
「ぷぅい!」
ガキン、という音とともに、古びた錠前が粉々に砕け散った。
「あ……」
「うわあああ!?」
箱の蓋がひとりでに跳ね上がり、中から紫色に光る小さな靄のようなものが飛び出してきた。それはくるくると宙を舞ったかと思うと、次の瞬間、店中の壺や皿、魔導具の数々が一斉に宙へ浮かび上がった。
「な、なんじゃこりゃあ!」
ニコラが頭を抱えて叫ぶ。宙に浮いた壺が次々とぶつかり合い、けたたましい音を立てながら店中を飛び交う。パフもまた驚いて毛を逆立て、店内を右往左往しながら暴走を始めた。棚から落ちた古書がばさばさとページをめくりながら宙を漂い、瓶詰めの怪しい液体までもがぷかぷかと浮遊し始める始末だった。
「これは……イタズラ小精霊、いわゆるポルターガイストというやつですね! 見た目は可愛らしいですが、油断すると店中を破壊し尽くしてしまう厄介な存在です」
「解説はいいから、なんとかしてくれ!」
「もちろんです! 魔女の面目躍如、お任せください!」
エルノアは颯爽と杖を構えたものの、はたと動きを止めた。
「……いえ、待ってください。ここで攻撃魔法を放ってしまうと、お店ごと吹き飛んでしまいます」
「やめろ、絶対にやめてくれ!」
考え直したエルノアは、杖を軽く振り、飛び交う壺めがけて粘着性の風魔法を放った。ふわりとした風が壺を優しく包み込み、宙でぴたりと動きを止める。
「よし、これなら……きゃっ!」
安心したのも束の間、背後から飛んできた別の皿が、見事にエルノアの帽子にすっぽりとハマってしまった。視界を塞がれたエルノアがよろよろとよろめく先に、今度はパフが飛びついてくる。
「んむっ、パフさん、顔に……顔に吸いついています……!」
もふもふの毛玉に顔面を覆われながらも、エルノアは諦めずに杖を振り続けた。飛来する魔導具を次々と受け止め、風の力でまとめて壁際に固定していく。ニコラは腰を抜かしたまま、その珍妙な光景をただ見守るしかなかった。
「くっ……このあたりですね。飛び方に一定の癖があります。恐らく、宙を漂う際に軽い物ばかりを選んで浮かせているのかと……ひゃっ、また来ました!」
解説を続けながらも身をかわし、エルノアは棚から転がり落ちてきた小瓶を素早くキャッチした。その隙をついて、今度はパフが尻尾のようなものをぶんぶんと振り回しながら突進してくる。もふもふの塊がぶつかるたび、店内の空気がふわりと甘い香りに包まれた。
「エルノアさん、後ろ!」
「え、後ろ、ですか――ひゃっ」
振り返った拍子に、今度はパフがぽーんと勢いよく体当たりしてきて、二人(一人と一匹)は折り重なるように床へ転がった。それでもエルノアはめげることなく起き上がり、帽子の壺をぽんと外すと、真剣な表情で杖を構え直す。
「パフさんも、精霊を追い払おうとしてくれているのですね。息を合わせましょう」
「ぷぅい!」
まるで返事をするようにパフが鳴くと、二人(一人と一匹)は不思議な連携を見せ始めた。パフが飛び回る精霊の進路を体当たりで遮り、エルノアがその隙に風の縄で絡め取る。何度か失敗を繰り返しながらも、次第に息が合っていく様子は、まるで長年の相棒同士のようだった。
「よし、これで最後です。生活魔法・超強力粘着トルネード!」
杖の先から放たれた渦巻く風が、店中に散らばった品々と紫色の小精霊を一気に絡め取っていく。くるくると渦の中心に集まった精霊は、抵抗する間もなく、そのまま木箱の中へと吸い込まれていった。最後の一つが箱に収まると同時に、ふわりと軽い音を立てて蓋が閉まる。
「ふう……なんとか、うまくいきました」
嵐が去ったあとの店内は、案の定めちゃくちゃに散らかっていた。ニコラはがっくりと肩を落とし、割れた壺の欠片を拾い上げた。
「ああ……俺の店が……」
床には無数の割れた陶器の破片や、ひっくり返った棚から零れた品々が散乱していた。パフもすっかり気力を使い果たしたのか、部屋の隅でくたりと丸くなっている。
「大丈夫です、お任せください」
エルノアは涼しい顔で杖を振るった。すると、床に散らばっていた欠片が一斉に光を帯び、まるで逆再生のように元の形へと戻っていく。埃をかぶっていた棚は次々と磨き上げられ、乱雑だった商品も種類ごとにきれいに並び替えられていった。
「な、な……」
言葉を失うニコラの前で、瞬く間に店内はぴかぴかに輝いていた。むしろ、事故が起こる前よりも整然と美しくなっているほどだった。長年埃をかぶっていた奥の棚まですっかり磨き上げられ、ラベルの消えかけていた品々にも、丁寧な文字で品名が書き添えられている。
「品物の分類まで……。あんた、掃除魔法の腕前まで本職並みじゃないか」
「ふふ、旅の道中で身につけた特技のひとつです。散らかったテントを整えることも多かったので」
「よし、これで完璧ですね」
満足げに微笑むエルノアの足元に、すっかり懐いたパフがころころと転がり寄ってきて、膝の上にぴょんと飛び乗った。ごろごろと満足そうな音を立てながら、パフはエルノアの手に自ら頭を擦りつける。
「ふふ、甘えん坊さんですね」
エルノアはパフの背をゆっくりと撫でながら、幸せそうに目を細めた。柔らかな毛並みに指を沈めると、パフはますます気持ちよさそうに目を閉じ、小さな鼻先をふすふすと鳴らす。しばらくすると、パフはお腹が空いたのか、エルノアの手の中でくるりと丸くなり、催促するように鼻先を突き出してくる。
「あら、もしかしてお腹が空いたのですか? 少々お待ちくださいね」
サッチェルバッグから携帯用の焼き菓子を取り出し、そっと差し出すと、パフは大喜びで頬張った。もぐもぐと咀嚼するたびに身体がぷるぷると震える様子が、なんとも愛らしい。
「まさか、店が前よりキレイになるとはな……。旅の魔女さんには驚かされっぱなしだ」
ニコラは呆れと感謝の入り混じった顔で笑った。
夕暮れ時、旅立ちの準備を整えたエルノアに、ニコラが小さな包みを差し出した。
「これ、受け取ってくれ。パフの抜け毛で織った特製のハンカチだ。何でも吸い込む上に、汚れもすぐ落ちる優れものでな」
「まあ……! 肌触りも最高で、実用性まであるなんて……!」
エルノアは受け取ったハンカチを頬に当て、うっとりと目を細めた。名残惜しそうに膝から降りようとしないパフの頭を、最後にもう一度優しく撫でる。
「パフさん、とっても楽しい時間をありがとうございました」
「ぷぅい、ぷぅい」
パフは名残惜しそうにエルノアの手にすり寄り、それから小さく丸まって、まるで別れを惜しむように鼻をぐすんと鳴らした。その様子があまりに愛らしくて、エルノアは思わず噴き出してしまう。
「ふふ、そんなに寂しそうな顔をしないでください。また、いつか会いに来ますからね」
「ニコラさんも、素敵なお店を見せてくださって感謝します」
「こっちこそ世話になったよ。また寄ってくれ、次はもっと珍しい品を用意しておくからな」
店の外まで見送りに出たニコラとパフに手を振り、エルノアは軽やかな足取りで宿屋へと向かった。
その夜、宿の部屋で『無題の皮革手帳』を開いたエルノアは、今日の出来事を思い出してくすりと笑いを漏らした。頬には店の壺がぶつかった時の小さな痣が残っていたが、それすらも今は誇らしい勲章のように思えた。
「まさか、手帳を開いても白紙になっていないなんて。今日も、ちゃんと私の記憶として残っているのですね」
しみじみと呟き、羽根ペンを手に取る。窓の外から聞こえる街のざわめきに耳を傾けながら、エルノアはゆっくりとペンを走らせた。
『〇月〇日、ラパンの街にて。とっても可愛いモフモフのパフちゃんと、賑やかな大掃除をしました。少し服が汚れましたが、とても楽しい一日でした』
書き終えたページを見つめ、エルノアは満足げに手帳を閉じた。サッチェルバッグの中では、一話の街の星の歯車、二話の空色のしおり、三話の木彫りのパン、そして今日新しく加わったモフモフのハンカチが、賑やかに触れ合って小さな音を立てている。
「ふふ、今日も一つ、忘れられない思い出が増えました」
パフのふわふわとした感触が、まだ手のひらに残っている気がする。今日出会った不思議な人たちとの一日を、エルノアはもう一度胸の中で丁寧になぞり直した。
窓の外には、ラパンの街の灯りがちらちらと瞬いていた。ベッドに横たわったエルノアは、今日一日のドタバタ劇を思い返しながら、温かい気持ちのまま静かに眠りについた。夢の中でも、モフモフのパフと一緒に店中を駆け回っているような、そんな幸せな気配がいつまでも漂っていた。




