5『伊能、異次元の索敵能力と長距離射撃能力を披露する』
結局、商人は集落跡まで、馬車で伊能と子供たちを連れてきてくれた。
「達者でな、嬢ちゃん」
「達者で? 何を言うておる」
「というと?」
「ミスリル鉱石は、偶然見つけたわけではござらん」
「!」
商人が目を見開いた。
「何が欲しいんだ?」
「食料と衣服」
「道理だな。できるだけ急いで来るが、早くても3日後になる。ちゃんとミスリル鉱石を用意しておいてくれよ」
商人はウキウキした様子で、森の中へと消えていった。
「さぁ」
伊能が振り向くと、子供たちがビクリと震えた。
「今日から、ここが我が家じゃ! 廃屋とはいえ一応は家があり、近くには川も森もある。最低限、生きていけるじゃろう。とはいえ……」
――ぐぅ~
――ぐるるぅ~
――ぎゅるるる~
小さな子供たちが、一斉に腹を鳴らせた。
「そう、食う物がない。ふぉっふぉっふぉっ、さっそく大ピンチじゃのう!」
伊能の頭には今、現代地球の知識や異世界の知識・言語がインプットされている。
異文化慣れしている伊能は、さっそく現代地球語を使うのだった。
「いやぁ、天明の大飢饉を思い出すのぅ。ま、あのときに比べれば、このくらいの苦難は屁でもないわい。お主らの中に、弓を使える者はおるかの?」
一番年上の十代前半ほどの赤毛の少女が、恐る恐る手を上げた。
「お主はワシと一緒に来てくれ。まずはウサギを狩るとしようぞ」
「なっ!? ウサギって……」
少女が呆れた様子で、
「よほど慣れた森でも、見つけるのは簡単じゃないのよ? 一日中森にこもったって、獲れない日のほうが多いくらいなのに」
「それが、ワシの場合はちと変わっておってな。【測量】!」
伊能の視界の先、集落跡沿いを流れる川辺がパッと輝いた。
「あ、アンタ、魔法が使えるの!?」
少女が仰天する。
「うむ? まぁ、そのようなものじゃ」
【測量】は伊能のユニークスキルだが、広い意味では魔法の一種。
「ほれ、その川辺にカエルがおるぞ」
「わっ、本当にいた! 美味しそう……じゅるり」
「こっちの岩陰には、イナゴが隠れておる」
「こっちも貴重な食べ物よ」
「ふむ。村ではずいぶんと困窮しておったようじゃのぅ。じゃが、今夜はウサギ肉が食えるぞ」
伊能が遠く森の奥を指差す。
「いやいや、まさか」
少女が鼻で笑う。
「私、これでも村ではウサギ狩りの名手で売ってたのよ。その私に言わせれば、来たばかりの森でいきなりウサギを獲るなんてこと、できるわけが――」
「【測量】! 300間――ではなかった、543メートル先でウサギが1羽、草を食んでおるぞ」
「ご、ごひゃく!? いやいやいや、そんなの信じられるわけがっ」
「行って、確かめてみればよいだけのこと」
「それはそうかもしれないけど……」
「というわけで」
伊能は、小さな子供たちのほうへ向きなおる。
「お主らは、枯れ木と落ち葉を集めてくれ。今夜はウサギパーティーじゃ! さぁゆけ!」
「「「「「ウサギっ!?」」」」」
目を輝かせ、枯れ木や落ち葉を集めはじめる子供たち。
伊能が森に向かって歩き出すと、弓矢を手にした少女がついて来た。
「さ、さっそく懐かせてる……。アンタ、私と同じくらいに見えるのに、ずいぶんとしっかりしてるのね」
「実は73歳じゃ。と言ったら、信じるかの?」
「あなた、まさかエルフなの!? で、でも、耳は尖ってないし……」
「ふぉっふぉっふぉっ、冗談じゃ。ちなみにお主はいくつじゃ?」
「13よ。それと、名前はジスカ。その『お主』ってのはやめて」
「ふぉっふぉっふぉっ、気の強いおなごじゃのぅ」
「お、おなごって。で、あなたは?」
「ワシは、伊能忠敬」
「イノーちゃん? 家名持ちだなんて、ますます何者?」
「いや、伊能が家名で……まぁよいか。そうそう、イノーちゃんじゃ。ちなみに歳は……ええと、15じゃ」
「なんで言い淀んだのよ!?」
「少なくとも、ジスカよりは年上ということじゃよ」
「はぁ、まったく。……止まって。ウサギが逃げちゃう」
ジスカの言うとおり、2人はすでに森に入り、ウサギが潜んでいると思しき地点の数十メートル手前まで来ていた。
「道理じゃな。さて、くだんのウサギはあの藪の中じゃ」
「いや、見えないんだけど……どうして分かるのよ?」
今、伊能の脳裏には精巧な地図が浮かんでいる。
そして、ウサギが潜んでいる地点に赤いマークがされているのだ。
さらには、伊能の視界では藪の中のウサギがしっかりと視えている。
すべて、『実績』の数々を解除して成長した伊能の【測量】スキルの、『ちーと』めいた性能がなせる業だ。
(説明するのは面倒じゃし、説明したところで信じてもらえるとも限らぬ。ならば)
伊能は少女の肩をポンッと叩き、短く言った。
「信じて、全力で撃て」
「あぁもうっ」
果たして、少女が弓を引いてくれた。
「方角は、こう。仰角はもう少し低く――ここじゃ。さぁ、放て!」
少女が弓を放った。
――ビュッ
藪の中から、ウサギの小さな悲鳴。
「うそっ、本当に当たった!?」
慌てた足取りで、藪の中へ向かうジスカ。
「わっ、わっ、イノーちゃん、本当に当たってる! ――ウサギさん、ごめんねっ」
ジスカがウサギの首に手をかけ、手早く絞めた。
(実に手慣れておる。この娘が一緒に来てくれたのは、僥倖じゃったな)
などと分析していた伊能だが、当のウサギを見て、年甲斐もなく驚いた。
「えっ、ツノ!? このウサギ、ツノが付いておる!」
「そりゃ付いてるでしょ。一角ウサギなんだから」
「い、一角ウサギ?」
「魔物の一種ね」
「魔物ぉっ!? く、食えるのかの!?」
「食べれるわよ。――ふふっ、イノーちゃんってば、変なところで抜けてるのね」
「魔物、一角ウサギ。なるほどのぅ」
言われて脳裏をさらってみれば、女神から受け取った知識の中に、それらの情報はあった。
他にも、イノシシの魔物や鳥の魔物、二足歩行のゴブリンやオークなど、様々な魔物がこの世界にはいるらしい。
「ううむ、森に入ったのは軽率じゃったか?」
「大丈夫よ。このあたりの森は、一角ウサギ以外の魔物は出ないから」
「というと?」
「貧しすぎて、魔物すら居着かないのよ」
「なんとまぁ……」
「この矢、まだ使えるわね」
ジスカが一角ウサギの腹から矢を抜いた。
「ならば、もう1羽獲るとしよう」
「獲ろうって、そんな確定事項みたいに……え、まさか?」
「うむ。400メートル先に1羽おるぞ」
「だから、なんで分かるのよ!?」
◆ ◇ ◆ ◇
「「「「「ウサギだーーーーっ!」」」」」
5羽ものウサギを見て、子供たちが目を輝かせた。
「ふぉっふぉっふぉっ。今夜はウサギパーティーじゃ。腹いっぱい食えるぞ」
笑顔の伊能の横では、
「たった1日で5羽……ありえない……今までの私の苦労っていったい……」
幼き狩人少女ジスカが、プライドをバキバキに折られて白目を剥いているのだった。




