4『伊能、子供たちを身請けする』
「お、おいおいおい、大丈夫か嬢ちゃん!?」
降りてきたのは、旅装の若者。
異人顔だが、そもそもカナン王国は西欧に類する人種・文化を有する国だ。
「お、おぉ、大丈夫じゃ」
伊能は若者に起こしてもらう。
『轢かれた』と言っても、馬に蹴られたわけでも車輪に巻き込まれたわけでもない。
馬の体に当たって盛大に転んだが、その程度だ。
「……いや、大丈夫ではござらん」
「えっ、どこか怪我を――」
――きゅるるるるるる~……
伊能の腹の虫が鳴いた。
「み、水と食い物を恵んではくださらんか」
「……はぁ?」
◆ ◇ ◆ ◇
「いやぁ、食った食った。おかげで助かり申した」
「ひでぇ。これで俺は昼飯抜きだぜ。けどまぁ、轢いちまった手前、助けねぇわけにもいかねぇし……ところで嬢ちゃん、何者だ?」
「旅の者じゃよ。お主は?」
「行商人さ」
「ほほう。取り扱っている商品を見せてもらっても?」
伊能は何気なく、馬車の幌を開いた。
そして、
「なっ!?」
驚愕した。
馬車の中に子供が6人、入っていたからだ。
「ひ、ひ、ひ、人さらい!?」
「ち、違う! 人買いだ」
「人買い!?」
相手が人のよさそうな青年だっただけに、伊能はショックだった。
「うわぁ~~~~ん!」
一番小さい子供――5歳にも満たないような栗毛の男児が伊能に抱きついてきた。
男児はガリガリにやせ細っており、着ているものも粗末だ。
さすがに手足を縛り上げられたりはしていなかったが……。
「……これはどういうことじゃ?」
伊能は腰の竹光に手を伸ばしながら、行商人に問いただした。
「はぁ~……」
行商人が深い深いため息をついた。
「嬢ちゃん、旅人って話だったか? だから、この辺りがどれほど貧しいのか知らないんだな」
「貧しい? 貧しいのと人買いと、どういう関係が――」
「これは慈善事業なんだよ……って言い方も、言ってて自分で胸糞が悪いが」
「え?」
「だーかーらっ、その子供たちは捨てられるところだったんだよ! 森に捨てられて、オオカミのエサになるところだったんだ。それを、俺が二束三文で買って、東の街で売ろうとしていたところだったんだ。そりゃ過酷な扱いにはなるだろうが、オオカミに食われるよりはよほどマシだろう?」
「口減らしか……っ!」
伊能は天を仰いだ。
(いや、珍しい話ではない。日本にいたときも、天明の大飢饉のときなど人買いが横行しておった。悪というよりむしろ、この商人が言うように弱者救済の仕組みですらあった)
伊能は行商人に頭を下げた。
「早とちりをして失礼した」
「いいさ。俺だって、後ろ暗いことをしているって分かってるしな」
――ぎゅっ
と、栗毛の男児が伊能の腰に抱きついてきた。
離れようとしてくれない。
背中に触れてみると、ブルブルと震えていた。
(あの子も、このくらいの歳じゃった……)
伊能は何とも切ない気持ちになってしまった。
幼くして水難事故で亡くしてしまった我が子を思い出したのだ。
(生活基盤も整っていない現状では……いや、しかし……)
伊能は考え、悩んだ末に、決断した。
「買い取ろう」
「え?」
「この子たちは、ワシが買い取ると言ったのじゃ」
「はぁ? 金は払えるのかよ?」
「二束三文と言ったであろう?」
実際には、江戸時代の三文という意味ではなく、この国で言うところの『少額のお金』を意味する定型句である。
「いや、あれは言葉の綾で。売る以上は、それなりの金額になるぜ」
「ならば、このキラキラ輝く石で対価にならぬか?」
伊能は懐から鉱石を取り出した。
道中、南西のほうの洞窟で見つけた物だ。
「こ、これは!?」
行商人が鉱石を食い入るように見つめる。
「み、み、ミスリル鉱石……! お、おお、おおおっ、いいぜいいぜ。これなら、こいつら全員分と十分釣り合う」
「ならば、交渉成立じゃな」
「ところでこの鉱石、どこで見つけたんだ?」
「教えるわけがなかろう?」
「ははっ、道理だな。旅の身の上で、子供を6人も抱えちまって、どうするつもりなんだ?」
「道中、集落跡を見つけてな。しばらくはそこに住もうと考えておる」
「ほう。あー……じゃあ、おまけとしてこいつも付けてやるよ」
行商人が、馬車の奥の木箱を指差した。
中に入っているのは、
「農具、種籾、火打ち石、鍋。よいのか?」
「ま、どうせどれも使い古されたものばかりだしな」
「助かる。ところで、食料はないのか?」
「こいつらの村で全部売ったよ」
(食料は買うのに、農具と種籾は買わぬのか。その村、よほど困窮しておるのじゃな。口減らしをするほどじゃから、当然か。いや、今はこの子らのことじゃ)




