45『悪徳領主、裁かれる』
さらに数日後の、昼下がり。
あのドラゴン襲撃から、半月。
ベリアブルクは人が戻ってきつつあり、急速に復興しつつあった。
しかも、
――わーっ、わーっ!
――王様ばんざーい!
――国王陛下ばんざーい!
その日は、街中が朝から熱狂していた。
何しろ、建国以来初めて、国王が訪れたからだ。
「愛する我が子らよ、偉大なるカナン王国の国民たちよ」
中央広場に設営された部隊の上で、国王が朗々と演説している。
「竜は倒された。諸君らの生命と財産をおびやかしていた悪は、倒れたのだ。もう、恐れる必要はない!」
――わぁああああああっ!
――カナン王国ばんざーい!
「諸君らの平和を取り戻してくれた英雄を、紹介しよう。若きドラゴンスレイヤー、イノー・タダタカ!」
――わぁあああああああああああああっ!
――英雄様!
――可愛い!
――俺を測量してくれ!
(は、ははは……)
壇上に上がり、民衆に笑顔を振りまきながら、伊能は微妙な心境だった。
なぜなら――、
「今ひとりのドラゴンスレイヤー、リリン・ド・ラ・ケルブ辺境伯!」
国王の紹介で、リリンが壇上に上がった。
とたん、
――うおぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!
――辺境伯様ぁー!
――リリン様可愛い!
――今日もお美しい! 踏んで!
(も、もんのすごい人気じゃのぅ)
リリンの善政と善性は、隣領にまで響き渡っているらしい。
特にこの街はベリアル伯の重税に苦しめられてきたから、なおさらなのだろう。
――そう、ドラゴンはこの2人が倒したということになっているのだ。
いや、『なっている』も何も、
サムソン、
大砲、
ギデオンら砲兵、
そして決め手となった風魔法、
それらはすべて、リリンの持ち出しである。
実質、リリン1人で倒したようなもの。
だから伊能は当初、ドラゴンスレイヤーの称号を辞退するつもりでいた。
だがリリンの、
『とはいっても、そなたのミスリル砲弾がなければ勝てなかった。それに、村の者たちもドワーフたちも余の従士らも、そなただからこそついて行ったのじゃ。誇るがよい』
との言葉により、受け入れることにしたのである。
「……そして今ひとり、悪い意味で諸君らに紹介しなければならない者がおる」
国王がそう告げたとたん、広場がシン……と静まり返った。
誰が現れるのか、民衆は分かっているのだ。
「『領民を守る』という責務を放棄し、我先にと逃げ出した悪徳領主、ベリアル伯爵だ」
後ろ手に縛られたベリアル伯爵が、王家直属の騎士に背を押されて壇上に上がってきた。
とたん、大ブーイングが広場を満たした。
なぜこの場に、このような形でベリアル伯爵が現れたのか。
その答えは、伊能自身が誰よりもよく知っている。
『くまなく捜せ。必ずや見つけ出すのだ』
謁見したとき、国王はそう言った。
その言葉の意味を、リリンも、あの場にいた貴族たちも、もちろん伊能も正確に酌み取った。
伊能はベリアル伯領をくまなく測量するかたわら、絵姿から学んだベリアル伯爵の顔貌、背丈、体格の男性を索敵し続けた。
そうして伯爵領最北端の寒村で、行商人に扮して越境しようとしていた伯爵を発見・捕縛したのだ(捕縛は王命のもとでリリン――つまりはサムソンが実施した)。
(かような領主が存在するとは!)
領主が税を取るのは、領を維持し、民を守護するためである。
その責務を放棄するような領主がいるなど、伊能の倫理観からは信じられないことだった。
伊能は、生前は私財を投げ売って飢餓者を救い、今世でも防御力ゼロなのにドラゴンに立ち向かうような規格外の人格者である――本人にその自覚はないが。
「ベリアル伯爵よ、そなたはドラゴンが襲来したとき、防衛の指揮を放棄し、領民を盾にして、真っ先に逃げ出したそうだな」
「そ、そのようなことはっ、私は無実です!」
ベリアル伯爵が詭弁を弄する。
「私は最前線に立って指揮を執りました! ですが、奮闘虚しく配色濃厚となったため、やむをえず避難したのです」
「被害者たちの証言とはずいぶんと食い違っているようだ」
国王が促すと、壇上に年若い女性が上がってきた。
彼女の顔を見たとたん、ベリアル伯爵が目に見えて狼狽した。
……そのとき伯爵の背後では、宮廷魔法使いが伯爵に『口が軽くなる』魔法をかけていた。
「なっ、なぜお前が生きている!?」
ベリアル伯爵の言葉が広場中に響き渡った。
そのことに気づいたベリアル伯爵が、顔面蒼白になる。
(恐ろしい魔法じゃな。じゃが、嘘をつかせているわけではないというのが味噌じゃな。この男、心の底からメイドの死を――口封じを望んでおったというわけじゃ。なんと残酷なことじゃ)
「語るに落ちる、とはまさにこのことだな」
国王がため息をついた。
「この娘は、ベリアル伯邸のメイドだった。この者はドラゴン襲来時、そなたに『死ぬまで戦え』と命じられたそうだ。戦いの心得もないただのメイドに、鍋と包丁で戦え、と。自分が家財を馬車に詰め込んで、逃げ出す時間を稼がせるために、だ」
「そ、そ、そ、そのようなことは……」
元メイドの冷たい視線がベリアル伯爵に刺さる。
彼女だけではない。
伯爵に見捨てられた領民たち全員が、伯爵に恨みのこもった目を向けている。
「う、うぅ……! ドラゴンですよ!? 他にどうすればよかったと仰るのですか!?」
「確かに、ドラゴン襲来は不幸なことだった。ドラゴン相手に戦え、勝て、とは余も言わぬ。だがせめて、領軍を使って遅滞防御に務めつつ、領民を避難させるべきだった」
ベリアル伯爵がうなだれる。
「加えて――」
国王に促されて壇上に上がったのは、元村長のルーベンだ。
「伯にはさらなる重大な容疑がある。さぁ」
国王に促され、ルーベンが証言する。
「わたくしどもの村は、南の小山――領境の向こうにあります。村はとある盗賊団に何度も何度も襲われ、飢餓状態にありました。幸い、我らがイノー村長が盗賊団を倒してくださったのですが……その盗賊団のカシラがベリアル伯領の従士と一緒にいるところを、わたくしとイノー村長は確かに見たのです」
――シン……
民衆が静まり返る。
やがて、
――どういうことだ?
――盗賊団と従士がグルだったってこと?
――つまり、領主の差し金だったんだ!
――そんなひどいこと、できるのか?
――あの領主ならやるだろ。
再び、刺すような視線が伯爵に集中する。
「ち、違う……私はただ、山向こうに未発見のミスリル鉱脈がないか確かめたかっただけで……」
自白の魔法が利いているため、ベリアル伯爵は思ったことをそのまま口にする。
伯爵の言葉はつまり、
『領境の向こうをわざと荒らして、それをベリアル伯領の武力で解決させ、領軍を進駐させて実行支配するつもりだった』
『ケルブ領の一部を奪うつもりだった』
と自白しているに等しい。
「悪質にもほどがあるな」
国王が、再びのため息。
「とても人の上に立つ者の器とは思えぬ。余罪はまだまだありそうだが、これだけでも十分とも言える」
国王が民衆に向けて腕を振り上げ、高らかに宣言する。
「以上の罪により、ベリアル伯爵は男爵位に降格! この男にベリアブルクのような大都市を治める能力も器もないことは明白であるため、ベリアブルクおよび一帯はベリアル男爵領から減封とする!」
「そ、そんな横暴な――」
――わぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!
ベリアル伯爵あらためベリアル男爵の抗議を、圧政から解放された民衆の大歓声がかき消した。
「さて。とはいえ、誰かがこの地を治めなければならない。どこかに適した領主はいないものか」
国王が芝居がかった仕草で辺りを見回す。
(ふふっ、国王陛下も芸達者じゃのぅ。こんな大都市を治められる者など、リリンちゃん閣下をおいて他におらぬことなど、分かりきっておるというのに)
「そうだ」
国王がポンッと手を打った。
「今日からこの地を治めるのは――」
国王が振り返り、伊能の肩を叩いた。
「イノー・タダタカ男爵。そなただ」




