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41『伊能、ミスリルを精錬(測量)する』

「イノーちゃん!」


 伊能は仰天した。

 ジスカが、焼けただれたルーベンを背負って飛び込んできたからだ。


「助けて! お父さんを助けて!」


 だが、ここで取り乱す伊能ではない。

 伊能は机の上を素早く片付けて、ルーベンを横たわらせた。

 そうして、懐から小瓶を取り出す。

 リベカに『どうしようもないほどの大怪我を負ったときに、使って』と言われて手渡された、虎の子のポーションである。

 その濃度は、通常のポーションの実に100倍。

 伊能は漏斗を使って1滴の残らずルーベンに飲み干させた。

 ……祈ること、数秒。


 ――パァッ


 とルーベンの体が輝いたかと思うと、見るも無惨だったヤケドがみるみるうちに癒えていった。

 苦しげだった呼吸も、落ち着く。


 悲壮そのものだったジスカの目が、ほっと安心を取り戻した。

 だが、すぐにその顔が歪んだ。


「なんで? なんでよ!? 一度は捨てたくせに、命懸けでかばうなんて! 意味分かんない!」

「ジスカや、手を握ってやってくれ」


 伊能がそう言うと、ジスカは存外素直にルーベンの手を握った。


 伊能は外へ出ると、北のほうを精密【測量】した。


(……ほっ)


 よかった、サムソンは依然として健在だ。

 それどころか、


「うふふ~っ、鬼さんこちら~っ」


 遊ぶ余裕すらあるらしい。

 剣も鎧も持たないというのに――だからこそなのか、屋根や煙突の上をピョンピョン飛び回りながら、ドラゴンをおちょくり倒している。

 そして、ドラゴンが工房のほうに意識を向けようとすると、ドラゴンの後頭部を蹴りつけたりしている。


(ふぉっふぉっふぉっ……改めて、とんでもない御仁じゃな)


 伊能は工房から離れ、サムソンたちが鬼ごっこをしているところまで近づいてから、腹いっぱい息を吸った。

 そして、


「サム殿ぉ~! 夜通し続けられそうですかなぁ~!?」

「うふふっ、無茶言ってくれちゃってぇ! 任せてぇ~!」


 心強い返事を心に刻み、伊能はさっさと来た道を引き返す。

 万が一にもドラゴンに見つかるわけにはいかないからだ。

 先ほどのレベルのポーションは、もうない。


 工房に戻ると、ドヴァリンたちがトンテンカンテンとミスリルを鍛え、砲弾の形に成形しつつあった。

 造れる砲弾の数は、多くはない。

 運び入れたミスリル鉱石の数から言って、7発といったところだろう。


「……失敗だ!」


 だというのに、ドヴァリンが悲痛な声を上げた。

 造り上げた砲弾を工房備え付けのミスリルハンマーで叩いたところ、あっさりヒビが入ってしまったからだ。


「なぜじゃ?」

「不純物が混ざっていたんだ」

「ワシのせいか」

「そうじゃないとは言わないが。俺らの腕が錆びちまってたのもある、十数年ぶりだからな」

「悔やんでいる暇はない。ミスリルは再利用できるのじゃろう?」

「いいや、駄目なんだ。錆ミスリルは高熱で飛ばすことができるんだが――」


(酸化鉄から酸素を分離させるのと同じ理屈か)


「ミスラタイトは熱で分離しない。それどころか、ミスリルに溶けこんじまうんだ。【遠心分離】魔法が使える上級魔法使いがいれば分離もできるが、今ここにはいない」

「ミスラタイト?」

「ミスリルと一緒に産出される鉱石だ。ほら、このミスリル鉱石をよーく見てみろ。ここの部分とここの部分、微妙に色が違うだろう?」

「い、言われてみれば……? 話からすると、ミスラタイトは柔いのか?」

「それでも、鋼よりは硬い。粘りになるから武具を打つときはむしろ積極的に混ぜ込むもんなんだが、今回のように硬さを重視したいときには邪魔になる」

「何ということじゃ」

「嬢ちゃんの【測量】で、どこからどこまでがミスリルなのかを見分けることはできねぇか?」

「ううむ……【測量】、【測量】」


 伊能はドヴァリンの言う『ここの部分』と『ここの部分』をそれぞれ調べてみる。

 言われてみると、密度が違うような測量結果が出た。

 伊能はより濃密なほうを指さして、


「こっちのほうが硬い?」

「そのとおりだ! つまり、こっちが純ミスリルで、こっちがミスラタイトってわけだ。ミスラタイトが絶対に混ざらないようにしつつ、できるだけたくさんの純ミスリルを獲るためには、この鉱石をどう割ればいい?」

「【測量】。まずはここじゃな。そう、その角度で(のみ)を入れよ」

「おうよ!」


 伊能とドヴァリンは慎重に慎重に、ミスリルとミスラタイトを分離させていく。

 持ち込んだミスリル鉱石をすべて分離させたのだが、


(ずいぶんと減ってしまったのぅ。3発造れるかどうかといったところじゃ。この作戦、大丈夫か? やはり、西村に閉じこもってリリン閣下の救援を待つべきだったのではないか? ……いいや、今は目の前のことに集中せよ、三郎右衛門(さぶろうえもん)


 外ではドラゴンの翼が風を打つ音や、空恐ろしい咆哮が響き渡っている。

 それらのことをいったん心の外に置いて、伊能は取りこぼしがないか今一度ミスリルを【測量】するのだった。

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