38『伊能、ドラゴンの巣への潜入を決意する』
「嬢ちゃん、問題が発生した」
ある日の昼下がり、ドヴァリンが青い顔をしてやって来た。
「どうしなさった?」
伊能の問いに、
「火力が足りねぇんだ」
ドヴァリンが答えた。
「火力?」
「ミスリルを精錬・加工するための火力だ。一応、即席の炉を作ってはみたんだが、まるで温度が足りねぇ」
「つまり、ミスリルの砲弾を作ることができないと?」
「そのとおりだ」
「大問題ではないか!」
「だから、問題だって言ったんだよ」
「ううむ」
伊能はうなる。
「東のほうに行けば、相応の村がある。もっと東に行けば、ケルブ辺境伯領領都のケルブルクがある。そこの炉を借りるというのは?」
「そこにドワーフ鍛冶師はいるのかい?」
伊能はサムソンを呼んできた。
「多分だけど、いないと思うわぁ~。少なくとも、剣コレクターのアタシが入り浸るようなドワーフ鍛冶工房はないわねぇ」
「なら、駄目だな。並の鍛冶師が造るような炉なら、俺らでもここで造れる。ってか造った。が、駄目だったんだよ」
「どうすればよいというのじゃ?」
「無茶を言うんだがよぉ」
ドヴァリンが――今までサバサバズバズバ言い続けてきた歴戦のドワーフ鍛冶師が、言いにくそうにした。
「ベリアブルクの、俺らの工房の炉を使いたい」
「……はい?」
伊能は、呆けた。
「それは……未だドラゴンが居座るベリアブルクに忍び込んで、堂々と火を炊くということですかな?」
「まぁ……そういうことだな」
伊能は天を仰いだ。
◆ ◇ ◆ ◇
「突入メンバーを発表する」
西村の広場に人を集めた伊能は、重々しく告げた。
いつもはひょうひょうとしている伊能だが、今回ばかりは暗くならざるをえない。
「まずはワシ、そしてサムソン殿――あらため、さすらいの冒険者・サム殿」
サムソンは、家紋の入ったプレート鎧を脱ぎ、剣も携えていない。
ベリアル伯の許可を得ないまま他家の従士が越境するのはルール違反だからである。
そのため、砲兵派遣隊の面々は同行できない。
サムソン1人が入るだけでも、バレたら言い逃れできないグレーな行為――というよりアウト行為である。
「最後に、ドヴァリン殿およびドヴァリン殿が選抜した鍛冶師数名じゃ」
「そんなっ、私も行く!」
ジスカが抗議したが、
「駄目じゃ」
伊能は却下した。
「敵はドラゴンじゃ。今までの相手とは比べ物にならぬ。しかも、道中の小麦畑には多数の魔物がうろついておる。今までのいくさとはわけが違う」
「連れていってくれなかったら、勝手について行くから」
「…………」
伊能はジスカを睨みつける。
が、ジスカが折れる様子はない。
「これでイノーちゃんが死んじゃったら、私は一生後悔する」
「それはワシも同じじゃ」
「…………」
「…………」
睨み合いが続き、嫌な沈黙が広場を支配しはじめた、そのとき。
――パンッ
と、ルーベンが手を叩いた。
一同がハッとなる。
「日が沈みはじめる前に出発しなければならないのでしょう? 揉めている時間はありませんよ」
「じゃから――」
「だから――」
「ですので、こうしましょう。ジスカもイノー村長とともに行く。ただし、私も同行する。いよいよ危険だと感じたら、私がジスカを引きずってでも連れて帰ります。これでどうですか?」
ジスカが驚いたような、喜んでいるような、あるいは怒ったような顔になる。
一方の伊能は、
「……承知した」
深々とため息をついた。




