32『伊能、兵器の歴史を数百年進めてしまう』
「ライフリング……ってのは、何だ?」
ドワーフ鍛冶師のドヴァリンは首を傾げた。
ドワーフは人間に比べると長命だ。
かく言うドヴァリンも100年以上生きている。
そんなドヴァリンですら、聴いたことのない単語だった。
「施条、螺旋、溝!」
目の前の銀髪少女――たびたび異次元の能力を発揮してみせたイノー村長が、興奮した様子で説明している。
イノー村長が対ゴブリン戦で魅せた指揮力は、はっきり言って異常だ。
それだけに、ドヴァリンは彼女の言葉を『ガキのたわごと』と切り捨てる気になれない。
「銃身や砲身の内側にこう、弾が回転するような螺旋状の溝を彫るのじゃ! そうすれば、射出されるときに弾に回転運動が与えられるじゃろう? 矢と同じじゃ。回転すれば、弾道の精密さは格段に向上する!」
「へぇ、そりゃあおもしれぇ。で、この大砲にそのライフリングを刻めばいいのかい?」
「よいかの、ギデオン殿!?」
「え、えーと……?」
砲術師ギデオンが、視線で大男――ケルブ辺境伯家従士長のサムソンに助けを求める。
サムソンがニッコリ微笑んだ。
「いいわよぉ~ん。ただし、まずは1台だけ。あと、効果が出なくて大砲が使い物にならなくなった場合は、ミスリル鉱石またはイノーちゃんの【測量】スキルで支払ってもらうわぁ~ん」
「感謝するぞ、サムソンちゃん殿!」
こうして、イノー村長とドヴァリン率いるドワーフ鍛冶師集団によるクラフトタイムが始まった――かに思われたが、早々に挫折した。
「いやぁ、俺たちゃこのとおり着の身着のままで逃げてきたからよ、まともな工具なんてねぇんだわ」
ドヴァリンは懐から工具を取り出す。
「一応、鉄製の鑿なら持ってるが……鉄で鉄は彫れねぇ。最低でも鋼の鑿がなけりゃぁな」
「ならば、これを使うといい」
イノー村長が懐からミスリル鉱石を取り出した。
「おおっ、それがウワサのミスリル鉱石かい。目にしたのは十数年ぶりだぜ」
ドヴァリンは興奮する。
他のドワーフたちも同様だ。
十数年前まで、ベリアブルクはミスリルの産地だった。
『かつて』を知る鍛冶師たちにとって、ミスリルというのは特別思い入れのある存在なのだ。
「けど、これじゃ形が悪い。せめてもう少し、鑿っぽく尖った形の物はねぇか?」
「ふむ。では、加工しようか」
「はぁ? 何言ってんだ。ミスリルは鋼よりも硬いんだぜ?」
「【測量】!」
イノー村長が何やら唱えた。
ドヴァリンは興奮する。
彼女がそう唱えたとき、必ずと言っていいほど奇跡が起きてきたからだ。
「ここじゃ。この一点をその鑿で突いてくれ」
イノー村長がミスリル鉱石の一点を指差す。
「さっきから何言って――……はぁ、まぁ騙されてやるか。ここに来てからこっち、村長さんにゃ驚かされっぱなしだからな」
地面に置いたミスリル鉱石に、ドヴァリンは鑿を当てる。
「あと1度ばかし右からじゃ。そう、そこ。全力で打ってくれ」
「あいよ」
――カーンッ
――パカッ
「……は?」
ドヴァリンは、首を傾げた。
「「「「「……は?」」」」」
ドワーフたちも、首を傾げた。
粗鉄製の鑿で、鋼よりもなお硬いミスリルがあっさりと割れたからだ。
「「「「「えぇええええええええっ!?」」」」」
「ど、どどどどういうことだ嬢ちゃん!?」
ドワーフたちが大狂乱に陥る中、『村長』呼びも忘れたドヴァリンは、イノー村長につかみかかる。
「いやぁ、ミスリル鉱石を【測量】したのじゃよ。どんな物にも、柔いところはあるじゃろう? 繊維と繊維の境目、分子と分子の境目。そこをなでてやれば、かようなこともできるでな」
「……は? はぁああああ!?」
(おもしれぇ! おもしれぇおもしれぇおもしれぇ! 嬢ちゃん、俺ぁあんたについて行くぜ!)
◆ ◇ ◆ ◇
「むふーっ。できたぜ!」
満足顔のドヴァリン。
ドワーフ鍛冶師の技術力というのは相当なもので、素人・伊能の適当な説明と即席ミスリル鑿で、あっという間に大砲へライフリングを施してしまった。
「さすがじゃのぅ! ではさっそく弾込めを頼む」
「はっ」
ルーベンたち砲兵隊が砲身に火薬と弾を込める。
が、
「あのぅ、村長?」
ルーベンが困った顔をする。
「お話では、弾が射出されるときに、砲身内部の溝に弾が押し当てられることで回転するのでしたよね?」
「そうじゃが」
「……ご覧のとおり、弾が砲身よりも小さいのですが」
弾――鉄球はスポスポと出し入れ可能なサイズだ。
「なんと!?」
「がーっはっはっ!」
ドヴァリンが爆笑する。
「嬢ちゃん、あんた切れ者なんだか間抜けなんだか、どっちなんだよ。まぁでも、その問題は俺らドワーフ鍛冶師が解決してやれるぜ」
ドヴァリンが砲身内部の砲弾に触れ、
「【熱】」
と短く詠唱した。
「鍛冶師にとって、火は命。炎系魔法を修めている奴は多いのさ。これで、弾が熱膨張した。熱が火薬や砲身に伝わる前に、さっさと撃ってくれ」
「なんと! てーっ」
果たして結果は――、




