31『伊能、大砲の当たらなさにおっ魂消る』
「ふぉーっ、これが大砲か! もんのすごい威力じゃったのぅ!」
大興奮の伊能である。
前世でも、測量士という仕事柄、大砲を目にする機会はあった。
測量と海防は切っても切れない関係だからである。
だが、撃つ瞬間を目にしたのも、ましてや実際に触れるのも初めての経験だった。
「ご興味が?」
騎馬砲兵隊を引っ張っていた好青年が、ふわりと微笑んだ。
「とと、これは失礼した。それがしは伊能忠敬と申しまする。この村の村長を拝命しております」
「これはご丁寧に。ギデオンと申します。この度、騎馬砲兵派遣隊の隊長の命を辺境伯閣下より拝しました。わたくし以下10名が、皆様を一人前の砲兵へと速成させていただきます」
「ありがたいことですじゃ。質問、よいですかな?」
「何なりと。閣下からご許可は頂いております」
「ではさっそく。この大砲は、直射用なのですかな?」
「カノン砲といいまして。はい、直射に用いられるものです。ご覧のとおり、仰角がこれ以上取れません」
ギデオンが大砲を操作してみせてくれる。
なるほど、仰角が45度よりも上がらない。
伊能たちがゴブリン集団相手に行っていたような、空から矢を降らせる戦法は使えそうにない。
「射程はどのくらいなのですじゃ? どこまで飛びますのじゃ?」
「単に『飛ばす』だけなら、2キロメートルといったところで――」
「2キロじゃと!?」
伊能は童のように飛び上がる。
「領境の小山の上から、ベリアブルクの竜まで届くではないか!」
「え? いや、ですから、あくまで理論上の――」
「う、う、撃ってみてもよいですかな!?」
つかみかからんばかりの勢いの伊能に、ギデオンはたじたじになる。
「え、ええ、もちろん。……実際に見てもらったほうが早いかな」
◆ ◇ ◆ ◇
「方角、よし。仰角、1度下げ。てーっ!」
――ドォゥンッ!
「…………。……え?」
伊能は愕然となった。
500メートル先の木を狙ったはずが、砲弾がその左端をわずかに削っただけで通り抜けてしまったからだ。
「おおっ、見事ですね!」
目標の木に駆け寄ったギデオンが、伊能に称賛の言葉を送った。
「東村の方々――速成の砲兵隊で、至近弾どころか命中弾を出せるとは!」
「いや、ワシの狙いでは、木のど真ん中を穿つはずだったのじゃが。ま、まぁ初回じゃし? ルーベン殿、もう1発頼めますかな?」
「ははっ」
ルーベンの指揮のもと、東村の狩人たちが大砲の砲身を清掃し、火薬と弾丸を詰め込む。
「では、方角を1度右へ。てーっ!」
狩人が砲身に火を着けた。
数秒後、砲弾が射出された。
が、
「あるぇ……? 今度は狙いの右へすっぽ抜けてしまいおった」
「いえいえ、十分に至近弾ですよ!」
またしても褒めてくれるギデオン。
(世辞……? の、ようには見えぬ。他の従士殿たちも、感心の目でワシらを見てくれておるし。どういうことじゃ?)
困ったときは人に相談する、と伊能は決めている。
齢50にして31歳の暦学の『師匠』に師弟の礼を取った伊能には、『年下に教えを乞うのは恥ずかしい』とか、そういう価値観は一切ない。
「ジスカ、なぜじゃと思う?」
「変よね、確かに」
伊能とバディ関係となって以来、文字通り百発百中のジスカにとって、『伊能が外す』というのは異常事態にも等しいのだろう。
うんうんと頭を悩ましてくれたうえで、1つを答えを出した。
「矢羽根がないからじゃない?」
「おおっ、なるほど」
大砲――『カノン砲』が撃ち出す弾は、鉄製の球体である。
矢のように細長くもなければ、直進運動を安定させるための矢羽根もない。
「それに、回転運動がないからでしょうな」
歴戦の狩人であるルーベン――ジスカの父が、会話に混ざってきた。
「……うっ」
未だ父と和解できていないジスカが、伊能の背中に隠れた。
ルーベンが寂しそうな顔をする。
が、すぐに立て直した。
「矢羽根が矢の軌道を安定させるのは、矢羽根が矢を緩やかに回転させるからなのです。大砲の砲弾が安定しないのは、砲弾が回転していないからかと」
「――ライフリングか!」
伊能の、前世知識と女神(現代地球)知識が融合しつつ花火を散らした。




