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21『辺境伯幼女、嵐のように来て嵐のように去る』

「ほほう、ナヌシ――村長として活躍したのじゃな」

「なんと、50歳になってから31歳の師匠に弟子入りし、暦学を学びはじめたじゃと!?」

「星の大きさを測るために、全国を地図化した!? とほうもない大冒険じゃな」

「その偉業が認められて、後世で神位を授けられた、と。一応も何も、正真正銘の神ではないか!」


 リリンが伊能の話を楽しそうに聴いてくれる。


「それで、この星の主神に拾い上げられ、転生したと?」

「左様。女性の姿にさせられたことにはいささか驚きましたが、自由に歩ける体というのは実によいものでしてな。それで――」


 さらに伊能は、転生後のあらましを話した。


「ベリアル伯め……よもや、そんなにも卑劣な策を弄してくるとは。あの家とは先代から小競り合いが絶えなんだが、この数年は――つまり余が家を継いでからは、やり方が露骨になってきておる。まったく、忌々しい」

「ということはつまり、やはりあなた様はこの地の領主様なのですな」

「うむ」


 リリンが立ち上がり、胸を張った。


「我が名はリリン・ド・ラ・ケルブ。ケルブ辺境伯家の現当主にして、カナン王国の西部を預かる大領主である。ちなみに、余は正真正銘の9歳じゃ。お主のような見た目詐欺とは違うぞ」

「さ、詐欺て……。そのような高貴なお方が、このような僻地にお越しになるとは。平民を装い、ましてやこのような閉鎖空間に誘い込まれるなど。招いた本人が言うのも何じゃが、大丈夫なのですかな?」

「あーっはっはっはっ! 仕方がなかったのじゃ。大人では、追い返されてしまうからのぅ」

「そっ、その点は、まこと申し訳なく……」

「いや、よい。子供らの心情は理解できる。そもそも、『イノー村』の惨状を作り出したのは、余の治世の怠慢じゃ」

「そのようなことは……。我が村は税を納めておりませんから。無税の民など、『まつろわぬ民』も同義。守る義理などございませぬでしょう。村を壁で囲うにも、兵を巡回させるにも、相当の金が必要となることですから」

「理解があって助かる。じゃが、ベリアル伯の企みを知ってしまった以上、そなたの村を放置しておくわけにもいかぬ。わずかでよいから、税を納めてくれるか?」

「実効支配しているという実績ですな」

「あはぁっ、理解が早くて本当に助かる」

「して、いかほどで? ここのミスリル鉱石も、ワシが簡単に掘れる量などたかがしれておりまする」

「そなた」


 リリンが、【トーチ】の明かりでキラキラと輝く洞壁――ミスリルを含んだ壁に触れた。


「このミスリル鉱石ひとつがどのくらいの価値か、分かっておるのか?」

「? 馬1頭分くらい、ですかな?」

「はぁ~……正解は、家1軒分じゃ」

「えっ!?」

「それも、煉瓦造りの重厚なやつじゃ」

「はぁあああああっ!?」


 伊能はおっ魂消(たまげ)る。


「我が領の領都にミスリル鉱石が流通したとき、余は正直言って度肝を抜かれた。しかも、ナタンとかいう駆け出しの商人が馬3頭分程度の価格で売り出したと聞いて、余は卒倒するかと思った。急ぎミスリル鉱石の流通を差し押さえ、ナタンを呼びつけた」


 伊能は、リリンを荷馬車に乗せながら真っ青な顔をしていたナタンのことを思い出した。

 あのときすでに、ナタンはリリンにたっぷり絞られていたのだ。


「して、聴いてみれば、素性も分からぬ小娘がミスリル鉱石をポンポン放出していると言うではないか。これはもう、直接行って文句の一つも言ってやるか、相手が未熟なら鉱脈ごと押さえてしまうほかないと考えた。そうして、今に至る」

「そ、それは……。何というか、お手数をおかけいたしました」

「というわけで、余が『イノー村』に求める税は、1月につき一角ウサギ100匹または癒し一角ウサギのツノ1本じゃ」

「えっ、ミスリル鉱石でなくてもよいので!?」

「おーい、余の話を聴いておらなんだのか? お主がミスリル鉱石をぽんぽんと市場に出してしまったら、相場が崩壊する。今まで十数年と続いていた秩序が破壊されかねないのじゃ。じゃから、ここのミスリルは機密中の機密。絶対に漏らすでないぞ」

「わ、分かりましたのじゃっ」


 齢73にして、9歳児に説教される伊能である。


(いやはや、9歳とはとても思えぬ思慮深さ。この領は安泰と見える)


「はぁ、疲れた」


 幼女リリンが肩や首を鳴らした。


「そうでしょうな。遠路はるばるお越しいただいたわけですから――」

「違う。神に説教する身にもなれ、ということじゃ」

「す、すみませぬ」

「よし、これで話すべきことは話したな。お主の素性、余の素性、ミスリル鉱石の扱い、納税の話。あぁそれと、明日からここに1名、余の従者を派遣する。イノー村の護衛兼ベリアル伯の監視役じゃ。厩でも屋外でも寝泊まりできるようなタフな奴じゃが、屋根のある部屋を1つ用意してもらえると助かる」

「なんと、それは心強いですな」

「お主の監視役も兼ねておる。お主、放っておくと何をしでかすか分からぬからな」

「あ、あはは……」


 リリンが洞窟の外へと出ていく。

 伊能も続いて外に出て、仰天した。

 そこに、何十名もの重装兵がズラリと居並んでいたからだ。

 その先頭に立っているのは、身の丈2メートルで筋骨隆々の大男だ。


「あらぁ~ん。お話は終わったのぉ、リリンちゃん閣下?」


 大男がクネクネしながら言った。

 リリンは大男にうなずいてから、伊能に向けてニヤリと笑った。


(無防備について来たと見せかけて、ちゃんと警戒しておったというわけか。いやはや、一本取られた)


 伊能はますます、リリンという幼女の大きさに惚れ込む。


「あなた様のほうが、一枚上手(うわて)だったようですのぅ」

「そうでもない。一応、関係の上では主従関係になるが、余はそなたを対等じゃと感じておる」

「ふぉっふぉっふぉっ、恐れ多いことでございます。……じゃが」


 伊能はできるだけ親身に、リリンに微笑みかけた。


「年の功だけは積んでおるでな、悩んだときにはまた来るとよい」

「~~~~っ!」


 リリンが目を輝かせた。

 年相応の幼女のようにピョンピョンと飛び跳ねたあと、再び為政者の顔に戻った。


「ではイノー・タダタカ、またな!」


 こうして、嵐のように襲来したリリン・ド・ラ・ケルブ辺境伯は、嵐のように去っていった。

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