18『伊能、切腹を覚悟する』
東村へと走りながら、伊能は嫌な予感を覚えていた。
(1つ、本当に盗賊だった場合。東村が危ない。
2つ、盗賊ではなかった場合……つまり、大人不信のガドたちが、大人の集団と見て『盗賊だ』と早とちりをしてしまっていた場合。無辜の相手に石を投げつけてしまったことになる。
3つ、その相手というのがもしや……)
「イノー様、これはどういうことですか!?」
東村に着くやいなや、ルーベンが伊能につかみかかってきた。
「領主様の遣いを追い返すなんて!」
「あー……最悪のケースじゃったか」
伊能は天を仰いだ。
◆ ◇ ◆ ◇
ケルブ辺境伯――それが、この地を治めている領主の名だ。
(男爵、子爵、伯爵、辺境伯、侯爵、公爵、そして王――の、辺境伯。控えめに言っても、超・超・超大貴族。こんな木っ端な村など、吹けば飛ぶ。しかもマズいことに、ワシらは納税しておらぬ)
そんな相手が直轄する軍隊に、石を投げたのだ。
隣では、ガドが顔面蒼白で震えている。
ジスカもルーベンも、他の大人たちも顔面蒼白だ。
「大丈夫じゃ」
伊能はガドとジスカの頭を順番になでてやりながら、努めて明るく言った。
「ま、何とかなるじゃろう。何ともならなくなったとしても、ワシが必ずや何とかしてやる」
ニヤリ、と笑みを浮かべてみせつつも、伊能の脳はフル回転していた。
(最悪でも、村長たるワシが腹を切れば許しを得られるじゃろう)
切腹を最悪のオプションに据えつつ、そうならないための策をつらつらと挙げていく。
(ミスリル鉱石を大量に貢ぐか、いっそミスリル鉱山の場所を開示し、一切合切を献上するか。盗賊退治の功績をもって減刑を求めることもできるじゃろう。それに、盗賊のカシラとベリアル伯の癒着に関する情報はケルブ辺境伯にとって有益なはずじゃ。自分の領土が仮想敵に侵食されつつある――それをはねのけ、その証拠をつかんだというのは、一級の功績になるはずじゃ。ケルブ辺境伯その人が人格者ならば、じゃが)
そんな伊能の壮絶な覚悟などつゆ知らず、ガドとジスカは伊能の笑顔に癒され、泣き笑いを浮かべるのだった。
一方の大人たちは、青い顔のままだった。
『領主の遣いが来たら、すみやかに狼煙で伝えること』
『絶対に抵抗してはいけないこと』
『ただし、問答無用で攻撃された場合は、全力で逃げること』
以上をルーベンと取り交わし、伊能は西村に戻った。
本音を言うと、東村の門に張り付いていたいくらいだった。
が、そんなことをすれば、せっかく安心したガドたちに、『大丈夫じゃ』という言葉が張り子の虎だったことがバレてしまう。
年若い子供たちをいたずらに不安にさせるのはよくない。
それに、狩りや井戸掘りといったルーチンワークもまた、西村を支えるうえで不可欠である。
以上のことを泰然とした笑みのまま計算して、伊能はさっさと西村に戻ったのだった。




