12『伊能、子供たちを捨てた村と取引する』
「あぁ……どうしてこんなことに」
名もなき村の小さな家で、男は深いため息をついた。
「テオは生きているだろうか……ジスカはひどい目に遭ってはいないだろうか……」
「もうやめて、あなた!」
妻がヒステリックに叫んだ。
「口減らしをすると最後に決断したのは、あなたでしょう? なのに、今さらそんなことを口にするなんて!」
「だったら、どうすればよかったというんだ? 全員仲良く飢え死にしろとでも?」
「っ」
「……いや、すまない」
この村は、いっとき『ルーベン村』と呼ばれていた時期があった。
村の取りまとめ役の名がルーベンだったからだ。
だが、その男は元来臆病で、村長を名乗るほどの度胸もなかったため、『ルーベン村』はやめてもらうよう村人たちに頼んだのだった。
男は臆病だが、弓の腕は随一だった。
そして男は、娘にその腕を継承させた。
そう。
今、なすすべもなくため息をついているこの男が、ほかならぬルーベンである。
ルーベンとて、可愛い我が子を売り飛ばしたくなどなかった。
だが、村人たちに口減らしを強要する手前、自分の子供だけ手元に残しておくわけにもいかなかった。
かくして、幼く働き手にもならないテオが売られることとなった。
誤算だったのはジスカだ。
テオのことを見かねたジスカが、『私も行く』と言い出したのだ。
(やはり、戦うべきだったのか? だが、すでに弓矢はすべて、盗賊たちに取り上げられてしまった)
この村は、狩人たちが互助的な活動をするうえで自然発生したものだ。
狩人とはいっても東のほうの町人たちのように納税しているわけではないので、褒められた身分ではない。
領主様からすれば、盗賊もこの村の村人たちも等しく『賊』に分類されるだろう。
「あぁ……ジスカ、テオ」
「パパ……? ママ……?」
そのとき、愛しい我が子の声がした。
ルーベンは、自分の妄想だと思った。
が、すがる思いで声のほう――玄関を見た。
すると、
「テオ!?」
なんということだろう、愛する息子が本当に立っていたのだ。
「パパ! ママ!」
テオが駆け寄ってきた。
ルーベンは無我夢中で我が子を抱きしめる。
「あぁ、あぁ、すまなかった、テオ! 本当にすまなかった!」
テオが腕の中でぐずる。
ルーベンが腕を緩めると、テオが妻の腕の中に飛び込んでいった。
妻もまた、滂沱の涙を流しながら、テオを全力で抱きしめる。
「だが、これはいったいどういうことなんだ?」
「説明が必要ですかな?」
第三者の声。
驚いて玄関を見てみれば、見知らぬ少女が立っていた。
異国風の旅装に身を包んだ、銀髪の少女。
そして、その隣には――
「ジスカ!?」
ルーベンと妻がジスカに駆け寄ろうとした。
が、ジスカが露骨に顔を歪めて、見知らぬ少女の背中に隠れてしまった。
「あぁ……そうだな。許してもらえるわけがないよな」
ルーベンはうなだれた。
「ジスカはテオと一緒に、『ウサギ肉作戦』のほうを進めてもらえるかの?」
「分かった。大人たちにはあげたくないけど、この村にはまだまだたくさんの子供がいるから、その子たちに配るわね」
「むぅ。ならば、子供たちにはこれでもかと渡してやるのじゃぞ? 本人たちが食べ切れぬ量を、じゃ」
「…………。もう、これじゃ私が意地張ってるみたいじゃない!」
「大人になってくれて助かるわい。子供扱いしてやれなくてすまんのぅ」
娘と少女は、ずいぶんと仲が良さげだ。
いや、仲が良いというより、狩りの際に狩人たちがペアを組んでいるような、歴戦の空気を感じさせる。
「いいわよ、もう。ほら、テオ、行きましょ」
「えーっ、僕、ママともっと一緒にいたい!」
「またあとで戻ってくるから、ね? みんながお腹空かせてるの、可哀想でしょう?」
「分かったー……」
ジスカとテオが嵐のようにやって来たかと思うと、また嵐のように去っていってしまった。
残ったのは、泰然とした笑みを浮かべている謎の少女1人だけ。
「あ、あの……」
「イノー・タダタカと申しまする」
先手を打たれた。
少女が年不相応なほど大人びた笑みを浮かべて、
「今は、ジスカやテオをはじめとした子供たちの、まとめ役をしておりまする」
「……っ! ということは、全員生きて――」
「無論。今頃、ジスカたちと一緒に村の皆様へウサギ肉を振る舞っているところでございましょう。ジスカの弓のおかげで、ウサギ肉だけは腐るほどありますからな」
「どういうことだ……です? 娘の弓は一流です、そのように仕込みましたから。ですが、弓の腕とウサギを見つける観察眼や運は、また別の話で――」
「今日は」
少女の声には不思議なほどの説得力があって、ルーベンは口をつぐまずにはいられない。
話を遮られたというのに、不快感がまるでない。
数年前に大往生した長老と話しているかのような、えも言われぬ安心感がある。
「取引のためにまかりこしました」
「と、取引……ですか?」
「まずは、それがしの話を聞いていただけますかな?」
少女イノーが話した。
イノーがジスカやテオたち全員を買い取ったこと。
タネは明かせないが、継続的な金銭的収入源があること。
今は、この村よりもさらに西へ1時間ほど歩いた場所にある集落に住んでいること。
「あぁ、あの場所は、十数年前に私たちが狩りの前哨基地として作った場所です。ここに本格的な村を作ってからは、すっかり放置してしまっておりましたが」
「なんと! ということは、ワシらはルーベン殿たちのおかげで、こうして生きながらえておるというわけですな」
「そ、そんな大したことでは……」
続いて、イノーたちがお人好し商人・ナタンと付き合いがあること。
ウサギ肉は潤沢だが、その他の食料の不足が深刻であること。
井戸を掘るための男手を欲していること。
「なので、それがしは盗賊団を倒すことにしたのですじゃ」
「なるほど、盗賊団を――……は? はぁあああっ!?」
ルーベンは椅子から転げ落ちそうになるほど仰天した。
「道理でありましょう? 生活が困窮しているのも、子を売ったのも、すべては盗賊の存在に帰結しまする。ならば、それを取り除くことこそが、現状打開の唯一解」
「そ、そうは言いますがね、我々には武器もなければ戦える者の数も――」
「13人」
「え?」
「盗賊団の数じゃ」
「そ、それは正確なので?」
「このうえないほど正確ですとも」
「根拠は?」
「企業秘密ですじゃ」
「キギョー……何?」
「あー、これは女神様語じゃったか。まぁ、信じていただくに足るだけの根拠がある、ということじゃ。手前味噌じゃが――」
「テマエミソ?」
「あー、自分で言うのも何じゃが、ワシはジスカの弓の腕と、ルーベン殿たちが作ってくれた集落があったとはいえ、こうして子供たちを腹いっぱい食わせ、この村に大量のウサギ肉を施すほどのことを成しておる。その実績を根拠として、信じてもらいたい」
「…………」
ルーベンは、言葉もない。
ただただ、目の前の少女の『大きさ』に驚き、恐れ入るばかりだ。
「それで、この村には戦える者が何人おりますかな?」
「…………。そのご様子だと、すでに知っておられるのでしょう?」
ルーベンは、悔しい。
が、そんな感情も、もはや霧散しつつある。
「総人口、56人。うち成人男性、18人。未成人男性、12人。この30人が、戦いに耐えうる人員です」
「十分じゃ」
伊能がニヤリと微笑む。
「敵はたったの13人なのじゃから」
「たったの、とおっしゃいますが、相手は人殺しに躊躇のない相手ばかりなのですよ!?」
「敵の主兵装は?」
「ええと、鎌や手斧……農具の沿線上です。ただ、リーダーだけは妙に上等な剣を持っていました」
「弓は?」
「奪われましたが、ここに来るときに携えている奴はおりませんな。弓は覚えるまでに何年もかかる専門技術ですから」
「ということは、遠距離から一方的に殴れば、敵は壊滅するということじゃな?」
「そんな簡単な話じゃ――」
少女イノーがニヤリと笑った。
「実演してみせましょうぞ」




