忘却の宝物庫(1)
「いくぞ」
ルカ様の低音が、空気を切り裂くように告げる。
もうここともサヨナラなのかと哀愁に浸っていれば、ツカツカと宝物庫の出口と反対方向に、長い足を向けて歩き出す。
「ルカ様? 出口はそっちじゃなくて逆方向……」
「あ? 知っているが?」
歩みだした足を止められたことに苛立ちを感じたのか、不機嫌な声にひぇっと声を漏らしながら問いかければ、予想外の言葉。
『俺が間違えるとでも?』とでも言いたげな声に身震いする。美形の威圧怖い。
「ではどちらに……?」
「奥にも扉があるだろう。そこからアルヴェインの者の魔力を感じる。おそらく、いや間違いなく曾祖父のものだろう。そこを確認する」
『宝物庫の一番奥、大きくて一際きらびやかな扉がある。そこには入らないで欲しい。その中の宝への世話は君には、というより誰にも任せられない。つまり不要だ』
「そこには、はいってはいけないとアルヴェイン様が……」
「俺は現当主の命でこの宝物庫の遺品整理に来たんだ。入っちゃいけない場所なんかあるかよ」
「そもそも入れないって、あ」
同時にアルヴェインの血筋の者なら入れる、とも言っていたなと思い直し押し黙る。
「理解したならなにより」
わたしの考えていることなど、お見通しといったところか、はたまた沈黙が答えと認識されたのか。歩みを再開したルカ様に付き従うように、パタパタと歩を進める。
清々しいほどに、この人こちらに歩幅を合わせる気まるでないな?
✦︎✦︎✦︎
白い荘厳な扉には繊細な金の装飾と、豪華な色とりどりの宝石がちりばめられていた。
中央には、金に縁取られた大きな深紅の宝石がキラリと光り、ひときわ大きな存在感を放っている。初めて訪れたが、これでもか!というほどに豪華な細工だな。
アルヴェイン様はこういうものが好きだったんだろうか。
「宝石魔術か。厄介だな」
「宝石魔術?」
そんなことも知らないのかと言いたげに浅くため息をつかれるが仕方ないだろう、こっちは異世界出身だぞ。
「術者の魔力と別に介する触媒を使うことで、自身の魔力経路や術式をわかりにくくしてるんだ。これだけ手の込んだ細工、並一般の魔術師なら解くのに数百年はかかるだろうな」
「す、数百年!?」
「並一般の魔術師ならな」
おもわぬ単位に素っ頓狂な声を上げてしまった。
ルカ様は自信を隠す気もないようで、なんでもない風に深紅の宝石に手をかざし何事かを呟く。その瞬間、ルカ様の衣服や髪が小さく浮き上がり深紅の宝石がぼぅっと光を灯す。
カチリカチリと時計の針が時を刻む音とともに、噛み合った歯車が回りだすように、宝石たちがきらびやかに瞬き共鳴する。
まるで昔みた御伽噺に出てくるような世界に目を奪われていれば、美しい鈴の音のような音が鳴り響く。少しして、ルカ様がふぅっと息を吐く。きっとこれが、宝石魔術とやらの解除の証なのだろう。
「思ったより時間がかかったな」
『数百年をあっというまに飲み込んだ男の言うことか』と思う傍らで、一つの思考が脳内を駆け巡る。閉ざされた宝物庫、アルヴェインの血の結界、宝石魔術。
───そこまでして、アルヴェイン様が隠したかった宝物っていったい何なんだろう。
「なにを腑抜けた顔をしている。先を急ぐぞ」
「は、はい!」
そんなわたしの小さな疑問は、ルカ様の呆れたような声に溶けて消えていった。
ルカ様が扉へと手を伸ばす。ゆっくりと音を立て、重厚な扉が開かれる。
ザァァアアアア────。
「え」
吹き抜ける一陣の爽やかな風。扉の先に広がっていたのは、どこまでも続く青空と美しい白い花畑でした。
「えええええええ!?」
青い空の下にいっぱいの白い花畑が続く。宝物庫の奥にこんな空間が広がっていたなんて。
「そもそも室内なのに何で青空が……?」
「魔力で作られた仮想空間だろう。そう大声を出すな」
『騒がしいぞ』と返され身を縮こませる。魔力ってすごい。万能すぎやしないかと考え込んでしまったけど、なにもしなくても清潔な宝物庫、喋るお宝に解除に数百年かかるといわしめた宝石魔術。これくらいはもう普通なのかもしれないなと思いなおす。そう思わないとやっていられない。
花畑の開けた方の道を歩いていくルカ様の後を、白い花弁を踏まないように歩みを進める。
「どこへいくんですか?」
スッとさされた指のほうへ目を向けると、そこには小さな建物が鎮座していた。
「教会……?」
白い建物の三角屋根の上に小さなベル、その上にトレードマークの十字架がみえる。白い花畑に囲まれたそれは、少し寂れているがきっと教会で間違いないだろう。
「なんでこんな所に教会が……?」
「さぁな。まぁ、入れば多少は分かることもあるだろう」
ギィ、と古めかしい音を立てて簡素な扉が開かれ、年季の入った赤い絨毯がわたしたちを出迎える。
トコトコと歩みを進めれば通常神父さんがいるべき場所に、そこには不釣り合いな大きな白い棺桶。
なんでこんなところに棺桶があるんだろう。そっと手を伸ばすとぼうっと光が灯り、白く覆われていた曇りガラスが透明にかわる。
繊細な細工が施された棺桶の中にはとがった耳の美しいプラチナブロンドの女性が眠るように納められていた。
「この人は……?」
「エレノア・アルヴェイン」
背後から聞こえた、あまりにも聞き覚えのある懐かしい声に思わず息をのむ。ルカ様が、隣で目を見開いたのもわからないほど動揺しながら、振り返り目を凝らす。
「アルヴェイン様……!」
「彼女の名は、エレノア・アルヴェイン。エリィは僕が世界で一番愛し、僕を世界で一番愛してくれた女性だ」
振り返れば、記憶と変わらない姿のアルヴェイン様がそこにいた。
少し日程空いてしまいました難産です( ›_‹ )
2026.05.31 ちょっと短いかもと思い直し、追記の形で更新しました!




