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アルヴェインの宝物庫(3)

 ピシッッと小さな音が耳に届く。でどころは……ポケットの中。おそるおそるそこに手を差し入れればチリリと小さく痛みが走る。


「痛っ」


 小さく弾けたガラス玉の破片が指先に刺さったのだ。ポケットから破片をかき集めればそれはアルヴェイン様の帰還をお知らせしてくれるお手製のアイテムの小さな水晶玉で。


「落としたりもしてないのに……」


 なんの前触れもなく割れた小さな水晶玉に不安が煽られる。

 ちかちかと瞬いていたはずの今はただのガラスの破片は熱もなく何も教えてはくれなかった。



 ────そこからはじわりじわりとアルヴェイン様の面影が消えていくのを感じていた。



 1ヶ月、まだ帰ってこなくったってなんにもおかしいことはない。


 2ヶ月、なにか楽しいことを見つけて時間を忘れてるのかも。


 3ヶ月、まだ便りはない。


 4ヶ月、5ヶ月、そして半年が過ぎてからはもう数えるのをやめてしまった。



 ある日、常に柔く明るかったはずの宝物庫に影が落ち始めた。


 ある日、宝物たちの声が聞こえなくなった。


 最後まで声が聞こえていた唯一の宝物、アクアマリンの髪飾りの声すらも気づけばいつの間にか聞こえなくなっていた。


 無機質なそれでも美しい澄んだ水色の宝石を撫でる。


「やっぱり、何かあったのかな……」


『あんな殺しても死なないようなやつに”何か”が起こるわけないじゃない。セナはおバカさんね』とコロコロと笑い飛ばしてくれる声はもうどこからも聞こえない。



 異変が起き始めた最初のうちこそ、大きな古時計やふとっちょなマダムの絵画をはじめとする家具や骨董品にも話しかけていた。


 だが、返事のないそれにだんだん虚しくなって、結局初めてアクアマリンの髪飾りに出逢った宝石たちが集められた場所から動かなくなってしまった。


「ねぇ、また海辺のレディの冒険譚きかせてよ……」


 自分でもびっくりするほどよわよわしい声が場にとける。こんな声聞かれたら「情けない!」と一括されてそれこそ海辺のレディがいかに強く気高く美しい、たくましい女性だったかという話をマシンガン級にされてしまうかもしれない。


 そんな実際ありそうなことを考えていたら自身からくすくすと笑いが漏れて驚いた。


 まだ、大丈夫だ。ありがとう、とそっと大きなオーガンジーのリボンに縫い付けられたアクアマリンの宝石を撫ぜれば呼応するように揺れるビジューがシャラリと音を鳴らした。



 ✦︎✦︎✦︎



 そうしてどれだけの時間が過ぎたか。

 宝物庫の中では時間や四季というものを感じられないし、もう数えるのもやめてしまったからなんにもわからない。


 ぽつりと縮こまり自身を抱きしめながら『帰らない主人を待つあの忠犬もこんな気持ちだったのだろうか』だなんて考えてしまうほどには、ひとりぼっちの時間にも幾分か慣れてしまっていた。

 慣れてしまった、きになっていただけかもしれない。



 ────そんな時、突然の来訪者が現れる。


「は」


 突然聞こえた音に膝に埋めていた顔を上げる。それは人の姿をしていた。


 しかもアルヴェイン様と同じ白髪を首元で小さく束ね、アルヴェイン様と同じ深い赤の瞳を大きく揺らしていた。でも、アルヴェイン様ではない。


 嫌な予感がしていた。


 随分と驚いた顔をした青年はアルヴェイン様によく似ているのに、まるで違う雰囲気を携えていた。



「あなた、誰?」


 目の前の青年が二の句を告げる前にそっと質問を続ける。


「アルヴェイン様は……?」


 目の前の青年は少し考えたそぶりを見せたあと何事もなかったかのように言葉を紡ぐ。


「旅に出た。長い旅だ。お前が生きてるうちは帰ってこないだろうな」

「そう、ですか」


 おもっていたよりも遠回しで文学的な答えが返ってきて少し驚いたが、それでもどうしたって文脈から読み取れてしまう。


 きっとアルヴェイン様はここにはもう帰ってこない。何があったかは分からないが、文字通り『かえらぬひと』になってしまったのだろう。


 わたしの反応に目の前の青年が少し目を見開いたのを横目に見遣りながらポツリと小さく声を落とした。



「わたし、どうしたらいいんだろう」



 アルヴェイン様はもういない。アクアマリンの髪飾りをはじめとする宝物たちの声も聞こえない。きっと、元の世界にもかえれない。これじゃ本当の独りぼっちだ。今まで見ないふりをしてきた”孤独”が押し寄せてくる。



 そんな、時だった。


「……俺のところに来い」

「え?」


 思いもよらない言葉に我ながら間抜けな声が漏れ出る。今、この人はなんていった?


「お前、名前は?」

「……セナ、セナです」


 美しい青年の問いにこたえるべくそっと名前を繰り返す。こちらが彼を何者かを知りたがっているのも読めているのか、青年がそのまま続ける。


「セナ。俺はルシェヴァル・アルヴェイン。お前の主の曾孫にあたる男だ」


 面影があるのはそのせいか。血縁関係があるのはよく見なくてもわかることだ。だが、よくみればアルヴェイン様より切れ長の瞳をしているし、空気も堅い。


 あの人も見た目こそクールな美形だったが、茶目っ気たっぷりなチャーミングなヒトだったから。


「お前の主アルヴェイン、レグナード・アルヴェインからお前は手を離れる。だから、俺と来い」


 その言葉にまた焦燥感にかられてしまい目を伏せる。そうか、やはりもう、アルヴェイン様にお会いすることはできないのか。その事実が重く心にのしかかるが、今は目の前にいる青年の提案に集中しなければ。


 青年に視線を合わせながら了承の意を唱えるべく口を開く。


「……わかりました。る、るしぇ、ゔぁるさ、ま」


 全然言えなかった。お名前が難しすぎる。奇しくもきっと大事な場面で噛みまくってしまった恥ずかしさに頭を抱えるのをこらえながら唇を震わせていれば、当たり前のように溜息を吐かれてしまった。


「ハァ、ルカでいい」

「はいルカ様」


 呆れた声で告げられたのは愛称だろうか。失礼ながらあんなにも厳格な名前が随分愛らしいものに変わるんだな、なんて間の抜けたことを考えながら自身のこれからに想いを馳せる。


 これはきっと最後のチャンスだ。一体これからどうなってしまうかなんて、わたしには想像もできない。だからこそ諦めてなんて、悲壮に暮れてなんていられない。


「ねぇ、だから挫けたときはどうか叱ってね」とポケットの中のアクアマリンの髪飾りに向けて心の中でひとりごちる。


 これは運命に翻弄されながら必死に生きるわたしと、その周りを彩ってくれるすべてのものたちの話。


何とか仕上がりました!今回は少し難産でした…!

重くなってしまいましたが、実はプロローグと繋がっています。

ルカ視点とセナ視点。よければ合わせてお楽しみください!


重い話を書いているとどんどんやるぞの気持ちと同時にコメディが描きたくなる不思議。

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― 新着の感想 ―
すごい。1話とお話が繋がりつつ視点はセナのままで、同じ会話をしているのに別の心情で読むことができる不思議な感覚でした。 コメディということはルカとセナの漫才みたいなのが見れるのでしょうか。想像し難いで…
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