アルヴェインの宝物庫(2)
わたしがこの宝物庫に現れてだいたい一週間が経過しようとした頃だった。
「それじゃ、僕は今からまた旅に出るから」
脈絡もなく知らされた出発の知らせに、おもわず「えっ」と声を上げてしまう。
とはいえ、どうやらアルヴェイン様が宝物庫に一週間近くも滞在するというのは、実はとても珍しいことらしい。それこそ今回の滞在が延びたのは、珍しい人間の来訪者である私がいたからだとか。
───旅立つ前、君にひとつ言っておかなきゃいけないことがある。
旅支度をしながら、今まで聞いたことも無いくらい神妙な声でアルヴェイン様が告げる。
「宝物庫の一番奥、大きくて一際きらびやかな扉がある。そこには入らないで欲しい。その中の宝への世話は君には、というより誰にも任せられない。つまり不要だ」
初めての重たい空気を感じながらこくりと頷く。
「まぁ、そもそもアルヴェインの血がなければ扉は開かないから、キミには開くことすらもできないんだけどね」
私が頷くのを確認した後、アルヴェイン様が一転してあっけらかんとした様子でそういうので、拍子抜けしてしまった。
さっきまでの重苦しい空気が一気に切り替わる。これはきっとわざとだ。まだ僅か1週間しか共に過ごしていないけど、それでも分かる。
『それじゃ、行ってくるよ』と扉に手をかけるアルヴェイン様をそのまま見送ろうとして、慌てて引き止める。
「アルヴェイン様!」
「なんだい、まだなにか心配事でも」
「行ってらっしゃいませ!」
──お気をつけて!
わざわざ引き止めて言うことでもなかったかもしれない。それでもどうしても伝えたかった。
「なんだいなんだい、愛らしいことだ!こんなにも出発が幸福に満ちているのは久方ぶりだよ」
一瞬、めずらしく驚いた顔をしたアルヴェイン様は、悪戯な顔をしてニッと笑ったあと、『行ってきます。宝物庫の世話を頼んだよ!』と嬉しそうな声を最後に扉をパタンと閉めた。
旅立ちはあっという間だ。もう、宝物庫に彼の姿はない。
✦︎✦︎✦︎
アルヴェイン様の魔力によって、命を宿す宝物庫の宝物たち。宝物庫は今日も賑やかだ。
「ご機嫌よう、セナ!」
「セナ坊今日はいかがお過ごしかな?」
「セナ嬢!聞いておくれよ!」
宝物庫の中、アルヴェイン様の宝物たちひとつひとつと言葉を交わしていく。
「その時のレディの美しさと言ったら、アタシの煌めきにも負けないほどだったわね!」
「それはすごいね」
しゃらりしゃらりとビジューを鳴らしながら、淡い水色のオーガンジーのリボンの中央に、アクアマリンの宝石が飾られた繊細な細工の髪飾りがお喋りを続ける。
おしゃべりの中心は、この子の元持ち主の”海辺のレディ”についてだ。
とある海辺に住んでいた、”海辺のレディ”とアクアマリンの髪飾りに呼ばれる彼女は、それはそれは勇ましいレディで、この繊細で愛らしい髪飾りを付けていながら、バカにしてくる令嬢や男たちを言葉や肉弾戦でちぎっては投げちぎっては投げを繰り返していたらしい。うーん、強い。
与えられた可愛らしいワンピース、その上に来ている白いエプロンの胸ポケットから聞こえる、特に賑やかで特徴的な幼ない声に反応を返しながら、宝物庫を練り歩く。この子、アクアマリンの髪飾りは特別お喋りさんなので、アルヴェイン様から持ち歩く許可を頂いているのだ。
「ちょっと! ちゃんときいているのかしら!?」
「これはこれは失礼しました。しっかりきいてるよ」
遥か昔存在したという、このおしゃまなアクアマリンの髪飾りの持ち主だった海辺のレディも、話を聞くにどうやら気が強く相当なお喋りさんだったらしい。
大きな古時計のおじいさんは穏やかにゆったり喋るし、とある文豪のガラスペンは寡黙だが流暢に文章を綴る。このおしゃまなアクアマリンの髪飾りといい、もしかしたら『持ち主に似る』と言う言葉は本当なのかもしれない。
海辺のレディの驚く程に強いエピソードが、愛らしい声で次々と綴られていく。そんな時、ふとノンストップだった彼女のお喋りが止まる。
「……いつかここを出る時がきたら、アタシのことも連れ出してちょうだいね」
思わず目をぱちくりと瞬かせてしまう。どうやらわたしはこのおしゃまな髪飾りに、随分気にいられているらしい。
「うーん、外は魔素が充満してるらしいからなぁ。ここから出たら私、すぐに死んじゃうかも」
「それもそうなのだわ」
結構これは真剣な悩みなんだけど、なんて事ないようにサラリと受け流されてしまった。
まぁ、どれだけこの宝物庫に滞在することになるのかはわからないけれど、世界軸が噛み合うその日まで、きっとこれから長い時間ここにおかせてもらうことは確定なわけだし、おしゃべりな彼女のことだ。もしかしなくても、戯言のひとつのようなものだったのかもしれない。
そうして毎日を思ったよりずっと慌ただしく過ごしていれば、気付かぬ内にあっという間に随分と時間が経っていた事実に少し驚く。
もうそろそろアルヴェイン様が帰ってくる頃だ。実はこの場所に、アルヴェイン様と連絡を取る術はない。しかし帰還がちかづくと申し訳程度に熱くなり、ちょっとだけ瞬く小さな丸い水晶が渡されている。どうやら元はただのガラス玉だが、魔力を込めて遠い地からも念が伝わるようになっているのだとか。
「あら、その瞬き。アルが帰ってくるのね?」
「うん、そうみたい」
「まったく。そのガラス玉、アイツならもう少し魔力を込めれば遠く離れていてもおしゃべり出来るくらいのモノを創れるはずなのに! 相変わらず手を抜いているのだわ!」
「まぁまぁ」
ぷんすかするアクアマリンの髪飾りをと宥める。
うーん、それにしてもやっぱりこれ手抜きなんだ。よくは知らないが、歴代でも屈指の強い魔力を持つというあの人にしては、いささか間の抜けたアイテムだと思った。
でも、これは唯一アルヴェイン様から渡されたわたしだけの宝物だから。
「ふんっ」
わたしの思考を見透かしたのか、アクアマリンの髪飾りがぶすくれた気配を察知したので、慌てて眺める手を止めポケットに再度しまい直し話題を振る。
「それでそれで? 海辺のレディは乗り込んできた海賊をどう追い払ったの?」
「ふふん、そうね。特別に話してあげるわ! レディの勇ましい冒険譚を!」
海辺のレディの話となれば、アクアマリンの髪飾りはそれはもう止めようにも止まらないほどのおしゃべりさんなのだ。
一方その頃、帰還がまもなくだと伝えるように、ポケットの中のガラス水晶はチカチカと強く瞬き熱を持っていた。
✦︎✦︎✦︎
「ん……っ」
キィ……という音が耳に届く。
微睡みから泳ぐように少しづつ目を開けば、無いはずの日差しに目を焼かれるようで思わずまた目を細めてしまう。
「やぁ、眠り姫。お目覚めかい?」
「ふぁい!!!!!」
細めた目なんてどこへやら、聞き覚えのあるテノールにピンッと背筋を延ばし、無理やり全身を起こし起き上がる。
「あいたたたっ」
「ああ、急に身体を起こすから」
海辺のレディの話を聞き終え大きな古時計のおじいさんの話を聞いていたら、心地の良い声にいつの間にか眠ってしまったらしい。いつのまにかアルヴェイン様がご帰還なさっていたようだ。
「すみません、気づいたら眠りに就いてしまったようで……」
「はっは、気にする事はないさ。この満たされた場に置いても睡眠だけはただひとつ重要だからね」
よく眠れたなら何より、と端正な顔立ちを活かしたウィンクをひとつ。
「それより、なにか忘れてないかい?」
「なにか、ですか?」
「僕は君からの出立ちの言葉を、たいそう喜んだと思うんだけど」
出発の時のことを少し思い返した後、もしかしてと思い口を開く。
「アルヴェイン様、おかえりなさい!」
「うん、ただいま。セナ」
余裕そうな様子と反してその声は本当に嬉しそうで、年上の男性ながら愛らしいとすら思ってしまう。目を剥くほどの美形なくせにやっぱりどこか可愛らしい人だ。
「ふんっ、今回もなんとか生きて帰ってきたようね」
『まぁ、アタシの今代の主人なら当然のことかしら?』と胸ポケットから高飛車な言葉が続き思わず苦笑い。
「やぁ、髪飾りの。君も相変わらずのようでなによりだ」
「もう、その呼び方そろそろやめて欲しいのだわっ」
「すまないね、君たちに特別な名前をつける気はないんだ」
困ったように笑う彼が珍しくて思わず凝視してしまえば、『どうかしたかい?』と逆にサラリと長い白髪を揺らしながら深い赤の瞳にのぞき込まれ大きく仰け反ってしまう。
「貴方は己の顔の良さをもっと自覚して行動してください……」
「はっは、嬉しいことを言ってくれるね」
こちらの鼓動なんて知る由もなく、ふふんと御機嫌に鼻歌を歌うアルヴェイン様に勝てる日は、当分どころか幾千年たっても来なさそうだ。
おしゃまなアクアマリンの髪飾りと海辺のレディがお気に入りです。私も海辺のレディの冒険譚が聞きたい。




