アルヴェインの宝物庫(1)
セナとルカの曽祖父レグナードの出会いの話です。
「んっ……」
突如として襲ってきたひんやりとした空気と痛む身体に、ゆっくりと微睡みから目を覚ませば、いつのまにか我が家のフローリングとはかけ離れた冷たい白い大理石の床で眠っていた。
「部屋のベットで寝てたはず、だよね?」
気がついたら金銀財宝が煌めく美しい大豪邸にいた、なんて信じてもらえるだろうか。煌びやかな宝石、みたこともないようなお宝たちに囲まれながら私は何故かそこにいた。
「ここ、どこ……? 」
一瞬夢の中だろうかとも考えたが、冷水のように冷たい床の温度と堅い感触、そしてかすかに痛む身体が、これが夢じゃないと私に現実を突きつける。
────その時だった。
「誰かいるのかい? 」
不安に煽られる私の耳に、心地のいいテノールが響く。ヒトの、声だ。
『あの』と声を出そうとして、『もしかしたら正直に伝えたってこのまま不法侵入を疑われて、警察にそのまま突き出されてしまうんじゃないか』と身震いしてしまう。目が覚めたら知らぬ間にお邪魔していました、なんて信じてもらえるはずがない。
声も出せずにその場に座り込んでいると、女性かと見間違うほどに美しい長い白髪を左側に纏めた、まるで絵画のように美しい男性が目の前へ現れる。
「君は? 」
今度は人外級の美しさにあてられて言葉を失うわたしに問いかけられた声に、ぱくぱくとくちを開閉させるも、なんとか音を絞り出す。
「……あっ、怪しいものではないんです。気づいたらここにいて、その、なんでかわからないんですけど、本当に怪しいものではないので……」
言葉を重ねるほどに確実に怪しくなるから困ったものだ。終わった。目の前の人外系美人も表情を失くしている。ああ、美人の真顔こわい。
「ふむ、君はもしかしなくても人間かい?」
「へ、あぁ、え? 人間? はぁ、まあそりゃそうですけど……」
意味の分からない質問をされ困惑していると、美人がブツブツと何事かを呟き始めた。耳をすませば「かくも珍しきヒトの子」「迷い子」「異世界」だなんて言葉が聞こえて来る。まるで早口のようにつぶやき続ける目の前の人外級美人。 興奮でもしているのか、彼の陶磁器のような白い頬が紅潮していた。
「実に面白い!長い吸血鬼生のなかでこんなにも愉快な出会いが訪れるなんて!先日迎えた謎の魔法陣のおかげか、はたまた呪いの引き寄せ人形のおかげか」
「は、はぁ。よく分かりませんが、ここはどこなんですか? 」
話を聞けば、ここはわたしの生きてきた世界を”人間界”とするとここは"魔界"。いうなれば人外の住まう場所。聞くだけで身震いしてしまうようなこの場所は、どうやらわたしが今まで住んできた世界とは別な軸に存在しているらしい。
突拍子もない話だ。でも、信じざるを得なかった。だって実際わたしはここにいる。
胸に一抹の不安がよぎる。
「わた、わたし……帰れ、るんですか?」
元のわたしが生きてきた世界に。
切実な願いは「一度噛み合った世界軸がまた噛み合うのはいつになるかは分からないね。ないと言ってもいい」という、なんて事ないと言った風に告げる彼の優し気な声を前に、儚くも崩れ落ちてしまうのであった。
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「君にはここで生活してもらおうと思うんだが問題ないね? ここはいい場所だ。この宝物庫は時間が止まっていてね。お腹がすくことも喉が渇くことも年老いることもない」
「僕の最高傑作だ!」と意気揚々と告げる目の前の彼を他所に、すごくグロい世界だと思った。いつかくるかもしれない世界軸が噛み合う日まで、私はずっとここでひとり生活し続けるのか。
外に出ようにも魔素というものが充満するこの世界は、私のような魔力を持たないただの人間が生きるには些か厳しいものらしい。どうやら"抜け穴”とやらもあるらしいが、今の所それをしてくれる気はさらさらないとか。
薄々気づいてはいたが、この人多分、傍若無人な自由人だ。まるでこちらのことを考えていない。”おそらく安心して暮らせる生活”を保障してくれた恩があるとはいえ、正直第一印象はどうしようもなく最悪だ。
「大丈夫、キミには僕がいる」
この、人を惑わせるようなどこまでも甘い蜂蜜みたいにとろける瞳さえなければ。
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「僕の名前はレグニード・アルヴェイン。そうだな……アルヴェインと呼んでくれ。ファーストネームは好きじゃなくてね」
そう言って笑う目の前の男は変わらず人外級の美人で目が眩んだ。
「アルヴェイン、様……?」
「堅苦しいな、アルと呼んだっていいのに」
誰かを様付けにして呼ぶなんて、いつもそんな風に厳かに生きてきた訳じゃない。でも、なんとなく目の前の彼をそんな軽く呼ぶだなんて気が引けたから。
「まぁ、キミがそれでいいならそれがいい」
「そんなことより今日はキミに言わなければいけないことがある」と、アルヴェイン様が続ける。
「僕は放浪の旅が趣味でね。この場所を度々離れることもある」
「放浪の旅」
「そうだな、帰るのは月に一、二回ほどになるか」
おもわず捉えた単語だけを繰り返すわたしなんて気にも留めず、アルヴェイン様の声が場に踊るように続いていく。
「旅はいい。そよぐ風の中。何も考えず歩き、走り、その国や街の空気を捉える。外は日が照っているのが一つ難点だが、有難いことに僕はもう日をだいたい克服した代でね。そうそう苦しむこともない」
止まらない勢いで語りつくそうとするアルヴェイン様。
「それぞれ生活も食も文化も違う世界はそれはそれは良いものでね、ああそうだこの前行った国では……」
しかし、これ以上は話しが止まらないからと、さすがに待ったをかける。
「あ、あの!」
「なんだい? いい所だったというのに」
思わず苦笑い。なんだかこの傍若無人すらも、慣れてしまえば子供みたいに愛らしく感じてしまうのだから、不思議な話だ。
「わたしは、アルヴェイン様がその、旅に出られている間はどうしたらいいのでしょうか」
「なにもしなくていいよ」
『ああ、その話か』となんでもないように告げられた言葉に、おもわず呆気にとられてしまう。"なにもしなくていい"……? 聞き間違いだろうか。
「あの、置いてもらうのになにもしないなんてわけには……、その、さすがに穀潰しというか」
「この宝物庫では空腹どころか汚れてしまうことも、なにもないのに?」
うぐぐ、と言葉に詰まっていれば、『そんなに気になるならひとつ思いついた!』と指をぴんと立てられる。
「キミにはふたつの役割を与えよう!」
「2つ?なんでしょうか……?」
ずい、と立てられたひとつの指がわたしの目の前まで指し向けられる。
「ひとつは僕の旅の聞き手だ」
「旅の、聞き手? 旅のお話を聞くってことですか?」
「ふむ、物分りが良くて何より」
うんうんと頷くアルヴェイン様に、ひとつの疑問が浮かぶ。だってこの人、月に多くて二度程度しか帰ってこないんじゃなかっただろうか。それは、なんというかその。
「あの、それだけじゃ割にあわないような……」
そもそも話を聞くのは好きな方だ。特にこの人は口がよく回るおしゃべり上手な人だから、話を聞いていてつまらないと思うことがまずないのだ。
不満げにそう告げれば『君のような人間ならそういうと思っていたよ。だからもう一つだ』と続ける。
「もうひとつは、そう。宝物庫の世話係だ」
たっぷり飲み込むのに3秒程時間がかかった。『宝物庫の世話係』だなんて珍しい物言いをするものだ。まだよく知らないけど、この人らしいとも言うべきなのか。いや、それよりも!
「えっと、掃除とか、そういう…? こんな宝の山、壊してしまわないか不安なんですけど、本当に私で大丈夫ですか!?」
はっはっはと心底面白そうに、アルヴェイン様がお腹を抱えて笑う。
「いったろう、ここには不浄なんてものは一切無い空間なんだ。僕の魔力によってね。……ただ一つ、難点がある」
「難点?」
「僕に似てしまうってことさ」
またしても首を傾げる回答だ。宝が、アルヴェイン様に似る? たしかに双方うるさいほどにキラキラ煌めいているところがあるけれど、恐らくそういうことでは無さそうだ。どういうことかと考え込んでいれば、今度はクスクスと笑われてしまう。
「君は表情と感情が豊かな子だね。それはもう素晴らしいほどに」
褒められているのかいないのか。可笑しそうに声と肩を震わすアルヴェイン様に、子ども扱いされている気がして思わずムッと顔を顰めるが、そんなことアルヴェイン様は意に介さず説明を始める。
アルヴェイン様の魔力に満ちたこの宝物庫は、納められた財宝たちに一種の"チカラ"とやらを与えるらしい。それは単純明快、触れたものにしゃべりかける能力だ。
例えば絵画なら芸術家に描かれた姿に倣って自我を持って喋りかけてくるし、宝石なら昔自身で身を着飾った令嬢の話から自身を奪い合った海賊の話までしてくるというわけだ。それらを可能にする魔力が、この大きくて豪勢な宝物庫全体に満ちているらしい。
「それって、すごくすごくないですか……?」
「そう、実はすごくすごいんだ。僕はね」
魔力の相場なんて知らないが、ちっぽけな人間のわたしでも想像がつくほどに、きっとそれは相当なものなのだろう。驚くわたしの無い語彙を真似しながら目の前の美形、レグナード・アルヴェインは茶目っ気満載にウィンクをひとつ落とした。
ひとつにまとめて三部作にする予定が過去編がふたつになってしまいました。文って怖いですね、すごく楽しいです。




