3-14. 『罠師』、獣王ハイングバットに報告する。
約3,500字でお届けします。
楽しんでもらえますと幸いです。
ケンたちは帰りにそれほどの時間が掛からなかった。鬱蒼とした森の中であっても、歩き慣れてしまえば行きほど大変でもなく、調査も終わって周りをよく観察する必要もないので目的地を見据えて急げるためだ。
木の根が張り出し、菌糸類がはびこる道とも言い難い獣道をひたすら歩き、一番大きな樹へと足早に進んでいく。
既にミィレも解毒状態になり、自らの足でしっかりと進んでいた。なお、彼女の眼光が若干鋭くケンを刺しているので、ケンは生きた心地がしないままに先頭を歩いている。
こうして陽が落ちる前には、大樹城の玉座の間へと辿り着いていた。
「おぉ、ケン様! お戻りですか! 何か忘れものでも?」
何も知らされていない城主ハイングバットは、半日も経たずに戻って来たケンたちを訝しがりつつも、歓待するように両手を広げて、巨躯で風を切り、しかし野生の獣のように無音で、玉座から彼らの方へと歩き始めていた。
「忘れものはしていないですね。実は——」
「なるほど! 宿ですな! これは失礼しました! どうぞ城にある部屋を自由にお使いください! ふかふかの寝具も、柔らかい寝間着も今からご用意いたしますぞ!」
忘れものではないと知ったハイングバットは、陽の傾き加減も考慮して、寝床の話だと推測して先回りする。
最大限の歓待の意を示そうと、近くの衛兵とアイコンタクトで寝床の用意を指示する。
「いえ、そうではなく——」
「はっ! 私としたことが! お食事もしていただかなければ! ヒト族は雑食であると聞き及んでおりますぞ! 最高級の料理をいくつでも並べてみせましょう!」
そうではないとケンが申し訳なさそうに呟いたため、ハイングバットは、夕食の話だと思うに至った。
別の衛兵を見てからしっかりと頷いたことを確認し、自分も頷き返して衛兵を動かした。
「あの、話を——」
「ガハハハハハッ! ご安心ください! 不自由などさせません! このハイングバット、全力で、賓客をもてなしますぞ!」
まだ申し訳なさそうにするケンを見て、ハイングバットは彼が遠慮していると考えて、何も遠慮する必要がないとばかりに大きな声で豪快に笑い始める。
「はあ……ハイングバット王は、相手の話を聞く耳を持ち合わせていないのかしら? その耳はただの飾りかしら?」
意思疎通ができずに困ったケンを横目に、ミィレがハイングバットの豪快な笑いさえかき消すようなバカでかい溜め息を吐いた。
「ミィレ様、いくらなんでも——」
「何?」
ハイングバットは一瞬ムッとしてミィレを睨みつけて抗議しようとするが、ミィレの圧倒的強者の眼光にすっかり委縮して借りて来た猫のように小さく縮こまる。
「あ、はい、すみません……」
冷酷な笑顔。
聖女のような優しく慈愛に満ちた微笑みの奥底、眼光から漏れ出してはいけない殺気がミィレの顔から滲み出ていた。
ハイングバットは本能的にミィレを逆らってはいけない存在だと確信した。
「まあまあ、ミィレ、もうちょっと優しく——」
そのとき、衛兵もまだ複数人残っている中で、ミィレの対応がマズいと判断したケンが彼女とハイングバットの間に割って入って、彼女を宥めるように取り繕った笑顔を向ける。
「ケン、私は聖女のように慈悲深くも優しいつもりよ? さっきのことも、ね?」
ミィレは、先ほどの媚薬を盛った上で生殺し状態にした話を持ち出して、怒りが冷めておらず、完全に許したわけではないとばかりに睨みつけていた。
「あ、はい……すみません……」
謝る以外の術を持たないケンに、ソゥラが彼の横へと寄って耳打ちする。
「ケン……ダメですよ。お姉ちゃんはあ、なんだかんだでケンにブチギレてますからあ……構わずハイングバット王と話をした方があ……」
ケンはソゥラの提案に頷いて、目を見開いたままのミィレを脇に置くように、ハイングバットの方へと向き直った。
「ハイングバット王、ご報告に参りました」
ケンが片膝を着いて頭を垂れながら恭しく話し始めたため、それに合わせて、ソゥラやファード、アーレスやメル、悪態を吐いたミィレでさえも同じように片膝を着く。
「ほ、報告? ケン様、顔を上げてください。もしや、もう既に異変について、何か分かったと?」
ミィレに怒られたハイングバットも相応の態度を示そうと、一旦玉座へと戻って一度深く腰を掛けて座った後、興味津々の様子で前のめりになって訊ねた。
「はい。異変は洞窟に棲み着いていたスライムで、そのスライムが毒成分を持って地下水に沁み出ていたことが原因でした」
ケンはゆっくりと顔を上げて頷いた後、結論を急がずに、ハイングバットの質問にしっかりと答える。
そのとき、ハイングバットが口をあんぐりと開けた。
「なんと! スライム!? 我が国でスライムが存在していたとは……しかし、スライムとはな……少量からも増える彼奴らは駆除するにも時間が掛かってしまう……その間にも無辜の民への害が……」
民を思う言葉と哀愁漂う態度。
ハイングバットの沈痛な面持ちが誰の目にも留まる。
「さらに、そのスライムを一掃し、これ以上の地下水への染み出しを阻止しました」
ケンは、ハイングバットに纏わりつく哀愁を取り払うように、にこやかな笑顔で続けて報告をした。
一瞬、沈黙が玉座の間を支配する。
「おぉ! 一掃! それは……おぉ!? え、もう!? 終わった!?」
ハイングバットはケンの言葉を復唱した後、顎が外れんばかりの大口を開けたまま、目を見開いて聞き直した。
「はい」
「……え? 本当にもう? 異変、解決?」
自分の耳を疑うように、ハイングバットは再びケンへと訊ねる。
ケンは強く何度も縦に首を振った。
「はい。地下水は正常になりましたので、しばらくすれば、皆さんの病状も良くなるかと」
しばしの沈黙の後、突いて出たのはハイングバットと衛兵たちからの割れんばかりの雄叫びだ。
この部屋どころかこの大きな樹全体を揺らさんばかりの雄叫びは、国中にさえ轟くかと思うほどに大きかった。
「ぬおおおおおっ!? なんたる迅速解決! まさに疾風迅雷! 感謝の念が豪雨のように私の胸を打ち続けています!」
ハイングバットが立ち上がり、その巨躯を目いっぱいに広げて踊り始めた。
周りの衛兵たちもガチャガチャと音を立てて笑顔で動いている。
「大げさね」
ミィレがぼそっと呟くと、ハイングバットは、目にも留まらぬ速さで彼女に駆け寄り、片膝を着いたままの彼女の両手を取って、肉球のついた大きな手で包み込む。
「いや、大げさではないですぞ! 多くの民の命が助かるのです! ミィレ様も、皆様もありがとうございます!」
「……か、感謝の言葉は、ありがたく受け取っておくわ」
ハイングバットの屈託のない笑顔と心からの感謝の気持ちに、ミィレも少しばかり目を逸らしつつ上ずった声で応えた。
「さすが一国の王、誰にも態度を変えずに接することができる、か」
「お姉ちゃんの警戒心も緩んでいますね」
「ま、礼を言われて捻くれるようなミィレじゃないだろ」
ケンとソゥラ、ファードが微笑ましいものを見たとばかりに笑顔を見せている。
アーレスやメルもまたどこか誇らしげだ。
「こほん、それでは報酬に何を望まれますか。最大限がんばらせてもらいますけれども、やはり、その、あまり無理難題でないと助かるのですが……」
興奮冷めやらぬハイングバットだが、報酬の話をしなければと思い、異世界の勇者が何を望むのか分からずに少し及び腰になって訊ねてくる。
ケンはここで立ち上がり、恭しく一礼をした後、静かにゆっくりと話し始める。
「ありがとうございます。報酬、そうですね。今日の寝床、数日分の水と食料、あとはこの国にもあるであろう神が造りしダンジョンの情報をください」
ハイングバットは大げさにコケて、周りの衛兵たちがどよめいた。
「へ? その程度でよろしいのですか? 金銀財宝や酒池肉林ではなく?」
ハイングバットが要求されると思っていた「金銀財宝」や「酒池肉林」を思わず口にした。ミィレやソゥラは「酒池肉林」という言葉にピクリと反応した後、静かにケンを射殺すような目で見ている。
ケンは背後の殺気に冷や汗を垂らしつつ、首を横に振った。
「私が申し上げたものだけで十分です。多すぎる荷物も困りますし、この世界で高価なものをもらっても仕方ない。私たちに必要なものは私たちがよく知っています」
欲張ることなく合理的な判断を下したケンが粛々とした態度でそう答えると、ハイングバットが再び立ち上がって雄叫びを上げた。
衛兵たちも呼応するようにケンに向かって咆哮する。
「ぬおおおおおっ! なんたる質素倹約! まさに質実剛健! 畏敬の念が大河のように私の胸を——」
「いいから早くものを渡して、情報を教えなさいよ」
「あ、はい……すみません……」
ミィレの言葉に、脊髄反射的にハイングバットが詫びの言葉を口にした。
ハイングバットは、ただの仔猫のように縮こまって震え始める。
「もはやコントだな……」
「なんだかなあ……」
「なんだかなあ……」
ファードの呆れた様子に連なって、アーレスとメルが異口同音に情けなさそうに呟いた。
その後、夕食時に神が造りしダンジョンの話を詳しく聞き、ケンたちはふかふかの寝具と柔らかな寝間着に包まれて一夜を過ごすのであった。
最後までお読みいただきありがとうございました。




