3-17. 『罠師』、『刀剣生成』と『銃器生成』を無慈悲に鍛える。
約3,500字でお届けします。
楽しんでもらえますと幸いです。
ケンが砂地にしっかりとした足跡を残しながらアーレスとメルの近くへ寄ってみると、想像以上に2人が困り顔になっていることに気付く。
「くっ! ダメだ……まったく刃が立たない……」
「きついよね……ボクの銃弾も跳ね返されちゃうし……」
眩しい日差しが照らす中、2人の表情はどんよりとして雲行きが悪かった。
アーレスはクレイモアを砂地へ深々と刺して金色の双眸でサラタンベビーを睨み付け、一方のメルは砂粒でも数えているかのように俯きながら両手に持っている拳銃のセーフティロックを無意味に弄り倒している。
「2人とも苦労しているようだね」
不意に聞こえてきたケンの声に、メルが顔を上げて数歩後ずさり、アーレスは一歩も動かなかったものの俯き加減で眉を八の字にしていた。
「……ケンさん、すみません。刃を鋭くしても傷一つつかず」
「ボクのもダメ、むしろ、跳ね返ってきて危ないくらい。火も効かないし、お手上げ」
アーレスが唇を軽く噛んで白く変色させているが、メルは対照的で諦め顔で溜め息を吐きつつ肩を竦ませて銃がすっかりうな垂れてしまっていた。
「他に何か手立てを考えられそうかな?」
ケンの問いに、アーレスもメルも首を横に振るだけだ。
「すみません。今すぐには思いつきそうにもなく」
「あんな硬い甲羅や皮膚じゃ、どうしようもない感じ」
「……ふーん……すっかり諦めている感じだね」
ここでケンの頭の中に天使と悪魔が同時に降りて来て、彼はにんまりと笑った。
「あ、ケンが……」
「あらあ、意地悪なあ、顔をしていますね」
ケンの僅かに悪だくみを考えている表情をミィレやソゥラが見逃すわけもなく、ゾクリと背中に何かが這いまわって鳥肌が立った彼女たちは本能的に防御体勢になる。
その2人に気付いて一瞬振り返ってから口元に指を当てる仕草をした後、ケンは聖人君子のような柔らかい笑みを浮かべてアーレスとメルを見つめる。
「仕方ないね……そんな2人に救いの手を差し伸べよう。さて、選ばせてあげるよ。ヒントを知りたい? それとも、答えを知りたい?」
ケンが提示する2つの選択肢。
ヒントか、答えか。
「あ、あの、ヒントを——」
ここにきて直感が働いたのか、アーレスは反射的に飛びつくことをせず、口元を覆う藍色の布を小さく震わせるように、おずおずとヒントだけを聞き出そうとした。
「もちろん、答え、教えてください!」
しかし、アーレスが発したヒントの要求を遮り、メルが赤銅色の瞳を爛々と輝かせて、ケンの裏を読むことなく、即座に答えを要求してしまう。
瞬間、ミィレ、ソゥラ、そして、アーレスの全身が跳ねた。
「あ……」
「ああ……」
ミィレとソゥラの開いた口から思わず、言葉にならない声が漏れる。
ファードもここにきて、静かに目を閉じて、そのままそっぽを向いた。
「め、メル! ケンさんに安易に答えを求めたらダメ!」
「え?」
アーレスの遅すぎた牽制に、メルがきょとんとした様子で見つめ返していたが、突如襲ってきた寒気にぶるりと身体を震わせて、寒気のする先であるケンの方をそっと向く。
ケンの口の端が大きく上に向いて三日月のようになっていて、ただし、彼の目は一切笑っていなかった。
「答え、だね? じゃあ、罠発動」
ケンの言葉と同時に、砂地から細いロープがいくつも現れ、生きた蛇のように左右に揺れて這い動く。
ただし、標的はサラタンベビーではなく、目の前のアーレスとメルだ。
「なっ!?」
「えっ!?」
砂地から這い出たロープは、目を点にしたまま硬直しているアーレスとメルに逃げる隙も与えず、獲物を締め上げるかのようにぐるぐるの簀巻き状態にして、2人をまるで打ち上げられた流木のように横たわらせている。
ふと目が合うミィレ、ソゥラ、アーレス、メルの4人。
青色の瞳と桃色の瞳は、哀れみに満ちた目で、金色の瞳と赤銅色の瞳を見つめた。
「それじゃ、がんばってね」
熱気さえも忘れさせるようなケンの冷たい激励と同時に、ロープが打ち上げられた魚のような勢いでよく跳ねて、簀巻きにされたままのアーレスとメルは自分たちの走る速度よりも速く飛んでいく。
「うわああああっ!」
「ぎゃああああっ!」
絶叫するアーレスとメルがそれぞれ向かう先には、捕食のためか単なる欠伸か、大口を開けたサラタンベビーがいた。
湿り気を帯びた赤黒い肉が脈動するサラタンベビーの口内は、強烈な悪臭を放っており、さらに真っ暗で奥も見えないため、肉でできた洞窟のように思わせる。
「……UGU!?」
目にも留まらぬ速さで口の中へ飛んできた2人に驚いたサラタンベビーが、反射的に鉄の扉のような重く大きな口をしっかりと閉じてしまった。
放り込まれて暗闇に視界を奪われてしまった2人は、全身で生温かな粘液と肉の波打つ感触を受けながら、ぐちゃぐちゃべちゃべちゃという音に四方八方を囲まれ、呼吸をするたびに悪臭で吐き気の臨界点を超えそうになる。
「2人の罠解除……っと。さて、どうなるかな」
ケンがそう呟いてから息を呑んでしばらく待つ。
「……GUGA! ……GUOOOOO……GUUUUU……」
突如、サラタンベビーがのたうち回るように暴れ始めるが、それも徐々に落ち着いてきて、やがて、ぐったりとして伏してピクリとも動かなくなった。
「2人とも倒せているね、よかった、よかった」
ケンの安堵の呟きが漏れた後、さらにしばらく時間が経つと、鼻を突く生臭い消化液で全身を浸らせたアーレスとメルがサラタンベビーの閉じた口から文字通り這い出てきた。
「はあ……はあ……うっ……うえっ……空気が美味しい……」
荒い息遣い、焦点がぼやけ光のない瞳、ただただ虚無を纏った表情。
這い出て立ち上がったアーレスは、精一杯の深呼吸を数度繰り返した後、自身の茶色の髪にこびりつく粘液をぎこちなさの残る動きでこそぎ落とす。
「はあ……はあ……おえっ……臭っ……ぺっ……鼻と肺が腐る……」
口から脱して銃を杖代わりにどうにか膝立ちまで体勢を起こせたメルもまた、生まれたての小鹿を思わせる膝の震えを見せたまま、粘液で重くなったキャスケット帽を雑巾のように全力で絞ってから、落ちるわけのない悪臭のためか被り直さずに砂地に叩きつけた。
「うわ……きつ……」
「べとべと……」
惨憺たる様子の2人を見て、ミィレとソゥラが思わず自分たちの髪の毛先を強めにつまんだ。
「うんうん、そう。答えは、柔らかい体内を攻撃する、だよ。言葉で教えるよりも、実践的に身をもって学ぶ方が忘れないからね」
一方で、合理的に最短ルートで答えを示したケンは、2人のその様子を気に掛けることもなく、予想通りにサラタンベビーが倒されていることに満足げだ。
「……メル、分かりました? 『毒生成』の件を思い出してみてください。ケンさんは基本的に効率主義ですから……」
アーレスの声には、悪気のないケンへと向けられずに、やり場を失った怒りが籠っていた。
「……うん、分かった。アーレス、ごめん、ほんと、ごめん」
メルは浅い息を吐きつつ、生気のない瞳をどこにも向けることなく、自分の足元を見るようにうな垂れている。
「さあ、外側を傷付けられないなら、魔石も体内から探した方が良さそうだよ。つまり、口の中から戻って魔石を取ってから、同じことを繰り返していこうね」
ケンが数度手を叩いて音を鳴らした。
無慈悲な特訓の合図。
それは、アーレスとメルに向けて、自らサラタンベビーの体内へと侵入して撃破した上で魔石を体内に残ったまま見つけよ、という意味に他ならなかった。
「あの……」
言葉を発したメルの目が、飛沫で輝いている海へと向けられている。
「ん?」
ケンはきょとんとした顔で首を軽く傾げた。
「ボクたちがサラタンベビーを倒すために、同じようなことを繰り返さなきゃいけないのは分かったんだけど……せめて一旦、服や身体を洗ってからがいいな……なんて……」
いろいろなことを諦めたメルが出した彼なりの最大限の譲歩だったが、ケンは首をさらに傾げる。
「僕はいいけど、臭いが取れちゃうと、また臭いが付着するのに抵抗が増すし、臭いもより辛く感じるよ? ちょうど、辛い物を食べて水を飲むとより辛く感じて、手と口が動かなくなるように、ね」
同意するような素振りを見せつつも遠回しに否定し、有無も言わさず続行を促すケン。
彼は自分の手がサラタンベビーの粘液まみれになることも厭わずに、アーレスとメルの肩をポンポンと叩いた。
その手は温かくて優しく慈愛に満ちていたが、2人にとって、善意で地獄に突き落とすものでしかない。
「あぁ……」
「うへえ……」
結局、アーレスとメルは大きな溜め息と引きつった笑いを浮かべながら、サラタンベビーの体内からの攻撃および魔石狩りをする作業機械と化して、虚ろな目をしたままに淡々と意思を殺して特訓するのであった。
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