発症、そして初仕事
『将来、僕の癌細胞を食べて下さい』8
・発症、そして初仕事
カイトが大学五年生になって四ヶ月が経った。実習、研修の毎日で忙しかった。史枝とは別の班なので関わる事は殆ど無くなっており、そこは安心だった。キャンの手術も手伝えなくなっていたが、キャンからは「気にするな。勉学に勤しめ」と言われており、集中出来た。ある日から、カイトは食欲不振、体重減少、下痢、胸焼け、胃の不快感が感じられるようになった。カイトはただ風邪でも引いただけだと思った。いつものように起きて朝食を作っていると、キャンが起きてきた。
「おはよう」
「あ、おはようございます。キャンさん」
キャンは顔をしかめた。
「どうしました?」
「ちょっと良い?」
キャンはカイトに後ろを向くように指示し、首筋の臭いを嗅いだ。すると、キャンは臭いが濃くなっている事にハッとした。十年前にカイトに言った事が現実になったからだ。
「カイト、最近、体の調子が悪くないかい?」
「えっ?あぁ、最近食欲無くて、体重が減りました。あと元々下痢症だったんですが、最近は特に酷くて……あとは胃がムカムカします」
「やっぱり……」
「やっぱりって何ですか?」
「私が十年前に言った事、覚えているかい?」
「十年前?えーっと、どれでしたっけ?」
「癌の話だよ」
「あぁ、そういえばあれからもう十年になりますか……あれ?って事は、俺……」
「あぁ。スキルス性胃癌に罹っている」
「そうですか。じゃあ休学申請してきましょうかねぇ。学期の変わり目だし診断書があれば大丈夫だとは思いますが。診断書、書いて下さいね?」
カイトのあっさりとした返事に、キャンは驚いた。
「おい、カイト。君、癌なんだぞ?ショックを受けたりはしないのかい?」
「そりゃあショックですよ?でも、キャンさんが治してくれるでしょう?」
「いや、まぁ、そうだが……」
「なら心配いらないじゃないですか。治して下さいね?先生」
カイトの明るい表情に、キャンも明るく答えた。
「あぁ!絶対に治す!」
「宜しくお願いします」
食事を作り終え、テーブルに料理を運び、二人は食べた。するとカイトは溜め息を吐いた。
「あーあ、それにしても困ったなー」
「何がだい?」
「また借金が増えるじゃないですか」
「借金?」
「だって治療費1000万円でしょ?前回の祖父の分も合わせて1500万円になる訳でしょ?」
カイトの意外な解答にキャンは素っ頓狂な声が出てしまった。
「いや、ならんだろ」
「へ?何でですか?」
「だって君は身内じゃないか。身内からは金は取らんよ」
「いや、そこはキッチリしましょう。お金は払います」
「いやいや、良いって」
「いやいやいや、払いますって」
「いやいやいやいや、良いってば」
それからいやいや合戦が始まり、やがてキャンが根を上げた。
「だー!もう分かったよ!金は貰う!それで良いな!?」
「はい!宜しくお願いします!早速、今日休学申請してきますね」
「分かった。帰ったら一緒に渋井大学附属病院に行こう」
「何でですか?」
「診断書は正規の医者が書かなければならない。孝之センセに頼んで書いて貰おう」
「キャンさんが書いても良いじゃないですか」
「私がモグリだって事、忘れてないかい?」
「……それもそうですね。正規のお医者さんに頼みましょう」
「それが良い」
カイトは皿洗いをキャンに任せ、バスで大学に向かった。大学のバス停に着くと、そこでは史枝が待っていた。
「おはよっ!カイト君!久し振り~!」
「…………」
カイトは史枝を無視し、大学の棟へと早歩きで向かって行った。
「ちょっと待ってよ~!一緒に行こうよ~!」
そう言いながら、史枝はカイトに後ろから飛び付いた。その時、カイトの首筋の臭いを嗅いだ。
「…………」
カイトは史枝を振り払った。そうすると、いつもなら「酷い~!」とか「良いじゃ~ん!」とか「冷た~い!」とか言って来るのに、今日は言って来なかった。それどころか、ニヤリと笑ってカイトを見詰めていた。それが気味が悪かった。
「な、何ですか?」
「カイト君、良い臭いが濃くなったね……」
「…………!」
マズイ事になったとカイトは感じた。自分の癌が分かった今、キャンと史枝の争奪戦になる。それは避けたかった。カイトはなるべく史枝を避け、実習が終わった後の帰りは史枝と鉢合わせないように注意深く確認しながら事務所に帰った。
「ただいま」
「おかえり。早速だけど、行こうか」
「はい」
キャンとカイトは渋井大学附属病院に向かい、診断書を作成してもらった。やはりスキルス性胃癌だった。それを受け取ったカイトは家に帰ると荷造りをした。そして翌日、その診断書を持って大学の学生課に向かった。色々書く物、書いてもらう物が多かったが、何とか休学手続きは完了し、事務所に帰った。事務所で待っていたキャンは、カイトのカルテを見ながら荷物を纏めていた。
「ただいま」
「おかえり。休学届はどうなった?」
「大丈夫です。許可は出ました」
「そうか。で、準備は?」
「自室から荷物取ってくるだけです」
「分かった。じゃあ行こう」
「はい」
二人は荷物を持って渋井大学附属病院に向かった。病院の前では孝之が待っていた。
「やぁ、キャン、カイト君。待ってたよ」
「やぁ、孝之センセ。こんばんは」
「こんばんは、加藤先生」
「あぁ、こんばんは。それにしてもまたここを利用するのか」
「悪い?」
「悪い。私用で何度もモグリの医者が来られるとこの病院の評判も大学の方の評判も下がる」
「今更じゃない?」
孝之は腕を組んで俯いた。そして「ふふっ」と笑った。
「そうだな。今更だな。さぁ、こっちだ」
孝之は手招きし、二人を病室まで連れて行った。前々から孝之に頼んでいた為、すぐに入院した。即日、手術となった。カイトは着替え、手術用ベッドに横になった。そこへ手術着に着替えたキャンが現れた。
「じゃあ、キャンさん、宜しくお願いします」
「あぁ」
キャンが手術室にカイトを運ぼうとした時、病室にとある人物が現れた。
「カイト君」
その人物は黒いマントに顔が見えないベールを被っている女性だった。
「誰ですか?」
「もう、声だけで私が誰か分からないの?本当、キャンしか見えてないのね。オネーサン、ショックだわ」
その女性はベールを脱いだ。その女性は史枝だった。
「シエ……!?」
「史枝先輩……!?」
史枝はゆっくりとカイトに歩み寄った。
「迎えに来たよ、カイト君」
「迎え?何処にですか?」
「私の家」
「はぁ?」
史枝の言葉に戸惑うカイトとキャン。キャンは史枝に歩み寄り、掴み掛った。
「出て行け……!ここはお前が来るような場所じゃない……!」
史枝は不敵に笑い、キャンの腕を振り払った。
「ふっふっふ……私はね、貴方なんかには興味が無いの。私が興味あるのは、カイト君だ・け」
史枝はカイトに向けてウィンクした。カイトはそれに寒気を感じた。
「何で俺を……?」
「カイト君を食べたいからよ」
「俺を……?」
「そう。もう、癌なんでしょ?」
「そうですが……」
「だから、迎えに来たのよ」
史枝の言っている事が理解出来ずにいると、史枝はどこからともなく大きな鎌を取り出した。
「な、何をする気だ!?シエ!」
「貴方は邪魔」
史枝はキャンを鎌で突き飛ばした。キャンが怯んでいる隙に、史枝は鎌を一振りし、カイトを気絶させた。そしてカイトを抱き上げた。
「じゃあね~」
史枝はまた鎌を一振りすると、カイトと共に瞬間的に消えた。
「カイト!?カイトー!?」
キャンの叫びも虚しく、カイトは史枝に攫われた。
カイトが気が付いた時、体が動かせない状況にあった。首だけを動かして周りを見てみると、両手足を縄で縛られ、ベッドの上に寝かされていた。状況が呑み込めず、カイトは困惑した。すると、そこへ史枝が現れた。
「あ、気が付いた?」
「史枝先輩!?これは一体!?」
「今日からここで過ごすのよ」
「ここはどこなんですか!?」
「私の家よ」
「何だって!?俺の癌の手術があるんだ!病院に返してくれ!」
「それは勿体無いから駄~目」
「勿体無い!?勿体無いってどういう事だ!?」
史枝は煙草を吹かした。
「癌細胞を育てなきゃね~。今のままじゃあそんなに癌細胞は取れないし、もう少し成長させてから摘出してあげる」
「エゴイストめ!」
「どうとでも言うが良いわ。私は、私の好きな事をしたいだけだから」
「そんな……!」
ふと隣を見てみると、カイトと同じように英雄もベッドの上で両手足を縛られて寝かされていた。
「今泉!」
「あ、あぁ……倉部か……」
「お前、まさか癌なのか!?」
「あぁ、そうらしい……スキルス性胃癌らしい……」
「お前も史枝先輩に連れ去られたのか!?」
「いや……ここに呼ばれて、泊ったんだ。体を重ねて、いつの間にか寝ていたら、こんな状態になっていてな……」
「そうか……」
それから史枝によるカイトと英雄の監禁生活が始まった。食事は勿論、下の世話までされて屈辱的なストレスで体調は著しく悪くなっていった。それから二か月が経った。カイトと英雄は吐血、タール便が出始め、もう末期になっていた。気を失っている英雄の姿を見て史枝はそろそろかと思い、包丁を取り出した。笑みを浮かべて英雄に近付く史枝を見て、カイトは怒鳴った。
「な、何をする気だ!?」
「もう末期なのよね。そろそろ食べ頃かと思って」
「切り取るつもりか!?」
「そうよ。まずは、サイドディッシュね……」
史枝は英雄に跨り、包丁を腹部に突き立てようとした。慌ててカイトは叫んだ。
「麻酔は!?」
「そんなの無いわよ」
「痛いどころの騒ぎじゃない!せめて麻酔を!」
「そんな免許持ってないし」
カイトは更に大声で叫んだ。
「自分の血を入れれば麻酔になる!キャンさんと同じならそうの筈だ!」
「あら、そうなの?知らなかったわ」
「そうなんだ!だから血を!」
カイトの言葉を聞いた史枝は更に歪んだ笑顔を浮かべた。
「私ね、人が痛みで苦しむ姿を見るのが好きなのよ。だから、麻酔はしないわ」
「そんな……!」
カイトは絶句した。こんな酷い人間がいるのかと。
「じゃあ、いくわよ……」
「止めろー!止めてくれー!」
カイトは絶叫した。史枝が包丁を突き立てようとしたその刹那、玄関の方で何かが破壊される音が鳴り、誰かが駆け込んできた。
「カイト!」
「キャンさん!」
史枝はキャンの姿を見て英雄から包丁を離してベッドから降り、キャンの方に振りかえった。史枝は怒りを露にしてキャンを睨んだ。
「よくここが分かったわね」
「興信所に頼んだのよ。お前は大学にも行かず、ネットだけで物を注文していた上に引き籠っているから居場所を突き止めるのに時間が掛かっちゃったけどね」
「そう……ま、こういった家は他にもあるし、そっちに行かせてもらうわ」
史枝はまたどこからともなく鎌を取り出し、一振りした。しかし、何も起こらなかった。首を傾げながらもう一度振ってみたが、何も起こらなかった。何も起こらない事に焦った史枝はその後何度も鎌を振り続けた。だが何も起こらなかった。
「何で!?何で鎌の力が使えないのよ!?」
途端に慌て出す史枝。そこへ、一人の少年が現れた。その少年は黒いフードを被り、史枝と似た大きな鎌を持っていた。
「シエ・コードー君。君の死神としての能力である鎌の権利を剝奪した」
少年はそう言って鎌を一振りすると、史枝の鎌はひとりでに少年の元に飛んで行った。少年は鎌を回収すると、それを消した。史枝はその人物を見て驚いていた。
「ゴン……!」
その少年はゴンと言うらしかった。史枝の体が震え出した。
「ゴン、貴方が来たって事は……」
「そう、死神の免許を剥奪しに来た」
「そんな……!じゃあ私はこれからどうしたら良いのよ!?このままじゃ私、あの世でずっと体調が悪いまま過ごさなきゃならないのよ!?」
「そんな事、僕の知った事じゃない。我慢するんだね」
「そんなぁ……!」
「観念しな」
史枝はその場でへたり込んだ。ゴンは鎌でカイトと英雄の縄を斬り、解放した。キャンはカイトを抱き締めた。カイトも抱き返した。
「キャンさん……!」
「カイト……!遅くなってごめんなさい……!」
「良いんですよ。きっと、迎えに来てくれると信じていましたから」
二人は立ち上がり、手を繋いだ。そして救急車を一台呼んだ。
「さ、手術だ。急がなきゃならない」
「はい」
キャンはゴンに言った。
「後の事は任せて良いかい?」
「あぁ。こいつの処分はこっちで決めるから」
「そう。じゃあ宜しくね」
「はいはい。それより、早く行ったら?もう秒読み段階なんだろう?」
「そうだね。じゃあ行こうか、カイト」
「はい……!」
カイトとキャンとはキャンの車で、英雄は救急車で渋井大学附属病院に向かった。急いで検査した結果、カイトと英雄は案の定末期状態だった。キャンの嗅覚で、英雄は再発と転移の可能性は無いと判断された。二人は即入院、手術が行われる事となった。カイトはキャンが、英雄は渋井病院の医師が担当した。カイトは手術用のベッドに横になった。
「じゃあ今度こそ、キャンさん、お願いします」
「あぁ、分かった」
キャンはカイトに口付けをした。
「続きは、退院してからね?」
「……はい」
するとそこへ孝之が入ってきた。
「やぁ、準備出来たぞ」
「そう。じゃあね。また後でね?カイト」
「はい」
キャンは自分とカイトの腕にチューブを刺し、自分の血を流し入れた。すぐに眠りに落ちたカイトを見届けてからメスを入れた。手術は滞りなく終わり、義文の時と同様に三時間程で胃の2/3を切除した。カイトが目を覚ました時、そこにはキャンが座って待っていた。
「キャンさん……」
「カイト、目が覚めた?」
「はい」
「具合はどうだい?」
「傷口が痛いです。あと、頭がボーっとします」
「そう。まぁ痛みは一週間くらいで無くなるだろうし、ボーっとするのも暫くしたら治まるだろう」
「そうですか……」
そこへ、扉をノックする音が聞こえた。
「どうぞ」
そうカイトが言うと、孝之が入ってきた。
「やぁ、カイト君。調子はどうだい?」
「キャンさんに話した通り、傷口が痛いです」
「そうか。それは何よりだ」
「何よりとは何だ、孝之センセ。カイトは病気が治ってもまだ辛いんだ。軽く言うな」
キャンの怒りに、孝之は驚いた。
「君が患者に対してそこまで寄り添うなんて珍しいね。というか初めて見た」
「そう?いつもこんな感じだけど?」
「そうか?それに、カイト君の事を呼び捨てにして……」
キャンは「あっ……」と息を飲んだ。それを見て、孝之は笑みを零した。
「そうか。そういう事か。お二人共、お幸せに」
そう言って孝之は出て行った。すると、また扉からノックの音が聞こえてきた。
「どうぞ」
そうカイトが言うと、次に訪れたのはゴンだった。
「君は、この前の……」
「僕はゴン。シエ・コードーと同じ、死神だ」
「どうしてここに?」
「シエ・コードーの事で報告があってね。もう彼女はここ、現世に来る事は無い。それを伝えに来たんだ」
「キャンさん、彼とはどういった関係なんですか?」
「向こうから来たんだよ。理由はよく分からなかったけどね」
するとゴンが言った。
「シエ・コードーは以前から問題をよく起こす死神でね。現世の秩序を乱す行為をしていて、営業成績NO.1の僕が直接免許剥奪の任務を受けたんだ」
「そうだったんですか……」
「手術が無事終わったようで何よりだ。それじゃあ僕はこれで」
そう言い残してゴンは去ろうとした。するとキャンが声を掛けた。
「ねぇ、ちょっと良いかい?」
「何だい?」
「私も、死んだら、向こうでも癌細胞を求める体になるだろうか……?」
真剣な顔で問うキャンに、ゴンは無表情のまま答えた。
「それは大丈夫。君はキチンと代償を、体を捧げた。向こうでは普通に過ごせるだろうね」
「本当に?」
「あぁ、本当だ。シエ・コードーは自分の体を犠牲にしなかった。それは一種悪魔契約の規則違反をした事になるんだ。あの世でも癌細胞を食べなければ体調不良を起こすという代償を受けたんだ」
「そうなのか……」
「ま、信じるかどうかは君次第だ。あの世に逝ってからのお楽しみって事だね」
そう言ってゴンは病室を出て行った。
「死神、本当にいるんですかね?」
「信じるしかないだろうな」
「ところでキャンさん。俺の胃癌細胞は?」
「あぁ、ここにあるよ」
キャンはビニール袋に二つの胃袋が入っていた。
「一つは俺のだとは思いますが、もう一つのは?」
「君のお友達の胃袋だ。孝之センセからこっそり受け取ったんだ」
「そうですか。じゃあ、今なら言えますね」
「何をだい?」
「僕の癌細胞を食べて下さい」
カイトの微笑みに、キャンも釣られて微笑んだ。
「あぁ。責任以って全部美味しく頂くよ」
「料理するの俺ですけどね」
「当たり前じゃないか」
「当たり前ですか」
それから入院中の二十日間、キャンの指導を受けて大学の勉強をした。その後退院したが、三ヶ月休学した事で、留年する事となった。留年した後はなんとか大学に復帰し、二年後、無事医師国家試験を満点で合格し、首席で卒業した。後から聞いた話だが、史枝はカイトの手術後にもう退学した事になっていた。カイトは就職せず、キャンの事務所で住み込みで働く事となった。
「本当に良かったのかい?」
「何がですか?」
「君なら、就職先、引く手あまただったろう?それに、君がいた渋井大学附属病院で働けば、そこそこの収入で暮らして行けただろうに」
「俺は、キャンさんと一緒に居たかったんです。借金の事もあるし」
「借金の事を考えるなら、尚更普通の病院で働いた方が良いでしょうが」
「あー、そこまでは考えてなかったですね」
「……君、馬鹿だろ」
「これでも国家試験を全問正解して、首席で卒業してるんですけど」
「そういう事じゃない。はぁ……君はどれだけ私の事が好きなんだい?」
「大好きですよ」
「あのねぇ……」
「愛してますよ、キャンさん」
キャンはそっぽを向いて煙草に火を点けた。
「愛してますよ、キャンさん」
キャンは無視して窓の方に立ち上がり、大きく煙草を吸った。
「愛してますよ、キャンさん」
「だーっ!もう良い!君の気持は十分伝わったから!」
カイトはキャンの隣に立った。
「でも俺、キャンさんからちゃんと愛の言葉を聞いてません」
「うっ……それは……」
「俺の事、本当に好きですか?」
「…………」
「俺の事、本当に愛してくれてますか?」
「…………」
「キャンさん」
キャンはカイトに口付けをした。
「これが答えじゃ駄目かい?」
カイトは意地悪そうに答えた。
「駄目です。その口から聞きたいんです」
「……意地悪」
「俺の事不安にさせるキャンさんの方が意地悪だと思いますけどね。で、どうなんですか?」
「……好きだよ」
「えっ?何て?」
「好きだって」
「聞~こえ~ませ~ん」
「だーっ!好きだよ!大好きだよ!愛してるよ!これで良いか!?」
「なーんか投げやりだなぁ」
「これでも不服か!?」
「まぁ、合格としましょう」
「何で上から目線なんだ……そういう君は、軽く愛を伝え過ぎてる。そっちこそ、私の事、本気で愛しているのか?」
そうキャンが言うと、今度はカイトがキャンに口付けをした。
「これが答えじゃ駄目ですか?」
暫く沈黙が流れた。キャンはカイトの袖を引っ張った。
「駄目。ベッドの上で、確かめ合いましょう?」
「……はい」
二人はキャンの寝室に向かおうとした。すると、キャンが出入口の扉の方を見た。
「どうぞ~。開いてますよ~」
「えっ?」
「患者さんよ」
「あっ、そういう……」
バッグを背負い、風呂敷を持った、スーツ姿の中年男性が扉から現れた。せっかくいい雰囲気だったのに、とカイトは思いながらソファに座るよう促し、お茶を淹れてテーブルに置いた。男性の名前は山田達夫。話を聞くと、もう末期の膵臓癌で、どうしようもないと診断された。癌治療のプロとして、渋井大学附属病院の孝之から内々にここを紹介されたらしい。キャンとカイトも向かいのソファに座り、淡々と話を進め、執刀日を明日の午後3時に決めた。治療費の話になった時、達夫は持っていた風呂敷をテーブルに置き、広げた。そこには1000万円の札束の山があった。それに驚愕した。
「どんな手術も1000万円で受けてくれると聞いて来たのですが」
「あ、まぁ、そうですけど……」
「足りませんか?」
キャンは驚いた理由を話した。
「いえ、それは問題無いです。ただ、普通は銀行振り込みとか分割で支払ってもらう患者さんが多いものでして……」
「そうなんですか?じゃあ明日にでも振り込みましょうか?」
「いえ、このまま受け取らせて頂きます」
「はい」
「カルテと診断書はありますか?」
「はい、これです」
キャンはカルテと診断書を受け取った。キャンはカイトに合図を送り、奥にある金庫に札束をしまうように行かせた。そして達夫は契約書にサインをし、印鑑を押して帰って行った。一仕事終えたカイトはキャンに後ろから抱き着こうとした。だがキャンはカルテと診断書を真剣に読み始めた。その姿を見て、今日は無理だなと思い、カイトは夕食を作る事にした。
「夕飯作りますね」
「あぁ……」
素っ気無い返事だったのが、逆にカイトは魅力を感じた。冷蔵庫には癌細胞のストックは無く、冷凍庫を開けると、凍った癌細胞が置いてあった。
「この癌細胞、使って良いですか?」
「あぁ……」
またも素っ気無い返事をしながら仕事をしている姿に、カイトは改めて惚れ直した。調理を終え、持って行った。
「お仕事もそれくらいにして、夕飯食べましょう」
「あぁ……」
キャンはカルテを片手に食事をした。味わってない様子で少し不安になったカイトは注意した。
「キャンさん」
「ん?何?」
「お味はどうですか?」
「味?あぁ、ごめん。こっちに集中してた……」
「ご飯の時くらいゆっくりしましょうよ」
「すまない」
「いいえ。次から気を付けて下さいね?」
「あぁ」
キャンはカルテを置き、改めて食べ始めた。そして食べていると、その味に少しだけ驚いた。
「コレ、胃だな?」
「あぁ、多分そうですね」
「そうか……」
「何ですか?」
「いや、コレ、君の胃だから……」
気まずそうに言うキャンに、カイトは明るく接した。
「美味しいですか?」
「えっ?あ、うん。美味しいよ」
「それは良かった」
ニコニコとしながら自分の分の夕食を食べるカイト。それを見てキャンも微笑んだ。
「何か、おかしいな」
「何がです?」
「君の癌細胞を、今、十二年越しに食べてるなんて」
カイトは微笑んだ。
「やっと、夢が叶いました」
「えっ?」
「十二年前、言ったじゃないですか。『将来、僕の癌細胞を食べて下さい』って。その夢が叶って、俺、嬉しいです」
「ふふっ、そうかい」
二人は笑い合った。食事を終え、カイトは皿洗いをし、キャンは風呂に入った。皿洗いを終え、カイトも風呂に入った。風呂から上がると、キャンはまたカルテを見ていた。邪魔しちゃ悪いと思い、自室に帰ろうとした。
「キャンさん、俺、もう寝ますね」
そう言って退室しようとすると、キャンはカイトを引き留めた。
「待ち給え」
「はい?」
カイトが振り返ると、キャンが席を立ってカイトの所へ行き、カルテと診断書を渡した。
「これ、君の初仕事だ」
「えぇ!?」
「何驚いているんだい?君はここの医者だろう?」
「それはそうですが……医者になってからまだ日が浅いのに手術なんて……」
「男は度胸!何でもやってみるもんだ!」
「前にも聞きましたね、それ」
「それにサポートは私がやる。安心してやってみ給え」
「は、はぁ……」
「この診断書とカルテをよく読んで明日に備え給え。じゃあ、私は寝るから」
キャンは自室の前に立ち、振り返って手をヒラヒラと振って笑顔で「おやすみ~」と言って入って行った。カイトは自室に戻り、診断書とカルテをじっくりと読み込んだ。初めての仕事だ。気合を入れて夜遅くまで頭に入れた。そして午前三時を回ったところで寝る事にした。しかし初めての仕事に動悸が収まらず、なかなか寝付けなかった。キャンがサポートしてくれるとはいえ、自分にこんな重大な事案、請け負えるのだろうかと。悶々としていても、やがて訪れた眠気に負け、寝た。翌日、昨夜夜更かしした為にカイトは朝寝坊をし、午前十時に目が覚めた。眠い目を擦りながら事務所に向かうと、キャンがコーヒーを飲んでいた。
「おはようございます」
「やぁ、おはよう。今日はお寝坊さんだね」
「昨日、夜遅くまでカルテを読みながら脳内でシミュレーションしてたので」
「勤勉だねぇ、相変わらず。まぁ、そこが好きだけど」
キャンは別のカップにコーヒーを注ぎ、カイトに渡した。
「眠いと手術に影響が出るだろう。飲んでおき給え」
「ありがとうございます」
カイトはコーヒーを飲み、ブランチを作った。二人はブランチを食べ終えて皿を洗い、病院へ向かう準備をした。事務所を出る最後に、キャンはカイトに問いかけた。
「忘れ物は無いかい?」
「カルテも診断書も手術許可書も持ちましたし、大丈夫です」
「そうか。じゃあ行こうか」
「ただ……」
「うん?何だい?」
「心の準備がまだ……」
かつて、初めて会った時の、少年だった頃のカイトを思い出してキャンは笑った。
「あっはっはっは!君は変わらないなぁ!」
「な、何ですか?」
「いやいや、十二年前も同じこと言ったな、と思ってな」
「そうでしたっけ?」
「あぁ。ハッキリ覚えてるよ。そっか……もう立派な男になったと思ったのに、まだまだなんだね」
「そりゃまだ駆け出しのモグリの医者ですから」
「君は立派に国家試験に合格したんだ。モグリじゃない。今からでも遅くない。ちゃんとした病院でデビューしたら良い」
「俺はもう正式な医師になる事は捨てました。キャンさんの下で働きたいんです。勉強したいんです」
「そうかい。ま、好きにしたら良いさ」
二人は事務所を出て渋井大学附属病院に向かった。道中、カイトは一つ思っている事をキャンに言った。
「あのー、キャンさん?」
「何だい?」
「俺、法律上は研修医って扱いなんですけど……」
「だから?」
「俺、大丈夫なんですかね?」
「だから何で?」
「だって一介の研修医がこんな難しい手術するなんて、不安になりませんか?」
「まぁ、初めての手術は誰でも緊張するものさ」
「そうじゃなくって」
「はぁ?じゃあ何なのさ?」
「キャンさんが不安じゃないかなって」
「何で?」
「こんな若造に任せて、失敗でもしたらどうするのかと思って……」
「そんな不安は無いねぇ」
「何でですか?」
「君は私が育てた。理由はそれだけだ」
あまりにも自信満々に答えるキャンに、カイトは困った顔を見せた。更にキャンは言った。
「それに大丈夫大丈夫。ウチは研修医なんて制度は無いから」
「法律的にアウトなんですが」
キャンは真面目な顔をして言った。
「法律を気にするなら、ウチでは雇っていられない。クビだ」
「……そうでした!すみません!」
「そうそう!それで良いんだ!」
キャンはケタケタと笑い、カイトは溜め息を吐いた。そうこうしている内に、渋井大学附属病院に到着した。中に入ると、孝之が出迎えた。
「キャン。カイト君」
「こんにちは、孝之センセ」
「こんにちは、加藤先生」
「キャンから話は聞いてるよ。国家試験、全問正解、合格おめでとう、カイト君!」
「ありがとうございます!」
「それにしてもウチに来てくれれば良い給料で安泰なのに。何でまたキャンの所に?」
孝之の問いかけに言い淀むカイト。キャンが代わりに言った。
「惚れ込んだって奴さ。なぁ、カイト?」
「え、えぇ、まぁ……」
「ふ~ん?そう~」
「で、患者は?」
「もう手術室に運んだよ。準備は出来てる」
「そうか。行くぞ、カイト」
「はい、キャンさん」
二人は手術着に着替え、手術室に入った。キャンは達夫と自分の腕にチューブを刺し、自分の血を流し入れた。そしてカイト主導で手術は始まった。
「これより、膵臓癌摘出手術を始めます。メス」
キャンはメスをカイトに渡し、開腹し、手術を進めていった。所々キャンから指摘は入ったが、ほぼ全てカイト一人で手術は進んでいった。三時間程で全ての癌細胞を切除し、無事、手術は終わった。後の事は孝之に任せ、二人は喫煙所で一息吐いた。
「はーっ……!疲れたーっ……!」
キャンは自販機でブラックの缶コーヒーを二つ買って、その内の一つをカイトに投げ渡した。
「お疲れ、少年」
「ありがとうございます」
二人は缶コーヒーを飲み、キャンは煙草を吹かした。
「初めてにしては落ち着いてたじゃないか」
「大学でミッチリしこまれましたし、何より、初めて出会った時から大学四年生までの十年間、キャンさんからしこたま怒られながら今までやってきましたから」
「はははっ!そうかいそうかい!あっはっはっはっは!」
そこへ孝之が現れた。
「キャン、カイト君、山田さんが目を覚ましたよ」
「そう。じゃあ挨拶に行こうか。カイト」
「はい」
三人は達夫の病室で術後の注意事項を説明した。後の事は孝之に任せてキャンとカイトは病院を後にした。事務所に帰ると、疲れ切った表情のカイトに、キャンは優しく抱締めた。
「よく頑張ったな」
「ありがとうございます」
「お風呂、入ってきな」
「はい。お先します」
カイトは風呂場に向かい、脱衣所で服を脱いで洗濯機に入れてボディタオルを一枚手に取って風呂場に入った。事務所の風呂は広い。肩まで浸かっても脚が延ばしきれる程だった。頭を洗っていると、そこへキャンが素っ裸で入ってきた。カイトは思わず素っ頓狂な声が出た。
「へぁ!?キャンさん!?何で!?」
「背中でも流してやろうかと思って」
「え、あ、いや、その……」
「あ、嫌だった?ごめんごめん。戻るね」
残念そうに脱衣所に戻ろうとするキャンにカイトは大きな声で言った。
「背中流すの手伝って下さい!」
カイトの大声に一瞬吃驚し、振り返った。そして微笑みかけた。
「はいは~い。お客様~。ご指名ありがとうございま~す」
カイトは何のおふざけか分からずキョトンとしていた。
「何ですか、それ?」
「おや?大人のお店には入った事無いのかい?」
「入った事ありませんよ!ずっと勉強勉強の毎日でしたから!」
「真面目~。あ、そうか。私が初めてだったんだもんねぇ」
「……馬鹿にしてます?」
「いいや、喜んでるの。私が最初で嬉しいってね」
「そ、そうですか」
「それよりほら、頭洗うの手伝ってあげるから」
キャンは強引にワシャワシャとカイトの頭を洗い、流した。
「じゃあ次は私の頭を洗って」
「は、はい……」
カイトはキャンの頭にシャンプーを振り掛け、恐る恐る泡立てた。
「力加減とかどうですか?」
「ちょっとくすぐったい」
「あ、じゃあちょっと強めにしますね」
カイトはさっきよりやや強めに洗ってみた。
「どうですか?」
「あぁ。気持ち良いよ」
「良かったです」
長い髪を洗っていると、そのサラサラした髪にカイトはうっとりした。
「綺麗な髪ですよね」
「そう?ありがと」
「煙草吸ってると抜け毛が酷いって聞きますけど、そんな感じしませんね」
「抜け毛って病気みたいな物だろう?悪魔との契約で多分そこは大丈夫なんだよ」
「そんなもんなんですか」
キャンの髪を洗い終え、シャワーで泡を流した。すると、キャンは立ち上がった。思わずカイトも立ち上がった。キャンは不安な顔で俯いた。
「私の体、どう思う?」
「どう、とは?」
「気持ち悪くない……?継ぎ接ぎだらけ、傷だらけで……」
カイトはそっとキャンを抱きしめた。
「気持ち悪くなんかないです。それが、キャンさんの個性だって、前にも言ったじゃないですか」
「ホント?」
「本当です。綺麗ですよ、キャンさんは」
笑顔で見詰めてくるカイトに、キャンは思わず笑った。
「ふふっ。君は、本当に私の全てを受け入れてくれるな」
「勿論ですよ。これからも、ずっと、永遠に……」
「そうかい。じゃあ、ずっと長生きしてくれよ?」
「はい!」
「じゃ、体、洗おっか」
キャンは濡らしたボディタオルにボディソープを付けて泡立てると、立ちながら自分の体を洗いだした。カイトも同じように体を洗った。そしてキャンは、背中をカイトに向けた。
「洗って?」
「はい」
キャンの柔肌に股間の昂りを感じた。そしてキャンの背中を洗い終わると今度はキャンがカイトの背中を洗った。我慢が出来ず、カイトは勃起した。するとキャンは笑った。
「ふふっ」
「な、何ですか……?」
「勃っちゃって。可愛い」
「可愛いって……そんなサイズ小さいですかね……ショックなんですけど……」
「いやいや、そういう事じゃなくてね?純情だなぁと思って」
「生理現象です」
「だろうね。ま、続きはベッドで、という事で」
二人は浴槽に浸かった。カイトがキャンを上に乗せるようにして。暫く浸かった後、二人はパジャマを着てキャンの部屋に向かった。事が済んだ後、キャンはある事に気が付いて飛び起きて部屋を出た。そしてすぐに封筒を持って帰ってきた。
「どうしたんですか?」
「忘れ物」
「何ですか?」
「君の今日の給料」
「何も今渡さなくったって……」
「忘れるといけないから」
「そうですか……じゃあ、有難く……!?」
カイトは分厚い封筒に驚いた。
「一体いくらなんですか!?」
「100万円」
「高っ!?そんなに受け取れませんよ!」
「今日手術をしたのは君だろう?これでも残りの900万円は私が持ってるんだから、安過ぎるくらいだよ。ま、研修期間中って事で、今回はそれで我慢してね」
「いやいやいや!でも多過ぎますって!」
キャンは煙草を吸った。
「あのねぇ、この仕事、いつも来るとは限らないんだよ?金はいくらあっても困らない。そのお金を大切に使って、残りは貯金するんだよ?良いね?」
「は、はい……」
「じゃ、寝ようか」
「はい。じゃあ俺は自室に戻るので」
「ここで寝ないの?」
「この封筒、鞄に入れておいておきたくて」
「そう。じゃあ、また明日ね」
「はい。おやすみなさい」
「おやすみ~」
その日の夜は各々の部屋で寝た。
翌日、カイトは給料を銀行に預けに行った。通帳には、今までのバイト代、掃除代、料理代、昨日の手術代で700万円近く貯まっていた。もう義文の分の借金が返せるぞ。そう思いながら事務所に帰って行った。浮足立って笑顔で帰ってきたカイトは事務所の扉を勢いよく開けた。キャンは窓際で煙草を吸っていた。
「ただいま~!」
「おかえり、カイト。どうした?やけに嬉しそうだね」
「やっと祖父の手術の費用が返せるんです!」
「えぇ!?500万円だぞ!?一体いくら貯金があるんだい!?」
カイトは通帳を見せた。それを見てキャンは大声をあげた。
「670万円……!?君、どこからそんな金を……!?」
「ただの貯金ですよ。十二年分の手術のバイトに炊事洗濯。その他お祝い事とかでキャンさんから貰ったお金は全部貯金してたんです」
「君……趣味とか無かったのかい?」
「前は漫画とかアニメとかありましたけど」
「それに使いなよ~!」
「勉強勉強の毎日でいつしか趣味は忘れるようになりましたね」
「楽しい事に使いなよ~!ってか、学生時代、自分の食費とか教科書代とかはどうしてたんだい?」
「親から仕送り貰ってました」
「あっそー……」
「これが終われば、後は僕の医療費ですね!」
「あー……それがさぁ……」
歯切れの悪いキャンにカイトは首を傾げた。
「何ですか?」
「君のオジーチャンの治療費は、もう支払いが終わってるんだよ」
「えっ?ど、どういう事ですか?」
「君の両親からあの日から毎月支払われててね。七年前で既に完済したんだ」
「何でその事を言わなかったんですか!?」
「忘れてたんだよ!君の通帳を見せられて、たった今思い出したんだ!」
「本当ですね!?」
「嘘なんか吐かない!」
キャンの真剣な眼に、カイトは信じる事にした。
「ボケてきちゃったんですかねぇ……」
「は?」
「もうご老体ですし」
「何?私を怒らせたいの?」
「先に怒らせたのはキャンさんでしょう?」
「むっ……それはすまない」
本気で落ち込むキャンを見て、カイトは笑った。
「冗談ですよ。許してあげます。じゃあこれからは自分の治療費の為にお金を貯めますよ」
「そういえば君の治療費、親御さんから一切何も言って来なかったなぁ。支払いもされてないし。何でだろう?」
「あぁ。それは僕が勘当されたからですよ」
「はぁ!?」
「成績は必ず秀で、首席で卒業しておいて、父と同じ渋井病院じゃなくてモグリの医者の下で働くなんて止めろと言われたんですよ」
「当然の意見だな」
「で、どうしてもあの人と一緒にいたいって何度も言ったら勘当されました。それ以降のお金も、治療費も自分で払えって言われて家を追い出されました」
「何故その事を今まで言わなかった!?」
「何だか言い出し辛くて……」
キャンは煙草を大きく吸い、吐いた。
「家族は大切にし給えよ。でも、もう遅いか……」
「はい」
「はい、って……分かってるのか?家族を失うって事を」
「でも俺にはキャンさんが……」
「私よりも実の親兄弟を大切にしろ!」
「……ほとぼりが冷めたら会いに行きますよ。キャンさんの事も改めて紹介したいですし」
「あぁ、そうしてくれ……うん?紹介?」
「はい」
「どういう?」
「そりゃあ将来のお嫁さんとして」
「ちょ、おまっ……!?」
「うん?いけませんか?」
「いけないよ!私はモグリの医者だぞ!?そんなの認めてくれる訳無いだろう!?」
「そうですかねぇ?」
「絶対そうだって!ここまで来て言うのもなんだけど、今は私の体で満足してるかもしれないけれど、のぼせてるだけだ!私以外の女性を、共に時間を歩める伴侶を探した方が良いって!」
「俺はキャンさん以外考えられません」
「いやいやいや!止めとけって!」
「止めません。俺はキャンさんを心から愛しています。一生、一緒に生きると言ったのは嘘じゃありません。この気持ちは、変わりません」
キャンは観念したのか、黙りこくった。煙草を揉み消し、窓の外を見ながらまた煙草を取り出して吸った。
「……ご飯」
「えっ?」
「お昼ご飯。早く作って」
「えっ?あっ?はい……」
カイトは台所に立ち、カレーを作る事にした。
「カレーで良いですかぁ?」
「あぁ……」
カイトはキャン用のカレーと自分用のカレーを二つ作り、炊いてあったご飯とカレーをよそい、ソファの前のテーブルに置いた。
「頂きます」
「召し上がれ」
二人は黙々とカレーを食べ続けた。先にキャンが食べ終わると、食器を流しに置いて自室に戻っていった。キャンは煙草を吸い、片手で頭を押さえながら呟いた。
「どうなっても知らないからな……」




