大学生活
『将来、僕の癌細胞を食べて下さい』7
・大学生活
カイトはそれから二年間、成績は全て秀だった。自分もやれば出来ると少し自信が着いていた。
大学一年生の頃はサークルに顔を出す度に史枝に飲みに誘われ続け、二年生からは毎日史枝に付き纏われて、日々背筋が凍る生活を送っていた。しかし三年生ともなると史枝とはあまり関わらない生活を送っていた。講義以外の実習と実験と研修では班が異なっていた為、平穏に過ごしていた。昼休みには何度も史枝から誘われたが、逃げるようにトイレに向かい、個室トイレで昼食を食べていた。
夏休み明けのある日、一年生の時に実験で仲良くなった友人、今泉英雄が昼休みにカイトに声を掛けた。
「よう、倉部」
「今泉。どうした?」
「たまには学食で昼飯でもどうかなって」
「あー……ちょっとそれは……」
「何でだよ」
「ちょっと会いたくない人がいるから……」
「そうなん?昼休みにいつもどこかにいなくなるけど、昼飯抜きでどこか出歩いてんの?それとも大学外で食事?」
「いや、トイレの個室で食べてるよ」
「便所飯ィ!?おいおい!それは止めとけって!」
「何で?」
「臭いとか気になるだろ!」
「この大学、医学部があるだけあって清潔で臭いとか無いんだよね」
「そういう問題じゃねぇ。それに緊急で入りたい人がいたらどうするんだよ」
「まぁ……それは申し訳ないというか……」
「良いから、たまには付き合えよ」
「……分かったよ」
カイトは渋々承諾し、学生食堂に向かった。英雄は大盛ラーメンを頼んだ。
「倉部は何にするんだ?」
「俺は弁当だから」
「そうなの?じゃあ席取っといてよ」
「いや、お前から離れたくない」
「何だそれ。気持ち悪っ」
「会いたくない人と遭遇したくないんだよ」
「そうか。まぁ席空いてるし良いか」
やがて大盛豚骨ラーメンが出来上がり、席に着いて食べ始めた。
「で、会いたくない人って誰なんだ?」
「何でそんな事聞くんだ?」
「もしかして俺かと思って」
「そんな事無い」
「じゃあ誰なんだ?」
カイトは黙り、無心で弁当を食べた。するとそこへ史枝がトレーにミニオムライスを乗せて持ってきた。
「あ、やっと見つけた~!カイト君」
「ゲッ……!」
史枝の姿を見て英雄は顔を強張らせた。
「こ、黄道史枝!さん……!?」
史枝は英雄に微笑んだ。
「席、良い?」
英雄は緊張しながら促した。
「どうぞどうぞ!一緒に食べましょう!」
「ありがと」
史枝はカイトの席の前に座り、オムライスを食べ始めた。
「もー、最近あんまり構ってもらえないんだもん。寂しかったんだよ?」
「貴方とはなるべく関わりたくないので」
「そんな事言わないでよ~」
「貴方とは話す事なんてありません」
「酷い~!」
史枝は泣き真似をした。しかしカイトはそれを気にせずさっさと弁当を掻っ込んだ。二人だけの会話に着いて行けず、英雄は思わず口を挟んだ。
「あの、黄道史枝さん、ですよね?」
「えぇ、そうよ」
「わぁ!ミスコン四連続一位おめでとうございます!」
「ありがと」
「俺、今泉英雄って言います!大ファンなんです!握手して下さい!」
「良いわよ」
史枝と英雄は握手をした。英雄は大いに喜んだ。
「わぁ!夢みたい!来月の文化祭のミスコン、また応援しますんで!頑張って下さい!」
「そりゃどうも」
史枝の態度の素っ気なさを感じたものの、きっと毎年、毎日のように同じようなやり取りをしていて慣れているのだろうと英雄は思って気にしない事にした。そして史枝はカイトに目をやった。
「ねぇ、今度はいつ誘ってくれるの?」
「僕は金輪際貴方とは関わりたくありません」
「私の部屋で二人きりになった仲なのに、そんな事言わないでよ~」
「誤解されるような事言わないで下さい」
二人の会話に英雄は着いて行けず、カイトに聞いた。
「おい倉部、お前黄道史枝さんとどういう関係だ?」
「別に。何でもないよ」
黙々とカレーを食べるカイトの言葉に、史枝は言った。
「以前はよく飲みに行く仲だったのよ」
「そうだったんですか!?」
「えぇ。前にいたサークルで一緒で、そこで仲良くなったの」
「仲良くはないですね」
「お前……こんな美人に好かれて……羨ましいったらないぞ!?」
「別に嬉しくない」
「何でだよ!?あ、もしかしてブス専?」
「違う。俺にはもう心に決めた人がいるから」
「はぁ~……彼女いるんだ」
「まだ付き合ってない」
「そうなのか?でも一途なんだな。誰だ?大学の人?」
「いや、社会人」
「社会人のオネーサンと付き合ってるのか!?」
「だから付き合ってないって」
カイトは弁当を掻っ込み、弁当箱に蓋をした。
「じゃ、俺、勉強があるから」
「真面目だな」
カイトは弁当を鞄にしまい、席を立った。すると、史枝もオムライスを掻っ込み、席を立った。
「あ、史枝さん……」
史枝は英雄に近付き、首筋の臭いを嗅いだ。
「な、何ですか……?」
「君、良い臭いがするね」
「えっ……?」
「実に良い臭いがする」
「香水の香りですかね?」
「いいや、美味しそうな臭いがする」
英雄は慌ててシャツの襟首の臭いを嗅いだ。
「豚骨ラーメン、そんな臭いましたかね?」
「それでもない。ま、次期に分かる。じゃあね、カイト君のお友達君」
史枝はカイトの後を追って去って行った。すると英雄は大声で言った。
「英雄!今泉英雄です!」
そう英雄が言うと、史枝は手を挙げてヒラヒラと振って言った。
「もう少し成長したらね~」
英雄はその言葉の意味が分からなかったが、また会った時に聞けば良いかと思い、「何が臭うのかなぁ……?」と呟きながら、シャツの臭いを嗅ぎつつラーメンを食べた。
史枝はカイトの後を着いて行き、講義室に着いた。カイトは後ろの席に座ると、史枝は当たり前のように隣に座った。カイトは教科書とノートを取り出し勉強を始めた。しかし史枝がその様子をジッと見詰め、集中出来なかった。
「何なんですか?もう付き纏うのは止めて下さい」
「良いじゃない。別に邪魔してる訳じゃないんだし」
「気になるんですよ」
「別に気にしなくて良いよ?私は貴方の事が好きなだけなんだし」
「好き?俺の癌細胞が目当てなだけでしょう?」
「あら、バレた?そう。私はカイト君の将来出来る癌細胞に興味があるの。きっと、美味しいってね」
「気持ち悪いです」
「そんな事、女の子に言うものじゃないわよ?」
「女の子って歳でもないでしょう?」
「言ってくれるわね。でもそれだけじゃない。貴方、格好良いから」
「えっ……?」
「他の男には無い魅力がある」
「それってどういう事ですか?」
「ハンサム」
あまりにも浅い回答にカイトは困惑した。
「他にも格好良い男はいるでしょう?僕は中の下、いや、下の上くらいでしょう?」
「そんな卑屈にならなくて良いよ。前にも言ったけど、カイト君はサインの元旦那とよく似ていてハンサムなのよ?自信持って良いわ。かつて、私が好きだった人に似てるのよ」
「は、はぁ……」
そうこう話している間に昼休みが終わるチャイムが鳴り、学生達が続々と入って来た。講義開始のチャイムが鳴り、先生が入って来てマイクを持って講義を始めた。講義が終わるとすぐに席を立ち上がった。
「じゃあ俺は帰りますね」
「じゃあ私も帰る」
「えっ?サークルは?」
「辞めたわよ、あんな所」
「何でですか?」
「良い臭いがする男がいないんだもの」
「それってつまり、あのサークルの部員達は癌にはならないって事ですか?」
「えぇ、そうね」
「へ、へぇ……」
カイトは一刻も早く史枝から離れたかったが、同じバス停なので仕方なく一緒に向かった。先に史枝の帰る方向のバスが来て、史枝は乗った。別れ際、史枝はカイトを見詰めながら手をヒラヒラとさせて言った。
「じゃ、また明日ね」
「あぁ、はい……」
バスの扉が閉まり、バスは去って行った。カイトも事務所に帰り、バッグをテーブルに置きソファにどっかりと座った。そこへキャンが現れた。
「おかえり、少年」
「ただいま、キャンさん……」
カイトの元気無い様子を察知したキャンはコーヒーを二つ淹れ、一つはカイトに、もう一つは自分の前に置いた。
「どうした、少年。また史枝の事か?」
「えぇ、まぁ……」
「何があった?」
カイトは今日あった事話した。自分が、かつてのキャンの旦那に似ている事。尚且つそれで自分と付き合いたいと思っている。おそらく自分の癌細胞を食べたいと思っていると言う事を話した。キャンは険しい顔をして、煙草を取り出し、吹かした。
「……ここまで来て、今の大学を辞めて、別の大学に入り直すのもアレだしなぁ……実験や実習や研修では違う班なんだろう?」
「はい」
「でも講義は自由席だから近付いてくる……昼休みはどうしてる?」
「僕はトイレの個室で自分で作った弁当を食べてます」
「便所飯って……君、友達いないのかい?」
「いますよ?でも史枝先輩と会いたくないのでそこに閉じ籠ってます」
「そ、そうか……」
キャンは空を見詰めた。
「確かに、私はあの人と君を重ねてるのかもしれない」
キャンは自分の右腕を擦った。
「すまない」
「い、いえ!良いんです!」
「君をメイド喫茶サトーで始めて見た時、あの人が蘇ったんじゃないか、生まれ変わりなんじゃないかって、面影を感じて嬉しくなったんだ……だから、ここに住まわせていたんだ……少しでも一緒に居たくてね……」
「そうだったんですか……」
「本当にすまない!君を、あの人の代用として過ごさせてしまって!本当にごめんなさい!」
「いえ!良いんですよ!旦那さんの代わりに成れるか分かりませんが、頑張りますから!」
「いや、そこまでの事はしなくて良いよ。少年は、少年の幸せを掴んでくれ」
「……分かりました。僕、いや、俺、これからは自分の為に生きます!」
「そうしてくれ。オジーチャンの治療費の事はもう良いから、好きにしてくれ」
「はい」
カイトは台所に立ち、料理を始めた。それを見てキャンは意表を突かれ、席を立ってカイトに近付いた。
「何してるんだい?」
「料理ですけど?」
「何で?」
「キャンさんの為の癌細胞料理を作るからです」
キャンは後ろからカイトの肩に手を置いた。
「もう私の事は良いんだ」
「いいえ、やらせて下さい」
「もう良いんだよ。自分の好きなように生きて良いんだ」
カイトは包丁を置き、キャンの方に振り向いた。
「これからは好きに生きますよ。キャンさんの為に」
「いやだから、それは……!」
キャンが言い掛けたその時、カイトはキャンの方へ振り向き、すかさず言った。
「俺は、キャンさんと一緒に居たいんです!これからも、ずっと、死ぬまで一緒に居たいんです!」
カイトの真面目な顔付に、キャンは驚いた。カイトは続けた。
「俺、この八年、ずっとキャンさんの事だけを考えて生きてきました。だから医者になって、これからもずっとキャンさんを支え続けたい。キャンさんが、好きだからです」
「少年……」
「叶わない夢だって分かってます。でも、それでも、一生掛けてキャンさんを支えたいんです」
カイトの言葉にキャンは黙り込んだ。そしてキャンはソファに向かい、座った。暫くして料理が出来上がり、カイトが運んだ。料理が揃ったところで二人は黙々と料理を食べた。やがて食べ終え、カイトは食器を運び、洗った。その間にキャンは風呂に入り、バスローブ姿でドライヤーで髪を乾かしていた。それを見て、カイトは動揺した。
「キャンさん、またそんな格好で……」
キャンを見ると、いつもとはどこか違う雰囲気だった。恋する乙女のような顔をしていた。するとキャンは髪を乾かしながらカイトに言った。
「少年も風呂、入ってきな」
「え?あ、はい……」
キャンに言われるまま、カイトは風呂に入った。頭と体を洗い、湯船に浸かっていると、脱衣所からキャンの声が聞こえた。
「着替え、ここに置いておくから」
「え?あ、はい……」
既に着替えは自分で持って来ているのに何でだろう?と思いながらゆっくり湯船に浸かった。そして風呂から出ると、自分が持ってきた着替えが持ち去られており、バスローブだけが置かれていた。どういう事だと思いながらバスローブを羽織り、事務所の方に出た。するとそこではキャンがバスローブ姿のまま、ソファで煙草を吸っていた。
「キャンさん、これは一体どういう事ですか?」
キャンは煙草を揉み消し、無言でカイトの方へ行き、手を取った。
「あの、キャンさん……?」
キャンとカイトは暫く見つめ合った。カイトには何の事か分からず、戸惑っていた。
「カイト……」
「えっ……?」
普段キャンはカイトの両親の前でしかカイトの事を「カイト」としか呼ばなかった。突然の名前呼びに頭が追い付かなかった。
「ふふっ……本当に、勉強一筋、私一筋で生きてきたんだね、カイト」「な、何がですか……?」
「いいや、そんな所に、私も惚れたんだ」
「惚れた……?」
キャンはカイトに口付けをした。
「えっ……?」
「こっちに来給え」
キャンはカイトの手を引いて自室に入った。そこにはキングサイズのベッドや鏡面台、クローゼット等が置かれていた。キャンはベッドの前に立つと、バスローブを脱いで床に落とした。それに慌てて目を逸らすカイト。
「な、何ですか、急に!?」
「カイト、ちゃんと見給え」
「でも……」
「良いから!ちゃんと見給え!」
カイトはゆっくりとキャンを見た。そこには、以前見た傷だらけのキャンの姿があった。改めてみると、想像を絶するもので、一瞬たじろいだ。そしてキャンは言う。
「前にも見せた通り、私はこんな体だ。それに、悪魔との契約で寿命も違う。おばあちゃんなんて言えるようなレベルの年寄りじゃあないんだ。それでも、カイトは私を愛してくれるか……?」
カイトは即答した。
「はい。前々から、その覚悟があります」
カイトはバスローブを脱ぎ、床に置いてゆっくりとキャンに近付いていった。
「返事が早いな、おい。良いのか?私、モグリだぞ?」
「今の俺もモグリです」
「私、年寄りだぞ?」
「愛に年齢は関係ありません」
「私、癌細胞を食べないと死ぬ化け物だぞ?」
「それがキャンさんの個性です」
「私、同じ時を歩めないんだぞ?」
「俺が、長生きします」
カイトの次々と来る即答に、キャンは次第に涙を浮かべていた。
「私、私……!」
カイトはキャンを抱き締め、頭を撫でた。
「キャンさん。俺は貴方を愛しています。今は旦那さんの代わりでも良いです」
キャンは涙を流し、カイトの顔を見た。
「いいや、これからは、旦那の影を見るのは止める。カイトを、ちゃんとカイトを見ようと思う」
「キャンさん……」
「カイト……」
「やっと、真正面から名前を読んでくれましたね」
「あぁ、君は立派な男になった」
二人は口付けを交わし、ベッドに向かった。
「あの、俺、初めてなんです……」
「だろうね。知ってたよ」
「だろうねって、酷くないですか?」
「だって勉強しかしてこなかったろう?」
「むっ……まぁ、それは……」
「オネーサンがリードしてあげるから、肩の力を抜き給え」
「は、はい……」
その夜は熱い夜となった。一夜を共にして、二人は愛を確かめ合った。
翌朝、キャンは先に起き、カイトの寝顔を見ていた。頭を撫で、前髪をサラッと触れた。
「ふふっ……いつの間にか色男になっちゃって……」
カイトのスマートフォンのアラームが鳴り、カイトも起きた。
「あ、おはようございます、キャンさん」
「おはよう、カイト」
「いつ起きたんですか?」
「五分くらい前かな?」
「起こしてくれれば良かったのに」
「だってすぐにアラーム鳴るの分かってたし、起こすのも悪いかなと思って」
「そうですか。ありがとうございます」
「おう」
二人は服を着て、カイトは朝食と昼食と夕食の準備をし、キャンは煙草を吸って料理出来上がるのを待っていた。やがて朝食が運ばれてきて、二人は食べた。朝食を済ませると、カイトは食器を洗った。
「あ、今日実験の日なんで、昼食用のお弁当と夕食作っておきましたから、それ食べて下さいね」
「あぁ。ありがとう」
「あ、そうだ。昨日の事なんですけど」
「何?性欲絶倫だねぇ」
「違いますよ!祖父の治療費の事です」
「あぁ、帳消しにするって話?」
「そうです」
「それがどうした?」
「あれは、キチンと払います」
「いや、それはもう良いって……」
「俺が決めた事なんです。それにここに住まわせてもらっている以上、契約は続いてるでしょう?」
「むっ……まぁ、そうだが……こんな事態になるとは思わなかったから、せめてもの償いとしてだな……」
「良いんです良いんです!俺が、一生懸命働いて返しますから!」
「……ふふっ、言うようになったじゃないか」
「誰かさんのお陰ですよ」
二人は笑い合った。そしてカイトは大学に向かって行った。大学に向かうバスの中、昨夜の事を思い出してしまい、前屈みになってしまった。バスから降りようとすると、後ろから秀太が話し掛けてきた。
「よう、倉部君」
「真島先輩!?どうして大学に!?」
「勉強しに来たに決まってるだろう」
「えっ?卒業した筈じゃ……?」
「二留した」
「は?」
「だから、留年したんだよ。あれから勉強に身が入らなくなってな」
「何かあったんですか?」
「お前のせいだよ!」
突然の叫びに、カイトは思わず耳を塞いだ。
「な、何で俺のせいなんですか?」
「お前がサークルを辞めた後、史枝ちゃんも辞めたんだよ!お前が居ないから来る理由が無くなったって言ってな!」
「あー……まぁ、それは、すんません」
「それから史枝ちゃんと話す機会が無くなって、意気消沈と化した俺は勉強に身が入らず、単位を落としたんだ!」
「それただの自業自得……」
「それにたまに外で見掛ける史枝ちゃん、いつもお前と親し気に話してた!それを見てまたショックを受けたんだ!お前、やっぱり史枝ちゃんとデキてたな!?」
「違いますよ。彼女が勝手に言い寄ってくるだけです。正直言って迷惑なんです」
「自慢かテメェ!」
カイトの胸倉に掴み掛る秀太。そこへ史枝が現れた。
「おはよ~」
「あ、史枝ちゃん!」
「史枝先輩……」
「もう、入学したのは私の方が先だけど、今は同級生なんだよ?呼び捨てで良いって」
「いや、先輩は先輩です。それは変わりません」
「も~、強情なんだから~。いつかは呼び捨てで呼んでね?」
「一生呼びませんよ」
「も~、冷た~い!」
史枝はカイトの腕に絡み付き、走って棟まで向かって行った。一切触れられず、一人取り残された秀太はトボトボと棟に向かって行った。その日の実験は日が暮れるまで続いた。終わった頃にはもう午後8時を回っていた。キャンに「今実験が終わりました。これから帰ります」とメッセージを送った。すぐに返事が来て「気を付けてな~」とだけ書かれていた。大学を後にしようとすると、後ろから同じ頃に実験が終わった史枝が声を掛けてきた。
「カイトく~ん!」
「史枝先輩……はぁ……」
思わず溜め息が出てしまったカイト。それを見て史枝はカイトの背中を軽くタッチした。
「そんなあからさまに嫌がらないでよ~。もう後は帰るだけなんでしょ?」
「そうですけど、それが何か?」
「お腹減らない?」
「まぁ、腹は減ってますけど……」
「じゃあウチに来てピザでも食べようよ!たまには自炊以外の料理食べて楽しましょうよ!」
「お断りします。どうせまた二人きりなんでしょう?」
「そうよ~」
「俺にはもう最愛の人が出来たので、浮気はしません。帰ります」
「心に決めている人から、最愛の人、に変わったか~!ヤったね?二人共?」
「そうですよ」
「そう。それはおめでたい!おめでとう!」
史枝は拍手した。
「その言葉は素直に受け取ります。ありがとうございます。では俺はこれで……」
カイトはバスに乗って帰って行った。残された史枝は舌なめずりして呟いた。
「……ますます欲しくなっちゃう……」
カイトはバスを降り、事務所の近くにあるコンビニでサンドイッチとサラダを買って帰った。事務所に着くと、キャンが皿を洗っていた。
「ただいま、キャンさん」
「おかえり、カイト」
「皿洗いですか?」
「あぁ。美味しく頂かせてもらったよ。美味しかった。ご馳走様」
「お粗末様でした」
カイトは流しを覗き込んだ。いきなり背後に立ったカイトにキャンは頭に疑問符を浮かべた。
「何?」
「いや、ちゃんと皿洗い出来てるのかなって」
「失礼な。それくらい出来らぁ」
「そうでしたか。すみません」
カイトは事務所のソファにビニール袋とバッグを置き、隣に座った。そしてビニール袋からサンドイッチとサラダを取り出して食べた。その後、バッグからノートPCと実験記録用ノートを取り出し、カタカタと打ちこんでいった。それを見たキャンが何の実験か分かったのか、ふふっ、と笑った。
「何ですか?」
「いや、この実験難しかったろうな~、と思ってね」
「そりゃあもう大変でしたよ!この後のレポートもどう書いたら良いかとか、どう計算したら良いかとか分からないんですから!」
「教えてあげようか?」
「お願いします!」
「素直だな」
「それもあって俺を医大に入学させたんでしょ?」
「そうとも」
「じゃあ教えて下さい」
「良いだろう」
キャンの教えもあって、レポート作成はすんなりいった。その後はキャンが先に風呂に入り、カイトはその後に風呂に入った。また一晩を共に出来るだろうかと期待を膨らませながら。風呂から上がると、キャンは寝室に向かって行った。カイトはその後ろを着いて行こうとすると、キャンは止めた。
「毎日出来ると思った?」
「あ、いや、その……」
恥ずかしさでカイトが黙っていると、キャンはカイトに口付けをした。
「毎日じゃ飽きちゃうでしょ?次の休日に、沢山シましょ?」
「……はい!」
「じゃあおやすみ~」
キャンは部屋の中に入って扉を閉めた。カイトも自室に戻り、寝た。
「シたかったなぁ~」
と思いながら。




