同級生の興味
『将来、僕の癌細胞を食べて下さい』4
・同級生の興味
カイトは進学し、渋井大学附属高等学校に通っていた。そこは私立の進学校で、偏差値は全国で一番高い所だった。学校では休み時間も昼休憩もずっと勉強をしていた。部活は勉強の時間が削られるからという理由と、キャンの手術に立ち会えなくなると考え、入らずにいた。下校時刻になるとすぐにキャンの事務所に帰り、自室に戻って学校の勉強、受験の為の勉強、料理の勉強をしていた。毎日キャンの手術がある訳では無く、キャンは普段昼間から夜にかけて、最初に出会ったメイド喫茶サトーでメイド店員として働いていた。キャンは手作りした課題を毎日用意してカイトの部屋のデスクの上に置いており、カイトはそれを四苦八苦しながら解くという日々を送っていた。
ある日キャンがバイトから帰ってきた時、カイトは台所で癌細胞を使っていつものように料理を作っていた。
「あ、おかえりなさい」
「ただいま」
「もうすぐご飯出来ますよ」
「あぁ、ありがとう」
キャンはソファに座り、一服した。そしてカイトが料理を持ってきてソファの前のテーブルに置いた。
「おぉ、今日のも美味そうだな」
「人肉以外はレシピ通りに作ってみたんですが、味はどうか分かりません」
「いや、少年の料理はいつも美味い。感謝しているよ」
「いえいえ。それ程でも」
キャンは肉に齧り付き、米を食べた。
「美味い。また腕を上げたな、少年」
「ネットのレシピをちょこっとだけアレンジしてるだけですよ」
「それが絶妙にマッチしてるんだな。誇れる事だと思うよ。初心者がレシピをアレンジしてこれだけ美味い料理を作れるんだ。将来はコックにでもなったらどうだ?」
「ははは。それも良いですね。でも、俺には夢がありますから」
「夢?医者かい?」
カイトは照れながら言った。
「はい」
「そうか。医者か。ま、だろうな」
「キャンさんと一緒に手術してきて、知識も着いてきたというのもあるんですが、医者として人を助けたいという気持ちも出てきたので」
「そうか。まぁ、今まで青春を捨てて勉強してるしな。良いじゃないか」
「ありがとうございます」
「でもそうすると、私の仕事が減るなぁ……」
「何でですか?」
「だって、医者になるんだろう?私のオペを見てきたんだ。癌に特化した医者になるんだったら、商売敵になるじゃないか」
カイトはキョトンとした顔でキャンを見た。
「えっ?僕、ここで働き続けますよ?」
今度はキャンがキョトンとした顔をした。
「は?何?私と働くつもりでいるのか?」
「そうですけど?」
「は?は?は?いやいやいやいや!それは止めた方が良いぞ!?」
「何でですか?」
「私、モグリだぞ!?そんな私と一緒にいたら、少年、まともな仕事出来ないぞ!?」
「今だってまともな仕事出来てないじゃないですか」
「これは少年のオジーチャンの治療費を返済させる為にやってる契約であって、何も共に医者をするような関係になりたくてやってる訳じゃない!」
「そんなのあんまりですよ。ここまで僕を引き摺り回しておいて」
「それは謝る!医者になるのは素直に応援する!でも私と一緒にいたら不幸になるぞ!?」
「良いんです。僕が勝手にしたい事ですから」
「でも!」
「良いじゃないですか!ここで一人ぼっちでいるよりは、誰かと一緒にいた方が、毎日楽しいでしょ?実際、今はどうですか?」
「うっ……そ、それは……」
「ね?もう答えは出てるでしょ?」
キャンは言葉に詰まった。しかしご飯を掻っ込み、茶碗をカイトに突き出した。
「おかわり!」
いきなり目の前に茶碗を突き出されて驚いたカイト。茶碗を受け取り、ご飯をよそいに席を立った。キャンはカイトの後ろ姿を眺めて呟いた。
「……好きにすれば良いさ」
「えっ?何か言いました?」
「好きにすれば良いって言ったんだ!」
「そうですか。ありがとうございます」
「だが君も犯罪者の仲間入りになるんだぞ。それでも良いのか?」
「もうとっくに足は踏み入れてるじゃないですか」
「……それもそうか。すまない」
「何を謝ってるんですか。僕は、好きでこの仕事と、勉強をしてるんです。キャンさんの為に」
「私の為?」
「はい」
キャンは怪訝そうな顔をした。
「少年。私の為じゃなくて、自分の為に生きな。でないと不幸になるから」
「僕は不幸だなんて思ってません。今、幸せです」
「何故?」
「キャンさんと一緒だからです」
「……そうかい」
キャンはそっぽを向いた。カイトはご飯を持って来てキャンに渡した。
「はい、おかわりです」
「あぁ」
キャンは食事を終え、一服した。カイトは食器を提げ、洗った。洗い終わると、キャンの前のソファに座った。
「あの、前々から気になってた事があるんですけど」
「何だい?」
「何でメイド喫茶で働いてるんですか?」
「何でそんな事を聞くんだい?」
「だって多額の治療費を貰っているのに、バイトなんかするなんて意味が分かりませんよ。十分食べていけるでしょう?」
「今はまだ食えていけてるけど、その内医療が発達して私が必要無くなる時代が来るかもしれないからね。その時の為にバイトしてるんだよ。それに、必ずしも契約者が金をキチンと払ってくれるとも限らないんだ。モグリの医者に騙された、とかなんとか言って約束をブッチする輩もいるし。生活費はそれなりに稼がなきゃならないんだよ」
「そうだったんですか。でも何でメイド喫茶に……?」
「可愛いじゃん。メイドさん」
意外過ぎる解答にカイトは面食らった。
「えっ、時給が良いとか楽な仕事だからとかじゃないんですか……?」
「気持ち悪い客を毎日相手にしなきゃならんが、時給が良いのは確かだな。金の為だけにやってる部分もある」
「バッサリ言いますね」
「だって事実だし」
「真面目に正規の医者として改めて開業した方が良いんじゃないですか?」
「やだよ。正規の医者じゃ金が貯まらんもん」
「でも安定した収入が発生するなら、これからの事を考えたら堅実的じゃないんですか?」
「でも必ずしも癌細胞の摘出手術をするとは限らないだろう?そんな無駄な事してまでやりたくないね、普通の医者は」
「そうですか……ちなみに貯金額どれくらいあるんですか?」
「そういった事は軽々しく聞くもんじゃないよ」
「すみません。でも浪費してるようには見えないし、結構あるのでは?」
「まぁ、数百億はくだらないね」
「数百億っ……!?はっはっは!そんなまさか!」
何かの冗談だと思ったカイトだったが、キャンは真面目な顔をしていた。
「す、凄いですね……」
「だろう?」
「それだけあったら安泰なんじゃないですか?」
「私の寿命は普通の人間とは違う。少年のオバーチャンよりとても長生きしているからね」
「えっ!?そんな年齢なんですか!?」
「おっと口が滑った。まぁ気にしないでくれ」
「いや、気になります」
「じゃあ忘れて」
「こんな事忘れるなというのが無理です」
「じゃあ聞かなかった事にして」
「一度聞いた事は取り消せません」
「面倒だな、君」
「だって気になりますもん」
「まぁ、女性の年齢と貯蓄の話はもうこれっきりにして、勉強を始めようじゃないか」
キャンが席を立とうとした時、カイトはそれを止めた。
「あ、その前に買いに行きたい物があるんですが」
「何をだい?」
「明日のご飯の食材です」
「そう。じゃあ私も行こうかな」
「大丈夫ですよ。大した荷物でもないですし」
「いや、市場調査だ。ちゃんとご飯代に見合う食料を買ってきているかどうか確かめたい」
「信用無いんですね」
「用心深いと言ってほしいね」
二人は近所のスーパーに向かい、食材を籠に入れて回った。ついでにコーヒー粉が切れている事を思い出し、籠に入れ、お菓子もいくつか籠に入れて購入した。事務所に帰って食材を冷蔵庫に入れていると、キャンが言った。
「一食1000円は高過ぎたか……」
キャンの言葉にカイトは笑った。
「でも、美味しかったでしょう?」
「む……まぁそうだが」
「嫌なら良いんですよ?また不味い生の肉片を食べるだけの生活に戻るだけですし。あぁ、それに食費が浮くから貯金もすんなりいきそうですね?」
「……分かった。これからも料理は任せる」
「ありがとうございます」
その後、キャンに手術用語や器具の使い方、そして学校の勉強、宿題も教わり、その日の講義は終わった。
「そういえば少年。君、友達は出来たかい?」
「友達?あー、そういえばいませんねぇ」
「おいおい。こっちの事は大事かもしれんが、友達は作っておいた方が良いぞ?将来、何かの役に立つ事があるかもしれないからな」
「良いんです。僕は一人で」
「青春は大事にした方が良いぞ?いずれ、大きな宝になる」
「僕はもう青春してますよ」
「何に?」
「キャンさんといる事が、僕の青春です」
キャンは面食らい、頭を右手で抑えた。そしてもう左手でカイトの頭を引っ叩いた。
「アホな事言ってないで学校を楽しみなさい!」
そう言ってキャンはカイトの部屋を出て行った。
「……今でも十分楽しんでるんだけどなぁ……」
そしてカイトはキャンの後に風呂に入ってから自室に戻り、寝た。
翌日、カイトは早起きして自分とキャンの朝食と弁当を作り、朝食を一人で食べた。そしてキャンの朝食をラップで覆い、弁当と共に冷蔵庫に入れた。その後、カイトはいつものように登校した。
「おはよー」
カイトは自分の席に着いてHRが始まるまで勉強しようと鞄から教科書と授業ノートを取り出していると、中学時代からの知人達と何人かのクラスメイトの男子達に取り囲まれた。中学時代の知人の田中正太郎はマスクをしていた。
「カイト!」
「あ、正太郎。風邪?」
「あぁ、まぁな。最近咳とかでるようになったから」
「病院行った?」
「風邪薬貰って飲んでるよ。それよりも!」
「それよりも?何?皆も。何?」
「昨日、近所のスーパーに行った時、たまたまお前を見掛けたんだけど!」
「え?あぁ、うん。買い物してたけど?それが何?」
「隣にいた美人なオネーサンは誰だ!?」
まさかキャンと一緒にいる所を見られていたとは思わなかったカイトは、言葉に詰まった。
「あー……えーっと……」
「実の姉か!?」
「でも歳離れてる様にも見えたな」
「歳が離れた姉なんて普通だろう」
「でも似てなかったな」
「一体誰なんだ!?」
カイトは黙り込んだ。どう説明して良いか分からず、返答に困った。そうこうしている内に担任の教師がやってきてHRを始めようとし、クラスの皆に着席するよう促した。するとクラスメイト達は「後でキッチリ説明してもらうからな!」と言って自分達の席に帰って行った。その後、授業が終わる度にクラスメイトに詰め寄られ、「近所の知り合いだよ」「従姉妹のお姉さんなんだよ」と適当な事を言って誤魔化したが、その嘘はすぐに見破られ、問い詰められた。しかし授業が始まればすぐに席に戻るクラスメイト達。やがて昼休みになり、カイトは弁当箱を手に取ると、猛ダッシュで教室から抜け出した。
「あっ!おい!待てよ!」
クラスメイト達は追いかけたが、カイトを見失ってしまった。カイトは体育館倉庫に隠れていた。
「……撒いたか」
カイトは一息吐き、弁当を食べて昼休みを隠れて過ごした。そして午後の授業も終わると、逃げるように帰った。クラスメイト達は部活を休み、カイトの後をこっそり着いて行った。カイトは事務所に向かっていた。カイトの実家とは反対方向だった。中学時代からの同級生達はそれに疑問符を頭に浮かべた。
「あれ?おかしいな」
「何が?」
「アイツの家、反対方向だぞ」
「引っ越したんじゃないか?」
「いや、そんな話は聞いた事が無い」
「あ、でも何かこの前引っ越しみたいなところ、俺、見たぞ?」
「でもアイツの両親はまだあそこの家に住んでるだろ?」
「一人暮らしでもしてんじゃないか?」
「そうなんかなぁ……?」
カイトの後を着いて行くと、ビル街の裏路地に辿り着いた。
「こんな所に何の用があるんだ?」
「俺に聞くなよ」
カイトが奥のビルに向かって行くと、煙草を吸いながら二階の窓から若い美人な女性が顔を出していた。
「あっ!あのオネーサンだ!」
キャンはカイトを見て手を振った。
「おーい、少年ー」
「あっ、キャンさん。ただいま」
「おかえりー」
クラスメイト達は隠れてカイトを見守った。するとキャンはカイトの後ろを指差した。
「今日はお友達を連れてきたのかい?」
「えっ?」
カイトが振り返ると、そこにはクラスメイト達がビルの陰に隠れてカイト達の方を見ていた。
「ちょっ!?皆!?何でこんな所にいるんだ!?」
「それはこっちのセリフだ。お前、実家を出てたのか」
「あぁ、うん。今はこのビルの三階に住んでるよ」
「あのオネーサンは?」
「このビルのオーナー」
「何で知り合った?」
「まぁ、そこはひょんな事で……」
カイトとクラスメイト達はビルの外でやいのやいの騒いでいると、キャンが声を掛けた。
「少年。そこの少年達も。そんな所で立ち話してないで中に入ってきなよ」
クラスメイト達はその言葉に目を光らせた。
「お邪魔しても良いんですか!?」
「良いとも。少年のお友達だろう?大歓迎だよ。三階までおいで」
キャンの促しに対してクラスメイト達は「ありがとうございまーす!」とお礼を言ってドカドカと階段を上って三階に到着した。
「ちょっとちょっと!三階は俺の部屋なんだけど!?」
慌ててカイトも自室に入ると、そこではテーブルの席やソファに座って勝手に寛ぎ始めているクラスメイト達がいた。キャンはクラスメイト達にコーヒーと砂糖とミルクを配り、テーブルの席に着いた。キャンはカイトに隣に座るように促した。カイトは鞄を置き、キャンの隣に座った。するとクラスメイトの一人がキャンに緊張しながら質問した。
「あの、お二人はどういうご関係で?」
クラスメイトはおそらくカイトに聞いても何も答えてくれないだろうという理由でキャンに聞いたものと思われる。どう答えようか悩んでいるカイトの一方でキャンはカイトの肩を抱いて答えた。
「オトナな関係」
「何ィ!?」
驚くクラスメイト達。カイトはキャンの腕を振り払い、怒った。
「ちょっとキャンさん!誤解させちゃうでしょ!?」
「でもオトナなビジネスをしたじゃないか」
「そりゃそうですけども!言い方ってものがあるでしょう!?」
「お、オトナなビジネス……!」
クラスメイト達は呆気に取られた。キャンはケタケタと笑っていた。クラスメイト達はコーヒーを一気飲みして帰り支度を始めた。
「あの、俺達、帰ります……」
「俺達より先に大人になるなんて……」
「しかもあんな美人のオネーサンと……」
「真面目なお前に限ってそんな事はないと思ってたのに……」
「裏切者……」
「さようなら……」
帰ろうと出入口の扉に向かおうとするクラスメイトの前に立ち塞がった。
「待て待て待て!皆勘違いしてる!俺達はそういう関係じゃない!」
カイトの心の叫びが全く耳に届いていないクラスメイト達。するとキャンの鼻がピクッと動いた。キャンはクラスメイト達の首筋を嗅いでいった。クラスメイト達はそれに体をビクッと震わせた。キャンは正太郎の首の前で顔をしかめた。
「君、最近、風邪でも無いのに熱が出たり、咳が出たり、痰が異様に出たりしていないか?」
正太郎は不思議そうな顔を浮かべた。
「え?え、あ、はい。風邪だと病院では言われましたけど……?」
「そうか。じゃあこれを持ってここに行くと良い」
キャンは懐から渋井大学附属病院の案内状を取り出し、正太郎に渡した。
「これは?」
「君は癌だ。それも肺癌。まだ初期症状だからそれくらいで済んでるけど、放っておいたら命に係わるよ」
「はぁ?俺が肺癌?煙草も吸ってないのになる訳無いじゃないですか」
「まぁ、信じるか信じないかは君次第さ。一応、忠告はしたからね」
クラスメイト達はキャンの言葉を理解出来ないまま帰って行った。カイトはキャンに今の事を尋ねた。
「正太郎、肺癌なんですか?」
「あぁ。十中八九、肺癌だな。まだ初期症状だが、もう暫くしたら血痰が出るだろう。そうしたら私の言った通りだと気付いて病院に行くだろう」
「そうですか」
それから数日、正太郎は咳き込む回数が増え、ヒューヒューと息が漏れ、終始苦しそうだった。そして体育の授業中、目眩から倒れたり、授業中寝てたりしていた。それからすぐに学校を休むようになった。先生から話を聞くと、先日血痰が出て入院する事になったという。カイトはキャンが言った通りだと思った。カイトは急いで事務所に帰り、キャンに報告しに行った。キャンは中で新聞を読んでいた。
「キャンさん!」
「おかえり、少年。どうした、血相を変えて」
「正太郎が肺癌で入院しました!」
「そう」
それだけ返事をしてキャンは新聞に目を戻した。
「そう、って、それだけですか!?」
「何で?」
「助けてくれるんじゃないんですか!?」
「何で私が?」
「だって病院を紹介してたじゃないですか!」
「あれは単に紹介しただけ。私が仕事をするなんて一言も言ってないよ~」
「薄情者!」
カイトの物言いにキャンは一瞬苛立ち、席を立った。
「じゃあ聞くが、少年。私はどんな小さな手術だろうが、大きな手術だろうが、治療費は1000万円だ。それをあれだけ設備が整っている病院での手術を断ってまで、モグリの医者に大金払って依頼すると思うのかね?」
「うっ……そ、それは……!」
「ま、今回はあの病院を紹介してやったんだ。謝礼として摘出された癌細胞は貰える。それで良いだろう」
「……そうですか」
カイトは納得が出来ないまま自室に向かった。その日は勉強が手に付かず、早めの風呂に入ってリフレッシュした。少しモヤモヤが晴れてパジャマを着て脱衣所から出ると、そこにはキャンが待っていた。
「キャンさん。お風呂ですか?」
「いいや、違う。ちょっと話がしたくてね」
「話?」
「少年のお友達の事でね」
「正太郎ですか?」
「そう」
キャンはソファに手招きした。ソファに座るなりキャンは真面目な顔でカイトに話し出した。
「あの子、正太郎君、と言ったかな?」
「はい。肺癌の」
「そう。あの子に少し違和感があったんだよね」
「違和感?」
「そう。癌、転移すると思われる」
「それ本当ですか!?」
「あぁ。それも、大腸、膵臓にね」
「何だって……!?」
「それに再発もするだろう。私じゃなきゃ、また長く苦しむ事になる」
「どうしてそこまで分かるんですか?」
「臭いがするんだよ」
「それは前にも聞きました。詳しく、どんな臭いがするんですか?」
「そうだなぁ……何というか、甘い臭いなんだよ」
「砂糖とかって事ですか?それとも果物系とか?」
「それらとも違う。とにかく甘い香りがするんだよ」
「そうなんですか……じゃ、じゃあすぐに病院に電話してこの事を伝えなきゃ!」
「電話で言ったところで相手にして貰えないよ。発症してないんだから」
「そ、そっか……じゃあどうしたら!?」
「正太郎君はどこの病院に入院した?」
「キャンさんに言われた通り、渋井大学附属病院です」
「じゃあ話が早い。孝之センセに頼んで、私の血を入れてもらいましょう」
「ありがとうございます!」
頭を下げるカイトに、キャンは冷たく反論した。
「但し、私の血も無料ではないのでね。1000万円払ってもらうよ」
「そんな!」
「じゃなかったらこの話は無しだ」
「そこを何とか!」
「こちとら慈善事業じゃないんでね。ま、見舞いのついでに話して来たら?じゃあね。おやすみ」
そう言ってキャンは自室に戻っていった。何であんなに冷たいんだ、とカイトは思った。翌日、カイトは渋井大学附属病院に向かった。受付で通してもらい、正太郎の病室に向かった。
「正太郎」
「おう、倉部。どうした?」
「お見舞いだよ。どうだ、術後の調子は」
「まだ肺に違和感があるって感じだな。息するのが痛い」
「そっか」
沈黙が流れた。
「倉部?」
「正太郎、お前に大事な話がある」
「何だよ。急に改まって」
「実はな……お前は、これからまた肺癌が再発する」
「……は?」
「そして大腸と膵臓にも転移していて、それらも癌になる」
「おい、何の話をしているんだ?」
「お前は!このままだと死ぬ!確実に!」
沈黙が流れた。
「……何の悪い冗談だ?」
「冗談でこんな事言わないよ」
「でも、ここの先生だって、早期発見ですぐに良くなるって言ってくれてるんだぞ?」
「それでも、今言った事が必ず起こるんだ……」
正太郎は大きく息を吐いた。
「お前、もう帰れ」
「正太郎……」
「もうお前とは友達でもなんでもない!出ていけ!」
正太郎は大きな声で肺を大きく使ったからか、胸を抑えた。カイトは立ち上がり、キャンの事務所の事が書かれた紙を一枚、正太郎に渡した。
「もしもの時は、ここに連絡してくれ」
「……………」
「じゃあな。死ぬなよ、正太郎」
そう言い残してカイトは病院を後にした。病院から少し離れた道で、キャンがカイトを待っていた。
「どうだった?」
「聞く耳持たず、でした……」
「だから言ったろう?後は、向こうからこちらに連絡が来るのを待つだけだ」
「はい……」
二人は事務所に帰って行った。一週間後、正太郎は退院し学校に復帰した。あんな事があったからか、カイトと正太郎は距離を取るようになった。数ヶ月後、正太郎はまた呼吸が荒くなり、咳き込み、血痰が出るようになった。そして授業中倒れ、そのまま病院に救急車で運ばれていった。カイトは放課後、急いで帰ろうとすると、スマートフォンが鳴った。キャンからの電話だった。
「もしもし!?」
「やぁ、少年。丁度学校終わった?」
「はい!あの、正太郎が!」
「分かってる。落ち着いて。深呼吸してごらん」
カイトは一旦スマートフォンを耳から離し、深呼吸して落ち着いてから再びスマートフォンを耳に当てた。
「それで、正太郎は?」
「渋井大学附属病院に緊急搬送されてね。今鎮静剤を打って眠ってる」
「そうですか……」
「少年、すぐ来れるか?」
「40分くらいで行けます!」
「分かった。急いで来てくれ」
「はい!」
カイトは全速力で走って渋井大学附属病院に着いた。ロビーに行くと、キャンが座って待っていた。カイトが来た事に気が付くと、立ち上がって、着いて来いというジェスチャーで先に進んだ。それにカイトは着いて行った。着いて行くと、そこは主治医の孝之と、眠っている正太郎と、正太郎の父の雄介、母の真美がそこにいた。孝之は改めてキャンの紹介をした。
「今回執刀を担当するサイン・キャン先生です」
「サイン・キャンです。宜しくお願いします」
「宜しくお願いします。って、あら、カイト君?」
「こんにちは、オジサン、オバサン」
雄介と真美は不思議そうな顔をした。
「どうしてカイト君がここに?」
キャンはカイトの前に出て言った。
「彼は私の助手です」
雄介と真美はキョトンとした顔をしていた。
「ま、まさか!そんな事ある訳無いじゃないですか!」
「そうですよ!まだ高校生。医学部生ですらないんですよ!?」
「しかし事実です」
「馬鹿馬鹿しい。カイト君、ここは関係者以外立ち入り禁止だ。すまないが出て行ってくれないか?」
雄介はカイトの肩を掴もうと、手を伸ばした。しかし、カイトはその腕を掴んだ。
「オジサン、本当なんです。僕は、キャン先生の助手なんです」
「何っ……!?」
「正太郎君は僕がキャン先生を手伝って必ず助けます」
「でも貴方はまだ高校生なのよ?高校生にそんな事出来る訳無いわ」
そこへキャンが割って入った。
「田中さん。彼は中学生の頃から私の助手をしています。かれこれもう53回は助手として私をサポートしてきました」
「そうなの?」
「はい。だから、信じて下さい」
そこへ孝之がフォローを入れた。
「彼らが言っている事は本当です。私も手術には付き添いますし、ご安心下さい」
雄介と真美は一瞬黙った。しかし顔を見合わせ、頷いてキャンとカイトの方を向き、頭を下げた。
「息子を、助けて下さい!」
「分かりました。では先程もご説明した通り、今回の手術の医療費は、肺、膵臓、大腸それぞれ1000万円で、計3000万円です。それでも、構わないんですね?」
「はい!一生掛けてでも払います!」
「分かりました。ではこちらの契約書にサインと印鑑をお願いします。印鑑が無ければ母印でも構いません」
「印鑑は持ってます」
キャンは契約書をバッグから取り出し、机に置いた。雄介はサインと印鑑をし、キャンに返した。
「契約成立ですね。ではすぐに手術だ。行くぞ、少年」
「はい!」
キャンとカイトは手術着に着替え、手術室に正太郎を運んだ。そしていつものように自分の腕と正太郎の腕に針を刺し、前に立った。
「それではこれより、肺癌細胞摘出、及び膵臓癌細胞、大腸癌細胞の摘出手術を始める」
「はい」
「メス」
それから長い時間、手術が続いた。7時間の奮闘の結果、全ての癌細胞の摘出が完了した。カイトは摘出した癌細胞をビニール袋に入れてキャンと共に外に出た。そこでは雄介と真美が長椅子に座って待っていた。
「先生!」
「息子は!?」
「無事、全ての癌を摘出しました。転移、再発の心配もありません」
「そうですか……!良かった……!」
「カイト君もありがとうね!」
「いえ、僕は手伝っただけですから」
「それでも、ありがとう、カイト君!」
「ありがとう、カイト君!」
「……はい!」
それから二週間後、正太郎は退院した。入院している間はカイトが毎日授業のノートのコピーを持ってきていたので、授業に置いてけ堀をされる事無く復帰出来た。
「ありがとな、カイト」
「何だよ急に?」
「お前の忠告通り、病院に通ったら、癌が転移している事が分かってな。早期発見でなんとか助かったよ。ありがとうな」
「キャンさんのお陰だよ。あの人が忠告してくれたんだ」
「忠告?どういう事だ?」
カイトはニヤリと笑った。
「あの人は、名医だからね」
カイトの自身にも誇りにも見えた表情に、正太郎は頭に疑問符を浮かべた。
「そ、そうなのか?」
「あぁ」
それからカイトは正太郎と仲直りし、共に昼食を摂ったり、放課後に遊ぶようになった。他のクラスメイトも共に過ごすようになり、高校生活は楽しいものになっていった。しかし学校の勉強も、学校からの宿題、課題も、手術の勉強も、キャンからの課題と講義もこなすようになっていく日々に疲弊しきっていた。それに気付いたのはキャンだった。夜、うつらうつらとキャンの講義を居眠りするようになっていた。
「少年、講義を聞いているのかい?」
「……え、あっ!すみません!」
「どうした?最近よく居眠りしてるじゃないか」
「正太郎達と遊ぶようになって、疲れてしまって……」
「そうか。青春してるんだな。それは良い事だ。今日はここまでにしよう」
その日は早めに講義を切り上げた。この日からカイトは遊んだりするのはそこそこにして、勉強を頑張った。ある日、学校で付き合いが悪くなり、休み時間も勉強をしているカイトを正太郎達は取り囲んだ。
「なぁ、何でそんなに勉強してるんだ?」
「将来の夢の為だよ」
「将来の夢?何だよ?って、この高校にいて猛勉強しているなら夢は一つだよな」
「あぁ。医者だよ」
カイトの言葉に、正太郎達は納得した。なら、勉強の邪魔をしちゃいけないな、と。
「そうか!頑張れよ!」
「ありがとう!」
「でもさ、たまには遊んでくれよな!」
「あぁ!息抜きしたい時にな!」
「おいおい。俺達はストレス発散の為の道具かぁ~?」
「あ、いや、そんなつもりじゃ……」
「はっはっは!冗談だよ!じゃあ勉強頑張れよ!」
「おう!」
「ところで、あのオネーサン、何者なんだ?」
「……医者だよ」
「何だ、その間は?」
「まぁ、察してくれ」
「うん?あ、おう……」
カイトは高等学校で友達も出来、その友達の命を救う事が出来た。それから二年半、カイトは毎日朝早く起きて朝食、昼食を作り、登校して勉強し、休み時間と昼休憩も勉強に励み、帰れば宿題、課題をし、キャンの講義を受けて、夕食を作って、また夜中まで眠い目を擦りながら勉強し、少ない時間で寝てまた朝起きて、と、そんな日々を過ごした。三年間、テストは全て満点。その分、キャンから進級含めてお祝いを貰った。その甲斐あって、カイトは渋井大学医学部に合格した。




