オネーサンとの共同生活
『将来、僕の癌細胞を食べて下さい』2
・オネーサンとの共同生活
カイトは義文の手術の後、キャンに二度、手術に付き合わされた。そしてカイトはキャンと共に生活するハメになった。実家を出て、帰る家はキャンの事務所になった。借金の肩代わりにカイトがキャンの事務所で手術の助手をさせるという契約だった。最初、カイトの両親は猛反対したが、無料で家庭教師の代わりをするだけでなく、渋井大学医学部に入学及び医師国家試験の合格をするまでの勉強のサポート、渋井病院への医者としての就職の口添えするところまで面倒を見、衣食住を保証する上に、先日の義文の手術費を半額にするとキャンが言うと、キャンの実力を知っていた父親の春樹はこれを渋々受け入れた。カイトは抵抗したが、両親が半ば強引に家からカイトを追い出した。何て酷い親だ。そう思いながらもカイトはキャンの住むビルに住む事になった。カイトは荷物を纏め、実家からキャンのビルに移った。引っ越しのトラックで裏路地に入った。そこではキャンが待ち構えていた。
「おーい、こっちだー」
キャンは二階の窓からタバコを吸いながら手を振っていた。
「キャンさん!」
カイトはトラックの窓から身を乗り出し、手を振った。トラックをビルの前に停め、引っ越し業者は荷物をカイトの部屋となる三階に運び終えると、早々に帰って行った。そしてキャンに連れられてカイトは二階の事務所に向かった。
「じゃあ今日はお祝いに奮発して寿司でも取ろうか」
「何のお祝いですか?」
「そりゃあ勿論、新たな同居人の歓迎会だよ」
「そ、そうですか……」
カイトは事務所に入らず、入り口で立ち止まった。
「あ、あの……」
「ん?何だい、少年」
「あの、お邪魔します……」
カイトのモジモジした態度を見て、キャンは微笑んだ。
「少年。今日から私達が家族なんだよ」
「え?」
「だから、ここは君の家なんだ。お邪魔します、じゃあないだろう?」
カイトは言葉に詰まった。しかし、ぎこちない笑顔でキャンに言った。
「……た、ただいま……」
「おかえりなさい」
キャンはカイトを招き入れ、扉を閉めた。カイトはそこで驚愕の状況を目に入れた。
「えっ、汚っ……」
先日初めて訪れた時は夜だったから薄暗くて気付かなかったが、ビニール袋にたんまり入ったカップ麺の容器と割りばし。灰皿には吸い殻が溢れる程あった。また仕事用のデスクも資料やら契約書やらで溢れかえっていた。
「レディの部屋に入って汚いとは何だね?」
「レディという歳でもないんでしょ?」
「女はね、いくつになってもレディなんだよ」
「は、はぁ……」
「とりあえず、背中の荷物を置いてくると良い」
「分かりました」
カイトは三階の自室に向かいバッグを置いて事務所に下りて行った。
「まぁそこに掛け給え」
キャンはデスクの側にあるソファに手招きし、カイトはソファに座った。キャンは煙草を取り出そうとしたが、もう箱に無い事に気付き、シケモクから一本拾い、火を点けた。
「さて、これから君と共に過ごす事になる訳だが」
「はい」
「君には手術に関する基礎的な事を学んでもらう」
「それは大学に行ってからじゃ駄目なんですか?」
「駄目だ。少年が医学部に入ってくれるという保証も無いし、何より私はすぐにでも助手が欲しいんだ」
「じゃあ手っ取り早くどこかの医学生とか医者をハントすれば良いじゃないですか」
「私の手術は特別でね。守秘義務を徹底してくれる助手が欲しいんだ」
「何も一介の中学生にしなくたって……」
「私には少年しかいないと思ってる。君は、私のパートナーになってくれると信じている」
「僕しかいない……?」
「事実、前回の手術の時、少年の家族に手術内容を告げなかったじゃないか」
「そりゃ……まぁ、聞いた事無い手術内容だったし、そもそも手術の事なんて知らないし……」
「でも言わなかったろ?普通、考えられない。自分の血を患者に注入するなんて」
「まぁ、確かに異常でしたが……」
「私には君しかいない。それを分かってくれ」
「僕しか、いない……」
意味ありげな言い方にカイトは一瞬ドキッとした。しかし、きっとそういうつもりじゃなくて単に助手が欲しいだけなんだなと思い直した。
「分かりました。それ、引き受けます」
「ありがとう」
キャンは煙草を揉み消し、棚からカップを二つ取り出し、コーヒーを淹れた。そして一つはカイトに渡し、キャンはソファに座って自分の分を飲んだ。
「ブラックで良かったんだよな?」
「はい。ありがとうございます」
コーヒーを飲んで一息吐いた。
「あっ、祖父の事なんですけど」
「あぁ、オジーチャンね。その後、様子はどうだい?」
「はい、お陰様で経過は良好です。来月頭には退院出来そうです」
「そうかい。それは良かった」
キャンはふとある事を想った。
「少年、部活は?」
「帰宅部です」
「そうなのかい?もっと青春を謳歌しても良いんだぞ?」
「元々興味が無かったので。それに、こうなった今、部活なんてやってる暇ないでしょ?」
「まぁ、そうか。すまない」
「いやいや。もう決めた事ですから」
そしてカイトは前の手術の時から気になっていた事をキャンに聞く事にした。
「あの、教えて頂きたい事があるんですが」
「何だい?」
「何故自分の血を祖父に入れたんですか?」
「おっ、そこ聞く?」
「祖父の手術の時も、その次の手術の時も、この前の手術の時も患者の血に自分の血を入れてましたよね?あれは一体どういう事なんですか?」
キャンは少し考えた。これは話しても良いのだろうかと。しかしいずれ分かる事だし、今の内に伝えておこうと思い、言う事にした。
「良いだろう。教えよう」
キャンはまたシケモクから一つ抜き取ると、火を点けて窓辺に立ち、外を見ながら話し始めた。
「私の血はね、悪魔との契約で只の人間の血じゃないんだよ」
「悪魔って……何度も聞いてますけど、一体何なんですか?」
「それはまた追々……で、その契約で、私の血は特別な力を持つようになったんだ」
「特別な力?」
「そう。私の血は、どんな人間にでも対応出来る型なんだ。だから血液は凝固反応を起こさない。どんな人間にも輸血が出来るんだ」
「そんな話、信じられません」
「だろうな。だが事実だ。実際、私の血を入れられた君のオジーチャンは平気だっただろう?」
「それはたまたま血液型が合ってたとか……」
「君のオジーチャンの血液型はAB型。その次にやった患者はB型。そしてその次にやった患者はRH-のA型。どれもバラバラだったろう?」
「……成程」
「で、ついでに言うと、私の血液は麻酔効果がある」
「麻酔?」
「そう。私の血が注入した瞬間から麻酔が効き始める」
「何故そんな事が……?」
キャンはニヤリと笑い、カイトに振り返った。
「言ったろう?悪魔との契約だって」
「悪魔……」
カイトは考えた。もしかして、この世には本当に悪魔がいて、契約をしているのではないかと。
「そういえば、最初にキャンさんと会った時、僕の臭いを嗅いで癌がどうのって言ってましたよね?」
「あぁ。そうだな」
「あれってどういう事なんですか?」
「私の鼻は癌を嗅ぎ分ける能力があるんだ。近親者は勿論、その人本人の癌も感知出来る」
「便利ですね」
「あぁ、そうだろう?」
キャンはふんぞり返った。それを無視してカイトはもう一つ聞いた。
「あの、もう一つ聞いて良いですか?」
「何だい?」
「何故人肉を食べるんですか?」
「人肉と言えば人肉だけど、正確には人の癌細胞だね」
「何で癌細胞を食べるんですか?」
「そうねぇ……まぁ、それも悪魔との契約なんだけど……まぁ、いっか。この際言っちゃおう」
キャンは煙草を揉み消した。
「私が癌細胞を食べる理由それは……」
「それは……?」
沈黙が続いた。そしてキャンは言った。
「若さを保つ為」
「……は?」
「だから、若さを保つ為、さ」
「若さって……今、幾つなんですか?」
「女性に年齢は聞くもんじゃないよ、少年」
「すみません。でも、実年齢、二十代じゃないって事ですよね?」
「まぁね」
「実際の所、何歳なんですか?」
「まぁ、それは追々話すよ」
「そ、そうですか……」
キャンの回答にモヤモヤしつつも、ふとある事を思い出した。
「あの、癌って転移する可能性があるじゃないですか?」
「あぁ、そうだね」
「じゃあその患者からまた癌細胞を摘出すれば、ずっと癌細胞を食べる事に事欠かないんじゃないですか?」
キャンは煙草を大きく吸い、吐いた。
「それはね、出来ないんだよ」
それを聞いてカイトは首を傾げた。
「何でですか?」
「私の血を注入さ入れた患者は、絶対に癌は転移しない」
「どういう事ですか?」
「さっきも言ったが、私の血は特別製でね。私の血を入れられた患者は絶対に癌は再発、転移しないんだ」
「それも、悪魔の契約ですか?」
「呑み込みが早いじゃないか。つまりそういう事だ」
「……成程……」
キャンの説明に若干頭が追い付かなかったカイトだったが、すぐにある事を思い付いた。
「あれ?じゃあ血液を入れなければ、また転移とか再発して癌細胞を取りやすくなるんじゃないですか?」
「おっ、そこに気付くとは流石は少年。だがそれは出来ない」
「何故です?」
「私は名医だからね。癌は必ず治す。それを売りにしているからね」
「でもそれ効率悪過ぎません?」
「だが必ずしもその患者達が再発するとか転移するとも限らないんだぞ?だったら100%治せる医者として活動してた方が得策じゃないか?それに世界各国には癌患者はゴマンといる。食べる事には事欠かないさ」
「まぁ、そうですね……」
「んじゃま、そういう事で。これから宜しくな、少年」
「はい」
二人はコーヒーを飲み終え、キャンはデスクに座り癌細胞をグチャグチャと食べながら新聞を読んでいた。
「焼いたりとかしないんですか?」
「えっ?」
「いや、生のままだと食べ辛いんじゃないかなと思って」
「料理は不得意でね。それに、味なんかどうでも良いんだよ、私にはね」
「そ、そうなんですか」
暫くキャンを見ていたが、カイトはどうして良いか分からず、ソファにただ座っていた。それを見かねたキャンはカイトに言った。
「少年。今は特に仕事は無いから自室に戻ってて良いぞ?」
「えっ、でもいつお客さんが来るか分からないし……」
「その時が来たら呼ぶから、今の内に宿題でもしてると良い」
「分かりました」
カイトは自室に向かい、宿題を始めようとしたが、手術で足手纏いにならない為に手術の勉強の方を先にする事にした。暫く勉強していると、キャンが部屋をノックした。
「少年」
「キャンさん?何か用ですか?」
「仕事だ」
「そうですか。分かりました」
カイトは勉強を切り上げ、二階の事務所に向かった。そこには、一人の女性がソファに座っていた。キャンとカイトは向かいのソファに座った。
「お待たせしました」
「あ、はい……」
「ではお話を再開させて頂きます。依頼者は貴方。患者も貴方。それで宜しいですね?」
「はい」
キャンは女性の首筋を嗅いだ。
「あの、何ですか?」
「大腸癌、ですね?」
「何故そんな事まで分かるんですか!?」
「私は癌手術のプロです、一目見れば分かります」
「凄い……流石、有名なお医者様……」
「お名前と年齢は?」
「春日光、25歳です」
キャンは問診票を取り出してカイトに渡し、内容を書かせていった。
「ステージは?」
「4です」
「では早急に手術を行います。日程は如何致しますか?」
「来月の頭には渋井大学附属病院に入院予定です」
「おや、少年のおじいちゃんと入れ替わりだね」
「そのようですね」
キャンとカイトのやり取りに疑問を持つ光。
「あの、そこの少年は一体誰なんですか?」
カイトはやはり突っ込まれたと思い、言葉に詰まっていると、キャンがすかさず言った。
「あぁ、これは助手です。未成年に見えるかもしれませんが、れっきとした成人男性です」
「えっ、ちょっ、キャンさん……!」
「それに医師免許も持ってます。ご安心を」
「そうなんですか。失礼しました」
「いえいえ~」
カイトはキャンに耳打ちした。
「ちょっとちょっと!僕まだ未成年の中学生ですよ!?そんな嘘吐いて良いんですか!?」
「だってこうでも言わないと怪しまれるだろう?ここは身分を偽装して乗り切らないと」
「何でそう簡単に犯罪に手を染めたがるんですか!」
「でも君も犯罪者だぞ?これが学校にバレたら少年院行きになるなぁ。それでも良いのかい?」
「な、が、ぐっ……」
キャンの脅しに屈し、カイトは項垂れた。それを見て光は首を傾げた。
「あの、何か問題が?」
「いえいえ~。こちらの私的な話です~。では来月頭、渋井大学附属病院に向かいます。手術の治療法ですが、主に切除手術になります。そこはご理解頂きたいです」
「分かりました」
「少年」
「はい?」
「契約書」
「あ、はい……」
キャンに言われ、カイトは問診票の下にあった契約書を取り出し、光に渡した。光は契約書にサインをした。
「ではまた後日。日程が決まり次第、再度連絡致します」
「分かりました」
「では最後までどうぞ宜しくお願い致します」
キャンとカイトは一礼し、光は事務所を出て行った。キャンはまたシケモクから一本取り出し、火を点けた。
「さて、時間が無い。少年には手術のイロハを徹底的に叩き込むから覚悟しておき給えよ」
「は、はい!」
「無論、学校の勉強も私が見るから、寝る時間は無いと思えよ」
「うっ……わ、分かりました」
それから二週間、カイトはキャンにみっちり仕込まれた。手術のイロハもだが、中間テストに向けて猛勉強した。キャンの授業はスパルタそのものだったが、その甲斐もあり、テストは全て満点だった。その結果をカイトがキャンに報告すると、キャンは自分の事のように喜んだ。
「やったな、少年!」
「キャンさんのお陰ですよ!」
「いやいや。ここまでやれたのは少年の努力の結果だ。誇りに思うと良い」
「ありがとうございます」
「でもまだ次に期末テストがある。それまで、まだスパルタ教育は続くぞ。それに、医療についての事もな」
「はい。覚悟しています」
「偉いな、君は。そういう素直な子、好きだよ」
「好き、ですか……」
「勘違いするなよ?」
「分かってますよ」
そして光の手術の日がやって来た。カイトはキャンに連れられて渋井大学附属病院に向かった。そこでは孝之が待ち受けていた。
「やぁ、孝之センセ」
「やぁ、じゃないだろ。創立者との約束だか何だか知らんけど、この病院を君の仕事場にしないでくれ給えよ」
「でもそれで生計立ててるところもあるんじゃないのかい?」
「うっ……だが、しかしだな……」
「ま、お説教は後にしてだな。私はこれから仕事があるんでな。じゃあね」
キャンは孝之に片手をヒラヒラと揺らし、カイトは一礼して光のいる病室に向かった。途中、手術用のベッドを調達した。キャンが病室の扉をノックすると、光の「どうぞ」という声が聞こえた。中に入ると、そこでは光が本を読んで待っていた。
「もう始めますか?」
「はい。こちらの上に寝て下さい」
「分かりました」
キャンに言われて手術用のベッドの上に寝た光。そしてキャンとカイトはベッドを押して手術室に向かった。キャンとカイトは手術着に着替え、手術室に入った。そしてキャンは自分の腕に針を刺し、光の腕にも針を刺して自分の血を入れた。すると光は意識を失い、眠った。
「ではこれから大腸癌細胞切除手術を始める」
それまでおちゃらけたキャンが、一気に真面目な顔になった。この表情の変わり具合はもう四回目だが、毎回緊張する。キャンは光の腹を開腹し、黙々と癌細胞を切り取って行った。カイトはキャンにみっちりしごかれた甲斐あって、スムーズにサポートをしていった。
「慣れてきたな、少年」
「お陰様で」
そうこうしている内に、手術は三時間程で無事終了した。光は15センチメートル程大腸を切り取られた。キャンは自分の腕の針と光の腕の針を抜き取った。カイトは摘出した癌細胞をビニール袋に入れて手術室を出た。そして二人は光を病室に移動させた。暫くして、光は目を覚ました。
「お加減は如何ですか?」
「……少し頭がボーっとします」
「麻酔がまだ残っているのでしょう。暫くは点滴の生活になるでしょうからそのつもりで」
「はい……」
そこへ孝之が入ってきた。
「手術は終わったのか?」
「えぇ。たった今ね」
「終わったなら終わったと一言言ってくれ。後始末とかあるんだから」
「あぁ、それはすまなかったね」
孝之はカイトに近付いた。
「カイト君、どうだった?」
「まだまだグロテスクなのには慣れないですが、最初の頃よりはなんとか」
「そうか。あまり無茶するなよ?彼女はスパルタだから」
「聞こえてるよ」
「あぁ、すまなかったね、キャン」
「あの、先生。ちょっと良いですか?」
「うん?何だい?」
「ちょっと……」
カイトは孝之を部屋の外に連れ出した。
「前から思ってたんですけど、先生とキャンさんってどういう関係なんですか?」
「同業者……と言って良いのだろうか……私は免許を持っているが、彼女はモグリだからね。それがどうかした?」
「いや、そういう事じゃなくて……いつからの知り合いなんですか?」
「いつから?あーっと……そうだな……かれこれ25年くらいかな?」
「にじゅっ……!?え、でも先生って年齢は……?」
「38歳だけど?」
「13歳の時からの知り合いなんですか!?」
「そうだよ?」
「い、一体キャンさんていくつなんですか……?どう見たって20代ですよ?」
「それ、本人に言った?」
「えぇ、言いました」
「何て言われた?」
「それは追々話すよ、と言われました」
「そうか。じゃあその事は私からは言えないな。本人から聞くんだね」
「そうですか……あの、後もう一つ聞いても良いですか?」
「何だい?」
「先生とキャンさんって、昔、付き合ってたりとか、していましたか……?」
孝之は思わず笑った。
「な、何ですか?」
「いや、君は彼女の事が好きなんだなぁと思って」
「なっ!?いや、そんな事は!」
「いやいや、青春って良いなぁと思ってね。安心して。私とキャンは恋人だった時期は無いから」
「そ、そうなんですか……」
カイトは心の底からホッとした。すると孝之は言った。
「まぁ、私は彼女にフラれたからね」
「えっ……?」
「君と同じだよ。少年の頃から彼女に憧れて、惹かれていった。でも、興味無いと言われてフラれたんだ」
「そうだったんですか……何かすみません。立ち入った事聞いてしまって……」
「いやいや。私が話したかったから勝手に話したんだ。気にしなくて良いよ」
「すみません」
そう二人で話していると、キャンが扉を開けて覗いて来た。
「何話してるんだい?」
「いいや、何も。男同士の話さ」
「ふぅん?まぁ良いけど。後の事は任せるから。孝之センセ」
「あぁ、分かった」
カイトは癌細胞を入れたビニール袋を持ち、キャンと共に事務所に帰った。途中、コンビニに寄ってキャンは煙草を10カートン買った。事務所に戻ると、キャンはカイトにコーヒーを淹れてくれた。
「お疲れさん」
「ありがとうございます」
カイトはコーヒーを受け取り、飲んだ。キャンは財布から一万円札を取り出し、封筒に入れてカイトに渡した。
「はい。今日の給料」
「ありがとうございます」
カイトは封筒を懐にしまった。キャンは煙草を取り出し、窓の外を見詰めながら吹かした。
「今更だけど、煙草は平気なのかい?」
「本当今更ですね」
「すまないね」
「いえ。父がヘビースモーカーなので煙草には慣れてます」
「あぁ、そう……それは楽しみね」
「楽しみ?どういう事です?」
「君からはまだ癌の臭いがする。お父さんが肺癌か胃癌になるのも時間の問題かもね」
「何だって!?」
カイトはキャンに詰め寄った。
「いつ!?いつなんですか!?」
キャンはカイトを突き放した。
「それは分からない。でも、まだ十年以上は先だろうね。今すぐじゃないから安心して良いよ」
「安心って……そんな事聞いて安心なんてしてられませんよ!」
「じゃあ言ったら?禁煙してって」
「……そうですね。そうします」
カイトは父の春樹にスマートフォンで電話した。数コールで春樹は電話に出た。
「もしもし?カイトか?」
「もしもし!?父さん!?今家!?」
「あぁ、今帰って来たところだ。どうした?そっちで何か問題があったか?」
「いや、そうじゃないんだ!」
「何なんだ?」
「父さん、もう煙草は止めてくれ!」
「何だ、藪から棒に?」
「父さんの肺が心配なんだよ!」
「何だ?そこまで心配か?」
「そりゃあね!家族だからね!」
「でも今更だしな」
「早死にしたいの!?」
「な、何だよ……分かったよ。まずは減煙してみるよ……」
「ちょっとずつで良いから!いずれは禁煙してよ!?」
「分かった分かった」
「絶対!絶対だからね!」
「分かったから。それよりカイト。お前、勉強はちゃんとやっているのか?」
「やってるよ。キャンさんのお陰でこの前のテスト、全部満点取ったから」
「そうか。そのまま怠らず、励めよ」
「分かったよ」
カイトは電話を切った。それを見てキャンは微笑んだ。
「美しきかな、家族愛」
「そういうキャンさんには家族はいないんですか?」
「もう大分前に死んだねぇ。今は孤独。ぼっちだよ~。孤独死決定~!なんつって」
キャンの言葉にカイトは息が詰まった。
「それは……すみません……」
「良いんだよ~。もう気にしてないから~」
そうおちゃらけたキャンだったが、瞳から涙一滴流れた。気まずい空気が流れた。カイトは立ち上がって癌細胞が入ったビニール袋を手に取った。
「キャンさん、食事はどうしますか?」
「え?君の手にある癌細胞で済ませるつもりだけど?」
「そうですか。じゃあちょっと待ってて下さい」
カイトは自室に戻り、ご飯を炊いた。そして癌細胞の肉を軽く調理して、冷蔵庫にあった有り合わせの野菜で肉野菜炒めを作った。ご飯が炊き終わると茶碗に盛り、お盆に料理を乗せて事務所に戻った。
「出来ました」
「何が?」
「ご飯が」
「何、作ったの?」
「えぇ。簡単な物ですが、ちょっと料理してきました」
「少年、君、料理出来たのかい?」
「料理って程の物でもないですよ」
「そうかい。ありがとうね」
カイトは料理をソファの前のテーブルに置いた。キャンは煙草を揉み消し、ソファに座って手を合わせた。
「頂きます……」
「召し上がれ」
カイトもソファに座って料理を食べ始めた。
「……美味しい」
「良かった……!」
「今まで生の癌細胞しか食べてこなかったからこんな美味いのは初めてだ。いや、久し振りと言った方が良いかな」
「今まで本当に生の癌細胞しか食べてこなかったんですね」
「あぁ。何分、私は料理をした事が無かったからね。肉の味だけで充分だったんだよ」
「そうだったんですか」
あまりにも美味しそうに食べるキャンの姿を見て、カイトは思わず微笑んだ。それを見てキャンは口元を抑えた。
「あの、食べられてるところ見られるの恥ずかしいんだけど……」
「何でですか?」
「食事中って色々無防備になるから」
「あぁ、そうなですね。ごめんなさい」
カイトはキャンから目を逸らし、スマートフォンに目をやった。暫くしてキャンは食べ終わり、手を合わせた。
「ご馳走様でした」
「お粗末様でした」
カイトは食器を提げ、洗ってから事務所に戻った。そこではキャンが煙草を吸って天井を見上げていた。
「どうしたんですか?」
「別に。久し振りに美味い物を喰ったなぁと余韻に浸ってたところだよ」
「普段どんな食生活してるんですか……」
「生肉」
「あぁ、そうでしたね。じゃあ僕、勉強しに自室に戻ってますんで」
カイトが自室に戻ろうとすると、キャンはカイトを引き留めた。
「少年」
「はい?何ですか?」
「これからも私の食事を作ってはくれないか?」
「えっ……只でさえ学校の勉強と手術の勉強があるんですけど……」
「負担が掛かるのはは重々承知している。だが勿論金は出す。一食1000円。どうだ?」
カイトは考えた。確かに負担はデカい。だが金を貰えるなら、借金を少しでも早く返し終える事が出来るなら、これ程美味しい仕事は無い。カイトはOKを出す事にした。
「分かりました。朝、夕は出来立てを出しますが、昼は学校なのでお弁当を用意しますね」
「良いだろう。それで頼む。じゃあ……」
キャンは財布から1000円札を四枚取り出すと、封筒に入れ、カイトに渡した。
「今日の夕飯と、明日の三食の分な」
「ありがとうございます」
カイトは封筒を受け取ると、懐にしまった。
「では勉強に戻ります」
「あぁ。適度に休憩はするんだぞ」
「休憩する暇があったら勉強します」
「ははは。勤勉だな。少年」
カイトは自室に戻り、猛勉強した。学校の勉強、医学の勉強、そして新しく出来た、料理の勉強を。勉強をしている間、カイトはある事が気になって事務所に降りた。扉を開けると、キャンが煙草を吸いながら窓の外を見ていた。
「おや、どうしたんだい?少年。勉強してるんじゃないのかい?」
「一つ聞いておきたい事があって」
「何だい?」
「キャンさんって、臭いで癌があるかどうか分かるんですよね?」
「あぁ、そうだが?」
「それって、どの範囲まで分かるんですか?」
「どの範囲とは?」
「近親者が、何の癌かとかは分かるんですか?」
「いいや、そこまでは分からない。ただ、どの家族が癌の臭いがするかってだけ」
「成程……まだ癌になってない人がこれから癌になる可能性は分かるんですか?」
「あぁ、分かるよ」
カイトは少し黙った。しかし意を決してキャンに聞いた。
「僕は!僕はいつか癌になるんですか!?」
カイトの言葉に、キャンは俯いた。そして煙草を吸い、顔を上げて煙を吐いて言った。
「そんな事聞いて、どうするつもりなんだい?」
「個人的興味です。自分がいつ死ぬか、気になるでしょう?」
キャンは黙った。煙草を大きく吸い、吐いた。
「……まぁ、癌になるだろうね。それも、スキルス性胃癌だろう」
「何でそこまで分かるんですか?」
「私の嗅覚は異常なんだ。大体の目星がつく」
「そうですか……いつ頃発症するんですか?」
「今から約10年後、くらいかな」
「そこまで分かるんですか」
「これは経験かな。詳しい日時までは分からない」
「そうですか……」
肩を落とすカイトに、キャンは煙草を揉み消し、カイトの肩に手を置いた。
「心配するな、少年。私が絶対、助けるから」
「キャンさん……」
「だから安心してくれ」
「ありがとうございます」
二人は微笑み合った。キャンは煙草を吸い、後ろを向いた。
「まぁ、治療費は貰うけどね」
カイトはコケた。
「いや、そこは無料で助けて下さいよ!」
「公私混同はいけないな。これはビジネスだからね」
「感動を返せ」
「ヤなこった」
キャンはべーと舌を出し、煙草を吸った。カイトはそれを見て笑った。
「キャンさん」
「何だい?まだ何かあるのかい?」
「もし、僕が癌になった時、手術をしてもらえる。それで良いんですよね?」
「あぁ。保証するよ」
「じゃあ、そこでお願いなんですけど……」
「何だい?」
カイトは意を決してキャンに言った。
「将来、僕の癌細胞を食べて下さい」
カイトの意外な一言に、キャンは言葉を失った。しかしキャンは微笑み、手を差し出した。カイトも手を差し出し、二人は握手した。
「分かった。将来、少年の癌細胞、責任以って私が食べよう」
「ありがとうございます」
「さ、今日は疲れたろう。もう風呂に入って寝な」
「いえ、まだもう少し勉強してからにします」
「そうかい」
「そうだ、勉強で分からないところがあるんですよ。教えて下さい」
「あぁ、良いよ。じゃあ上に行こうか」
「はい」
その日は夜遅くまでキャンに教わりながら勉強した。それが終わると、風呂に入って床に着いた。
「俺、後十年の命だったのか……」




