父の胃癌と肺癌
『将来、僕の癌細胞を食べて下さい』10
・父の胃癌と肺癌
その日、カイトとキャンはバイトが休みだった。特にする事も無く、二人でボーっと窓の外を眺めていた。
「暇だねえ」
「暇ですねぇ」
ゆったりとした空気の中、突如カイトのスマートフォンが鳴った。カイトの母親の深雪からの電話だった。
「もしもし?」
電話に出ると、母は焦った口調で話し出した。
「あ!もしもし!?カイト!?」
「どうしたの。俺、去年勘当されたよね?」
「そんな事今関係無い!」
「じゃあお金の話?今、金無いから。切るよ」
カイトが電話を切ろうとした。すると深雪は大きな声で言った。
「お父さんが!お父さんが!」
「父さんがどうしたの?落ち着いて」
「お父さんが血を吐いたの!」
カイトは慌ててスマートフォンを耳に当てた。
「何で!?」
「最近、具合が悪そうだったんだけど、突如咳き込んだと思ったら吐血して、救急車で運ばれたのよ!」
「どこ!?どこの病院!?」
「渋井大学附属病院よ!」
「分かった!すぐ行く!」
カイトは電話を切った。
「何があった?」
「父が吐血して病院に搬送されました!」
「どこの病院だい?」
「渋井大学附属病院です!」
「あぁ、前に言った胃癌と肺癌だろうねぇ」
「今から行ってきます!」
「私も行こう」
「ありがとうございます!」
二人は急いで自室に戻ってすぐに出かける準備をした。そして渋井大学附属病院まで向かった。そこでは孝之が待っていた。
「キャン!カイト君!」
「加藤先生!」
「さっきカイト君のお父さんが運ばれてきて、CTスキャンが終わったところだ!診察室に来てくれ!」
二人は孝之の診察室に連れて行かれ、カルテと診断書を見た。
「どうだ?」
「……スキルス性胃癌。それに肺癌も併発してますね……」
「そうだな」
「父は今何処に居ますか?」
「病室だよ。会いに行くかい?」
「勿論」
「こっちだ」
孝之に連れられ、二人はカイトの父の春樹がいる病室に向かった。そこには、電動ベッドで半分体を起こした状態で点滴を受けている春樹と、側で椅子に座っている母の深雪が居た。
「父さん!母さん!」
「カイト!」
「カイト……」
深雪は立ち上がり、カイトに駆け寄った。
「カルテは見たよ。肺癌と胃癌だね。何で気付かなかったの?」
「医者の不養生ってやつかな……渋井病院の規定で医師や看護師は年に一度必ず人間ドックするんだが、その一年の間に進行していったみたいだ……」
「ねぇ、カイト!お父さんを治してあげて!?」
「それは勿論。ただ、俺はモグリの医者の下で働いてる。その意味が分かるね?」
「えっ……無料で治してくれないの!?」
「図々しいよ、それ。俺を中学生の時に追い出して、二年前に勘当しておいて、どの面下げて『無料で治せ』だ?」
「それは謝るわ!じゃあ正規の値段で……!」
「俺にとっての正規の値段は、一つの癌手術で1000万円。それは払ってもらうよ」
「1000万円!?そんな大金払えないわよ!」
「じゃあ俺はこの仕事を降りる」
カイトの侮蔑した瞳を見て、深雪は肩を落とした。
「……分かったわ……じゃあこの手術は、この病院の先生に診てもらうわ……」
後ろでそのやり取りを見ていたキャンが春樹の所へ行き、首筋の臭いを嗅ぎ、口を挟んだ。
「この病院の医者じゃあこの手術、成功してもまた癌が再発しますね」
「えっ……?」
春樹は震える声を出した。
「どうしてそんな事が分かるんですか……?」
「私は癌専門の医者です。モグリですがね。だから分かるんです。再発するし、また別の癌に罹る事になるでしょう」
「そんなの嘘よ!モグリの医者が何を言ってるの!?」
「この人の言う事は正しいよ。この人がそう言うなら、きっとそうだよ」
「そんな……!」
キャンは深雪の首筋の臭いも嗅いだ。
「貴方も癌を患ってますね。肺癌です」
「はぁ!?」
「本当ですか?キャンさん」
「えぇ。長年ヘビースモーカーのオトーサンと共に暮らしてたんでしょう?自覚症状はまだ軽症だけど、もう大分進行してますね。オカーサン、最近歩くだけで息切れ起こしたり、朝起きた時痰が絡んだりとかしてませんか?」
「え、えぇ……ここ一年くらいは頻繁に……」
「肺癌の初期症状ですね。しかも再発の傾向も見られます」
キャンとカイトの言葉に、膝から崩れ落ちて泣く深雪。カイトは深雪の前に片膝を着いて言った。
「俺達なら父さんも、母さんも助けられる」
「本当……?」
「絶対に」
「本当に本当?」
「絶対、絶対に助ける」
真剣な眼をして深雪を見詰めるカイト。それを見て、深雪は頷いた。
「……分かった。助けて、カイト!」
「分かった……!」
「お父さんも良いよね!?」
「あぁ……頼む……!」
「分かった」
カイトは鞄から三枚の契約書と朱肉、胸ポケットからボールペンを取り出し、深雪と春樹に渡した。
「これ契約書。書いて」
「二枚も書くのか?」
「うん」
「分かった」
「私は一枚なの?」
「うん」
「分かったわ」
春樹は二枚の契約書を深雪は一枚の契約書にサインをし、印鑑を押して契約書をカイトに返した。
「これで大丈夫、ですよね?キャンさん?」
「あぁ」
カイトは契約書三枚を鞄に戻した。深雪もレントゲンやCTスキャン等の検査をした。結果、予想通り肺癌だった。まずは春樹を手術してから深雪を手術する事にし、深雪には一旦病室で待っていてもらう事にした。カイトとキャンと孝之は春樹を手術室に運び、手術着に着替えて執刀した。キャンが自分の血を春樹に流し込み、メスを渡すようカイトに指示すると、カイトは春樹を見ながらキャンを押し退けて前に立った。
「俺がやります」
カイトはあのカルテを見ている筈で、この手術はカイトには無理だとキャンは思っていた。しかしカイトはやる気だった。
「だが、この手術は……」
「やれるところまでやらせて下さい。最後の、親への恩返しです」
後ろ姿だったが、カイトの真剣な眼がそこにあるのが分かった。
「そうか……分かった。でも無理そうなら、いつでも私が代わるから、安心して、落ち着いてやってごらん」
「ありがとうございます。男は度胸、ですからね」
「ふふっ、そうだったな」
手術は五時間掛かったが、カイトは最後までやり遂げた。手術は無事成功。続いて深雪の手術となった。そちらもカイトが続けて執刀し、三時間の手術で無事成功。二人は同じ病室に移された。二人が目を覚ますと、そこにはカイトが椅子に座って待っていた。二人は口を揃え「カイト……」と弱弱しい声でカイトを呼んだ。
「もう大丈夫。安心して」
「でも癌が再発とか転移とか……」
「それはもう大丈夫。そういう手術をしたから」
「キャン先生が俺達に自分の血を入れたのか……?」
「そうだよ」
「お前が執刀したんじゃないのか……?」
「俺がやったよ。ただ、まだ未熟だからキャンさんに難しい所を頼んだんだ」
「そうなのか……」
二人と会話出来て、少しウルッと来たカイト。荷物を纏め、立ち上がった。
「じゃあ、また何かあったら電話して」
「あぁ、分かった」
カイトが扉の前に立って取っ手に手を掛けた時、カイトは言い忘れていた事を思い出し、振り返って両親に言った。
「あぁ、今回の治療費3000万円、俺の口座に振り込んどいてね」
春樹と深雪は非常に驚いた。
「えっ!?1000万円じゃないのか!?」
「違うよ?」
「何で!?」
「あれ?聞いてなかった?それに契約書に書いてあったでしょ?癌一つに付き、1000万円って」
「そんな時間なかったわ!」
「じゃあ後でゆっくり確認して?ここに控え、置いとくから」
そう言ってカイトは棚に三枚の契約書の控えを置いて帰って行った。
「ちょっと……!カイト……!」
弱弱しく呼び掛ける両親に、カイトは冷たく突き放した。
「さようなら」
そう言ってカイトは病室を出た。病室の外にはキャンが缶コーヒーを持って待っていた。
「お疲れ、カイト」
「ありがとうございました。キャンさん」
二人は病院内の喫煙所まで行き、ソファに座って一息吐いた。キャンは煙草を吸った。
「……良かったのかい?」
「何がですか?」
「治療費。あんな法外な値段、実の両親に押し付けるなんてさ」
カイトは立ち上がって窓の外を見た
「俺の気持ちも考えないで、俺をキャンさんに押し付けて、家を追い出して、挙句の果てに勘当するような親にもう愛情なんてありませんよ」
「そうかい……」
キャンはソファに座り、カイトの鞄を勝手に開け、三枚の契約書を取り出して見た。それを見てキャンは笑った。
「ふっふっふっふっふ……」
「何ですか?」
カイトは振り返ると、そこにはさっきの契約書を眺めて笑っているキャンの姿があった。
「あっ!ちょっ!」
カイトは三枚の契約書をキャンから奪い取った。
「勝手に人の鞄の中身見ないで下さいよ!」
「君、やっぱり家族の事が大切なんじゃないか」
「そんな事ありませんよ。もう、吹っ切れてます」
「じゃあ、何で治療費、一括払いじゃなくて分割払いの契約書にサインを書かせたんだい?」
「えっ?」
「いやぁ、もしかしてと思って見てみたんだがね。予想通りだったよ」
「な、何がです?」
「一括だとそれで終わりだけど、分割なら、暫くの間、お金だけの関係だけど、付き合い続けられるじゃないか。家族と繋がっていたかったんだろう?」
「そ、それは……」
「仲直りしてきな。家族は大事だぞ」
笑みを浮かべるキャンを見て、カイトは黙り込んだ。
「…………」
カイトはキャンから契約書を奪い取り、鞄に入れて両親がいる病室まで持って行った。扉をノックしようとしたが、一瞬躊躇った。後を着いてきたキャンと、心配になって来た孝之がカイトを見ていた。
「キャンさん、加藤先生……」
キャンと孝之はカイトを見て微笑みながら頷いた。それを見てカイトも真面目な顔で頷いた。カイトは病室の扉をノックし、中に入ると、リクライニングベッドを起こして春樹と深雪が話をしていた。
「父さん、母さん」
「カイト……何しに来た?」
「もしかして、治療費払わなくて良いとか?それとも正規の値段にするとか?」
「いや、違う違う。仲直りがしたくて来たんだ」
「仲直り?」
「うん」
「あのなぁ、あんな値段と術式で治療するなんて常識じゃ考えられないんだぞ?」
「だから法外なんじゃない」
「何だ?喧嘩売りに来たのか?」
「いいや。言ったろ?仲直りしに来たって」
「……一体どういう事だ?」
「騙すような事をしたのは認める。ごめん」
「だったら正規の値段で……」
「だけど!」
カイトの大きな声に春樹と深雪は驚いた。
「昔から、父さんと母さんは俺の事は放任主義だっただろ?」
「えっ……?」
「ただの一般的な中学生の俺を一人、胡散臭い、怪しいモグリの医者のキャンさんに送り付けたじゃないか。オジーチャンの為とは言え、父さんとキャンさんの間で勝手に決めてさ。治療費の半分は払ってくれてたみたいだけど、学校の面談と卒業式と入学式と銀行の口座を開く為以外で、こちらから実家に帰るまで俺とは会ってくれなかったじゃないか」
「それは……」
「結果的に俺は自分でも言うのもなんだけど、優秀な外科医になった。学生時代の成績を伝えた時も、高校進学も、大学進学も、国家試験合格した時も!どんな連絡した時も、おめでとうの一言もなかったじゃないか!」
「でも『分かった』とは言ったじゃないか」
「それだよ!『おめでとう』じゃなかったんだよ!『そうか』とか『分かった』とか『勉強を疎かにするんじゃないぞ』とか『当然だな』とか!一回も褒めてくれなかったじゃないか!」
カイトは涙を浮かべていた。それを見て春樹と深雪は俯いた。
「それは……すまなかった……」
「ごめんなさい、カイト……」
「今からでも良い。『おめでとう』って、そう言ってくれないか……?」
春樹と深雪は顔を見合わせ、頷いた。春樹と深雪は起き上がった。春樹は大きな声で言った。
「カイト!」
春樹の大きな声にカイトがビクッと震わせた。
「今まで放ったらかしにしてすまなかった!俺の癌を治してくれてありがとう!そして立派な医者、とまではいかないが、医者になっておめでとう!」
「おめでとう!そしてありがとう!カイト!」
春樹と深雪がそう言うと、二人は咳き込んだ。
「まだ傷口は治ってないんだ!横になってゆっくりしてて!」
「お、おう……すまない」
「ありがとう、カイト……」
「そうだ、実は紹介したい人がいるんだ」
「誰?」
「ちょっと待ってて」
カイトは一旦病室を出ると、キャンを連れて戻ってきた。
「何?カイト」
「まぁまぁ。父さん、母さん、この人はサイン・キャンさん」
「知ってるよ?それで?」
「俺、この人と結婚するんだ!」
春樹と深雪とキャンは「えぇ!?」と大きな声を上げた。そして春樹と深雪は痛みで胸を抑えた。キャンは驚いて大声でカイトに聞いた。
「えっ、ちょっ、えぇ!?私達、結婚するの!?」
「駄目ですか?」
「いや、まぁ、その……良いんだけど、ムードもクソも無いから……」
「じゃあ改めて……」
カイトは片膝を着き、キャンの手を取った。
「サイン・キャンさん」
真っ直ぐな瞳をしてるカイトに、キャンは動揺しながらもカイトの眼を見た。
「愛しています。これからもずっと、その気持ちは変わりません。僕と、結婚して下さい」
キャンは一瞬顔を逸らしたが、あまりにも純粋無垢な真剣なカイトに、顔を赤らめた。涙を流しそうになるのを我慢し、カイトの両親の方を見た。
「……でも……」
二人のやり取りに、春樹と深雪はあんぐりと口を開けた。
「お、おい、カイト!?お前、正気か!?自分が何言ってるのか分かってるのか!?」
「そうよ!いくらなんでもモグリの医者と結婚なんて認める訳にはいかないわ!」
「別に認めてもらわなくても良いよ。俺はもう成人してるんだし。ただ、俺のお嫁さんを紹介したくて呼んだんだ」
「私達は認めんぞ!そんな何十歳も離れた女と結婚なんて!」
「でも実際、十三年間放ったらかしにしてたでしょ?何を今更」
「そ、それは……!」
「確かにモグリだけど、腕は確かだよ。父さん、今までのキャンさんの手術記録とか手術中の様子とか見た事無い?」
「いや、記録は全て見せてもらったし、一度だけ立ち合いはしたけど……」
「どうだった?」
「……った」
「えっ?何?」
「凄かった!あんなメス捌きは見た事が無い!名医だとは思う!」
「じゃあ良いじゃないか。こんな優秀な医者と共に過ごせるんだよ?これで将来は安泰じゃないか」
「でもね、モグリはモグリなのよ?そんな女との結婚なんて……!」
「確かにキャンさんはモグリだよ!でも名医である事に変わりは無いじゃないか!それに、もう俺はキャンさんと同棲してるだろ!」
「でもいくらなんでも何十歳も年の離れた人と結婚なんて……!」
「愛に年齢は関係無いよ!それに、キャンさんはもう何十歳なんてレベルの歳じゃないんだ!」
「えっ……?」
「ど、どういう事だ……?」
「カイト、そこは私が言おう」
キャンの悪魔契約の事は伏せ、老けない特異体質として話した。実年齢を聞き、全く信じない春樹と深雪。キャンは姿勢を正した。
「私の腕を見て、何か違和感は感じませんか?」
「違和感……?」
春樹と深雪はハッとした。
「両腕の長さが違う……!?」
そしてキャンは二人に近寄り、手の甲を見せた。
「えっ……?左手は女性的だけど、右手は男性的……!?」
更にキャンは服を捲り上げ、ズタズタになった腹の傷痕を見せた。
「その傷……!?この病院の設立以来入り浸っている、歳を取らない伝説のモグリの癌細胞専門医って、キャン先生の事だったんですね……!?」
「はい。でもこの事は内密にお願い致します」
「そんなの信じられない……当時の医学的に不可能な話だ」
「父さん、母さん、信じてもらえなくても、これが事実だよ」
「私は移植手術をしてもらう過程で、特異な血液に変化したようです」
春樹の様子を見て深雪も信じるようになった。そしてカイトが言った。
「また勘当されても構わない!俺はキャンさんと結婚する!」
「ちょっと、カイト!私の意見はどうなるの!?」
「嫌でしたか?」
「嫌っていうか、普通、こんな私と結婚するのを許す親なんていないって!」
「キャンさんは俺の事、嫌いなんですか?」
「いや、それは、その……好きだけども……!何もこんな場面で言う事じゃないだろう!?」
「俺は修行したいんですよ!キャンさんの下で!」
「修行……」
春樹は呟き、深雪と顔を見合わせた。そしてカイトとキャンが言い合っているところに春樹は口を挟んだ。
「キャン先生」
「は、はい……?」
「こんな格好で言うのも失礼ですが、息子を、宜しくお願いします」
「えっ……!?」
「まだまだひよっこの息子ですが、宜しくお願いします」
「いえいえ、そんな……ありがとうございます……えっ、じゃあ、その……?」
「結婚を認めます。こんな名医の下で修業が出来るなら、許します」
「あ、あ、あ、ありがとうございます!」
「母さんも良いだろう?」
「えぇ。その噂は主人から聞いていましたから。歳の差婚なんて今の時代普通ですよ」
「普通を越えてるんですが……」
「ここは実年齢より、外見年齢で見た方が良いでしょう?」
「そ、そうですか……ありがとうございます」
春樹はカイトに向かって言った。
「カイト。いずれは、この渋井病院で働けよ。それまでの下積みだ」
「ここに来る気は無いけどね。でも機会があれば正規の医者として働くよ」
「そうかよ」
「じゃあ、また経過観察に来るから。それに、着替えも必要だし、たまに顔を見に来るよ」
「分かった。ありがとう、カイト」
「下着の場所分かる?」
「あぁ、分かるよ。じゃあ、またね」
「おう」
「またね」
そう言ってカイトとキャンは病室から出た。外では孝之が待っていた。
「仲直り、出来たかい?」
「はい。お陰様で」
「それと、お二人さん、おめでとさん」
「えっ、聞こえてたんですか?」
「そりゃあ、あれだけ大声で話してたらね」
「すみません。騒がしくしちゃって」
「私の初恋相手を奪われてしまったな……」
「あっ、それは……すみません!」
「孝之センセ。とっくの昔に私が振っただろうが」
「ははは、冗談だ。じゃあ後の事は私がやるから、キャンとカイト君はもう帰ると良い」
「はいは~い。じゃあ後宜しくね~、孝之センセ」
「宜しくお願いします!」
キャンは背を向けて手をヒラヒラとさせて歩き出し、カイトは孝之に一礼して早歩きでキャン追い掛けて行った。事務所に帰ると、カイトは自室に戻り、三枚の契約書を持って事務所に降りてきた。事務所ではキャンが煙草を吸っていた。カイトは契約書を棚に並んだ一つのファイルに入れた。
「何入れたんだ?カイト」
「えっ?両親の治療費の契約書ですけど?」
キャンは驚きのあまり思わず素っ頓狂な声が出た。
「えっ!?あっ!?うっ!?んっ!?何て!?」
「ですから、両親の治療費の契約書です」
「はぁ!?本当に治療費請求するのかい!?」
「えぇ。それが何か?」
「鬼かお前……そこは普通全額無料にするとかで感動エピソードになるところじゃないのかい……?」
「モグリの医者として、キチンと役目を果たしたまでです!」
「堂々と言うセリフじゃないぞお前……」
キャンは両手を組んで上げ、大きく伸びをした。
「んー!それにしても二連続手術は疲れたな!」
「そうですねぇ……今日は料理する気も起きませんし、たまにはピザでも頼みますか?」
「あぁ!良いじゃないか!たーだーしー!」
キャンはカイトの目をジッと見た。
「はい?」
「私には、トッピングで癌細胞を頼む!」
キャンは目の前で両手をパンッと合わせて目を瞑った。それを見て、カイトは笑った。
「あはは!結局料理するのかぁ~!」
「駄目か……?」
「良いですよ。まぁ細かく刻んで焼くだけなんで」
「ありがとう、カーイト!愛してる~!」
キャンは投げキッスをカイトに送った。カイトは「はいはい」と照れながら、スマートフォンでLサイズのピザを二枚と缶ビールを何本かネット注文した。四十分後、ピザが届き、ビールを開けて乾杯した。カイトはキャンの分にのみ切り分けた癌細胞を掛けた。ピザを食べ終え、ビールも何本も開け、やがて良い雰囲気になった。キャンはカイトの隣に座り、肩にもたれ掛かった。
「さっきの告白、吃驚したよ?」
「突然でごめんなさい。でも、いつか言いたかったので」
「順番と場所と雰囲気を考えなさいよ」
「すみません」
「まぁ良いけどさ。いつ言うんだろうってずっと待ってたんだし」
しばし見詰めあった後、二人は口付けをした。カイトはキャンを抱き上げ、キャンの寝室に連れて行き、一夜を共にした。
それから一カ月間、バイト終わりに三日毎に着替えを病院に持って行き、着た下着を持ち帰って洗濯し、また着替えを持って病院に行き、術後の経過を確認していた。順調に回復し、術後から約一ヶ月で春樹と深雪は退院出来た。その時もカイトはキャンの車でキャンと共に迎えに来ていた。退院の手続きを済ませ、運転席にはカイト、助手席にはキャン、後部座席に春樹と深雪を乗せて実家まで送った。
「ありがとね、カイト」
「あぁ。またどこか悪くなったらいつでも呼んで?」
「また1000万円とか言うんでしょ?」
「分かってるじゃん」
「分かってるじゃん、じゃねぇだろ」
四人は笑い合った。
「じゃあ三十年の三百六十回払いの支払い、ちゃんとしてね?」
「はいはい、分かったよ」
「じゃあ、キャンさん、これからも息子の事を宜しくお願いしますね」
「はい。任せて下さい」
「中でお茶でもどうかしら?」
「いや、この後予定があるから、このまま帰るよ」
「そう?じゃあいつでも帰ってきて良いからね?勿論キャンさんも」「ありがとうございます」
カイトとキャンは家の門の前に立つ春樹と深雪に手を振って車を走らせ、倉部家を後にした。途中、折角だからと足を延ばして少し離れた所にあるショッピングモールに寄り、買い物をする事にした。二人でこういった買い物をするのは、知り合って十数年初めてだった。基本的にテレビショッピングやネット通販で物を買っていたからだ。だから服のサイズが合わなかったり、家具が思ったより写真と実物でのカラーや雰囲気が思ったのと違い、困っていた。
「たまにはこういう買い物良いですよね」
「たまにはっていうか、カイトとこういう買い物するの初めてだな」
「そうですね。勉強勉強の毎日でしたから」
「ネット注文で失敗するのが嫌になって来てたしな。これからはこういう所で買う事にしよう」
「ネットが無かった時代は買い物とかどうしてたんですか?」
「何分歳を取らないんでな。不審がられないように家具らしい家具は買わずに宿に泊まったり、師匠の家に匿ってもらってたんだよ」
「そうだったんですか」
「以前はテレビショッピングを利用してたんだが、今はネットがあるから外に出る必要も無いし、歳の事を気にせず色んな物を買えるから便利な時代になったよ」
「でもたまにはこうして一緒に買い物に来ましょうね」
「何で?」
近所のショッピングモールの駐車場に車を停めた。
「物を買うのに失敗しない為。それと……」
言い淀むカイトにキャンは頭に疑問符を浮かべた。
「俺とこうやってデートする為に、ね?」
カイトの満面の笑みに眩しさを感じ、思わず顔を背けた。
「あっ……ごめんなさい!気持ち悪かったですよね……」
シュンと落ち込むカイト。しかしキャンは目を擦りながら言った。
「いや、君が眩しくてな……良いなぁ、若いって。青春だなぁ」
「ははは!そういう事ですか!良いじゃないですか!人生はいつだって青春ですよ!」
カイトはキャンの手を取ってショッピングモールに真っ直ぐ向かおうとした。
「危ない!車が!」
キャンの言葉にカイトは「えっ?」と振り向いた。キャンが腕を思い切り引き、動きを止めた。すると目の前を車がクラクションを鳴らしながら走り去っていった。
「もう!ちゃんと左右を見ないから!また病院に行きたいの!?」
「すみません!」
「気を付けてよね!」
「はい!」
カイトとキャンは右を見て、左を見て、安全を確認してからショッピングモールに入って行った。それから二人はショッピングモールで買い物を楽しんだ。そろそろ秋になる時期だったので秋服を買う事にした。キャンは瞳を輝かせて服屋を見た。
「おぉ!今の服屋ってこんなお洒落なのか!」
「僕は女性用は詳しくないですけど、今時こんなもんですよ?」
「そうなのか。見てって良い?」
「その為に来たんですから」
キャンは意気揚々と店内に入って行った。が、しかし突如足を止めた。
「どうしました?」
「いや、私、ほら、身長高いじゃない?私に合うサイズの服って、ここにあるかなと思って……」
「あー……」
確かに。そう思ったカイト。キャンは175cmある。しかしカイトは言った。
「まぁ、見てからでないと何も始まりませんし、とりあえず見てみましょう」
「そう、か……」
カイトは「ほらほら」とキャンの背中を押して店内に入って行った。暫く二人で「あれが良い」「これはどう?」と話している内に、アパレル店員に捕まった。「お客様のスタイルですとこちらのトールサイズなんて如何でしょうか~?」と案内され、色々お勧めされて試着して、褒められて気を良くしてドンドン籠に入れていき、気付けば大量の服を買っていた。服は何枚もの紙袋にギッシリ入れられて、カイトが両手で持っている状態だった。
「どうしてこうなった?」
「分かりません」
「一旦車に置きに行く?」
「いや、俺は大丈夫です」
「そうか?じゃあ次どこ行く?」
「キャンさんの靴を買いに行きましょうか」
二人は靴屋に向かった。靴屋に行くと、サンダルが欲しいとキャンが言うのでサンダルを買う事にした。さっきと同じく店員に捕まり、質問攻めをされた。
「何かお探しですかぁ~?」
「あ、彼女のサンダルを探してて」
「あらぁ、そうですかぁ~。じゃあ足のサイズ測っても良いですかぁ?」
「はい」
キャンは試着用に置いてある椅子に腰かけ、両方の靴を脱いだ。
「……あっ……」
一度は了承し、靴を脱いだキャンだったが、すぐに足を引っ込めた。
「どうしましたぁ?」
「どうしたんですか?測ってもらわないんですか?」
「…………」
キャンは渋々足を出して店員に自分の足を測らせた。すると店員が困った顔をした。
「あら、サイズが……ちなみにどのサンダルにするか決めてますかぁ?」
キャンは二つのサンダルを指差した。
「えーっと、番号は……少々お待ち下さいぃ~」
店員は店のバックルームに入って行った。キャンは複雑そうな顔をしていた。それを見てカイトは疑問に思った。何が引っ掛かっているのかと。
「どうしたんですか、キャンさん?」
「んー……」
「あの店員さんが嫌でしたか?」
「そうじゃなくてだな……」
「じゃあ何なんですか?」
キャンは気まずそうに言った。
「私の体、バラバラだろう?足は父のものだったんだ。だから、普段は男物の靴しか履いてなくて……」
「あっ……それは……すみません!気が付かなくて!」
「いや、気付かなかった私が悪い。ごめんな」
「いえいえ……」
そう話していると、さっきの店員が靴箱を二つ持って小走りにやって来た。
「お待たせしましたぁ~!申し訳ございません!お客様のおみ足に合うサンダルが、こちらの物しか無くてですね……」
「あー……じゃあそちらの商品は、私に合うサイズは無い感じですか?」
「申し訳御座いませぇんぅ!ですがぁ、こちらの商品はぁ、男性のお客様にも人気のサンダルでしてぇ」
「男性用って事ですか?」
店員は「しまった」という顔をした。が、キャンはフォローを入れた。
「大丈夫です。私、足が大きくて男みたいってよく言われるので」
店員はホッとしたのか、明るく言った。
「そうでしたかぁ!申し訳御座いませんぅ!一点ずつ在庫御座いましたぁ!こちらになりますぅ。こちら男女兼用でしてぇ、ユニセックス製品ですぅ。こちらお二つ、お試し下さいぃ」
キャンはサンダルを試しに履いてみた。ピッタリだった。そして何より似合っていた。もう一つのサンダルもピッタリで似合っていた。
「おぉ……良いじゃないですか、キャンさん」
「とても良くお似合いですぅ~!」
「そ、そう……?じゃあ買おうかな」
「ありがとうございますぅ~!」
二つのサンダルを購入し、二人は店を出た。靴が入った袋はカイトが持った。
「レディースの靴屋みたいでしたが、男性も買うんですね」
「そういう癖の人は今の世の中珍しくもないだろう」
「そうですね」
そして次に向かったのは、婦人用下着売り場だった。自分は場違いだろうとカイトは思った。
「俺、外で待ってます」
「何で?」
「恥ずかしいからですよ」
「多分平気だよ。誰も気にしないよ」
「俺が気にするんです」
「私を脱がした時、どんな下着を着ていてほしいか気にならない?」
「俺も選びます」
「判断が早過ぎる」
二人はいくつか下着を買った。ほぼカイトの好みの物ばかりだった。下着が入った袋はカイトが持った。
「君、こんな下着が好きだったんだねぇ」
「恥ずかしいんで言わないで下さい」
「夜が楽しみで仕方ないだろう?」
「正直、燃えます」
「相変わらず素直だな、君は」
二人は少し疲れたので喫煙可のカフェでコーヒーを飲む事にした。カイトは席取りをした。
「あぁ~、重かったぁ~……」
キャンはコーヒー二つとサンドイッチを二つ注文して会計を済ませ、トレーに乗せたコーヒーとサンドイッチを席まで持って行った。
「お待たせ~」
「あぁ、キャンさん。ありがとうございます」
「すまんねぇ。私の物ばっかりで」
「いいえぇ。キャンさんの為ならいくらでも頑張りますよ!」
「ありがとうねぇ、こんなオバーチャンに……」
「実際はオバーチャンって年齢を遥かに超えてる化け物ですけどね」
「五月蠅い。クビにするぞ」
「すんません」
「冗談だ」
「分かってます」
二人はサンドイッチを食べ、コーヒーを飲んだ。キャンは煙草を吹かした。
「一旦、荷物置きに車に戻るか」
「他にも何か買うんですか?」
「君の服と靴だよ」
「俺の服ですか?」
「うん」
「俺の服は大丈夫ですよ」
「いや、もう何年同じ服着てるんだい?いい加減新しいの買い給えよ」
「そ、そうですか?」
「うん。私が選んであげるから」
「分かりました。宜しくお願いします」
「じゃあとりあえず車に戻りましょうか」
二人は車に戻り、荷物を置いて再びショッピングモールに戻った。そこでキャンズセレクトの服を二十着くらい買った。会計はキャンが持った。最初は「自分のだから自分で払う」と言ったカイトだったが、キャンが「いつものお礼。ボーナスだと思ってくれ給え」と言ってお言葉に甘える事にした。その後、靴もキャンズセレクトで三足買った。これもキャンが会計した。
「どうもご馳走様です」
「いえいえ」
そして最後に紳士服売り場に行った。そこでスーツ二着と礼服を一着、ワイシャツを五着、ネクタイを五本、靴下を七足、革靴を三足買った。会計は全てキャン持ちだった。「流石にそれはボーナスが過ぎます」と自分が会計しようとしたが、キャンが無理矢理自分のカードで会計した。
「本当、何から何まですみません……!」
「良いんだよ。私が好きでやってるんだから」
「ありがとうございます!」
二人は再び荷物を車に運び入れた。そして帰る気だったキャンは、助手席に座ろうとした。するとカイトはもう一つ寄りたい所があると言ってキャンを引き留め、もう一度ショッピングモールに戻っていった。着いた先は宝飾店だった。
「宝飾店?何を買うの?」
「僕達の婚約指輪と結婚指輪ですよ」
「えっ」
突然のカイトの発言に言葉を失った。しかしカイトは構わずキャンの手を握って無理矢理入って行った。そして店員のお勧めを聞いたりして、40万円の婚約指輪と、20万円の結婚指輪を二つ決めた。
「キャンさん。もっと高い物でも良いんですよ?」
「いや、私が欲しかったのはコレだから、充分だよ」
「そうですか」
支払いはカイトが持った。車に戻り、二人は一息吐いた。キャンは半分呆れながらカイトに言った。
「君ねぇ、私にも心の準備があるんだよ?」
「すみません。またバイトもあるし、いつ買えるか分からなかったもので」
「まぁ良いけどさ……」
二人は車に戻った。キャンは指輪の受取書を大事そうに抱えていた。それを見て、カイトは嬉しかった。やっと結ばれた、と。そして二人はショッピングモールを出ようとした。するとショッピングモールの入口の方から女性の叫び声が聞こえた。二人は叫び声が聞こえた所に駆け付けると、一人の男性が血を吐いて倒れていた。カイトとキャンは倒れている男性に駆け寄った。男性は山口と書かれたネームプレートを着けていた。キャンは山口の首筋を嗅いだ。
「胃癌だ!」
「早く病院に行きましょう!」
カイトはスマートフォンを取り出して救急に連絡した。
「カイト、救急に連絡!」
「はい!もうやってます!」
キャンは周りに山口の知り合いはいないか叫んだ。すると小山内と書かれたネームプレートを下げた男が駆け寄ってきた。
「山口君!?どうした!?」
「突然吐血して倒れたみたいです!」
「何だって!?」
「貴方はこの方とどういったご関係で?」
「私はここのショッピングモールの従業員です!彼は私の部下です!救急車は!?」
「もう呼んであります!救急車には貴方が同乗して下さい!」
「はい!」
十分程で救急車が到着し、救急車に山口と小山内を乗せて病院に向かった。キャンとカイトも救急車の後ろを車で着いて行った。着いた病院は渋井大学附属病院だった。
「何かと縁がありますね」
「そうだな」
レントゲンやCTスキャン等をし、孝之が担当する事になった。孝之の診察室にキャンとカイトは入って行った。
「やぁ、孝之センセ」
「お疲れ様です、加藤先生」
「また君達か……」
「何かと縁がありますね」
「だね」
「で?診断結果は?」
「胃癌。ステージ4」
「どうしてここまで放ったらかしにしたんだ?」
「仕事が忙しくて食事がままならなかったり、ただの寝不足とかだと思ったらしい」
「吐血したら普通気付くと思うけどねぇ」
「胃潰瘍か何かだと思ったらしい。これ、彼が通ってる近所の内科の病院の診断結果。胃潰瘍ってなってるね。これくらいで会社は休めないって頑張った結果、こうなったらしい」
「藪医者が……」
キャンは静かに怒った。
「今、彼と話せる?」
「あぁ。まさか執刀するつもりか?」
「そのつもりだけど?」
「お前からの治療費、聞いたらきっと断るぞ?」
キャンはニヤリと笑い、言った。
「あの人、きっと再発、転移するよ?」
「何だと?臭いで分かったのか?」
「そう。というかもう転移してる。ここ」
キャンは肺のレントゲン写真を指差した。
「この凄く小さな影?これも癌だって言うのか?」
「そう。まだ出来立てホヤホヤの癌細胞。例えこの二つを治したとしても、この二つは100%再発するだろうね」
「そう、か……」
孝之は少し考えた後、キャンに言った。
「また明日来てくれ。どちらにしろ明日にならないと手術は出来ない」
「分かったわ。行きましょ、カイト」
「はい。失礼します」
「あぁ」
カイトとキャンは病院から帰って行った。途中、車のガソリンが無くなっていたのでガソリンスタンドで給油した。
「まぁたガソリン値上がりしてるよ……」
「電気自動車に買い換えますか?」
「そうするかぁ。でも今日は疲れたし、帰ろう」
「俺だって今日買うつもりありませんよ。疲れてるし」
「だな。じゃあ帰ってご飯にしよう」
「何が良いですか?」
「うーん……あの店のハンバーグが食べたいなぁ」
「あの店って、俺達の職場の店ですか?」
「そう。レシピ、全部覚えてるんだろう?」
「えぇ、まぁ……」
「その肉に癌細胞を混ぜて作ってよ」
「アレンジですか?」
「そう」
「まぁ、良いですけど……あれをアレンジするのは初めてなんで味の保証は出来ませんよ?」
「カイトが作ってくれるなら文句は言わないさ」
「そうですか」
二人は帰宅すると、自分の荷物をそれぞれの部屋に置きに行った。キャンは事務所に行き、煙草を吹かした。カイトは事務所に降りて来て、料理を始めた。やがて作り終えると、ソファの前のテーブルに置いた。
「おぉ、美味そう」
「どうぞ」
「頂きます」
「召し上がれ」
二人はハンバーグを食べた。
「うん。やっぱりあそこのハンバーグは絶品ね。しかも癌細胞が入ってるなんて、美容には持ってこいね」
「美容……その発想は無かったですね」
「そう?私には一番の美容品なのよ」
「成程ね」
料理を食べ終え、カイトは食器を下げて食器を洗った。キャンは煙草を吸った。
「ご馳走様でしたー」
「お粗末様でしたー」
食器を洗い終え、その日は二人は風呂に入り、自室で寝た。
翌日、キャンはスマートフォンの着信音で目が覚め、電話に出た。
「……はい」
「キャンか?」
「あぁ……孝之センセ……?何……?」
「今から来れるか?」
「今って……まだ午前五時なんだけど……」
「患者が急変したんだ。すぐに手術をしなければならなくなった」
「そう……で?」
「お前に執刀して欲しい」
「他にも医者はいるでしょう?孝之センセだって手術出来るでしょう?」
「それが、もう今にも死にそうなんだ。頼む!助けてくれ!」
孝之の必死な言葉にキャンはすぐに起きた。
「三十分で行く」
「分かった。待ってるぞ」
キャンは身支度をして、契約書と朱肉を鞄に入れ、マスクをしてカイトの部屋に行った。
「カイト、仕事だ」
扉を開けると、そこにはもう身支度を済ませているカイトが立っていた。キャンはそれに驚いた。
「俺にも加藤先生から電話がありました。行きましょう」
「あ、あぁ、そうか。じゃあ行こう」
カイトの運転で二人は渋井大学附属病院に行った。
「何で今日はマスクしてるんですか?」
「メイクしてないから」
「あ、そういう事ですか」
病院に着くと、そこでは孝之が待っていた。キャンとカイトを見るなり、孝之は駆け寄ってきた。
「キャン!カイト君!」
「お待たせ。患者は?」
「今、手術室に運んで麻酔を打ってる」
「そう。ご家族は?」
「奥様には手術室の前で待機してもらってる」
「そう。私達の手術の治療費の事は言った?」
「あぁ。快諾した」
「分かった。すぐ行く。カイト」
「はい」
二人は手術着に着替え、手術室前まで行った。そこでは山口の妻の悠乃が待っていた。
「キャン先生ですか!?」
「はい。サイン・キャンです。こっちは研修医の倉部カイトです」
「倉部カイトです」
「先生!どうか主人を助けて下さい!」
「分かりました。ただ、加藤先生からお聞きになっているとは思いますが、我々の治療費は法外ですよ。それでも良いんですか?」
「構いません!だから主人を!どうか……!」
手で祈る形を作る悠乃に、キャンは微笑んだ。
「必ず、救ってみせます」
「お願いします!」
「カイト」
「はい」
カイトは持ってきた二枚の契約書と朱肉とボールペンを悠乃に渡した。悠乃は契約書にサインを書き、判子を押してキャンに渡した。
「契約完了。行くぞ、カイト」
「はい」
カイトは契約書と朱肉を鞄に戻した。二人は手術室に入って行った。麻酔を切り、キャンが自分の血を山口の腕に流し入れた。二人は執刀し、キャンは胃を2/3切除し、カイトは肺の一部を切り取った。四時間程で手術は終わり、二人は手術室から出てきた。
「先生!主人は!?」
「手術は成功です。これで良くなるでしょう」
「そうですか……!良かった……!」
「では我々はこれで。カイト」
「はい」
「あー……眠……」
帰ろうとしたキャンとカイトに、孝之が話し掛けた。
「おい、キャン」
「何?」
「忘れ物だ」
孝之は鞄と切り取った癌細胞をキャンに渡した。
「あぁ、忘れてた。ありがと」
「お前がこんな物を忘れるなんて、大丈夫か?ボケたか?」
「失礼な。無理矢理朝起こされて、頭がボーっとして、ちょっと忘れてただけよ」
「そうか」
「じゃあね~」
「お疲れ様でした!」
キャンは後ろ姿のまま手をヒラヒラさせて歩いていった。カイトは頭を深く下げ、キャンの後を追い掛けていった。二人は事務所に戻り、ブランチを食べた。そしてその後にバイトに向かい、ヘトヘトになりながら事務所のソファにどっかりと座った。キャンは煙草を吹かした。
「あー……もう今日は散々だったよ……ねぇ?」
「疲れましたねぇ……今日はもう店屋物取りますか?」
「そうだな。今日はカツ丼でも食いたい気分だ」
「じゃあ注文しますね」
カイトはネットでカツ丼を注文し、台所に立って癌細胞を炒めておいた。やがてカツ丼が届き、カイトは癌細胞をキャンのカツ丼に盛り付け、二人は食べた。食後、カイトはプラスチックの器と割りばしを捨てた。もう後は寝るだけだと思い、カイトは風呂に入る事にした。
「じゃあお先にお風呂、頂きますね」
「どうぞ」
カイトが風呂に入ろうとすると、キャンが突然大きな声で出入り口の扉に言った。
「開いてますよー!」
すると、一人の女性が顔を恐る恐る覗かせた。
「急ぎの用ですか?」
「はい。これから、すぐに手術してもらいたくて……」
キャンとカイトは顔を見合わせ、肩を落とした。キャンは頭を掻きむしった。
「頼むから寝かせてくれ……」
「仕事が来るだけでも嬉しいと思いましょう……」
二人の忙しい一日は、まだ終わらなかった。この日は長い一日となり、再び渋井大学附属病院に向かい、手術した。手術後は二人して風呂にも入らずそれぞれの部屋のベッドにダイブし、死んだように眠った。
数ヶ月後、二人は小さな教会で結婚式を挙げた。参列者はカイトの親族や友人、孝之と数名の医師と看護師、メイド喫茶サトーの清三と芳江、スタッフ、元スタッフもいた。結婚式は滞りなく進み、二人は夫婦となった。結婚式が終わり、近くのホテルで披露宴をした。メイド喫茶サトーの従業員達が一同でダンスと歌を披露したりして、大いに盛り上がった。そして時間は過ぎ、解散した。
カイトとキャンは披露宴をしたホテルに泊まった。
「これからも宜しくね、カイト」
「はい、キャンさん」
二人は口付けをした。そして結婚初夜を迎えたのだった。




