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08.受け容れる理由

「――それで?」


 ふたりきりの教室。

 エステルはレクトに向かってそう聞くが、レクトは困って頭をポリポリと掻く。

 しかし、それを見て――


「セシリアさんは、頭なんて掻かないッ!」

「きゃっ!?」

「……何で急に、可愛く悲鳴を上げるのよ!?」

「いや……。身体が反応するんだよ、先に……。

 エステルだって、悲鳴は考えてから上げないだろ……」

「ま、まぁ、そうだけど……」


 不意に、話が途切れてしまった。

 まだまだ話すべきことはあるのに、外を見れば――空はもう暗い。


「……ところで、レクト。今日って、どうするの?」

「どう……、とは?」

「レクトの身体に戻らないの?」

「それがさ……。俺の身体、もう寮に帰っちゃったみたいで。

 だからこのまま……また、女子寮かな……、と……」

「……待ちなさい。あなた、セシリアさんの部屋で寝るつもり?」

「だって……。今日はもう、無理だろ……?」


 それを聞くと、エステルは立ち上がり、レクトが憑依したセシリアの腕を取った。

 そして腕を引きながら、教室の外に出ていく。


「ちょ……! 痛いって……!」

「今日は授業を欠席したわけじゃないし、何とか呼び出しなさい!

 男子寮の近くまで行って、誰かを呼び止めて――

 ……それで、レクトの身体を呼んでもらえばいいでしょ!?」


 エステルは興奮気味に、レクトに畳みかけて言った。

 レクトも反論をしたいところではあるが、セシリアの身体はエステルよりも力が弱い。

 そのため、どうしてもエステルの勢いには負けてしまうのだ。

 ……しかし、そこで彼女を呼び止める声があった。


「――お。エステル、ちょっといいかな?」

「あ、先生。はい、何でしょう?」


 声の主は、2年生の学年主任の教師だった。

 エステルは素直に、教師の呼び掛けに応じていく。


「ずっと探していたんだ。

 夕方頃、食堂でセシリアを怒鳴り飛ばしていたって……本当か?」

「えっ!?」


 エステルはレクトの方を見た。

 先ほどまでは空いた教室にいたが、その前は――確かに、食堂にいたのだ。


「お前がいじめや暴力をするなんて思いもしていないが……セシリアを心配する声が多くてな。

 セシリア、何か問題は無かったか?」

「えぇっと……。はい、もちろんです?」


 レクトの言葉に、教師は眉をひそめる。


「……いつもと様子が違うぞ? 本当に大丈夫か?」

「ご、ごほん。はい、大丈夫ですわ♪」

「そうか……?

 ところで、今はどこに向かっているんだ?」


 今からレクトの身体を迎えに、男子寮に行くところ――

 ……なんてことは、エステルは言えなかった。

 男子寮へ行くこと自体、女子としては問題があるのだ。


「きょ、今日はもう寮に戻ろうかな、って……。ね、セシリアさん?」

「え? でもさっき、男子寮へ――」


 その言葉を打ち消すように、エステルはレクトの足を思い切り踏んだ。

 レクトは痛みを顔に出さないように――声もおかしくならないように、どうにか絞り出す。


「……い、今から……女子寮の方に……、戻るところ……、ですの」

「ふむ……。お前らのことは信じているが、少し怪しいな……。

 ひとり、付けさせてもらうぞ?」


 そう言うと教師は、どこからともなく2年生の女子をひとり、連れてきた。

 その女子には事情を話していなかったが、最後まで見送ってから報告するように――と、指示まで出していた。


「わーっ♪ セシリア様とエステルさんと一緒なんて、みんなに自慢できるよ!

 さ、戻ろ~♪」

「そ、そうね……。ごめんね、手間を掛けさせて……」

「恩に着ますわ♪」


 苦笑いするエステルと、それらしく笑うレクト。

 ふたりは監視のもと、女子寮に向かっていった。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 ――翌日、レクトはセシリアの部屋で目が覚めた。

 最低限の記憶を辿ったところ、彼女には早朝からやることがあるらしい。


 聖女の職才を持つ女子たちが集まって、神に祈りを捧げたり……。

 学院内のゴミを拾う、清掃活動をしていたり……。

 時間に追われる中、それでも優雅に、まわりには優しく、授業も真面目に――

 ……気が付けば、すぐに放課後になってしまった。


「ほら、レクト! あなたの身体、連れてきたわよ!」

「お、おう……」


 レクトは自分の身体を前に、憑依を解除した。

 パチッと弾ける音がすると、目の前にはセシリアの姿が見える。


「……ふぅ、解除したぞ」

「はぁ……、一安心。セシリアさんは、どうですか?」

「――あら、終わったんですか?」


 セシリアはそれだけ言うと、動きを止めて……少しだけ考えを巡らせていた。

 そして、レクトとエステルの顔を見て、改めて喋り出す。


「なるほど、これが憑依スキルですか。

 確かに……憑依中のことは、わたくしの記憶として残るようですわね」

「ああ。俺も元の身体に戻ったあと、同じような感じだから――感覚は分かるぞ」

「意識して憑依されると分かるんだけど、そうじゃないと分かりづらいのよね……」


 エステルの言葉に、セシリアが反応する。


「お久し振りです、エステル様。

 ……レクトさんの憑依中、昨日からお話はしているとは思いますが♪」

「セシリアさんも、こんなやつに憑依されて大変ですよね……」

「いえいえ、わたくしがお願いしたのですから。

 ところで――……レクトさん? まだ、レポートは書いていませんよね?」


 セシリアの目が、レクトに向けられる。

 その言葉に疑問を持ったのは、エステルだった。


「あの……。レポート、というのは……?」

「……レクトさん?

 エステル様には、その辺りをお伝えしても?」

「うん。俺の憑依のことを知ってるのは、エステルとセシリアだけだからな」

「なるほど。それではエステル様も質問があるでしょうし、お茶会でも開きましょう♪」

「え? さすがにそういうのは――」

「わたくしが懇意にしているグループが、良い応接室を持っているのです。

 それでは参りましょう!」


 優雅に歩き始めるセシリアに、レクトとエステルは自然と付いていってしまう。

 しばらくすると、セシリアとエステルが仲良く話を始めたが――

 ……珍しい組み合わせに、まわりの生徒たちの注目を浴びていた。


 この調子なら、ふたりの不仲を囁く者は減っていくはず。

 ……レクトは少しだけ、昨日の失態を挽回できた気がした。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 セシリアは応接室に着くと、紅茶とお茶菓子を出し始めた。

 準備は手際よく終わり、3人は優雅なテーブルで話を進めることになった。


「――さて。

 エステル様が聞きたいのは、わたくしがレクトさんに憑依されたい理由……ですわね?」

「は、はい! そうです!!」

「……そういえば、エステルは何で敬語で話してるの?」


 冒頭から話を逸らすレクトに、エステルは目を細めた。


「素敵な人、だから。私の憧れ……っていうのかな?

 でも、そういう人は多いわよ?」

「へぇ、そんなものなのか……。

 ……あ、すまない。セシリア、話を続けてくれ」

「レクトさんには、昨日お伝えしたはずですけどね?」

「いや、俺ももう一度聞きたい――っていうか?」

「うふふ♪」


 そう笑うと、セシリアは紅茶に口を付けて、ひと息ついた。

 ただそれだけの所作なのに、とても優雅に感じられる。


「――『自分』という存在について」

「え?」

「先ほどエステル様が仰った通り、わたくしは――

 ……素敵、とか、憧れ、とか。そういう目で見られておりますの」

「はぁ……。セシリアは、そう思われてる自覚はあるんだな……」

「ええ。でも、人は何故、人はどこで、そういった思いを抱くのでしょう。

 わたくしは……立場や価値観、性格や身体的な特徴――そういったものが、複雑に絡み合っていると思うのです」

「は、はぁ……」


 先ほどまでとは打って変わって、小難しい話が飛んでくる。

 エステルはその勢いに、少したじろいでしまった。


「レクトさんの憑依スキルは、おそらくは魂の部分。

 ……魂というものは未だ解明されておりませんが、きっと感情や一部の記憶も司るのでしょう」

「うん……?」

「それを前提とした場合、わたくしが『こう』と感じたことを、違うわたくし――

 ……レクトさんに憑依されたわたくしは、『こう』と感じるのでしょうか。

 それとも、違う感想を抱くのでしょうか」

「……え、えぇっと……?」

「わたくしではない誰かが、わたくしの身体を通して――何を感じて、何を考えるのか。

 聖女として振る舞うわたくしが、何を以ってそう認識させているのか。

 それを知るため、レクトさんには憑依中のレポートを依頼しているのです」


 セシリアの話を聞きながら、エステルはきょとんとした顔を見せていた。


「……ところで、レポートの話なんだけど……。さすがに、昨日の今日では無理だよ」

「わたくしに憑依していると、やるべきことが多いですから。

 ですので、あまり急がなくてもよろしいですよ?」

「うん、スケジュールがいっぱいだった……。

 やたらと男子から声も掛けられて時間を食ったし、それに――」

「よく、身体の方も見られたでしょう?」


 セシリアの言葉に、レクトは目を逸らした。

 彼女の身体は美しいラインを見せており、特に胸まわりが……魅力的なのだ。


「そ、それはそれとして! イメージを守っていくっていうのも大変なんだな、って。

 エステルもごめんな。何だか、セシリアをいじめてるような空気を作っちゃって……」

「う、ううん。あれくらい大丈夫。

 それにしても――セシリアさんの言ってること、よく分からなかったんだけど……」

「大丈夫、俺も分かってないから」


 そんなふたりの会話に、セシリアは不満そうに笑う。


「少なくとも、レクトさんには分かっておいて欲しいのですが……。

 そうしないと、レポートは良いものになりませんし」

「うーん、何とかするよ……」

「憑依したあとは、わたくしの記憶を覗けるんですよね?

 何か分からないことがあれば、是非そちらから――」

「待って!? ちょっと、待って!!」


 エステルが突然、大きな声を上げた。

 その声は、セシリアに向けられている。


「セシリアさんは、憑依をされて……頭の中を覗かれても、大丈夫なんですか!?」

「全てを覗かれるのは好ましくはないですが、必要な部分でしたら……」

「た、他人に自分の深い部分を知られるんですよ!?」

「トレードオフ――何かを得るには、何かを犠牲にしなければいけないのです。

 申し訳ありませんが、邪魔をしないでくださいまし♪」

「セシリアさんって……、そういう人だったんですね……?」


 デメリットを踏まえた上で、メリットを手に入れる。

 感情としては分かりたくない。自分とは異なる、強烈な価値観――


「――わたくし、エステル様とも仲良くしたいですの。そんな目で見ないでください」

「あ……ごめんなさい。私も、普通に仲良くする分なら……嬉しいですよ?」

「あらあら……。レクトさんを通じれば、より深く理解し合えると思いますのに……」

「そ、そこまでは結構です!

 ……あ、セシリアさんが嫌、っていうことではなくて!?」


 セシリアは紅茶を口にしてから、寂しそうに続ける。


「――でも、これがわたくしなんですの。気持ち悪いでしょう?」

「そんなことはない、と思うぞ?

 簡単に言えば……自分探しみたいなものだからな。多少、そこが他人と違うだけさ」


 レクトの言葉に、セシリアは顔を明るくした。


「ふふっ、さすがレクトさん。またしばらく、憑依してくださいましね?」

「え? し、しばらくって……!?」


 何より驚いたのは、エステルだった。


「理解が浅いまま、憑依して書いたレポートなんて……及第点は差し上げられません♪

 それに、わたくしのことは……1日だけでは、理解できませんよ?」

「ちょ、ちょっと……! レクト、そろそろ断りなさいよ……!」

「ダメですよ、エステル様♪

 レクトさんとは誓約を交わしたんです。わたくし、まだ満足はしていませんから」

「そ、そうだった……。誓約が……あったんだ……」


 エステルはレクトを見て、頭を抱えた。

 右足の解決の対価であるなら――レクトとしては、それくらいやってしまうか。


「……そんなわけで、もう少しだけ……憑依する予定なんだ。ごめん……」

「はぁ……。ずるずる延びないように、しっかりレポートを書くのよ……?」


 ふたりのやり取りを見ながら、セシリアは嬉しそうに微笑んだ。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 ――夜、女子寮のセシリアの部屋。

 完璧に整ったこの空間は、やはり緊張してしまう。

 そんなことを思いながら、身のまわりのことを全て済ませ、レクトはベッドに腰を下ろした。

 しっとりと濡れた長い髪を、何となく弄びながら……翌日のスケジュールを、彼女の手帳で確認する。


 ……朝の予定は、今日と同じような感じ。

 授業のスケジュールも、同じ感じ。

 セシリアは教師から当てられやすいから、そこだけは注意が必要……。

 あとは放課後、懺悔室で5人の悩みを聞くようだ。


 ――これこそが、明日の難関。

 セシリアとして聞くわけだから、誓約も結ばなければいけない。

 つまり、懺悔室で見聞きした内容は……誰にも漏らすことができない。


「……不安だなぁ」


 憑依した人間の生活をなぞるだけなら、大変なことはあるが、どうにかはなりそうだ。

 ただ、セシリアのような特殊な場合は――


 ……ふと、手帳に挟まるメモ紙が目についた。

 懺悔室の予約まわりを手伝ってもらっている――聖女候補の女子から、別れ際に受け取っていたものだ。

 予約をひとつ、強引にねじ込まれた……と、言っていたっけ。

 レクトはそんなことを思い出しながら、折り畳まれたメモ紙を静かに開く。


「……あれ? フローラ先生……?」


 ――メモ紙に書いてあったのは、レクトもよく知る人物の名前だった。

 しかし、そこで話されるであろう内容は……当然ながら、想像することはできなかった。

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