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06.ふたりの約束

「――剣術の授業を受けたい?」


 フローラの執務室。

 剣術の教師らしく、あちこちに剣や魔物の模型が飾られている。

 彼女の言葉を受けて、レクトが続ける。


「はい。やっぱり俺は、剣術を捨てられないようで……」

「でも、ポーターの授業を受けているでしょう? そっちはどうするの?」

「時間がかち合うので、やめようと思います。

 ただ、そちらの先生にも相談していて……時間の合間に、いろいろ面倒を見てくれる、とは言って頂きました」

「ふぅん……」


 フローラは椅子から立ち上がり、レクトを頭から足元まで見ていく。

 やはり気になったのは、かつてレクトが怪我を負った右足ではあるが――


「……ポーターの方でも、頭角を現してきたのに?」

「そう言って頂けるのは嬉しいですが、まだまだです」

「それなら、今のまま続けるべきでは?」

「いえ……。

 最近いろいろなことが重なって、剣術に戻りたいんです」

「……右足は、大丈夫なの?」

「昔ほどは、まだ……。でも、やりようは他にもあると思うんです。

 それを探しながら、剣術を磨いていきたいと考えています」


 レクトの目は真っすぐだった。

 軽い気持ちで言っているのではない……と、それは分かる。

 そんなレクトを、剣術の道に復帰させるべきか――


 ……フローラはしばらく考えた。

 ただ、彼女としては……それも良いかもしれない、と思い至る。


「……はぁ、分かったわ。でも、しっかり付いてくるのよ?」

「――ッ!

 はい、ありがとうございます!!」

「毎日毎日、あんなに修練場で剣を振っていたんじゃね……。

 ま、これからはあまり無理をしないようにね?」

「わかりました……!!」


 レクトはそう言い残すと、フローラの執務室を出ていった。

 ひとり残されたフローラは、窓の外を見下ろして――嬉しそうに、口元を緩ませた。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 レクトが廊下に出ると、そこにはエステルが待っていた。

 彼女は急いで駆け寄ってくる。


「授業のこと、どうだった?」

「ああ、参加できることになったぞ!」


 レクトは嬉しそうに、エステルに伝えた。

 それを見て、エステルも嬉しくなって――レクトの腕に、抱き着いていく。


「これから、一緒に受けられるね! 頑張ろうね!」

「おう! ……それで、あの、エステル――」

「うん?」

「胸が……当たってる……」

「え……? きゃぁ!?」


 レクトの言葉に、エステルはすぐに腕を離した。

 そして不満げな顔で文句を言う。


「そういうこと……あんまり、意識させないでよ!」

「無理を言うなよ……」


 ふたりの溝は、時間と共に塞がっていった。

 ただ、少しだけ……ぎこちないところは残っている。


「――ところで今日も、修練場に行くだろ?」

「もちろん! 私がしっかり、稽古をつけてあげるからね!」

「ははは、お手柔らかにな」



 ――修練場。

 放課後でも早い時間帯は、多くの生徒が利用している。

 ただ、レクトとエステルはその中でも特に常連だった。

 ふたりはいつもの場所を確保して、相対する。


 ……向かい合って静かに頷き、木の剣が力強くぶつかり合う。


 剣聖を目指す2年生。

 学年内でも人気のある、可愛いのにとんでもなく強い――エステル。

 右足の怪我で燻ぶっていたものの、入学時点では最も期待されていた――レクト。


 まわりの生徒はどうしても意識せざるを得ず、ついつい視線が向かってしまう。

 しかし当のふたりは気にすることもなく、互いに剣を打ち合っている。


「右足がお留守よ!」

「ちっ! そんなに狙うなよ!」

「戦いの途中、敵にもそう言うつもり!?」


 エステルは容赦なく、レクトの弱点を攻め立てる。

 しかしそれこそが、レクトにとっては一番嬉しかった。

 お互い、レクトの弱点からは目を逸らさない――



「――ごめん!!」


 打ち合いが終わると、エステルがすぐに謝ってくる。

 これも、いつも通りのことだった。


「いや、うん……。お前、二重人格なの?」

「そんなことは無いんだけど……!!」


 修練中は容赦が無いのに、それが終わると優しくなる。

 今も、右足を狙い続けたことを謝っているのだ。


「お前も言ってただろ? 敵は待ってくれないんだ、って。

 だから弱いところは意識して、毎日考え続けないと……」

「でも、そうは言っても……動かないものは、仕方がないでしょ?」

「動かないなら、動くまで動かすんだよ」


 レクトの言葉に、エステルはきょとんとした。

 ただ、すぐに思い出した。レクトは努力の人間なのだ……と。


「それは立派だけどね?

 でも、それでも難しいことは――……むぎゅっ!?」


 エステルの頭を、レクトが優しく押さえ付けた。

 言いたいことはレクトにも分かっている。十分に認識している。


「……この学院には、いろいろな職才の生徒が集められているだろ?

 だから、何か手掛かりがあるかもしれない……。

 それがダメでも、外にはもっと凄い人たちがいると思うんだ」

「まぁ、そうだけど――

 ……ううん。そうだよね」


 エステルは否定の言葉を飲み込んで、レクトの言葉に頷いた。

 自分たちはまだ学生の身であり、知らないことは多すぎる。

 だからこそ、最初から諦めてしまうことは――今の自分たちには、似合うものではない。


「……でも、当てはあるの?」

「具体的には無いけど、まずはいろいろと当たってみないと。

 俺はポーターの人たちとも、面識があるからさ」

「あー、なるほど。ある意味、パーティの中心だもんね」


 ポーターというのは、荷物持ちという仕事もあるが――

 ……その職才を持つ人々は、それ以外の仕事も多く受け持っている。

 荷物管理や備品の準備、迷宮でのマッピング、戦闘補助、戦利品の査定や分配など……。

 その分、信頼が無ければ成り立たない立場でもあるのだ。


「まぁ、それだけで上手くいくとは限らないけどな」

「いくよ! ……きっと上手くいくよ!」

「ははっ。ありがとな」

「ふふっ♪ どういたしまして……!」


 ふたりの間を、優しい風が吹いていく。

 ふとしたタイミングで、レクトが口を開いた。


「ところで、エステルに伝えたいことがあるんだ」

「え?」


 不意の言葉に、エステルの頬が少し赤くなる。


「――あ、いや。剣術のことで……」

「う、うん? そうなんだ? え、何か変なことしてた?」

「いや、そうじゃなくて……。

 でも、少し言いにくいんだけど――」

「そこまで言ったら、言うしかないよ!?」

「そ、そうだよな?

 えぇっと……ほら、俺が最後に憑依したときにさ」

「う……? い、今さら……?」


 レクトがエステルに憑依した、最後の夜――

 ……そのときは、幸福感が満ちていたような気がする。

 ふたりとも、どこか恥ずかしかったため……今の今まで、話題には上げてこなかったのだ。


「う、うん……。ちょっと、切り出しにくくて……。

 でも、気になったことは全部、伝えようかな……って」

「わ、わかった……。でも、レクトが照れると、私も照れちゃうんだけど……」

「話自体は、真面目な話だからな……?」

「うん……!」


 レクトはエステルに憑依して剣を振るう中で、ひとつの可能性に気が付いていた。

 ……剣気の発現。

 それを身に着けられれば、剣聖候補という立場から、剣聖という立場に上がることができる。

 剣聖の職才を持つ者にとっては最初の大きな壁であり、レクトはエステルに、丁寧に話をしていった。


「――たぶん、集中力が大切だと思うんだ。

 全体を俯瞰してみるのも大切だが、一点に集中して――そうしたら、何かが開けそうな感じがしたんだよ」

「なるほどぉ……。私は全体を見ようとしてばかりだったから……。

 ほら、私は速度重視の剣でしょう?」

「ああ、授業でもそう教わるだろうしな。

 だから、ひとりで修練する場合は……そっちの意識を持った方がいいのかな、って」

「ふむ……。発現の条件は人それぞれ、違うからね……。

 うん、ありがとう。その方向で、試してみるよ」

「ああ。俺もすぐ追い付くからな」

「ふふっ、そうだね♪」


 エステルはふと、レクトの右足を眺めた。

 以前よりも、力強く立っている足。これからも、その強さは増していくはずだ。


「――ところでさ。

 憑依スキルって……これからどうするの?」


 彼女の中で、ずっと避けていた話題。

 しかし今なら、素直な気持ちを聞けると思った。


「ああ……。一度覚えたスキルは、失うことができないからな……」

「そうだよねぇ」

「エステルも、こんなものを使って欲しくはないだろ?」

「私に憑依するのは、絶対にダメだよ!!

 ……でも、レクトはその痛みを分かってくれたでしょ?」


 エステルの言葉に、レクトは静かに頷いた。


「だから、そんなレクトが必要だと思ったときは……使っても良いんじゃないかな?

 でも、気軽に使うようなスキルではないからね!?」

「それはもう、承知しております……」


 レクトは殊勝に、エステルに答えた。

 それを見て、エステルも満足そうに頷く。


「私には使わないこと。

 どうしても、ってとき以外は使わないこと。

 あとは――使ったら、私にちゃんと報告すること」

「……ああ。そういうルールがあった方が、俺も楽だな……」


 大きな責任を、少しだけでも――自分ではないところに、分かち合うことができる。

 本来はひとりで背負うべきかもしれないが、その責任はあまりにも大きすぎるから――


「……さて、まだ時間があるな」

「うん。もう一戦、続ける?」

「ああ、もちろんだ!!」



 ――ふたりは再び剣を握り、修練場の中へ進んだ。

 剣聖として大成する夢。共に冒険する夢。

 それを、一緒に叶えるために――

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