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05.沈黙の中で

 エステルの突然の言葉に、レクトは絶句した。


 何かを隠していないか――

 ……彼女からそう聞かれて、一瞬で頭がパンクしたのだ。


「えっと……。

 突然、どうしたんだ……?」


 かろうじて出た言葉は、とても弱々しかった。


「レクトは最近、また剣術を始めたでしょう? 私はそれが嬉しいの。

 でも、それと一緒に……私のまわりで、おかしなことが起きているの」


 エステルの目は、真っすぐだった。

 レクトはそれをまともには見られず、ついつい、目を背けてしまう。


「――ほら」


 エステルは短く言うと、レクトから距離を取った。

 そしてその距離を一定に保ちながら、レクトの周りを歩き始める。


 ……強引に憑依すれば、話を逸らせる。


 レクトは一瞬そんなことを考えてしまったが、振り払うように首を振る。

 エステルはそんな彼を見て、少しだけ安心した。


 そろそろ、レクトの周りを2周し終わる――

 そんなタイミングで、レクトは意を決したように、エステルを見つめた。

 エステルは足を止めて、レクトに向き直る。


 ……昔からこうだった。

 言いにくいことがあるとき、何でもない時間を作って、話すタイミングを互いに窺う。

 ただ、今までで一番……言いにくいことなのかな。エステルはそう思った。


「……あのさ。俺……、スキルを覚えたって話をしただろ……?」

「うん。私に使ったんだよね?

 ……スキルの名前も、教えてくれなかったけど」


 エステルは少しだけ、拗ねたように言う。

 実際のところ、彼女もその存在をしばらく忘れていたのだが……今は、それを言う必要も無い。


「……ごめん。最初は本当に、興味本位で使ったんだ……。

 ただ、その……。正直、スキルの名前も、効果も、言いづらくて……」

「ふーん?」


 ある意味、エステルは安心した。

 最近起きている不思議なことは、レクトのスキルが原因なのだ。

 それならもう、そこに向き合っていくだけで良い。

 正体不明なものより、厄介であっても具体的なものの方が――よっぽど扱いやすい。


「それで? ……効果はいろいろ長くなっちゃうかもね。

 スキル名だけ、まずは教えて?」

「う、うん……」


 スキルは名前だけでも、それなりに効果を推測できる。

 ……ただ、それにしても名前だけで……そんなに答えにくいものだろうか。

 少なくとも自分に対しては、悪意を持ってスキルなんて使わないはず――

 彼女にはそんな自負があった。


「――……憑依。

 憑依って、スキルなんだ……」

「ひょう、い?」


 エステルはしばらく考えたが、そんな響きの単語は、ひとつしか知らない。

 他人の身体に乗り移るような――……そんな意味。


「迷宮で、古ぼけた鏡を見つけてさ……。それを覗き込んだら、自然と覚えたんだ。

 ……エステルに話したあと、初めて使って……」


 そこまで話すと、レクトは……いつの間にか俯いていた顔を、少しだけ上げた。

 エステルは……顔を赤くして、身体を少し震わせて、レクトを凝視している。


「――……え? もしかして、私の身体に……憑依してた、の?」

「……ごめん。本当に、ごめん……」

「昼休みに、スキルの話をして――

 その、すぐあと……から、だよね……?」

「うん……」

「……え? いや、ちょっと待って? でも、私……ずっと記憶があるよ?」


 レクトの言葉に、エステルは混乱した。

 今はその辺りも、はっきりと伝えなければいけない。


「俺が憑依していたときのことも、記憶に残るんだ。

 だからその間の記憶も、欠落するとかは無いはずで……」

「それじゃ……私が見たこととか、聞いたことも……全部、レクトは知ってるの?」

「うん……。

 厳密には、俺が見たこと、聞いたことを、エステルも覚えている……っていうか」

「――それって……全部、なんだよね?」


 エステルの言葉に、レクトは返事をできなかった。

 ただ、首を縦に振るだけ……。

 エステルは顔を両手で押さえて、そのまま言葉を続ける。


「……今は、憑依してないんだよね?」

「ああ……。でも、最近までずっと……。夜、修練場で憑依していたんだ。

 ――そうすれば、剣を心置きなく振るえるから……。だから、エステルのことを無視して、ずっと甘えて……」


 レクトはエステルの身体を使って、自分のための修練をしていた。

 その結果、エステルの剣筋に、彼のものが混ざってしまったのだ。


 ……今の状況と、レクトの言っていることは合致する。

 そもそも、レクトがこの期に及んで嘘をつくとは考えられない……それはエステルも認識していた。

 しかし――



「――気持ち悪い」



 そんな言葉が、ふたりの間に小さく響く。

 そして、間が空く。レクトはその空気に耐えきれず、再び顔を俯かせる。


「本当に……そうだよな。

 本当に……自分勝手で、申し訳ない……」

「本当に、本当に――って言うけど。本当に分かってるの!?」


 エステルがレクトに、力強く詰め寄った。

 その勢いに圧されて、レクトは思わず後ろに下がってしまう。


「自分の身体を勝手に使われて!

 自分の頭の中を勝手に覗かれて!

 自分の生活も、勝手に踏み込まれてッ!!」


 ……その叫びのあと、エステルの拳が……こつん、と、レクトの胸を叩いた。


「私は――」


 エステルの目から、涙が零れる。


「――何もかも。

 私の気持ちも何もかも……、信じられなくなっちゃうんだよ!?」


 エステルの拳が、何度もレクトを打ち付ける。

 レクトはそんな彼女を――抱きしめられるはずもなく、受け止め続けるしかなかった。


 自分本位で使った力が、彼女を傷つけた。

 分かっていたが、そこから逃げていた。

 あまつさえ、自分の夢のために、彼女を使ってしまっていた。


 ――最低だ。

 ようやく生まれたレクトの思考は、そこから抜け出すことができなかった。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 ――いつの間にか、ふたりは修練場にあるベンチに座っていた。

 時間は過ぎ続け、沈黙もまた続いている。

 無限にも思える時間の中、先に口を開いたのは……エステルだった。


「――……まったく。本当に……最ッ低ッ」

「……ごめん」

「さっきから、それしか言わないんだね……!?」

「……それしか、言えないんだ……。

 償いなら、何でもするから……」


 俯き続けるレクトに、エステルは溜息をついた。

 感情を永遠に爆発させることは難しく、どこかで何かの結論を出さなくてはいけない。

 たとえ、その行いが最悪なものだったとしても――


 ……ただ今回については、レクトが剣術に戻ってきた……という事実もある。

 エステルは、それだけは素直に嬉しかった。


「――私との約束……、覚えてる?」

「……剣聖として一緒に大成して、一緒に世界を冒険する……」

「うん、よろしい」


 エステルは顔を押さえて、強引に笑顔を作り出した。

 しかしレクトは、そこに残る涙の跡を見て……胸が苦しくなってしまう。


「でも、いくら理由があっても……お前の身体を使ったのは――」

「もう、いいよ」


 レクトの言葉を、エステルが遮った。

 思わず顔を上げたレクトを、エステルの瞳が間近に覗く。


「……本当に、もういいから。今、許さないと……ずっと、許せなくなっちゃう……。

 でも、約束して? 明日からは、私に憑依するのは禁止だよ?」

「も、もちろん……!」

「次に憑依したら、本当にもう、絶交だからね?

 次は絶対に、本当の本当に、許さないからね?」

「ああ……!

 ……ありがとう! 本当に、ありがとう……!!」


 声を震わせて、泣くレクト。

 17歳にもなってこんなに泣くだなんて、情けなくもあるけど――


 ……ただ、抱えていた罪悪感を思うと、少しばかりの同情はしてしまう。

 そして、このままの彼を放っておくのも……やはり、心配ではある。


「――最後にさ。その……提案が、あるんだけど」

「う、うん! 何でも聞くぞ!?」

「へぇ? 可愛い服とか、高級料理とか、おごってくれるの?」

「それくらいなら、何でも大丈夫だ!!」


 そんなレクトを見て、エステルはようやく、少しだけ笑えた。

 そして言葉を続ける。


「それじゃ、最後に1回だけ……。私に、憑依してみない?」

「え!? ……な、何で? さっきはもう、禁止だって……」

「明日から……、って言ったんだよ。

 そもそもレクトは、ずっと罪悪感を持ちながら……私に憑依していたんでしょ?」


 思わぬ言葉に、レクトは静かに……首を縦に振る。


「私はいつの間にか、知らない間に憑依されてたの。

 だから最後に、お互い納得の上で――……その、そういうのも良いかなって。

 そうしないと、これからずっと……今日が、最悪の思い出になっちゃうから……」

「そ、そんなことは――」

「レクトもまだ、足の感覚は掴めていないんでしょ?

 これが最後の機会だよ? ……やめとく?」


 エステルの声は、微かに震えていた。

 彼女が思い切った提案をしている――というのは、レクトも理解できる。

 本来であれば、こんなことは提案できるものではない。

 しかし、これからのふたりの関係のために……彼女は言ってくれているのだ。


「……本当に、良いのか?

 俺としては、とても救われるが……」


 その言葉に、エステルはいつも通り手を差し出した。

 レクトはためらいながら、その手に……優しく触れる。


「えへへ……。緊張、するね」

「……ああ」



 ――これからも、一緒にやっていけるかな。

 ふたりの想いは、暗い夜空の下で……静かに、重なっていった。

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