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04.静かな疑念

 月が変わり、再び授業が始まった。

 月の前半は授業を行い、後半は自由行動となる――

 ……それがヴァルセリア学院の学業制度だった。


「なぁ……レクト。お前、何だか雰囲気が変わってない?」

「そうか?」


 少し柔らかかった雰囲気が、どこか尖ってしまっている。

 この数週間で、一体何があったのか――

 ……レクトの友達は、そんな疑問を抱いてしまった。


「俺は冒険に出ていたけど、お前はどこにも行かなかったんだろ?

 ポーターは現地に出ないと、学ぶことが少ないんじゃないか?」

「……そんなこともないさ。ただ、俺は――」

「うん?」

「――……いや。……疲れたから、寝る」

「おいぃ!?」


 レクトはエステルをちらっと見てから、そのまま机に突っ伏した。

 そんなエステルも、彼女の友達に囲まれている。


「ねぇ、エステル……。また、疲れてない?」

「先月の後半は、ずっと学院にいたんでしょ?」

「あはは……、そうなんだけどね。ちょっと修練場で――」


 ……レクトが剣を振る様子を、ずっと見ていた。

 ただ、あの雨の日から――何故か自分も、剣を振るようになっていた。

 それに対して、エステルは気持ちの悪い疑問を抱えていた。


 何で自分は、あそこまで鬼気迫る勢いで……剣を振っているのだろう?

 レクトなら分かる。彼は破れた夢を、また追い掛け始めたのだ。

 それなら自分は――……それに感化されて?


 剣を振るときの感情が、自分でもよく分からない。

 まるでレクトの悲痛な叫びを、自分でも代弁しているような……。


「……うん。ちょっとね、自分の剣術を……見直したくて?」

「おお、カッコいい! さすが我らのエステルちゃん……!」

「いつか、絶対にパーティを組もうね!!」

「あはは。評価しすぎだよ……」


 そう言いながら、エステルはレクトの方を見た。

 彼は机に突っ伏して眠っている。

 剣術をやってくれるのは嬉しいけど、それにしても――


 ……ちゃんと授業を受けないと、単位が取れずに留年してしまう。

 あとで、しっかり……それだけは伝えておかないと。

 エステルはそんなことを思いながら、静かに舟を漕いでいた。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 午後、エステルは剣術の授業に出ていた。

 場所はいつも通り、屋外の修練場。毎日レクトを見守っている場所でもある。


「それでは、今月は対人での戦いを見ていきます。

 対戦形式で進めますので、怪我はしないように――」


 剣術の教師であるフローラの言葉に、生徒たちは喜んだ。

 授業でいくら魔物を想定しても、それはあくまでも仮の話。

 しかし対人戦となれば、分かりやすい敵が周りにたくさんいる。

 ……それに加えて、自分の立ち位置を知らしめることができるのだ。


 エステルも対人戦は好きだった。

 かつてはレクトと木の剣を交わして、一緒に遊んでいたものだ。

 今となっては、それも昔の思い出ではあるが――


「――次ッ! エステルさん、出てきて!」

「はい!!」


 フローラの呼び出しに、エステルは力強く応じた。

 戦いに入るまでに、しっかりと気合を入れなければいけない。

 本気でやらなければ、成果は付いてこないのだから。


 相手は3年生の、エステルよりも身体の大きな男子。

 どことなく、体格がレクトのものと重なってしまうが――

 ……いや、今は忘れよう。

 レクトと重ねたところで、何の意味もない。


 邪念を振り払ったエステルは、正面から剣を激突させた。

 さすがに腕力が違うため、すぐに押し戻されてしまう。


 エステルの剣が押し戻されたところで、相手の攻撃が次々と叩き込まれる。

 なんとか剣を合わせて防御をするも、このままでは単純に押し負けてしまう。

 エステルは逆転を狙って、彼女ならではのステップを踏んだ。

 しかし相手はそれを見越して、さらなる追撃を掛けていく。


 このままでは負け――

 ……そう思いながら身体を翻した瞬間、宙に飛ばされたのは、相手の剣だった。


「――……あれ?」

「はぁ、オレの負けだ。

 それにしても、身体に似合わず……強引な剣を使うんだな」


 その言葉に、エステルはきょとんとしてしまった。

 静かにたたずむエステルに、フローラが声を掛ける。


「本当にね、いつの間にあんな剣筋を学んだのかしら。

 何回も練習しないと、咄嗟に出ないはずよ?」

「何回も……? そ、そうです……ね」

「それに、さっきのはレクト君の剣筋に近かったわ。彼から教わったの?」

「いえ。一緒に修練場にはいますが、そういうのはないです」

「そうなんだ?

 ……まぁ、あなたには合わない剣筋だから、元に戻した方がいいわよ」


 そう言うとフローラは、別の生徒を指名して、引き続き授業を進めていった。

 エステルは次々と行われる戦いを見ながら、言い知れない不安を感じてしまう。


 ……剣術というのは、見ているだけでも修練としては成り立つ。

 しかし、『知ってる』のと『できる』のは、完全な別物。

 エステルの剣筋がレクトのものに近くなった……というのであれば、自分が修練場でなぞっているのは、レクトの剣筋のはず。

 それなのに、自分にはそんな意識はまるで無い――


 ……エステルは吐き気をもよおした。

 思い返せば、いつかの日――レクトが新しいスキルを覚えたと言った日から……何かがおかしくなった気がする。

 そういえば、すっかり忘れていたけど……そのスキルって、一体……何だったのだろう?


 エステルの思考は堂々巡りになり、何をどうして良いのか分からなくなった。

 ただ、それでも――

 ……彼女はレクトの待つ、放課後の修練場に向かっていくのだった。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 ――自分の修練した内容を、細かく覚えておこう。


 エステルはそう思った。

 もしかすると、全て自分の気のせいかもしれない。


 今日も修練場に行って、レクトと落ち合う。

 彼が剣を振るう姿を見ながら、どこか嬉しい反面、どこか痛ましい。

 続けて欲しいけど、止めても欲しい。

 相反する気持ちが、エステルの心をぐちゃぐちゃにしていった。


 今日は修練場に、他の生徒の姿もあった。

 そんな彼らも18時には帰っていき、最後まで残ったのはレクトとエステルのみ。


 誰もいなくなったあと、レクトが静かにエステルに近付いていく。

 手と手が触れ合い、そのままどこか、心地よくなっていく――


 ……エステルはそれを、心の支え合いだと思っていた。

 つらいときだからこそ、人の温もりが欲しくなる。

 甘えなのかもしれない。ただ、人間には必要なものだと思っていた。



 ――そしていつの間にか、レクトと同じ修練をしていた。

 体格が違うから、厳密には多少の違いが現れるはず。

 ただ、それに振り回されながらも、まったく同じ修練をしていた。


 ……それは何故?

 だってそれが、当然のことだから。自分がやるべき、修練だから。

 そうしないと、レクトが剣術から離れてしまうから……。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 修練場から戻り、自分の部屋にひとりきり。

 エステルは改めて、今日のことを思い出していく。


 ……自分は確かに、レクトと同じ修練をしていた。

 しかし、それは本当に自分が望むことだろうか。


 今なら、それは違うと断言できる。

 でもあのときは、本当にそれが当然のことだと考えてしまっていた。


 ――何故だろう?


 おそらく、意識をしなければ気付いていなかった。

 レクトと一緒にいて、一緒に剣を振って、一緒に帰って――

 それはエステルの求める、ささやかな日常。

 ただ、その背後に何かがあるような……おかしな違和感。


 何だか、嫌だな――


 エステルはそんな気持ちを胸に、不安な夜を過ごしていった。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 次の放課後も、エステルはレクトの元を訪れていた。

 他の生徒もいる中、レクトはいつも通り、自分の修練をしている。

 エステルはそれを眺めながら、自分が昨日行っていたものだと確信する。


 ――最近、ずっと見ているせいかも。


 ふと、エステルはそんなことを思った。

 レクトの動きは、以前よりもずいぶん良くなっている。

 怪我をした右足の影響は残っているが、それでも――

 ……剣士の職才を持った3年生にも、普通に勝てるのではないか。


 レクト本人からすれば、やはり剣聖の境地を歩みたいのだろうけど……。

 ただそれでも、そこまで至らなくても、自分と一緒に冒険することはできる。

 剣術だけで足りないなら、ポーターとの兼任でも良いだろう。

 ……そう考えると、エステルは少しだけ肩の荷が軽くなったような気がした。



 時間は18時をまわり、他の生徒の姿が無くなっていく。

 そしていつも通り、レクトとエステルだけの時間になる。


「エステル。今日もすまんな」

「ううん。私は見てるだけだから」

「……ははは。今日もさ、遅くなったから――」


 レクトが伸ばす手を、エステルは後ろに下がって避けた。

 思わぬ行動に、レクトの動きが一瞬止まる。


「ど、どうした……?」

「ううん?」


 エステルはどうにでも取れる言葉を返してから、レクトに向き直った。

 そしてエステルは、優しくレクトに微笑む。


「……ねぇ、レクト。最近ね、一緒にここにいられて、私は嬉しいの」

「俺も――

 ほら。少しずつだが、剣を振れるようになってきただろ?」

「うん、私もそれは嬉しいよ。本当に嬉しい。でも――」


 辺りが夜に染まり、魔導具だけが煌々と光る中。

 レクトに向けられた言葉は――



「――私に、何か隠してない?」

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