29.繋がる絆
守護者が放った光線の先――
……土煙がようやく晴れていくと、そこにはレクトの姿は見えなかった。
地面はえぐれ、焦げた臭いが漂ってくる。
「そんな……。レクト――」
エステルは、その場所を目掛けて走り始めた。
早く、早く……と急ぐ彼女の視界の隅に、何か煌めくものが見える。
汚れた空気の中の、清純な輝き――
……それと同時に、どこからともなく呻き声が聞こえてきた。
「う……、ぐおぉ……」
「レクト!? い、生きていたのね!!」
煌めくもの――それは聖魔法の、攻撃を防ぐ光だった。
その余韻が消えるころ、土煙の向こうにセシリアの姿が見えてきた。
ただ、セシリアはエステルと目を合わせると――……そのままその場に、崩れ落ちた。
「心配を掛けたな……。咄嗟に、セシリアが……守ってくれたんだ……」
「うん、うん……。良かった、本当に……良かったよぉ……」
エステルは腰に掛けた鞄から、治癒薬を取り出してレクトに使った。
しかし、思ったよりも深い傷はなかなか癒えない。
――ズシン……。ズシン……。
そんな中、守護者はレクトとエステルに向かってくる。
レクトはまだ動けない。エステルは動けるものの――
……あの巨大な敵に、立ち向かう勇気が消え失せてしまった。
「ね、ねぇ……。あんなの、無理だよ……。
……レクトならまだしも、私なんて、足がすくんじゃってさ……」
エステルは涙を零しながら、レクトにそう告げた。
剣術を習うことと、実際に戦場に立つことは、まるで別の話だ。
戦場では恐怖が付きまとう。まさかその恐怖が、こんなにも深く重いものだったとは――
……エステルはそれでも、何とか言葉を絞り出していく。
「――そうよ。私は今、何もできないの……。
ねぇ、レクト。私に憑依してよ……。そうしたら、私の身体でも……アレと、戦うことはできるでしょ……?」
……レクトは弱音を吐くエステルの頭を、優しく撫でた。
エステルも剣聖だ。レクトが怪我で動けない中、憑依さえすれば――戦力として復帰することができる。
しかし、レクトはそう思わなかった。
「これは、俺のワガママだが――……憑依は使わない。昔、お前と約束しただろ?
俺は……俺だって、お前と一緒に戦いたいんだ。お前の横でさ……」
「そんなこと言って……。全滅したら、意味がないじゃない……!」
「……大丈夫だよ。セシリアが、また力を貸してくれるはずだ……。
リゼだって、ディアナだって、きっと協力してくれる……」
エステルがへたり込む横で、レクトは続ける。
「――それにお前だって、ずっと修練を積み重ねてきたんだぞ?
怖気づくなよ……。お前の力は、俺が保証してやるからさ……」
エステルはレクトの努力を見てきた。
しかしレクトもまた、エステルの努力を見てきたのだ。
「バカ……。
そんなこと言われたら……立ち上がるしか、ないじゃない……」
「すまないな……。俺が倒れているときは、いつもお前に迷惑を掛けちまう……」
「……まったくよ。
そんなに言うなら――そこまで言うなら、私だって……ッ!!」
エステルは震える足を押さえながら立ち上がり、そして剣を持ち――
……再び、守護者に向けて駆け出していった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
リゼは丘の上から、レクトの無事を確認することができた。
ただ、今は――エステルがひとりで、守護者の元に向かっている。
「リゼたん! あたし、行ってくるね!!」
「は、はい……!!」
ディアナはキックボードに乗り、地面を強く蹴って走り出した。
自分も連れて行って欲しい――とは、リゼは言いだせなかった。
心情的にはすぐにでも走っていきたいが、自分が行ったところで……何もできることは無い。
何をすべきか悩んでいると、エステルが守護者に一撃を加えるのが見えた。
大振りの剣気による攻撃ではあるが……おそらく、あのレベルの攻撃でなければ通じないのだろう。
「エステル先輩、がんばって――」
……ただ、リゼの頭には先ほどの光景が焼き付いていた。
レクトに襲い掛かった光線――あれが、もしエステルに襲い掛かったら?
今、ディアナが前線に向かっている。
ディアナが合流すれば、どうにかなる。そんな確信がリゼにはあった。
それなら今、自分がやることは……時間稼ぎ。
魔力のほとんどは使い果たした。
リンドブルムを再び召喚しても、先ほどのような攻撃の威力は――どうやっても、捻り出せない。
「……それでも、わたしは助けたいの……。
リンドブルム……力を貸して――」
リゼは再び、召喚の術式を刻んでいった。
ディアナからもらったブレスレットが、残りの魔力を集めてくれる。
自分が最後にできること。あとはもう、自分は戦力に数えられなくなる――
……目の前に、巨大な竜が現れた。
リンドブルムはリゼを見下ろしてから、勢いよく守護者に飛び掛かっていく。
「フハハハハッ!!!! 願いは聞き届けた!!!!
我が娘の怒り、喰らうが良い……ッ!!!!」
――ドズウウウゥウウン……!!
巨大な質量による、体当たり。それを受けて、守護者は後ろによろめいた。
体勢を崩し、片膝を突くようにして動きを止める。
……リンドブルムはそんな守護者を見て、満足そうな笑みを浮かべて消えていく。
「……ありがとう。
わたしたちは……ここで、終わりです……」
リゼの身体からは力が抜け、意識が朦朧としていく。
ただ、自分だけ眠るわけにはいかない――
……そうは思うが、リゼの意識は静かに……眠りの底に、落ちていった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
力無く崩れるセシリアの元に、ディアナが大きな音を立てながら登場した。
その音はキックボードから響いており、彼女の改造の跡が感じられる。
「せっちゃん、大丈夫!? 置いていってもいい!?」
「いえ……。わたくしも、連れて行ってください……」
「そんなふらふらで、何かできるのさ!?」
セシリアはレクトを守るため、聖魔法を使ったが――
……守護者の光線の威力に、魔力を根こそぎ消耗させられていたのだ。
「レクトさんの……治癒を、しないと……」
「せっちゃんも、気絶する直前じゃん!?
ああもう、連れて行ってあげるから……!!」
「ありがとうございます……。わたくし、あの方を失うわけにはいきませんので……」
「……はぁ。まったく、困った人に惚れたもんだねぇ……」
――お互い、ね。
ディアナはその言葉を飲み込んで、セシリアを脇に抱きかかえる。
「ふたり乗りは初めてだからね。苦情は受け付けないよ?」
「お構いなく……。その代わり、最速で行ってくださいませ……」
ディアナがキックボードのスイッチを入れると、大きな音は爆音へと変わった。
試作品で、制御できるギリギリのライン――
……ディアナが強く地面を蹴ると、キックボードは凄まじい勢いで爆走し始めた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「――あ、まずい。回路がいかれたわ……。爆発しちゃうかも」
「え……?」
突然、ディアナが不穏なことを言い出した。
セシリアは……当然のことながら、不安に駆られてしまう。
「あー、ごめんね? でも、レクト君のことは治したいよね?」
「それはもちろんですが――」
「それなら、せっちゃんとは……ここでお別れだね!」
「え? あの、ディアナ様――」
言葉の途中で、セシリアは放り投げられた。
まさかこんな場所で、そんなことをされるとは――
「――ぐぇっ!?」
適当に投げ出されたと思ったが、少し柔らかい場所に落ちることができた。
ただ、下からは聞き覚えのある声が――
「え……? レクトさん!?」
「ぐおおぉ……!? せ、セシリア……?」
ディアナはセシリアを、レクトの上に落としていった。
怪我人になんてことを――とは思ったものの、そうでなければセシリアが怪我をしていたかもしれない。
「ああ……。レクトさん、ご無事で何よりです……!!」
セシリアは急いで、レクトに治癒魔法を掛け始めた。
柔らかで清純な光が身体を覆い、大きな怪我も小さな怪我も癒していく。
「……ありがとう。あの光線からも助けてもらったし、今も怪我から助けてもらったし――」
「そんなこと、今はいいですから!
早く……エステル様の元に向かってください!!」
「……分かった! すまん、行ってくる!!」
凄まじい速度で走っていくレクトを見て、セシリアの身体からは力が抜けていった。
少し離れた先を見てみると――キックボードの爆発に巻き込まれたディアナが、セシリアに向けて手を振っている。
それを見て安堵したセシリアは、全身の疲労を感じながら……仰向けに倒れた。
「――……わたくしの……防御も、治癒も。
レクトさんは、助かったと言ってくれるけど――」
セシリアは空に手を掲げた。
そこにはディアナから受け取った……魔導具の指輪が煌めいている。
「……あなたがエステル様に感じるように……。
わたくしだって――……そう、感じておりますのよ」
それだけ言うと、セシリアの腕は地面に落ちていった。
「――エステル!!」
突然聞こえた声に、守護者を攻撃するエステルの顔には明るさが戻る。
「レクト! もう大丈夫なの!?」
「ああ、セシリアに治してもらった……!
エステルも、よく持ち堪えてくれた!」
「リゼちゃんのフォローがあったからね!」
――レクトと話せている。
これまでは当然のことだったが、今となってはそれがどれだけ嬉しいことか、身に染みて分かっている。
人は死んだら、もう話すことはできない。
だから今、レクトと話せているのは――セシリアが、彼を守ったからだ。
自分にはどうやってもできないこと。
……後ろから支えられるという心強さ。彼の後ろには、そんな存在が付いてきてくれている。
「――……本当に、敵わないなぁ……」
「ん? 何が?」
「何でもない! さぁ、いくわよ!!」
エステルは自分を奮い立たせた。
足の震えは何とか収まり、今はレクトと横に並んでいる。
ようやくこれが、自分の出発点なのだと――エステルはそう思った。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「……う……?」
リゼが意識を取り戻すと、遥か遠くでは守護者と……レクトとエステルが戦っていた。
時間がどれほど経ったのかは分からない。
セシリアは少し離れた岩陰に身を寄せているが、ディアナは――どこにいるのか分からない。
自身の魔力を確かめてみると、どうやら底を突いているようだった。
心の中で語り掛けても、リンドブルムは応えてくれない。
……ああ、自分は本当に役目を終えたのだ。
それに、セシリアとディアナも、おそらくは同じ――
リゼの目は、再びレクトとエステルを映した。
前衛職の中でも、ひときわ上位に君臨する剣聖という存在。
剣気を足掛かりにして、そこからも強力な技をたくさん修得していく存在。
――そんな存在が、自分のパーティにはふたりもいる。
「これが、伝説の始まりになるかも――」
リゼの見ている先で、ふたりの剣に、彼らの剣気が集まっていく。
……壮大な輝き。それを操る、剣聖たち――
リゼの瞳には、偉大なふたりの姿がしっかりと映っていた。
「いけるか、エステル!?」
「もちろん! 息を合わせて――」
「だああああああああああああああッ!!!!」
「てりゃああああああああああああッ!!!!」
ふたりの剣気は混ざり合い、凄まじい斬撃と化した。
守護者は何とか勢いを殺そうとしていたが、その均衡は崩れ、核にはヒビが入っていく。
小さく入ったそのヒビは、徐々に大きくなり、そして中心部にまで至る――
……核の輝きが失われた。
それと同時に、守護者の巨大な身体が倒れていく。
「――きゃああああッ!!!?」
エステルの足場が大きく崩れ、そのまま地面に落下する。
しかし――……レクトは守護者の身体の表面を、蹴るようにして駆け下りていく。
そして、地面に先回りしたレクトが、落ちてくるエステルを受け止める――
「――ふぅ、大丈夫か?」
「ううぅ……。最後に、やっちゃった……。
……今回は、負けにしておくわ」
「それじゃ、俺は勝ちにしておくか」
ふたりは笑い合った。
……戦いのあと。涼しい風が、熱い身体を冷やしてくれる。
少し離れた場所では、ディアナがセシリアに合流していた。
セシリアは残った力で、ディアナの怪我を治していく。
「……はぁ。隣で戦う幼馴染……というのに加えて――
ピンチのときには、助けられるお姫様……? こんなの、エステル様ばかりにモテ要素が多過ぎですわ……」
「主人公の大怪我を全快させた聖女様……っていうのも、立派なモテ要素だけどねぇ?」
ディアナがそう言うと、セシリアは少しだけ笑った。
そこに、リゼもふらふらと走りながら……何とか合流する。
「ディアナお姉さま……! セシリア様……!」
「あー。リゼたんも大丈夫!?」
「はい! おふたりも、ご無事で何よりです!」
「わたくしたちも、リゼ様の活躍に救われましたわ。
……さて、それでは――おふたりを、迎えに参りますか」
3人は頷くと、お互いを支えながら――
……レクトとエステルの元に、歩みを進めていった。




