27.夜空の下で
ディアナとレクトが中心になって、調査の準備は問題なく進んだ。
授業が終わった月の後半に学院を出発し、5人でひたすら西方を目指していく。
いくつかの街を越え――その道のりは徐々に、人間の住まない場所に入っていった。
「はぁ、山道が続くねぇ……」
ふと、ディアナがぼやいた。
ここ数日、山を上っては下りて……の繰り返しなのだ。
「まぁ……人里離れた場所、ですから。
人のいる場所であれば、黒い海も守護者も……ここまで放置はしなかったでしょうし」
「そうなんだけどねぇ……」
レクトの言葉に、ディアナは空を見上げながら返事をする。
天気は良く、気温も快適。遠出をするには理想的……ではあった。
「でも、ディアナさん。
これでもセシリアさんのおかげで、楽に進めているんですよ?」
「あはは。確かにせっちゃんがいなければ、あたしとリゼたんはギブアップしてるよ~」
セシリアは全員に、身体強化の魔法を掛けていた。
そのため、特に体力がないリゼでも、しっかり着いてこれるのだ。
「本当に……。セシリア様、ありがとうございます……」
「いえいえ、これも後方支援の役回りですから」
「そうは言っても、常時発動は大変なんだけどなぁ……」
レクトはポーターの経験があるため、その辺りの苦労は理解しているつもりだった。
魔法に限らず、何かをし続けるのは大変であり――それが他人にも及ぶとなれば、想像以上のものがある。
「だからディアナさんも、あまり文句を言わないように!」
「えーん。えっちゃんがいじめるぅ~」
「いじめではないですよ。愛の鞭、じゃないですか?」
「えーん。レクト君もいじめるぅ~」
――呑気な会話。
たまに野獣に襲われることはあったが、一行は順調に旅を進めていった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
夜はできるだけ、見通しの良い平坦な場所にテントを張っていく。
テントはいつも通り……3人用と、1人用。
夜番でひとりは外に出ているため、最低限のスペースを確保していた。
「――レクト君も、こっちで寝れば良いのにねぇ♪」
ディアナはそう言いながら、3人用のテントに入ってきた。
中には既に、エステル、セシリア、リゼがいたため……この時点で定員オーバーだ。
「ちょ……。ディアナさん、何でこっちに来るんですか!?」
「えー? ひとりだと寂しいじゃん?」
「それなら、わたくしが移動しましょうか?」
「ううん? あっちは調整中の機材も出しちゃってるし――
せっかくだから、パジャマパーティでもしましょ?」
「……パジャマなんて、着てないですけど……」
今は野営中であり、いつ何が起こるかは分からない。
だからこそ、誰もがすぐに動ける服装をしていた。
「それじゃ、厳密なパジャマパーティは後日にして……今日は夜の女子会だね!
えぇっと、あたしはどこに行こうかな」
「ディアナお姉さま、わたしの横にどうぞ……!」
「ああん! リゼたん、ありがとう~♪」
ディアナはリゼの横に寝転び、そのまま仲良く喋りだす。
エステルとセシリアは少しだけ身体を動かし、自分のスペースを差し出した。
「……ふふ。狭いですけど、こういうのも素敵ですわね」
「ディアナさんが来て、急に賑やかになりましたね……」
「それだけ、魅力的な方なのですわ」
セシリアは、ディアナたちを優しく眺めていた。
……エステルは、そんなセシリアの顔を横から眺める。
最近は仲が良くなったとはいえ、少し前までは密かに憧れていた存在。
綺麗で、性格も穏やか。不思議な雰囲気もあって、スタイルも良くて、聖女としての実力もある。
レクトが憑依して来たときには、凄くショックを受けてしまったけど――
「……エステル様? どうかしましたか?」
「え、ううん? ……それよりもセシリアさんって、私のことも様付けで呼ぶんですよね……。
もう少し、気軽に呼んでくれても……」
「わたくし、みなさんにこうですから」
「ああ、まぁ……そうなんですけど」
……ふと、エステルは気になった。
今までは完全にスルーしていたが、レクトだけは違うのだ。
「――ちなみに、レクトだけは……違いますよね?」
「ええ。レクトさんは、ずっと気にしていた方ですから」
「え!?」
驚くエステルに、セシリアは話を続ける。
「レクトさんが右足を怪我したとき、わたくしも……その場にはいませんでしたが、同じ野外授業を受けていたんです。
あのとき、彼を助けることはできなかった……。現実的には無理だったかもしれません。でも、ずっと後悔をしておりました」
「後悔……」
「ずっと後悔して、それでもバネにして……。
事情があって、声はなかなか掛けられませんでしたが……」
セシリアは懺悔室で、全てのことをフローラから聞いていた。
だからこそ、痛ましくて声を掛けられなかった。
剣聖という夢を捨てる彼を、見ていられなかった。
……そんな中、彼が突然、懺悔室を訪れた。
「――でも、まさか憑依スキルだなんて……。わたくしも、あれには驚きましたわ」
「その割に、ノリノリで憑依されてたじゃないですか……」
「わたくしも、いつの間にか拗ねてしまっていたのかもしれません。
こんな素敵な世界に、いろいろな人がいるものですから――」
「……本心なのか、皮肉なのか……。セシリアさんって、たまに言ってることが分かりませんよね」
「ふふっ♪」
セシリアが微笑みかけると、エステルの動きが止まった。
自分の目指す、一種の理想像。そう考える女子は、学院の中にも多くいる。
……しかし、そんな彼女もレクトに好意を抱いている。
それは嬉しいことでもあるが、どこか不安にもさせられてしまう。
「――はぁ。
セシリアさんが、もっと嫌な人だったら良かったのに」
「あら? 今後はエステル様に、陰湿なイジメをいたしましょうか?」
「そ、そういう意味じゃなくて……!」
「もちろん冗談ですわ。でも――
……ここはそういう意味でも、落ち着ける場所ですから……」
セシリアがふと、ディアナとリゼを眺めた。
裏表のない、屈託のない笑顔。心から信頼している間柄。
……学院内で多くのものを見てきたセシリアだったが、他には無い素晴らしいものが、この場所には残っている。
「そうですね……。私も、このパーティが好きですよ。ずっと、一緒にいたいくらいです」
「わたくしは、卒業後もエステル様とご一緒したいですわ。冒険の際は、ご指名をお願いしますわね?」
「もちろんです! ……でも、指名の倍率が高そう……」
エステルの言葉に、セシリアは静かに微笑んだ。
エステルもまた、そんな彼女を見て――少しだけ赤くなりながら、微笑みを返した。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
道中の疲れもあり、気が付いたときには4人とも眠っていた。
そんな中、リゼが少しだけ……苦しそうに声を上げた。
突然のことにセシリアは目を覚まし、静かに……ディアナの身体を押しのけて近付いてみる。
「うぅ……、う……」
「……リゼ様? 大丈夫ですか?」
しかし、リゼは目を覚まさない。
ただ、無理に起こせば……このまま眠れなくなってしまうかもしれない。
……セシリアはふと、レクトが憑依しているときのことを思い出した。
あのときも、ずっとずっと看病をしていたっけ。
リゼの手を握ると、あのときの記憶が明瞭に蘇ってくる。
「……あんなにも他人を思いやれるなんて。
わたくし、とても感銘して――」
――そして、自分もそうなれるか。ただ、疑問に思った。
命を賭して……と言うのは簡単だ。しかし、実際に直面すれば、どうだろう。
もちろん、自分にはそれをやる覚悟と力量はあると考えているが――
「……みなさん、そうであれば良いのに」
ある意味、レクトはセシリアの理想像だった。
そんなことを考えていると――……セシリアは、無性にレクトと話をしたくなった。
……彼は今、ひとりで夜番をしている。
このテントの中では、目が覚めているのはセシリアだけ。
それなら――
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
セシリアがテントから出ると、すぐにレクトは気が付いた。
焚き火の近く……彼が座る横に、セシリアもいそいそと身を寄せる。
「セシリア、どうしたの?」
「ええ。少し……寝付けなくなってしまって」
「ああ……ディアナ先輩もそっちに行ったからな。狭いなら、ひとり用の方で寝る?」
「いえ。みなさんで寝るのも、楽しくなってきましたので」
「そう?」
「レクトさんも、一緒に寝られれば良いのですが」
その言葉に、レクトは思い切りむせた。
セシリアはできるだけ咳が大きくならないように、そっとレクトの背中をさする。
……折角の機会。誰にも起きて欲しくない……というのも、本音のところだった。
「……あのさ、冗談でもそういうことは……」
「申し訳ありません。ディアナ様が少し、移ってしまったようで……」
「ははは……。ディアナ先輩なら、実際に言いそうだよな」
「実際に、言っておりましたわ♪」
その言葉に、レクトは微妙な顔を浮かべる。
「いや……。全員まずいけど、ディアナ先輩は一番まずいだろ……。
婚前の伯爵令嬢に手なんて出したら、それこそどうなるか……」
「ディアナ様なら、そのままレクトさんを伴侶に迎えそうですけどね?」
「いやいや! そもそも手を出さないから!?
俺が心配してるのは、変な噂が立たないかってことで――」
「大丈夫ですわよ。わたくしが監視をしておりますから」
セシリアは口元を緩めて、レクトを見つめる。
「わたくし、学院長と誓約を交わしておりますの。この旅であったことを、正しく報告する……と」
「えぇ……。いつの間に、そんな……」
「男子が1人と、女子が4人ですのよ? 心配をする方が自然ですわ」
「そりゃそうだけど……。うーん、複雑な気分……」
パーティにいる4人ともが、レクトに好意を寄せている。
そんなことはセシリアだって知っている。
抜け駆けをするつもりはないが、抜け駆けをさせるつもりもない――
「不純異性交遊が見つかったら、即退学ですから♪」
「そんなことするかぁッ!!」
「……でも。
わたくしたち、そんなに魅力がありませんか……?」
不意に出てきたセシリアの言葉に、レクトは怯んでしまう。
魅力が無いなんてことはない……。むしろ、全員が魅力的なのだ。
「あの……うん。セシリア、そんなに俺のことをからかうなよ……」
「ふふっ。ダメですね、わたくしも」
セシリアはレクトの横から立ち上がり、数歩だけ歩いて、空を見上げた。
まだまだ夜中。星空はとても美しい――
「あ……。流れ星ですわ」
その言葉に釣られて、レクトも立ち上がる。
「ああ……。いくつも落ちてるな。結構、珍しいかも?」
「街から離れているせいでしょうか? こういうのも、素敵ですわね」
星に願いをすれば、それが叶う――
根拠の所在は分からないが、レクトは昔からそう聞かされていた。
咄嗟に、レクトは今回の調査の成功を祈った。
自分がパーティのリーダーでは無いとはいえ、負うべき責任はたくさんある。
全員が無事に帰れるかどうかは、やはりレクト次第なのだ。
祈りを済ませて、ふと横を見てみると……セシリアも同じように、祈りを捧げていた。
レクトのような必死さは無いが、静かに、穏やかに――
……祈りとはこうあるべきだ。星空に吸い込まれるような、美しい姿だった。
「――ふふっ。どうしましたか?
そんなに見つめられると……照れてしまいますわ」
「あ、ああ……すまん。えっと、その……セシリアは、何を祈ったのかな、って」
セシリアは優しく微笑んでから、言葉を続ける。
「レクトさんが危険なとき……一度だけでも、しっかり守れますように――……と」
「……それだけ?」
「ええ。わたくしにとっては、何よりも大切な願いですわ」
――ふたりは夜空を見上げ続けた。
しかし、その夜はそれ以上……流れ星が落ちることは無かった。




