26.新しいリーダー
学院長から黒い海の調査を依頼された翌日――
……レクトたちは、パーティ活動室に集まっていた。
剣聖であるレクトとエステル。
聖女であるセシリア。
召喚士であるリゼ。
「――それに加えて、学院長から指名された……リーダーが、ひとり」
レクトの言葉に、ソファに座る面々が不満を漏らす。
「はぁ……。このパーティのリーダーはレクトでしょうに……」
「そうですわね……。
3年生の天才が来る、と言われましても……」
この場にいる全員は、レクトの憑依スキル……という点で繋がっている。
本来は起こりえない、深い関係――
そんなところに無関係な人間が入ってくるのは、明らかに異物感がある。
「まぁ、決まったことは仕方がない。何かあれば俺が言ってやるからさ。
最初から敵意を出すんじゃないぞ?」
「敵意っていうか――……何だろう?」
「邪魔者……ですわね?」
セシリアの笑顔に、エステルは返しようが無い。
少なからず、エステルもそう思っているのだ。
「でも……ディアナお姉さまがいないのは、寂しいです……」
「ディアナさんは、錬金術師だからね。戦いの場に出ても、危ないっていうか――」
……そんな中、扉が突然開けられた。
全員が驚いて視線を向けると、ディアナが鼻歌を歌いながら入ってくる。
「やぁやぁ♪ みんなお揃いで~。
おやつ買ってきたから、食べる?」
「は、はぁ……」
レクトは何とか返事をするが、ディアナだけ今回のメンバーに選ばれていないのは……かなり気まずい。
本人は気にはしないだろうが、それでも周りは気を遣ってしまう――
「あ、あの……。ディアナさん?」
「んー? どしたの、えっちゃん?」
「おやつを準備してもらったのはありがたいんですけど……。
あとで、この部屋にもうひとり来るんです」
「え、そうなの? ……困ったなぁ、5人分しか買ってきてないよ」
ディアナは天井を仰いで、少しだけ考える。
「――それじゃ、あたしはいいや。その誰かさんとみんなの、5人で食べちゃって!」
「も、申し訳ありません、ディアナ様……」
「ディアナお姉さま、ごめんなさい……」
セシリアとリゼは謝るが、ディアナは気にも留めない。
軽く身振りでそれを伝えて、彼女は続けて話す。
「ではでは♪ 早速、用件を済ませちゃおうか」
「用件? ディアナ先輩、今日は何かあるんですか?」
「え? やだなぁ、学院長から聞いてない?」
ディアナの言葉に、4人はきょとんとした。
「え? えーっと、何を……?」
「んん? 昨日、話があったんじゃないの?
黒い海の調査に行くんでしょ?」
「ディアナ様は……何故それを、ご存じなんですの?」
「え? だって、あたしがリーダーなんでしょ?」
4人は面を食らった。
そんな話は聞いていないのだ。
「でも、学院長からは……3年生の、天才……って」
「あたし、3年生だよ?」
「て、天才っていうのは……?」
「あ・た・し♪ こう見えても、みんなが考えている以上に凄いからね?
学院長も、ああ見えてもったいぶるところがあるから――
……それか、錬金術師がリーダーなのは嫌だ……って、レクト君が反発すると思っていたり、とか?」
レクトとエステルの質問に、ディアナは機嫌よく答えていく。
そんな中、リゼは納得の表情に変わっていった。
「ディアナお姉さまは、学業を既に終わらせて、研究も発明もトップクラスなんですよ!
この学院にはいろいろな職才の人がいますけど、積み重ねた実績としては、超天才と言っても過言ではありません……!!」
「あーん、やっぱりリゼたんは分かってくれてるぅ~♪」
リゼの熱弁に、ディアナは甘い声を出して抱き着いていく。
その光景を見ながら――改めて、レクトが質問を飛ばす。
「で、でも……。ディアナ先輩って、戦えるんですか?」
「ちっちっちっ! 今回はあくまでも、黒い海の調査だよ?
守護者っていうのが出れば、倒さなきゃいけないけど……まぁ、それは二の次!
逆に言うと、戦闘のスペシャリストばかりで――調査はできるのかな?」
ディアナはにやりと笑った。
レクトたちだけであっても、出現する魔物や落ちているものの調査くらいならできる。
しかし黒い海の正体を解析したり、想定外の何かを調査するのは……難しいだろう。
「……なるほど、腹落ちしました。俺たち、調査を甘く見ていたようです」
「あはは、そんなに謝ることはないよ。
まぁまぁ、難しいことは先輩に任せておきなさい!」
どん、と胸を張るディアナに、全員は安心してしまう。
「そうすると、残りのひとりというのは……ディアナ様のことだったのですね。
でしたら、全員が知っている仲なので、今回の調査は楽しくなりそうです♪」
「楽しいかは分からないけど、変に緊張しなくても良さそう……。
ディアナさんなら、言いたいことを言えるし」
「えっちゃんに頼られるのは新鮮な気分……!」
「ディアナさん、私のことを何だと思ってるんですか……。信用はしていますよ?」
「信用と信頼は、違うものだよ!」
ディアナの言葉に、エステルは少しだけ首を傾げた。
違いはいまいち分からないが――いや、何となくは分かるかも?
「結局、この5人で行くことになるんですよね?
それならディアナお姉さまの持ってきたおやつ、みんなで食べませんか?」
「そうだね! 他の誰かさんって、結局いないんでしょ?
それなら、食べよう食べよう♪」
「それでは、わたくしがお茶を淹れますわ」
「セシリア様、わたしも手伝います!」
セシリアとリゼは、お茶の準備をするためにソファから立ち上がった。
残されたのは、レクトとエステル、そしてディアナの3人――
「……それで?
レクト君は、『何で俺がリーダーじゃないんだー!?』って、本当に思ってたわけ?」
ディアナが面白そうに言う。
それを聞いたレクトは……少し、気まずかった。
「す、少しは思いましたけど……。でも、ディアナ先輩なら納得です」
「レクトも、ディアナさんのことは認めていますしね」
「えー? 本当かなぁ?」
口元に笑みを覗かせるディアナ。
そして、その口から次に出たのは――
「ところで、もう仲直りしたんだ?」
「ま、まぁ……。昨日、許してもらえまして……」
「はぁ~……。何とも、予想通り……」
「え? ディアナさん、予想って……何ですか?」
「あはは、こっちの話だよ~」
――やはり、根元の信頼が厚い。
ディアナはついつい、そんなことを痛感させられてしまった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
お茶が入り、おやつも配られ――なごやかな時間が過ぎていった。
しかしひとしきり歓談が終わった頃、ディアナが話を切り出していく。
「――それで、学院長から細かいことは聞いた?」
「え? いや、そこまでは……」
「ざっくりまとめれば、5人で調査に行け……って感じだったよね?」
レクトとエステルの言葉を受けて、ディアナは溜息をついた。
「はぁ……。学院長ってば、美味しいところだけ持っていって……。
細かい説明は、あたしからってことか……」
「ディアナお姉さま……がんばってください!」
リゼの言葉に、ディアナは微笑む。
「まず、なんだけど。今回の調査は……この5人で向かうんだよ。何か思わない?」
「何か……って言われても。学院長の期待を受けているなぁ……とか?」
エステルはレクトを見ながら、そんなことを言った。
レクトは少し考えて、言葉を続ける。
「そもそも、5人である必要――
学院の生徒だけである必要、というのはあるんですか?」
「確かに、そうですわよね。世の中には冒険者の方々もいますし、王国の騎士団の方もいらっしゃいます。
派遣しようとするなら、選択肢はそれこそたくさん――」
「そうだよね?
何なら、あたしの家門……オールストン家から、武力なり商団なりを出しても良いワケだし」
その言葉に、レクトは思い出した。ディアナは伯爵家の令嬢なのだ……と。
「そうすると、どんな理由が?
確か東のラヴィニア学院では……生徒だけで、守護者を倒したんですよね。もしかして、それが原因……?」
「ふふっ、さすがレクト君。
その通り、今回のことは大人の事情なんだよ……!」
「大人の事情……って。そう言われると、何だか嫌な気がしますね……」
エステルが、どこか不満そうに言った。
しかし、理解はできるが世の中はそんなもの――ディアナはすぐに、そんな思考に入ってしまう。
「ま、決まったことには従わないとね。5人……っていうのも、向こうが5人だからってだけ。
本当なら4人にしたかったみたいだけど……さすがに、かなり危険な調査だからね」
「わ、わたしは……役に立ちますか?」
ディアナの言葉に、リゼが恐る恐る聞いてくる。
「もちろん! リゼたんの召喚獣のリンドブルムは……理論上、かなり強いからね!」
「理論上……って?」
エステルが聞くと、ディアナはリゼを後ろから抱きしめながら答えた。
「小さい状態のは置いておいて、リゼたんは正式に、リンドブルムを召喚したことがない。
魔力計測の結果と、伝承からの推察――そこから導き出される威力。下手に、召喚できないんだよね」
「あはは……。さすがに、召喚したら無差別に攻撃……とかは無いはずですけど……」
「どうかなぁ……。あいつ、プライドは高いからなぁ……」
ディアナの言葉に、リゼとレクトは思ったことをそのまま言う。
「その、小さい状態……というのは、リルムという名前でしたわよね。
わたくしはまだ見たことが無いのですが、召喚はしないのですか?」
「えっと……お兄ちゃんが、あんまり出すなって」
「え? レクト、それって酷くない? 可哀想!」
「だって……。いちいち俺に突っかかってくるから……」
身体が小さくても、存在は喧しい。
全員がそれを、何となく察した。
「あと、ポーターはレクト君にお願いするね。今は剣聖の道に戻ったけど、知識はあるでしょ?」
「ええ、任せてください。むしろ、1年生のときの学びが無駄にならなくて良かったです」
フローラによって遠回りをさせられた道のり。
しかしそれがあるからこそ、今の自分がいる……レクトはそう信じたかった。
「それじゃ、消耗品や野営の準備はよろしくね!」
「でも、ひとりで大丈夫ですか? 5人分の荷物だなんて、レクトだけじゃ……」
「そこは大丈夫だよー。収納の魔導具も準備してもらうから!」
収納の魔導具とは、小さな鞄にたくさん物を入れられる……そんな感じのものだ。
重量もほぼ無くなるので、何かを持ち運ぶにはとても重宝する――
……しかしその分、高価であり、所持や売買なども制限されている。
「はぁ……さすが、学院の肝煎りですわね。レクトさんの負担も、かなり減るでしょうし……」
「ははは……。実際、荷物はかなりの重量があるからな。
ディアナ先輩、準備するものはあとで相談させてください」
「うん、よろしくね!
……あと、あたしの発明品もいくつか持っていくから」
「わぁ……。楽しみです!」
ディアナの発明品――と聞いて、すぐに反応したのはリゼだった。
彼女は幼い頃から、ディアナの発明品を見ながら育ってきたのだ。
「リゼがそんなに期待するなら、俺も気になるな……。どんなものがあるんですか?」
「んー? 何を使うか分からないからね……。いろいろ持っていくよ~。
野営を楽にするグッズとか、あとは試作品だけど、キックボードとか……」
キックボードというのは、車輪が付いた板に、ハンドルが付いた乗り物である。
王都の一部では流行っている――レクトは、そんなことを聞いた覚えがあった。
「はぁ……。戦いには、関係なさそうですね」
「調査用の機材がたくさんあるから、面白いのはあんまり持っていけないんだよぉ……。
それに、戦闘に使うものなら……もう、みんなに渡したでしょ?」
レクトとエステルは武器を。
セシリアは指輪を。
リゼはブレスレットを。
それぞれが戦いに使えるものであり、ディアナがいなければ……入手困難なものばかりだ。
「――た、確かに……! すいません、舐めた口を利いていました!!」
「おうおう、許してあげるよ~♪」
いつの間にか、ディアナを中心に……5人は上手くまわり始めていた。
ただ、パーティの中心がディアナであるなら――
……戦闘の中心は自分でありたい。
ディアナが見切れない部分があるなら、それは自分で受け持っていきたい。
頼りになるディアナを見ながら、レクトはそんなことを考えていた。




