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25.突然の呼び出し

 修練場で、ディアナはふたりの剣聖を眺めていた。

 彼らは新しく手に入れた武器を振りながら、嬉しそうにしている。


 レクトが持つのは、彼がずっと求めていた――霊剣リベリオン。

 大きな片手剣であり、その不思議な刀身はゴーストなどの敵すら葬ることができる。

 それ以外の敵に対しても、攻撃の威力をある程度貫通させることができる。

 オールマイティに強い、希少な武器だ。


 一方のエステルが持つのは、彼女の要望をディアナが吸い上げて作成した――震剣エアリアル。

 小回りの利く片手剣であり、スピード重視のエステルには持ってこいの武器だ。

 しなやかに粘り強く、剣気を操ることに長けている。

 使いどころ次第な部分はあるが、彼女なら上手く使いこなしていくはず――


「――剣聖、かぁ」


 剣聖の職才を持っているからといって、すぐに剣聖と呼ばれるわけではない。

 一般的な剣士とは、明らかに一線を画す能力――

 剣気を覚えてから、ようやく……駆け出しとはいえ、剣聖と名乗ることができるのだ。


 そんな立場を同じくする、レクトとエステル。

 昔からずっと一緒で、通う学院も同じで、剣気を発現させた時期もほぼ同じ――


「ちぇ……。やっぱり、妬けるなぁ……」


 ディアナがそんな言葉を零すと、ふたりはディアナの元にやって来た。


「ディアナ先輩……、これ最高ですよ!

 心象世界で手にしたものと、全然違うッ!!」

「私の剣も、最高です! 最初から手に馴染むというか……。

 見立てて頂いて、ありがとうございました!」

「あー……。うん、そうなんだねぇ?」


 楽しそうに話すふたりを、ディアナは少しつまらなそうに眺める。

 喜んでくれるのは嬉しいことだが、それにしても――


「……あの? ディアナ先輩?」

「な、何かありましたか!?」


 自分もセシリアも、今からこの関係に割って入ることはできるのだろうか。

 ……たぶん、今は無理だ。残念なことに、ディアナはそんなことを考えてしまった。


 ――しかし、ディアナはそれだけでは終わらない。

 彼女は、場を引っ搔き回すのも天才なのだ。


「そういえば、レクト君。

 憑依について、聞きたいことがあったんだよ」

「え? ……何か、気になることでも?」

「うん。リゼたんの面倒を見てもらったあと、あたしの研究室に来てもらって……。

 憑依のこと、いろいろ教えてもらったでしょ?」

「あ、はい。そうですね」

「そのときはさ、『そういう話』には触れなかったけど――」


 ディアナはちらっと、エステルの方を見た。


「――誰かに憑依しているとき、胸に激痛が走ったことは無かった?」

「胸に……激痛?」


 エステルはディアナの顔を見てから、レクトの顔を見た。

 彼女は以前、胸の痛みを突然感じて保健室に行ったことがある。

 よくよく考えれば、そのときもレクトが憑依していたような気がする――

 ……エステルの視線の先には、だらだらと汗をかくレクトの姿があった。


「あれは、何をしたらそうなったか……って、分かるカナ?」

「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛……ッ!!!!」


 レクトはおかしな声を上げてから、エステルに土下座した。

 深々と頭を下げて、微動だにしない。


「ちょ、ちょっと……、レクト? どうしたの!?」

「ふふっ。えっちゃんからは、前に相談を受けていたよね?」


 錬金術では様々な薬も扱う。

 そのため、保健室では何ともないと言われていたが――

 ……エステルは以前、ディアナに胸の激痛の相談をしていたのだ。


「もしかして、レクトが……何かやったから、だったの?」

「……はい。謝ろうとしてたけど、いろいろあって……忘れておりました。

 本当に、本当に申し訳ございません……」


 いつもとは違うレクトの雰囲気に、エステルはますます混乱する。

 ここまで謝るのは――……幼いころから、一度も無かった。

 だからこそ逆に、エステルはレクトが何をやったのかが気になってしまう。


「いや……うん? 私に憑依していたのは、もう許したでしょ?

 今後のために、何をやったのかだけ……教えてくれない?」

「……えぇっと……。……あのぅ……」


 しばらくの沈黙が続いた。

 レクトは引き続き頭を上げようとしないが、やがて弱々しく、口を開く。


「――登校するとき、制服に着替えるじゃないですか……」

「そ、そうね? パジャマで授業に出るわけにもいかないし……」

「……鏡を見ていたら、その……。

 ……エステルって、可愛いなぁ……と……」

「は、はぁ!? ちょっと……何を言ってるのよ!?」


 そう言いながら、エステルはディアナの方を見た。

 ディアナは……とぼけたような表情を浮かべながら、エステルとは目を合わせない。


「そ、それで!?」

「は、はい……。あまりの可愛さにですね……その。

 俺も……はい、男子ですので……」

「……へ?」


 よく分からない流れに、エステルは不意を打たれたが――

 ……しばらく考えて、その意味にようやく気付いた。

 女子の身体に、男子。つまりは……そういうことなのだ。


「はあああぁ!!? さ、最低……ッ!!!!!!」

「まったくもって、その通りです……。……その、この罰は何でも――」


 ――ゴキイインッ!!


 突然の大きな音に、ディアナは驚いた。

 見れば、エステルが彼女の剣……エアリアルの刃の腹で、レクトの頭を殴っていたのだ。

 刃で斬ったわけではないが――当然ながら、痛いに決まっている。

 むしろ痛いでは留まらず、しっかりとダメージになっている。


「ぐおぉ……。

 ……い、怒りが収まるまで、どうにでもしてやってください……」

「レクトなんて、もう知らないッ!!」


 そう言うと、エステルは修練場から去っていった。

 レクトは未だに土下座を続けているが――


 ……ディアナはそんな様子を見ながら、仲直りは3日後くらいかな……と、何となくの目算を立てるのだった。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 ――3日後の放課後。

 レクトはトボトボと廊下を歩いていた。


 あの日以来、まともにエステルと話していない――

 声を掛けようとしても、さっさとどこかに行ってしまう。

 話が話だから、しつこく追い掛けるわけにもいかない……。


「……はぁ」


 最近は調子が良かったが、ここへ来て、一気に崩れてしまった。

 レクトはもう、溜息をつくことしかできなかった。


「――あ、ごめんなさい。レクト君、ちょっといいかな?」

「ん……?」


 レクトが顔を上げると、どこか見覚えのある女子が立っていた。

 ただ、どこで会ったのかは覚えていない。

 胸のリボンを見れば……青色だ。レクトと同じ、2年生ではあるのだが――


「ずいぶん落ち込んでるけど、大丈夫? 私でいいなら、話を聞くよ?」

「ああ、大丈夫だから……。ところで、何か用?」

「今日ってこのあと、時間はある? 私と少し、お喋りしない?」


 その女子はレクトの腕に、さり気なく手を触れてきた。

 同級生の距離感ではなく、友達の距離感でもない。

 もっと近しい間柄でのみ、許される距離感――


 ……嫌に馴れ馴れしい。

 しかし剣気を発現させたレクトは、今や話題の人でもあるのだ。



「――お兄ちゃん? その人、誰ですか?」


 突然、後ろの……少し下から聞こえてきた言葉に、レクトは驚いた。

 レクトとの距離を詰めていた女子も、同じように驚きを隠せない。


「……あ、リゼ」

「えっと……。レクト君の、妹さん?」

「んー……。ちょっと違うが、そんな感じかも……?」


 リゼはレクトの横に割って入り、女子の顔を下から見上げる。


「あの。レクトお兄ちゃんは、わたしたちのパーティの人なので……」

「そ、そうなのね? そのパーティって、私でも入れるかな……?」

「いいえ。ところで今、先生がお兄ちゃんを呼んでいるんです。

 申し訳ありませんが、失礼します」


 リゼは深々と、目の前の女子に頭を下げた。

 そしてそのまま、レクトの腕を軽く引っ張る。


「あ、ああ。先生に呼ばれてるって本当か?

 ……って、おい。そんなに急がなくても――」



 ――リゼは、見知らぬ女子がレクトに近付くのが嫌だった。

 エステルなら良い。セシリアなら良い。ディアナなら良い。

 しかし、それ以外の女子は……レクトには、相応しくないと考えていた。


 自然と、彼を引っ張る力が強くなる。

 ただ、ある程度のところまで移動すると――流石に疲れてしまった。


「……お兄ちゃん。先ほどの先輩は?」

「聞くのが遅くない……? えぇっと、あんまり知らないヤツだったよ」

「そうですか……。

 お兄ちゃんはモテるんだから、油断したらダメですよ?」

「……モテる、かなぁ……?」

「はい。間違いなく」


 リゼは自信たっぷりに、そう言い切った。


「まぁ……、今はそれどころじゃないけどな。……それで? 俺はどこに行けばいいの?」

「はい、わたしと一緒に行きましょう。

 エステル先輩とセシリア様にも、声を掛けておきましたので」

「え? ……ちなみに、どの先生が呼んでいたの?」

「学院長先生です」


 リゼの答えに、レクトは驚いた。

 学院長といえば……当然ながら、ヴァルセリア学院の中で最も偉い教師だ。


「一体、何の用だろう……」


 もしかして、怒ったエステルが……学院長に通報したとか。

 セシリアもリゼも呼ばれているのだから、憑依スキルのことがバレてしまって――


「……はぁ。退学かなぁ……」

「お兄ちゃん、何か悪いことをやったんですか!?」


 悪いこと……といえば、エステルにしでかしたことしか出てこない。

 レクトはさらに肩を落とし、歩く速度も遅くなっていく。


「――だ、大丈夫です!

 わたしは、ずっとお兄ちゃんの味方ですから……!」

「うぅ……。リゼは優しいなぁ……」


 レクトはリゼに慰められながら――そのままゆっくり、歩みを進めていった。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 ――学院長室の前では、既にエステルとセシリアが待っていた。

 レクトは思わず、ビクッと反応する。

 その様子を見て、エステルが先に口を開く――


「――はぁ。もう、いいから。

 憑依のことは前に許したんだから……、その件も許してあげるわよ。……まったく」


 その言葉に、レクトはようやく……少しだけ、表情を緩ませた。


「あら……。おふたりは、ケンカをなさっていたの?」

「お兄ちゃん、そうだったんですか?」

「……俺が100%悪かったんだ。だから……エステル、ありがとう……!」

「あー、はいはい! この話は、今後はもう禁止ね!?

 一生、禁止なんだから!!」


 エステルは顔を赤らめながら怒っていた。

 ただ、セシリアとリゼは話に付いていけない。


「さ、さて……! これで全員、揃ったんだよな?」

「はい、この4人で来るように……って」


 この顔ぶれが揃っている以上、次は……ディアナがいないのが気になる。

 まさか今回の招集は、ディアナからの通報が――

 ……レクトはやはり、誰かからの通報が怖くなってしまっていた。



 学院長室に入ると、そこには……学院長だけがいた。

 部屋の隅々を見るも、ディアナはおろか、他の誰もいなかった。


「――放課後に突然、すまないね。今日は大切な話があるんだ」


 学院長の第一声は、そんな言葉だった。

 レクトはそれに答えていく。


「はい。俺たち全員、ということでしょうか」

「君たちは、我が学院の有望な若者である。

 ……剣聖ふたりに、聖女ひとり。

 あとは……素晴らしい契約を果たした、召喚士」


 当然ながら、学院長は――

 レクトとエステルが、剣気を発現させたことを知っている。

 リゼが召喚獣と契約できたことを、知っている。

 セシリアは――聖女の必須要件である『聖魔法』を既に修得している。当然それも、学院長は知っている。


 学院長は間を空けてから、ゆっくりと……深く言い含めるように、言葉を続けた。



「――君たちに、西方に発生した黒い海の調査を依頼したい」



 レクトの胸が高鳴った。

 そしてそのまま、首を力強く――縦に振った。

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