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20.探究者は暴走気味

 ――ディアナに憑依したレクトは、彼女の研究室で過ごしていた。

 どうやら彼女は、ここを生活の中心としているようだ。


「……うーん」


 あまりの生活感の無さに、レクトは怯んでしまう。

 女子寮の部屋はガランとしており、最低限のものしか置かれていなかった。

 ……ただ、衣類だけは多かった。

 一般的なものから高級なものまで。そこだけは、世界が違うように見えた。


「そういえば、ディアナ先輩は……伯爵家の令嬢なんだよな」


 学院では自発的に家名を名乗ることを禁じているが、それでもディアナについては知られていた。

 オールストン伯爵家――様々な魔導具を扱う事業を展開しており、かなりの資産家でもある。

 ……ただ、レクトは特に興味が無かった。

 ディアナはディアナであり、レクトにとっては扱いづらい先輩なだけなのだ。


「……あ、そうだ。

 ディアナ先輩の身体なら、錬金術も使えるんじゃないか?」


 ふと思い立ち、レクトは隣の作業室に向かった。

 様々な素材や道具が並べられていて、研究室の方とはまるで雰囲気が違う。

 ……研究室は雑然としており、作業室は整然としている。


 研究室から持ってきたノートを見ながら、素材と道具を準備していく。

 使い方が分からないものも多くあったが、それはディアナの記憶から探して――

 ……憑依スキルを手にして以来、ここまで堂々としているのも初めてだった。

 何せ、ディアナ自身が全ての記憶を見ることを許しているのだ。


 作るべきものは、レクトが欲しかった魂律鋼だ。

 それ自体はディアナに作成を依頼しているが、自分で作れるならそれに越したことは無い。

 ……自分の武器に使うからこそ、レクトは素材から作ってみたくなっていた。


 ノートに従って、記憶に従って、手を順々に動かしていく。

 そしてその結果、1時間後には――

 ……無事、失敗した。


「あ、あれ……?」


 想定外の結果に、レクトは考えた。

 原因として思い当たるのは……細かい魔力制御の段階で、手ごたえをまるで感じなかった。

 憑依をすれば身体は動かせるが、繊細な魔力までは上手く扱えないのだ。


「うーん……。リゼのときを考えると、深化すれば上手くいきそうだけど……」


 憑依スキルがダメなわけではない。

 上手く扱えるほど、憑依しきれていないのが問題なのだ。

 ただ、こんなことで深化するわけにもいかない。


「他のものを作ってみるか……」


 レクトはノートを見ながら、他のアイテムを探してみることにした。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 昼休みの時間、作業室にエステルがやってきた。

 彼女は昼食を持参しており、レクトと一緒に食べるつもりでいた。


「レクト、いる?」

「こんにちは♪」

「……ディアナさんみたいに、挨拶しないでよ」

「あ、すまん。気を抜くと、身体の方に釣られて……」


 レクトは作業室の空いているスペースを指差して、エステルに座るように促した。


「お昼、食べたの?」

「ううん。ちょっと今、いいところで……」

「え? 何してるの? ……錬金術?」

「そうそう。やってみたら、本当に楽しくてさ。

 ほらほら、これが強力な麻痺薬。ついでに、あっちがその治療薬」

「何のために作ってるの!?」

「……さぁ? 楽しかったから、適当に……」


 レクトの言葉に、エステルは妙な気分を覚えた。


「もしかして……深化、してないでしょうね?」

「ああ、それはしてないんだけどさ。でも……何ていうのかな」


 手を動かしながら、レクトは考えをまとめていく。


「――エステルに最後に憑依したときさ。許可をもらって、修練場で剣を振っただろ?

 あのときみたいに、どこか……高揚しちゃって」

「う、うん……? あのときは、ね……?」


 エステルが憑依を許したのは、そのときの1回だけだった。

 だからこそ彼女にとっては特別なことであり、未だに恥ずかしさの方が勝っている。


「――やりたいことを一緒にやると、そうなる……のかな?」

「うん。多分、そうだと思う。

 ……そう考えたら、俺も修練場に行きたくなった気がするなぁ」

「気がする……って、何よ」


 エステルは仕方の無さそうに笑った。


「今は、ディアナ先輩の作業欲に囚われてるから……」

「ほどほどにしなさいよ? その間に、私は修練を続けてるからね?」

「ああ……、俺もこんなことをしてる場合じゃないんだけどなぁ……。

 ディアナ先輩、どれくらい憑依したら満足してくれるんだろ……」

「ディアナさんの考えてることは、分からないからね……」


 記憶と感情は別物ではあるが、ディアナの身体には感情の記憶も残っている。

 それを読んでみれば――まぁ、いろいろとやらされそうではあった。

 しばらくエステルと話をしていると、昼休みを終える鐘が聞こえてきた。


「それじゃ、午後の授業もがんばれよ」

「あー……。ディアナさんはもう、単位を取り終わってるんだっけ?

 堂々と授業をサボれて、良いわねぇ……」

「俺の身体がちゃんと授業を受けてくれれば、その通りなんだけどな……」

「あはは。今日もずっと、眠ってたわよ?」

「……はぁ。また今度、ノートを写させてくれ……」

「はいはい。それじゃ、またね」


 エステルはそう言うと、作業室から出ていった。

 レクトは窓の外を眺めながら、手元の瓶に手を伸ばす。

 さて、このあとは何をするか――

 ……そう思いながら瓶に口を付け、喉の渇きを潤していく。


 幸いなことに、時間ならたくさんある。

 今のうちに、できることをやってみるのも面白いかもしれない――


 そんなことを考えていると、突然足から……力が抜けていった。

 それは次第に全身へ広がり、ピリピリとした感覚が現れてくる。


「あ、あれ……? これって……?」


 手も痺れ、持っていた瓶がゆっくりと、床に落ちて音を立てる。

 ……そこでレクトはようやく気付いた。


 ディアナからはいつも、飲み水を薬瓶で渡されていた。

 だから今回も、何気なく薬瓶を口に付けてしまったが、そこに入っていたのは――

 ……強力な、麻痺薬。


「――ふふふっ。この効果、即効性。

 ディアナ先輩の錬金術は、本当にすごいなぁ……」


 こんな状況でもどこか面白く、レクトは床に倒れたまま、天井を見上げることにした。

 ……こうなってしまったからには仕方がない。

 授業が終われば、きっと誰かが様子を見に来るだろう。


 それまでは、まぁ――……何か別のことを、考えていることにしよう。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇



「――あははははっ♪」


 放課後の研究室に、ディアナの笑い声が響いた。

 彼女の前には、憑依を解いたレクトとエステルが座っている。


「まさか、麻痺薬を作って、自分で飲むだなんて……っ!!」


 ディアナは腹を押さえながら笑っており、エステルは呆れた表情を浮かべている。

 レクトは……気まずい顔で、ディアナに抗議した。


「ディアナ先輩がいつも、薬瓶で水を出すせいですよ……!!」

「はい、はい♪ 今後は善処するよ……あはははっ」

「まったく……。私が様子を見にきたからよかったものの……」


 授業が終わったあと、エステルはレクトの身体を連れて、様子を見に来ていた。

 そこで麻痺したレクトを発見して、治療薬を飲ませてから、憑依を解除して――今に至る。


 レクトとエステルが話している中、ディアナは椅子にもたれて、ゆっくりとそのときの様子を思い浮かべていた。

 自分ではない人物が起こした、間抜けな事故ではあるが――

 ……こうして振り返ると、確かに自分の記憶として残っている。


「――うん、確かに不思議な体験だね。

 まぁ、あたしはこんなことはしないけど……ふふふっ♪」

「ディアナさんの身体に入ったからって、中身までディアナさんになるわけでは……ないですからね」

「そうなんだよ、えっちゃん! 人間の意思は、あくまでも魂に属するものだからね。

 だから魂が違うのであれば、まったく同じにはならないわけで――」


 そう言いながら、ディアナはレクトの方を見た。

 レクトは……嫌な気がして堪らない。


「ねぇねぇ、レクト君。

 次はさ、憑依したあと……深化まで進めてみない?」

「はぁ!? ……あの、レクトにあんまり無理なことを言わないでもらえますか!?」

「そ、そうですよ……。リゼのときに、みんなに心配を掛けてしまったので、それはさすがに……」

「何日もやるとダメなんでしょ? 1日くらいなら、どう?」


 ディアナにしては珍しく、可愛い素振りを見せながら迫ってくる。

 しかし、これは明確に拒否すべきところだ。


「すいません、理由がないときは勘弁してください……」

「――ふむ。

 ……わかったよ、無理を言ってごめんね」

「あれ……? 案外あっさりと、引きましたね?」

「みんなとは、上手くやっていきたいからね♪」


 ディアナはそう言いながら、ふたりに笑顔を向けた。

 しばらくすると、レクトとエステルを連れて作業室に移動する。


「――レクト君が憑依していたときにさ、いろいろと作っていたでしょ?

 本当に、楽しかったね。……記憶の上での、感情なんだけど」

「ははは……。とっても楽しかったですよ。ディアナ先輩も、いつもあんな感じなんですか?」

「あそこまで、ではないかな? でも、昔の気持ちはあんな感じだったと思う。

 初心……みたいな感じ、なのかなぁ」


 その言葉に、レクトは思い当たるものがあった。

 程度は少し違うが、1年ぶりに剣術を始めたときの……あの感覚に近いのかもしれない。


「さて。ところでレクト君の記憶の中に、興味深いものがあったんだけど……」

「え? 何の話ですか?」

「麻痺薬で転がっていた時間――

 ……黒い海、のことを考えていたでしょう? あとは、守護者のことも」

「あ……」


 長い時間、ずっと考えていたため……ディアナの記憶として残ってしまった。

 レクトにとって、これは誤算だった。


「……何ですか、それ? レクト、また厄介なことに首を突っ込んでるの?」

「いや、そういうことじゃないんだけど――この情報の入手経路が、憑依した関係でな……」

「あはは。他人に憑依する分、視野が広くなるからね。

 ……ただこれは、西方のラヴィニア学院でもあった話だし、秘匿しなくても良いんじゃない?」

「あ、そうか……。言われてみれば、そうですね」


 レクトはエステルに身体を向けて、大筋のところを話した。

 黒い海と呼ばれる場所に、守護者と呼ばれるものがいる。

 西方で見つけられたそれは、ラヴィニア学院の生徒たちが討伐した。

 しかし東方でも、同様のものが発見されていて――


「――で、レクト君はそれを倒したい……と」

「はい。でも、今のままでは難しいはずです。

 剣気も発現させなければいけないし、強い武器も手に入れなくてはいけない……。それに、右足のことだって――」

「やることは、盛りだくさんだね?」


 ディアナはエステルの方を見た。

 ……その意図は分かる。レクトだけでは、土台無理な話だからだ。


「私も……詳しくは分かりませんが、レクトが倒したいと言うなら……一緒に、行きたいです」

「うん、うん。若いって素晴らしいねぇ」

「ディアナ先輩……。俺たちとは、1歳しか違わないでしょ?」

「ふふふ。若いうちはね、その1歳が大きいんだよ。多分、来年には分かると思うよ?」

「はぁ……」


 レクトの気の無い返事に、ディアナは怪しげに笑う。


「――そうだね。楽しそうだし、あたしも手伝うよ!」

「え?……ディアナ先輩が、やる気を!?」

「驚くの、そこぉ!?」


 ディアナの言葉に、レクトとエステルは笑った。

 エステルにとっては突然出てきた目標だったが、剣聖の道を歩む中で、中間目標としては申し分なく感じられた。


「私も頑張るし……セシリアさんにも、相談してみる?」

「リゼたんも、忘れたらダメだよ!」

「危険なことには違いないから、まずは話すところからだな。

 ……それではディアナ先輩。一緒に戦いましょう!!」

「おっけー! それで、その報酬なんだけど……」


 レクトは次の言葉に想像が付いた。

 エステルも、同様だった。


「レクト君、あたしにたくさん憑依してね♪」

「何で、そうなるんですか……」


 レクトはひとり、頭を抱えてしまった。

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