19.規格外の、超天才
月初めのある日、レクトは慣れない建物に足を運んでいた。
ここは学術系の職才を持つ、特に優れた生徒が研究室を構える場所――
……レクトは今日、そこに呼び出しを受けていたのだ。
目的の場所に着き、扉をゆっくりとノックする。
中から気怠い返事が聞こえると、レクトは気持ちを落ち着けてから、中に入っていった。
「やぁやぁ、レクト君。お久し振り~♪」
整えられていない印象を受ける、柔らかな緑色の、腰までの髪。
赤色の瞳がどこか妖しさを感じさせる。
……反面、整った顔立ちに、魅力的な声。
部屋の中は書類や正体不明のもので溢れており、制服もどこか着崩れている。
――しっかりすれば、かなりの美人なのに。
以前、フローラを断罪するときに魔導具を借りた相手。
その後、リゼの様子を見るように依頼してきた相手。
錬金術師の職才を持つ、学院が誇る超天才。
制服の胸元には、3年生を示す赤色のリボンが付けられている。
「お、お久し振りです――……ディアナ先輩」
正直、レクトはディアナが苦手だった。
いろいろな意味で……世界が違う彼女の言動には、常に振り回されっぱなしなのだ。
「寮長の子から聞いたよー。リゼたんの件、本当にありがとね!」
そう言いながら、ディアナはレクトに向かって手招きをする。
机の前まで進み、椅子に座るディアナに近付いていくと――
……彼女は立ち上がり、レクトの頭に右手を伸ばした。
「……えぇっと?」
「ふふふ。本当にいろいろあったようだからね。
記憶を読ませてもらうよ……!!」
……そのまま沈黙が流れる。
ディアナは全てを悟ったような表情を浮かべ、レクトに言葉を掛ける。
「――記憶なんて、読めるはずもないが?」
「いや……、はぁ? 自分から言っておいて、何なんですか……」
「あっはっはっ。物事は何でも挑戦なんだよ。
理屈を言えば、何度も壁にぶつかれば、いつかはすり抜けられる可能性もあるわけだし」
「うそだぁ……」
そういうレクトを笑いながら、ソファに座るように促す。
「水でいいかな? いいよね?」
「変な飲み物が出るよりも、水の方がいいですね」
「ふふっ。レクト君も、言うようになったねぇ」
ディアナは机の上の薬瓶を持ってきて、水を入れてからレクトに渡した。
「この研究室ならでは……、って感じがします」
「そうでしょう? オンリーワンというのは、大切だからね。
さて、それで――……何があったのかな?」
ディアナの鋭い視線が、レクトを射抜く。
普段おちゃらけているくせに、真面目なところは真面目で、鋭いところは鋭い。
「情報量が多いので、どこから話すべきか……」
「大丈夫、情報量が多いのは大好物だから。
時間が掛かるなら、今日は泊まっていく?」
「それ、大問題になりますって……」
「あはは。レクト君には、仲の良い幼馴染ちゃんがいるからね。
疑われたら困るよね?」
「いや、それ以前に……退学になりますよ?」
「なるほど、それはそうかも。
本来は学歴よりも、学が付いたかの有無を見るべきなんだけど――」
「ああもう、話が逸れまくる……。それじゃ、本題に入りますよ?」
「時系列順で良いからね。脚色とかも要らないから」
「わ、わかりました……」
――ディアナはリゼと昔から親交があり、彼女たちの親同士も親交が深かった。
憑依の話はしたくなかったが、口の堅さは信用できる――
……リゼがそう言っていたので、レクトも伝えることを決めていた。
レクトとしても、ディアナは信用できる人物だと認識していたのだ。
ディアナの依頼を受けて、女子寮の入口を監視していたところから、最後の……レクトの身体に戻るところまで。
たどたどしい部分もあったが、どうにかディアナに伝えることができた。
話が最後まで終わると、ディアナはリゼの境遇に胸を痛めながら――
……余韻を嚙みしめるようにしてから、口を開いた。
「――憑依って、面白そう!! リゼたんも、その力で救われたんだよね……?
ねぇ、レクト君。あたしにも憑依してみない?」
「は、はぁ!? ……話、聞いてました!?」
「もちろん! でも、他の子にも憑依したんでしょ?
それなら、あたしにも憑依して良いんじゃない?」
「いやいや、何でそうなるんですか!?」
「錬金術は――……魂も扱うから」
ふっと、真面目な目を見せるディアナ。
魂というものを実践的に扱うのは、確かに錬金術が最たるものだ。
「だから、自分の身体で試そうと……? いやいや、本当に危険なので……。
それに、ディアナ先輩の身体を、俺が勝手に使うことになるんですよ?
記憶も見られるし、生活にも踏み込まれるし――」
「レクト君は真面目だね。ふふっ、だからあたしも好きなんだよ~♪」
「茶化さないでください!?」
「だってさ~?
男の子が女の子の身体になったら、ほら……ねぇ?」
ディアナは口を手で押さえながら、レクトに笑い掛けた。
レクトは慌てて目を逸らし、ディアナの視線から逃げていく。
「――あはは、冗談だよ!
でもレクト君は、3人の女の子に憑依して……それでも嫌われていないんでしょ?
やっぱりそこは、誠意がちゃんとある――って考えるべきじゃない?」
「そう言ってもらえるのであれば……そうかも、しれませんが。
ただ、みんなが許してくれたから……ですよ?」
「そういうところが、真面目なんだって。
リゼたんもそうだったんだから、あたしも大丈夫そう……じゃないかな?」
ディアナの猛攻が続く。
しかしレクトは、今までの経験から――理由が無い限り、憑依はしないことに決めているのだ。
「申し訳ありませんが、これ以上、考えることはありませんので!」
「ちぇー、残念。でも、今回のことは本当にありがとうね。
おかげで……可愛いリゼたんが、死ななくて済んだよ。
……あたしにも、もう少し頼ってくれれば良かったのに――」
最後に、ディアナは寂しそうに零した。
リゼが言うには、ディアナにも全てを打ち明けていなかったらしい。
その辺りを考えれば……リゼにももう少し、動きようはあったのかもしれない。
「――それじゃ、魔導具の貸し借りの件はこれで終わりだね。
でも、まさかフローラ先生を追放するだなんてねぇ……」
ディアナは静かに、笑いを堪えていた。
「剣術の先生でしたが、ディアナ先輩も……ご存じだったんですか?」
「あたしの傑作が没収されててね。……でもこの前戻ってきたんだよ。
ありがとう、これもレクト君のおかげだね」
「いえいえ……。それにしても、よく分からないところで繋がっているものですね。
……ちなみに、何を取られていたんです?」
「んー? ただひたすらに綺麗なアクセサリ」
そう言うとディアナは、机の引き出しから小さな飾りを取り出した。
光を反射させながら、とても美しい輝きを放っている。
「それ、何か凄いものなんですか?」
「ううん、全然? ガラスを加工しただけだよ」
「……それだけなのに、やけに綺麗ですね……」
「作品名が、『ただひたすらに綺麗なアクセサリ』っていうくらいだからね」
「直球ですね!?」
……身になる話もあり、身にならない話もあり。
ディアナと話すと、フェイントのような流れが多くて疲れてしまう……。
どうにもレクトは、彼女のことが苦手なのだ。
――そうだ。
レクトはすっかり忘れていた、もうひとつの目的を思い出した。
「ところで先輩、『魂律鋼』ってご存じですか?」
「こんりつ……こう?
んー、聞き覚えはあるかな? ちょっと待ってね」
そう言うと、ディアナは本棚から1冊取り出して、パラパラとめくり始めた。
そして目的のものをあっさりと見つけてくる。
「――ああ、はいはい。昔、1度だけ作ったことがあるよ」
「本当ですか!? 実は俺、それが欲しくて」
「うん? 何に使うの? 金属だから……剣でも?
……というと、リベリオンかな?」
「は、はい……その通りです。
緋色の魔石は持っているので、他で入手が難しいのは魂律鋼だけなんですよ」
「なーるほどねー。それを、あたしに作って欲しい……と」
ディアナはレクトを眺めながら、満足そうに頷いた。
よくぞ、指名すべき相手を指名してくれた――そんな気持ちが伝わってくる。
「……まぁ、素材自体は難しくはないんだよね。
ただ、手間がすごくかかるんだよぉ……」
「や、やっぱり高いですか……? 俺も最近探し始めたんですが、どこにも出品が無くて……」
「希少品だし、投資対象にもなってるからね。作れる錬金術師も限られてるし……」
「そこでディアナ先輩!!
いやぁ、頼りになる先輩を持てて、俺はしあわせだなぁ!!」
「ふふふ。そうでしょう、そうでしょうとも!」
レクトはディアナの性格を、ある程度なら分かっていた。
かつてのポーター時代も、先日の魔導具を借りるときも、こんな感じでディアナを気持ちよくさせてから――
「――ただまぁ、今回はいつも以上に報酬をもらおうかな!!」
「ええっ!? な、何で!?」
「そりゃ、魅力的なモノが、目の前にあるからねぇ♪」
目の前の、魅力的なモノ――
……それが自分であることに、レクトはすぐに気付いてしまった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「こんにちはー♪」
レクトたちのパーティ活動室に、ディアナの明るい声が響く。
それ以外のメンバーは既におり、視線はディアナの方に向かってしまう。
「ディアナお姉さま!?」
「あ、リゼたん。今回は大変だったね……。
あたしが全部、気が付かなくてごめんねぇ……」
「い、いえ……。わたしこそ、相談しきれずに……申し訳ございません……」
「ううん? あたしが全部悪い!
これまで以上に、リゼたんのことは可愛がるから……許して!!」
ディアナはリゼの身体に抱き着いて、ぐりぐりと頬を擦り付けていた。
リゼは慣れた感じで、その愛情表現を受け入れている。
「――それで? レクト君の好きな人は、どっち?」
ディアナの言葉に、部屋の中が一瞬ひりついた。
沈黙が重く圧しかかり、口を開くのが難しい。
ただ、それを乗り越えていったのはエステルだった。
「お、幼馴染という意味では……。はじめまして、2年生のエステルです」
「ふむふむ、可愛いね! レクト君ったら、こんな子を捕まえて~♪」
「わたくし、セシリアと申します。レクトさんとエステル様と同じく、2年生ですわ」
「あ……もしかして、聖女の!? うわぁ、噂通り、まさに美少女……!」
そのやり取りに続いて、リゼも参加しそうな勢いだったが……それはレクトが、静かに止めていた。
全員のペースをことごとく奪っていく――そんなディアナに、レクトは恐ろしさすら覚えてしまう。
「それじゃ、『えっちゃん』と『せっちゃん』だね。今後ともよろしくっ!!」
「……えっちゃん」
「……せっちゃん」
ふたりの動きが止まる中、リゼが話を続ける。
「それで、ディアナお姉さまは……こちらには、何の用で?」
「ここのパーティに入れば、レクト君に憑依してもらえるんだよね?
だから、参加を希望したいんだけど……!」
「は、はぁ!? ちょっとレクト、ディアナさんにどんな説明をしたのよ!!」
エステルは、先輩呼びをしないんだな――ふと、レクトはそんなことを思った。
……気持ちは分かる。分かるから、ここはスルーしておこう。
「いやいや、俺は全部話したぞ……? それはもう、最初から最後まで……」
「それなのに、こんな風に来るはずがないでしょ!?」
「いえ……。
ディアナお姉さまですし、可能性はありそう……です」
リゼの言葉に、ディアナは満足そうに頷いた。
「さすがリゼたん! えぇっと、勘違いして欲しくは無いんだけど――
あたしが憑依してもらいたい理由は100%、興味本位だから」
「それはそうですよ! こんな危険なスキル、ただの興味本位だけで受ける人なんて――
……え? 100%? 興味本位で?」
「ディアナ様、憑依スキルはとても危ないものですので……。その、お考え直しになってみては?」
「あたしは錬金術師だからさ。こんな貴重な体験、逃すわけにはいかないでしょう?
あなたたちには迷惑は掛けないから、ね? 一緒にレクト君を説得してくれない!?」
ディアナの頼みに、一同は若干引いていた。
天才の考えることは分からない――
しかし数日の押し問答の末、レクトたちはディアナの要求を渋々受け入れることになった。
憑依スキルが危ないとは言っても、レクトさえ問題を起こさなければ良いだけだ。
……ディアナに翻弄されて、いつの間にか全員が――そんな思考に陥っていた。




