18.理解は優しさの中に
レクトが憑依していた間、リゼの記憶は無くなっていた。
厳密には、レクトが心象世界でリンドブルムと戦っていた辺りから――
……レクトが憑依を解除するときまで。
リゼはほとんど眠っていたとはいえ、今日起きてからのことくらいは覚えているはずだった。
エステルとセシリアは憑依されたことがあるため、どうしてもそこが気になってしまう。
――ただ、レクトだけは察しが付いていた。
今回途中から違っていたのは、憑依の次の段階……深化を行った点だ。
ひとまずレクトは、リゼにこれまでの経緯を話していった。
ディアナから依頼を受けて、しばらく見守っていたこと。
街から離れた山に付いていき、崖から落ちるのを助けたこと。
――その際、憑依スキルを使用したこと。
「……憑依、ですか……?」
「ああ。俺は他人の身体に憑依することができる。
積極的に使うことはしないが――」
エステルを少しだけ気にしながら、レクトは続ける。
「――俺が憑依している間は、その身体の持ち主は意識が無くなる。
ただ、憑依が終われば……記憶は残るはずなんだ」
「わたしは……はい。崖から落ちた記憶も、レクト先輩に助けられた記憶も……あります。
……あのとき、わたしは……憑依されていたんですか……? わたしが、考えて動いたわけじゃない……?」
リゼは考えるように俯いた。
ただ、すぐに頭を上げる。
「わたしは、それを……信じられます。
だってわたし、崖から落ちて……体をねじって、木の方に落ちるなんて、できませんし……」
「さすがに私も、そんな真似はできなさそう……」
「何を言ってるんだ。剣聖になるなら、それくらいはできないと」
「……改めて、遠い目標だなぁ……」
将来を悲観するエステルを横に、レクトは言葉を続ける。
「それで、憑依をしたあと――リゼの頭に響く叫び声のことを知ったんだ。
つらかっただろう? 俺も、つらかった!」
「あはは……」
リゼがようやく、少しだけ笑った。
ただ、その中には申し訳なさも滲んでいる。
「それで、リゼの中でいろいろあったんだが……。問題を解決するために、憑依の深化を――
……何て言ったらいいのかな。憑依の度合いを増やして、叫び声の元凶を叩きのめしたんだ」
「説明が急に、適当になってない?」
「その辺りは、感覚的な話なのでしょう。
レクトさんも、説明しづらいのではないでしょうか」
「全部話しても、ややこしくなるからな……。必要であれば、改めて話すよ」
レクトの言葉に、エステルも頷く。
「ただ……その深化ってやつ? それのおかげで、レクトは自分を見失ったんでしょ?
……本当に、怖かったんだから」
「それについては、本当にすまん……。
深化したあと、リゼの中でそのまま気を失っていたからな……」
「すぐに解除すれば問題は無い。
ただ、続けていくほど――憑依した人間に近付いていく、ということですか……」
セシリアは今回の現象と問題を軽くまとめた。
今まで見てきた憑依より、格段に危険な存在。
ただ、危険なのは本人と憑依された人間だけで……逆に言えば、それ以外は無害と言えるかもしれない。
仮に、今回の件で最悪のケースを考えてみると――
レクトの魂は、自身の身体に戻ることができず……魂の抜けたやる気のないレクトが、レクトの人生を歩み続けることになる。
リゼの身体にはレクトとリゼの魂が共存し、最終的には元々のリゼと同じ状態になる。
……後者は、外部からでは完全に見分けがつかない。
加えて、レクトの魂の所在が分からなくなったエステルは――
……そんなことを考えると、セシリアの胸は痛くなった。
エステルだけではない。今ではセシリア自身も、かなりの想いを寄せてしまっているのだ。
「――とにかく、だ。今回は緊急ということもあって、勝手に憑依させてもらった。
気持ち悪いと思うだろうが、この通りだ。許してくれ」
「それに、危険なことをしちゃったのもね。
……レクト。深化っていうのは、もう禁止だよ」
「ふふっ。レクトさんは、エステル様にしっかり管理されてますわね♪
でも、それにはわたくしも賛成です」
「うぅ……。本当にすまなかった……。
リゼも、どうか許してくれ……」
レクトはリゼに、何度も頭を下げていく。
「あ、謝らないでください……。そもそもわたしが、その……やってはいけないことを、したんです。
だからレクト先輩は、悪いことなんて無いです。他にもいろいろ、助けてもらって……」
リゼは真っすぐ、レクトの目を見た。
「――それに、深化……ですか? 途中で、とっても安らぎを感じたんです……。
凍える中、誰かが隣で……温めてくれるような。
きっと、その……わたしの中で、レクト先輩が寄り添ってくれていたんですよね……?」
そこまで言うと、リゼは……顔を赤くして、それを両手で隠した。
「……魂を寄せ合う仲……。うーん、想像が付きませんわね?」
「ど、どうして私を見るんですか! 想像なんて、しませんよ!!」
「あらあら♪」
「……あ、あの。ところで――」
リゼが指の隙間から、エステルとセシリアを見る。
「もしかして、エステル先輩とセシリア様も……。レクト先輩から、憑依をされて……?」
「ま、まぁね……。でも、私はもう許さないから!」
「わたくしは、自由にして頂いて構わないんですけど……♪」
三者三様の表情を浮かべる中、レクトが話を続ける。
「気軽に憑依することは無いから、安心してくれ。
あとは今さらだが……このことは秘密にしたいんだ。誰にも喋らないで欲しい」
「も、もちろんです……。
……その代わりと言ってはなんですが、お願いがありまして……」
「う、うん。何かな?」
「これから、先輩たちと仲良くさせてもらっても……いいですか?
……その、これっきりなんて……寂しいから……」
リゼは指をもじもじとさせながら、3人に言った。
そのいじらしい仕草に、全員が癒されてしまう。
「ああ、喜んで。気軽にいつでも、声を掛けてくれ」
「そういうことでしたら、リゼ様もわたくしたちのパーティにお誘いしませんか?」
「まぁ、それが手っ取り早いですか……」
「あ、ありがとうございます! とっても……嬉しいです!」
リゼはそう言うと、3人とそれぞれ握手を交わしていった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
――翌日。
レクトとエステル、セシリアがパーティ活動室にいると、ノックの音が聞こえてきた。
扉を開けると、そこにはリゼが立っている。
「あの……。早速来ちゃいましたが、よろしいでしょうか……」
「ええ、いらっしゃい。もちろんよ!」
「お好きなところに、座ってくださいまし」
座るところは何箇所かあるが、リゼはトコトコと……レクトの横に座った。
「――あら、迷いがありませんわね♪」
「だから、何でこっちを見るんですか!」
そんなやり取りを見ながら、リゼは顔を赤らめていた。
少しずつ座り直して、徐々にレクトとの距離を近付けていく。
「……ところで、レクト先輩。相談があるのですが……」
「え? 俺で良いの?」
「はい、あの……わたし、召喚できるようになった気がするんです」
「何だって!?」
レクトは思い切り慌てた。
リゼが召喚するものといえば、心象世界で戦ったリンドブルムに違いない。
「昨日、頭の中で囁かれたような気がして……」
「そ、そうなんだ? き、きっと、すごく強インダロウナー?」
「それじゃ、召喚してみますね!」
「え、ちょっと――」
止める間もなく、リゼは小さく詠唱をした。
ごく短い呟きが終わると、パァ……っと手元が輝き、そして何かが召喚される。
「――うむ。呼んだか、我が娘よ」
「レクト先輩、成功しました!」
「……いやいや。これは――」
……見れば、心象世界で出会ったリンドブルム――が、デフォルメ化したような姿がそこにあった。
エステルとセシリアは可愛いとは思いつつ、その存在には気を許さない。
「――お前は、リンドブルム……?」
「おう、数日振りであるな!」
リンドブルムはリゼの腕に抱かれながら、機嫌よくレクトに返事をした。
「あのさぁ……。
あんなに俺を殺そうとしたのに、こんなにノコノコ現れるのか……?」
「せ、先輩!? 落ち着いてください……!?」
「はっはっはっ。
そうだぞ、我が娘の言う通り。お主も落ち着くが良い」
「……お前が言う?」
そんなやり取りに、エステルが口を挟んでくる。
「ねぇ、その竜って……?」
「ああ。心象世界で、俺と戦った竜だ。
リゼ……こいつがあの、例の叫びの元凶だったんだぞ?」
「そ、そうなんですよね……?
……あ、あの。何でそんなことをしたの……?」
「我のせいではないぞ?
召喚契約の儀式のせいだから、気にすることは無い」
「そ、そうなんだ?」
「ああ……。あっさりと信じちゃってる……」
「なぁに。結果として、お主らは納得いく結果になったから良いではないか」
リンドブルムの口元が、少し緩んだ気がした。
「……それは一体、どういう意味だ?」
「我はお主の攻撃によって、魂が少し小さくなったのだ。
それによって、リゼの――頭の中の叫び、というのも無くなったであろう?」
「うん。……でも、あなたは傷を負ったんだね。大丈夫?」
「それも仕方あるまい。
それで……あー、お主の名前はなんだったか? まぁいい、それで婿殿はだな――」
「……婿殿?」
「おう。婿殿は、我の魂と一時的に繋がったであろう?
そのときに、我の魔力をある程度受け継いだはずだ」
「魔力……だと?
そうすると、俺は魔法を使える……ということなのか?」
「魔法の道に進めば、それも可能だろうな。まぁ、どの道に進むかはお主次第よ」
その言葉を聞いて、レクトが視線を送ったのは――セシリアだった。
「もしかして、俺は自分で……右足のために、身体強化の魔法を使えるかもしれない……?」
「とんでもない朗報ですわね!」
今までは自分で魔法を使えなかったため、どうすべきかは分からなかったものの――
……魔力を獲得できたというなら、進むべき道は自ずと決まってくる。
「――ところで、さっき……婿殿、って聞こえたけど? あれは何?」
レクトとセシリアの間に、エステルが割り込んで来た。
「お、俺は知らないぞ……!?」
「くくくっ。我が娘はお主を好いているようでな。それに、心象世界で我とあれだけ戦ったのだ。
認めてやろうではないか。お主こそ、リゼのつがいにふさわしい……ッ!!」
「ちょ、ちょっと……!?」
リゼは慌てて、エステルとセシリアの顔を見た。
彼女たちも、リゼのことを真っすぐに見つめている。
「あ、あの……。わたし、エステル先輩も、セシリア様も素敵だな、って思ってて……。
だから、あの……レクト先輩のことは、その――……なんですけど、わたしは、そうじゃなくて……」
「ううん? お主は何を言っているのだ? 特別な関係になりたいのではないのか?」
「とととっ、特別な関係だなんて――」
リゼはレクトの顔を一度見上げて、そのまま顔を伏せた。
「――……でも、わたしに恋愛はまだ、早いですから……。
だから、その……。わたしは、お兄ちゃん……って、呼ばせてもらっても……いいですか……?」
「あらあら♪ それは別の意味で、特別な関係になってしまいますわね……♪」
「良かったわねぇ。こんなに可愛い妹ができちゃって……ッ!!」
3つの方向から、それぞれ違う圧力を受けるレクト。
「……俺、別に悪いことはしてないよな……?」
「くっくっくっ。モテるというのは、男としての実力よ」
「お前は黙ってろ」
思わずツッコミを入れたリンドブルムの皮膚は厚く、レクトは逆にダメージを受けてしまった。
――……そういえば。
この小さなリンドブルムを呼んだとき、リゼはごく短い詠唱で終わらせていたっけ。
それなら……もしもリンドブルムを長い詠唱で呼んだとき、その姿や強さはどうなるのだろうか。
平穏の中に潜む、強大な力――
……レクトはそれを思うと、どうにも恐ろしくなってしまった。




