第14話(後編):女神の保証と、買収の成立
黄金の光が食堂の隅々までを洗い流し、神聖な静寂がその場を支配していた。
宙に浮遊する白銀の衣を纏った存在。その神々しいまでの美しさと、肌を刺すような神威の波動に、国王レオン三世さえもが箸を止め、その眼光に驚愕を宿して凝視していた。
「……女神、ルナミス?」
誰もが言葉を失い、床に膝をつくことさえ忘れて硬直する中、僕だけがその名を呼んだ。
かつて転生の間で、僕をこの世界へと送り出し、そして僕に「その服は整理の邪魔です」と丁寧にあしらわれた女神。彼女は神としての威厳に満ちた表情を崩さないまま、けれどその瞳の奥に、僕に向けられた熱烈な色を隠しきれずにいた。
「……国王陛下。その整理、この私が保証いたしましょう」
ルナミスの声が、王宮の堅牢な壁を透過し、人々の魂に直接響き渡る。
「アルスの歩む道に、情報の澱みは許されません。彼が分解し、再構成する知識は、この国にとって真の至宝となるでしょう。……神である私が、その全工程を証言します」
神界から僕の「最短の所作」に心酔し、見守り続けてきた女神自らの一押し。
その絶対的な「神託」を前に、沈黙していた食堂が、一気に沸騰したような騒然とした空気に包まれた。
「な、女神様が……直々に、この少年に……!?」
ゼノスさんが椅子から転げ落ち、ハミルト館長は眼鏡をずらして「ああ、なんという奇跡だ……」と涙を流して平伏した。
父カイルだけが、頭を掻きむしりながら深く、重い溜息をついた。
「はぁ~……。おいアルス、お前……。……いや、いい。父さんはもう驚かないぞ。お前が本を救いたいって言うなら、神様だって放っておかないよな」
カイルは頭を掻きむしりながら、半分は呆れ、半分は誇らしげに、目の前の現実を受け入れていた。
国王レオン三世は、しばらくの間、僕とルナミスを交互に見つめていた。
王としての理性が、魔導書分解というリスクを拒んでいた。だが、目の前には神が降り立ち、勇者の息子が「十枚の紙」という莫大な実利を担保として差し出している。
やがて。
「がはは化け物め! 面白い、面白すぎるぞ、小僧!」
レオン三世が、食堂の床を抜かんばかりの勢いで足を踏み鳴らし、豪快に笑い飛ばした。
「神が保証し、伝説の勇者が命を懸けて背中を押すというなら、一国の主としてこれ以上渋るのは無粋というものだ! 認めよう、アルス! 今日から王立図書館の全権は、お前に預ける!」
王の咆哮が、買収の成立を告げる号令となった。
正式に承認されたその瞬間。
女神ルナミスが、それまでの神としての威厳を霧散させ、弾かれたような勢いで僕に飛びついてきた。
「よかったな~、アルス! これで心置きなく、全部綺麗に整理できるな!」
ルナミスは僕の身体を力いっぱい抱きしめ、その頬を僕の頭に擦り付けた。神界での「あしらわれ」を忘れたかのような、無邪気で熱烈な祝福。
「ちょっと! 女神様、ずるいですわ! 私だってアルスくんの快挙を一番近くで祝いたかったのに!」
「アルス様、私も……! 私も、あなたの側で、その喜びを分かち合わせてください!」
エレナさんとセリスさんも、ルナミスの行動に火をつけられたように僕へと駆け寄り、一緒になって僕を抱きしめた。
女神と、熟練魔法使いと、司書。
三人の大人の女性にもみくちゃにされ、僕はあまりの熱量と密着に顔を真っ赤に染めながら、「……苦しいよ」と、誠実な抗議の声を上げるのが精一杯だった。
その光景を、国王レオン三世はニヤリと笑って眺めていた。
「がはは! やっぱりお前の子だな、色ボケ勇者! 女神まで侍らせるとは、血は争えんわ!」
王がカイルの肩を、骨が砕けんばかりの力で叩く。
「いや、俺あんなにもてなかったし。一緒にすんな筋肉ダルマ」
カイルは心底迷惑そうに、けれどどこか呆れたような、親愛の情が混ざったやり取りを返した。
王宮の虚飾に満ちた空気が、アルスの周囲だけは、嘘のない、最短の「好意」によって満たされていた。
王立図書館の「大整理」という、国家規模の再編工程。
それは、神と王と、そして熱烈な信奉者たちを巻き込んだ、前代未聞の幕開けとなった。




