表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
虚飾まみれの魔導書の世界をスッキリさせます。〜整理の天才児による、澱みゼロの最短魔術ライフ〜  作者: 寝不足魔王


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

13/59

第12話:生きた目録と、閉じられた頁(ページ)

 白亜の石造りに彩られた外観は、王都の太陽を反射して眩いほどに輝いていた。けれど、一歩足を踏み入れたその内側は、日の光さえ届かない「情報の澱み」が幾重にも重なる、底知れぬ深淵だった。


「……ひどいな。まるで、知識を閉じ込めて殺しているみたいだ」

 僕の呟きは、高い天井へと吸い込まれ、虚しく響いた。

 入り口の広大なホールに置かれた巨大な目録は、ページをめくることさえ躊躇われるほど埃を被り、インクは掠れ、数年前から更新が止まっている。本来、人々を導くべき道標は、役割を果たせずに壁に立てかけられたまま、ただの板切れとして沈黙していた。

 

「アルスの言う通りね。これだけ立派な建物なのに、どこに何があるか、まるで見当もつかないわ」

 母リーサが、困惑したように周囲を見渡す。元魔術師の彼女にとって、本は大切な道具だ。それがこれほど無秩序に放置されている現状は、整理整頓を愛する彼女にとっても耐え難い光景だった。

「おいおい、こっちは迷宮か何かか? 勇者時代の勘を頼りに進まないと、二度と出られそうにないぞ」

 父カイルが、冗談めかして剣の柄に手を置いた。元勇者の彼でさえ、この巨大な無秩序が生み出す「澱んだ空気」に、生理的な危機感を覚えているようだった。


「……あの、お客様。どちらの本をお探しでしょうか。もし、ここにある山のことを仰っているのでしたら、申し訳ございません。今は、整理が追いついておらず……」

 積み上がった未整理本の影から、一人の女性が静かに現れた。銀縁の眼鏡をかけ、使い込まれた司書服を纏った彼女は、疲れ果てた表情で僕たちの前に立った。その指先には、一冊一冊の埃を丁寧に払おうとした努力の跡が、煤となってこびりついている。


「こんにちは。僕はアルス。ここは、素晴らしい本がたくさんある場所だね。でも、本たちが少し息苦しそうにしているのが……もったいないなって思ったんだ」

 僕はまず、目の前の「知らない大人」に対し、丁寧で誠実な挨拶を交わした。七歳の子供が発する、あまりにも落ち着いた、そして「本への敬意」に満ちた言葉に、彼女は弾かれたように顔を上げた。


「アルス、くん……? 申し遅れました。私は、この図書館の司書官を務めております、セリスと申します。……あなたが、もしやエレナ様が仰っていた……」

 セリスさんは、僕とエレナさんを交互に見比べ、絶望の淵で光を見つけたような表情を浮かべた。どうやら、エレナさんが事前に「整理の得意な子」として僕のことを話してくれていたようだが、実際に会うのはこれが初めてだ。


「セリスさん、だね。よろしく。……それと、その抱えている本。すごく大切そうに持っているけど、何かあったの?」

 僕は、彼女が胸に抱きしめるように持っていた、黒革の古い魔導書を指差した。彼女はハッとしたように自分の手元を見つめ、それから悲しげに眉を下げた。


「……これ、わかりますか? これは、私の祖父が残した研究書なんです。でも、あまりに古い呪縛が重なりすぎて、今の私の魔力では、ページを一枚めくることさえ出来なくて。……中には、どうしても読みたかった大切な知識が記されているはずなのですが」

 彼女は、開けない本を愛おしそうに撫でた。何年も焦がれ、毎夜、どうすればこの縺れを解けるのかと、涙ぐましい努力を続けてきたことが、その擦り切れた装丁から伝わってくる。


「見せて。……もったいないよ、ただ結び目のせいで隠されているなんて」

 僕は歩み寄り、その黒革の本にそっと、慈しむように指を添えた。

 セリスさんが息を呑む中、僕は脳内の機能的なデスクの上で、その本の表面を覆う「封印」を仕分けた。それは複雑な呪いなどではない。ただ長い年月の間に魔力が絡まり、澱んでいるだけだ。


 僕は、魔力の重なりを一本ずつ、最短の術式で「解きほぐし」た。

 

 一切の音もなく。セリスさんが十数年かけても動かせなかった表紙が、ふわりと自然に開かれた。現れたのは、一点の曇りもない美しい真理の記述。

 

「……あぁ……。嘘でしょう……? 誰の手にも負えなかった、あんなに醜く絡み合っていた魔術の縺れが……あなたの指が触れただけで、まるで最初から存在しなかったみたいに、こんなに、真っ直ぐに……。なんて……なんて、淀みのない……」

 セリスさんは、震える手で開かれたページをなぞり、その場に崩れ落ちた。何年も焦がれ、読みたかった本。それが、この七歳の少年の指先一つで、一瞬にして救い出されたのだ。

 

 彼女の脳裏には、アルスの本に対する誠実な慈しみと、淀みのない魔術行使の美しさが焼き付いていた。

「アルスくん……。あなたは、本の中に眠る真理を、そのまま救い出してくださったのね。この薄暗い書庫の底で、こんなに淀みのない、美しい魔術に出会えるなんて……!」


 セリスさんの瞳から、熱い涙が溢れ出した。絶望から救い出された歓喜、そして、目の前の七歳の少年が放つ「本質を射抜く姿」に、彼女の心は完膚なきまでに奪われていた。

 

 彼女は、開かれた頁から震える指を上げ、潤んだ瞳で僕をじっと見つめた。その眼差しには、先ほどまでの疲れ果てた司書官としての影はなく、ただ一人の、真理に触れて魂を揺さぶられた者の熱が宿っている。

 僕がただ、本をあるべき姿に戻したかっただけの誠実な所作が、彼女にとっては長年の絶望を塗り替える、何よりも尊い救済として映っていた。

 

「アルスくん……。あなた、なんて優しくて、真っ直ぐな手をしているの……。こんなに大切に、本の一文字一文字を、暗い深淵から救い出してくださるなんて……。お願い、アルスくん。私、あなたの側で、その淀みのない奇跡をずっと見ていたいわ……!」


 大人の余裕をかなぐり捨て、自分を救ってくれた英雄に、魂の底から心酔しているセリスさん。

 あまりに純粋で、けれど圧倒的な熱量の好意を向けられた僕は、予想以上の反応に驚き、耳を真っ赤に染めながらも、誠実に微笑んで答えた。


「ありがとう、セリスさん。本が笑ってくれるなら、僕も、とっても嬉しいな」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ