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虚飾まみれの魔導書の世界をスッキリさせます。〜整理の天才児による、澱みゼロの最短魔術ライフ〜  作者: 寝不足魔王


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第11話:白亜の殿堂と、誠実な憤り

 王宮の大広間に満ちていた、心臓の音が直接鼓膜を叩くような、重苦しくも鋭い静寂。それを背中に置き去りにして、僕たちは王都の磨き抜かれた石畳を踏みしめていた。振り返らなくてもわかる。背後にある豪奢な扉の向こうでは、団長バルトさんやゼノスさんといった「至高魔導師団」の重鎮たちが、自分たちが信じてきた百年の虚飾が七歳の子供に射抜かれたという現実を前に、深い沈黙の底に沈んでいるはずだ。


「……はぁ。アルス、お前ってやつは。父さんは心臓がいくつあっても足りないぞ」

 父カイルが、大きな溜息と共に僕の頭を優しく、けれど大きな手で力強く撫でた。元勇者として数々の修羅場を潜り抜けてきたはずの彼の手が、わずかに震えている。それは息子への恐怖ではなく、理解の範疇を超えた事態に対する困惑と、それ以上に、自慢の息子が成し遂げたことへの隠しようのない誇らしさが混ざり合った震えだった。


「本当ね。アルスの整理が一番スッキリしていて、お母さんも見ていて気持ちよかったわ。あんなに長いお話を聞くのは、少し疲れちゃったものね」

 母リーサは、いつもの穏やかで春の陽だまりのような微笑みを絶やさず、僕の歩調に合わせてゆっくりと歩いてくれる。彼女の目には、僕が最短の術式で魔法を放った瞬間も、国家を揺るがす大事件としてではなく、ただ「片付けが上手な息子が、散らかったお話を綺麗に整えた」という、日常の延長線上にある誇らしい一幕として映っているようだった。


「そんな、スッキリなんて言葉じゃ足りないわ! リーサ、アルスくんのあの魔力の収束、あれはもはや魔導の歴史における奇跡よ! 不純物を一滴も残さず現象へと直結させるあの手際……ああ、全方位から記録しておくべきだったわ! 王宮の壁に刻み込んで、後世の魔導師たちに百回ずつ写経させるべきだわ!」

 その横で、エレナさんが熱烈な早口でまくし立てる。王宮を出てからというもの、彼女は僕の「純度」について、まるで聖典を読み上げるような熱量で語り続けていた。熟練魔法使いとしての冷静な佇まいはどこへやら、今の彼女は僕という存在に魂の底から心酔し、一挙一動を逃すまいとする熱烈な崇拝者の眼差しを向けてくる。


「落ち着けエレナ。アルスが困ってるだろ。ほら、もうすぐ宿に着くぞ。お前、王都に戻ってからずっとそんな調子なのか?」

 カイルが苦笑いしながらエレナさんを宥める。かつての冒険仲間たちの、賑やかで、どこか懐かしい温かな空気。僕は父さんの大きな手に頭を預けながら、予想以上の熱量に少しだけ耳を赤くして「みんなが喜んでくれて、僕もうれしいよ」と、丁寧に応えた。


 その頃、遙か高天にある神界の神殿では、一人の女神が己の矜持と戦いながら身悶えしていた。

 水晶の鏡に映し出される、下界のアルスの姿。彼が王宮の魔導師たちが積み上げた十二年の断食や苦行という名の虚飾を、わずか三秒の純真で粉砕し、その後で家族に囲まれて照れくさそうにはにかむ姿を、ルナミスはじっと見つめていた。

「……ああ。なんて、なんて美しいのかしら。あの迷いのない最短の所作。そして、本を愛するように家族を慈しむ、あの整理された魂の輝き……」

 ルナミスは白皙の頬を朱に染め、胸の高鳴りを抑えきれずに神座の上で足をばたつかせた。アルスが世界をスッキリと整理するたびに、彼女の心の中にある「恋心」という名の、自分でも整理のつかない情報の澱みは、激しくかき乱されていく。

「次は私を……私の中にあるこの、どうしても一本道に整わない不純物を、その手で整理しに来てくれるのかしら……」

 女神としての威厳をかなぐり捨て、一人の乙女としてアルスを渇望する彼女の独白は、誰に聞かれることもなく神殿の静寂に溶けていった。


 宿へ向かう馬車の窓から、王都ルミナスの街並みを眺めていた僕の目に、一つの巨大な建築物が飛び込んできた。それは、白亜の石造りが荘厳な、王都の富と権威を象徴するような美しい図書館だった。精緻なレリーフが施された円柱が立ち並び、天を仰ぐようなドーム状の屋根が夕陽を浴びて輝いている。

「……あれは?」

「ああ、あれが王立図書館よ、アルスくん。この国の、いいえ、この大陸のあらゆる英知が集まるとされる、知識の殿堂だわ」

 エレナさんが、今度は魔法使いとしての敬意を込めて教えてくれる。本を愛する僕にとって、その名前は何よりも甘美で、魅力的に響いた。


「すごいな。これだけ立派な建物なら、中にある本もきっと大切に、誰でもすぐに読めるようにスッキリと並べられているんだろうな」

 僕は純粋な期待を込めて、家族にそう語った。先人たちが命を削って積み上げた知の結晶。それが、これほどまでに美しい場所に納められている。それだけで、僕の心は整理のプロとしての高揚感に包まれていた。

「せっかく王都に来たんだ。実演のご褒美に、少しだけ寄ってみるか?」

 父さんの提案に、僕は元気に頷いた。


 だが、その期待は、一歩中へ足を踏み入れた瞬間に、音を立てて崩れ去った。


 入り口の広大なホールに置かれた巨大な「目録」は、インクが掠れ、数年前から更新が止まっているのが遠目にもわかった。案内板はあさっての方向を向き、本来なら人々を導くべき道標は、役割を果たせずにただの板切れとして放置されている。

 さらに奥の書庫を覗けば、無秩序に積み上がった魔導書の山が、本来の通り道を塞ぐ壁のように立ちはだかっていた。埃を被ったまま放置され、湿気でページが波打っている貴重な文献たち。そこにあるのは、知の殿堂などではない。

 外観だけを飾り立て、中にある情報の命をただ死蔵させ、朽ちさせている、傲慢な管理体制そのものだった。


 僕は、足元に落ちていた、端が折れ曲がったまま人々に踏みつけられた一冊の小本を、震える指先で優しく拾い上げた。誰にも読まれず、整理もされず、ただ「そこに在るだけ」にされた、知識たちの無言の悲鳴。

 本を至宝として愛し、情報をあるべき姿に戻すことを生きがいとしてきた僕の中に、静かで、しかし烈しい憤りが灯った。


「……もったいないな。こんなに効率の悪い本が並んでいるから、みんなの成長が遅いんだ」


 ポツリと、けれど実感を伴って溢れたその言葉は、家族やエレナさんの前で、この世界の情報の在り方に対する、僕の誠実な宣戦布告となった。


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